2009年9月15日 (火)

本: Film Structure and the Emotion System

筆者はグレッグ・M・スミス Greg M. Smith というジョージア州立大学でコミュニケーションを教える助教授(この本が出版された時点では)。「映画の構造と感情システム」という題名どおり、どのように映画が観客から感情を引き出すかについて書かれた本。感情というものは論じにくいものだから、映画が物語を伝える知的な枠組、あるいは観客が物語を理解する知的な枠組を勉強していたつもりだけど、感情について書かれた本をあちこち見かけると、本当は自分は感情について勉強したかったんじゃないかと思えてきます。

ただ、どのように映画が観客に作用するかという観点から書かれているので、見る側の働きに興味のある私としては、今ひとつ面白くなかった。作品側からのアプローチと見る側からのアプローチは表裏一体だろうから、興味を持たなくてはいけないと思っていても。ケーススタディとして、バーバラ・スタンウィック主演の「ステラ・ダラス」、エイゼンシュテインの「ストライキ」、ルノワールの「ピクニック」と「どん底」、ウェイン・ワンの「ジョイ・ラック・クラブ」、おなじみ「カサブランカ」を詳しく論じているので、手元にないものを補充しつつ、作品を見ながら詳しく読んでいこうかなとも思いましたが、今のところはやめておきます。でも、暇があれば、手元にある「ステラ・ダラス」と「ピクニック」の部分だけでもやってみようかなとは思っています。「カサブランカ」はテレビで録画したものを持っているのですが、さほど好きなわけではないので、これが文句のつけようのない傑作みたいに書かれると、なんか鼻白んでしまう。

この人は mood-cue approach というのを提唱しており、より持続するムードと、あまり持続しない感情を引き起こすきっかけ (cue) の相互作用がうまくいっているかどうかによって作品を分析しています。ムードを作れば感情を引き起こしやすくなるし、感情を引き起こし続けることでムードが持続する。このアプローチによって上記の作品を論じているし、他にも「サイコ」、インディ・ジョーンズの一作目、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」などを用いて例証しています。

他の認知主義による本として、ノエル・キャロル Noel Carroll の "The Philosophy of Horror, or Paradoxes of the Heart"、エド・タン Ed Tan の "Emotion and the Structure of Narrative Film: Film as an Emotion Machine"、トーベン・グロダル Torben Grodal の "Moving Pictures: A New Theory of Film Genres, Feelings, and Cognition" の三冊を紹介し、それらと mood-cue approach を比較している章があります。これらの本は、定価で買えば高いのもありますが、安い古本を見つけたので、三冊とも注文中。

それにしても、感情ってなんだろう。ニコ・H・フライダ Nico H. Frijda の"The Emotions" という本が手元にあるので、三冊が届くまで、これをざっと読んでおきたい。といっても、日曜学者だし、日曜はたいてい仕事なので、次にこういうことをここに書くのがいつになるかわからないけど。

その本は、感情に関する以下の問題を考察しています。
(1) 「感情」や「感情的」と呼ばれる現象の本質は何か。
(2) それらの現象はどのような条件(刺激、気質、活動)によってもたらされるのか。
(3) それらの現象が何らかの機能を果たすとしたら、それはどのような機能か。
(4) どのようなプロセスやメカニズムによって条件が現象をもたらすのか。

本全体は大きく3つに分かれており、パートI「分析」で問題1を、パートII「前提」で問題2と3を、パートIII「総合」で問題4を考察しています。

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2009年9月14日 (月)

フィルムノワール(47): The Chase (1946)

監督:アーサー・リプリー
原作:コーネル・ウールリッチの「恐怖の冥路 The Black Path of Fear」
脚本:フィリップ・ヨーダン
撮影:フランツ・プラナー
作曲:ミシェル・ミシェレ
音楽監督:ハインツ・ロームヘルド
出演:ロバート・カミングス、スティーブ・コクラン(アントニオーニの「さすらい」)、ミシェル・モルガン、ピーター・ローレ
ユナイテッド・アーチスツ配給
86分

The Ultimate Film Noir Collection というDVD6枚組で各3本、計18本収録されたボックスセットに収められていたもので、送料込みで3千円少々という廉価な商品だったので、字幕はないし、中には画質や音質がかなりひどいものもあります。これなんか、やっと見れる程度でした。

(以下、結末まで書いているのでご用心)財布を拾ったロバート・カミングスがそれを届けに行くと、その持ち主は金持ちの実業家スティーブ・コクランで、側近のピーター・ローレと妻のミシェル・モルガンとともに暮らしている。軍隊から戻ったばかりで失業中のカミングスは運転手として雇われる。コクランは、違法な事業をやっており、残忍な性格である。カミングスはモルガンからハバナに一緒に逃げてくれともちかけられ、承諾するが、マラリア熱が再発し、夢を見る。その中で、二人はハバナに到着するが、モルガンは刺殺され、カミングスが疑われ、カミングスは実際の犯人ローレに殺される。目覚めたカミングズはモルガンとの約束をすっかり忘れているが、軍医に相談しているうちに思い出し、二人はハバナに逃げようとする。コクランとローレは車で二人を追いかけるが、スピードの出しすぎで列車と衝突してしまう。("Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" 参照)

コクランの車には後部座席にもアクセルがあり、いつも後部座席に座るコクランがそれを操作すれば、運転手の意思とは関係なく車のスピードが上がる。最初にカミングスが運転しているときも、コクランはスピードをグングンあげるが、カミングスは平静を保っていられたので、コクランに認められる。これは、コクラン自身の命にもかかわることなので、コクランは自己破滅型の悪党でしょう。実際、最後ローレに運転させて、逃げた二人に早く追いつこうとスピードを上げ続けたので、破滅してしまう。これとは逆に、この前見た宍戸錠主演の「拳銃は俺のパスポート」では、相棒のジェリー藤尾が車の後部座席からでもブレーキを踏むことができる仕組みを整備士に取り付けさせて、そのおかげで難を逃れるというエピソードがありました。

"Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" では Bob Porfirio という人がこの作品の解説を書いていますが、彼によれば、「幻の女」を除いて、暗く重苦しいウールリッチ作品の映画化としては最良の作品だということです。「忘れじの面影」などのフランツ・プラナーが撮影した映像が素晴らしいということなので、画質が悪いのが本当に残念。フランツ・プラナーはドイツからの亡命者ですが、フランス映画でおなじみのミシェル・モルガンも戦時中のみハリウッド作品に出演していたようです。

脚本家のフィリップ・ヨーダンはよく聞く名前ですが、IMDbでフィルモグラフィをざっと調べてみたら、ワイラーの「探偵物語」(1951)、ニコラス・レイの「大砂塵」(1954)、アンソニー・マンの「ララミーから来た男」(1955)、レイの「キング・オブ・キングス}(1961)、マンの「エル・シド」(1961)、レイの「北京の55日」(1963)、マンの「ローマ帝国の滅亡」(1964)、ケン・アナキンの「バルジ大作戦」(1965)などが目につきました。60年代には、ニコラス・レイとアンソニー・マン同様、大作ばかり駆り出されていますね。大作は、一人で担当したものより、共同脚本が多いようです。

撮影のフランツ・プラナーは、「忘れじの面影」のおかげで私にはマックス・オフュルスの撮影者というイメージが強いのですが、IMDbのフィルモグラフィによれば、特にそういうわけでもなさそう。1920年のドイツ時代から158本列挙されていて、その中で目についたものを拾い上げてみると、ムルナウの "The Finances of the Grand Duke"(1924)、ジョージ・キューカーの「素晴らしき休日」(1938)、オフュルスの「風雲児」(1947)、マーク・ロブソンの「チャンピオン」(1949)、シオドマクの「裏切りの街角 Criss Cross」(1949)、ラズロ・ベネデクの「セールスマンの死」(1951)、ワイラーの「ローマの休日」(1951)、ドミトリクの「ケイン号の叛乱」(1954)、シドニー・ルメットの「女優志願」(1958)、ワイラーの「大いなる西部」(1958)、ジンネマンの「尼僧物語」(1959)、ヒューストンの「許されざる者」(1960)、ブレイク・エドワーズの「ティファニーで朝食を」(1961)、レイの「キング・オブ・キングス」(1961)、ワイラーの「噂の二人」(1961)。晩年は、ほとんどオードリー・ヘップバーン専属ですね。遺作はモンローの "Something's Got to Give"(1962)になっているのですが、これはモンローが亡くなったために未完成のようです。だから、遺作はウィリアム・ワイラー監督、オードリー・ヘップバーン、シャーリー・マクレーン主演の「噂の二人」j。

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2009年7月30日 (木)

映画だけしか頭になかった:モンクのソロではじまった「危険な関係」

今はなき雑誌「映画の友」1961年5月号に掲載されたもの。当初この作品は輸出禁止になったらしい。輸入禁止ではなく、輸出禁止だから、フランス側が「こんなふしだらな映画を外国に見せるのはフランスの股間(もとい沽券)にかかわる」と思ったらしい。で、めでたく2年ぐらいしてから日本でも見れるようになったので、植草さんはうれしくおもったし、タイトルのバックでセロニアス・モンクのピアノが聴こえてくるのでので、思わず緊張する。

原作は1782年に出版されたラクロの書簡体小説で、昔恋人同士だった二人の手紙のやりとりによって構成されています。女性ジュリエットが男性バルモンに貞淑な女性を落とすようそそのかして、バルモンがジュリエットにその報告をするのです。映画ではバルモンとジュリエットは夫婦で、互いに貞淑な異性を落とすことを報告し合うことで、夫婦間の愛を維持しているようです。バルモンはジェラール・フィリップ、ジュリエットはジャンヌ・モロー。1959年に肝臓がんで36歳の若さで亡くなったフィリップは、ブニュエルの「熱狂はエルパオに達す」が遺作となったようですが、「危険な関係」はその前の作品。

植草さんは、バルモンが居間でモンクの「ブリリアント・コーナーズ」のレコードを取り出す、と書いているのですが、「そんなシーンあったっけ?」とDVDで確認してみたら、私が持っている最近のCDのジャケット写真と違っているようです。最初のほうはセロニアス・モンクの曲が多く、後半になると激しいジャズになってきて、どうもアート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズになるらしい。聞き覚えのあるテーマ曲「危険な関係のブルース」(原題 "No Problem")は彼らの演奏らしいが、今ではデューク・ジョーダンの曲として知られています。どうもデューク・ジョーダンは当時ジャズ・メッセンジャーズのメンバーだったらしいし、当初は彼の作曲だということが知られていなかったらしい。このあたり、はっきり調べる余裕がないので、興味がある人は自分で調べてみてください。少なくとも、植草さんの文章の中にデューク・ジョーダンという名前は見当たらない。

植草さんは、スキー場を舞台にした場面でのマルセル・グリニョンによる雪景色の白黒撮影が良いと書いています。実際そのとおりなんですが、私が最近購入した日本盤DVDはあまり画質が良くない。しかも、日本語字幕を消すことができない。

原作は手紙のやりとりですが、映画ではジェラール・フィリップがジャンヌ・モローに出した手紙の文書をナレーションで語っています。このナラタージュ手法を植草さんはほめています。私が面白いと思ったのは貞淑な人妻マリアンヌを落とすくだりで、フィリップがあの手この手で口説いている途中、「ここで泣こうと思ったが涙が出なかった」というナレーションと、その時のフィリップの様子や表情に、ユーモアさえ感じました。

こんな不道徳な場面でも生真面目な私が余裕をもって見ることができるのは、マリアンヌ演じるアネット・バディムにしても、もう一人フィリップの犠牲になるジャンヌ・バレリーにしても、あまり純情な女性に見えないからで、もし彼女たちが純情で清楚な女性であれば、私は怒り心頭に達して、血圧が50は上がっていたことでしょう。それに、年をとれば年相応の人に魅力を感じるようで、ジャンヌ・バレリーの母親のシモール・ルナンに惹かれました。1911年生まれで、このとき48ぐらいだから、私にぴったりだ。彼女は、アンリ・ジョルジュ・クルーゾーの「犯罪河岸」に出てるのだけど、悪女シュジ・ドレールじゃなくて、女写真師のほうです。あと、「リオの男」のアマゾン川沿いの酒場で熟女歌手ローラとして登場します。

付け加えると、ボリス・ビアンが出ていて、「アデンアラビア」の最初の言葉「僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」から受ける若くて反抗的なイメージからすると、やけにおっさん臭くて、おとなしいなあと思っていたら、「アデンアラビア」はボリス・ビアンではなくポール・ニザンでした。どこで混乱しちゃったんだろう。心臓が悪いらしく、映画から受ける印象が弱々しくて、結局彼も1959年に39歳で亡くなったそうです。

もう一つ付け加えると、ラストのジャンヌ・モローに対する罰は、トリュフォーが「突然炎のごとく」を作るときに意識していたのでしょうか。あまり詳しく書きませんが、原作では天然痘で顔が醜くなるらしく、「原作を読んだことのある人は、ジャンヌ・モローに種痘の跡があるのにビックリするかもしれない」ってポーリン・ケイルは書いています。

今回は、あまり植草さんの文章とは関係なくなってしまいましたが、植草さんのはストーリーを細かく書いている部分が多いので、要約しにくい。

少し前に「素直な悪女」の日本盤が千円台で発売され、来週「恋人たち」が千円台で発売されるので、まとめて注文中。

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2009年7月20日 (月)

本 "Masculine Singular: French New Wave Cinema"

「男性単数」という題名のヌーベルバーグに関する本。作者はジュヌビエーブ・セリエ Genevieve Sellier という女性で、英語の訳者もクリスティン・ロス Kristin Ross という女性です。女性の立場から、カイエ・デュ・シネマ派の男性たちの独断的な作家主義とか女性の描き方とかを批判しているのかと思ったら、思ったほどカイエ・デュ・シネマ派には焦点を当てていませんでした。トリュフォー、ゴダール、シャブロルの初期作品について書かれてはいるけど、あまり印象に残りませんでした。

女性の解放 (emancipation) というのがキーワードのようで、中心となる女優はジャンヌ・モローとブリジット・バルドー。1956年から1962年までの重要な作品における女性の描き方を論じているので、トリュフォーとゴダールがそれぞれの女優を使った「突然炎のごとく」(1962)と「軽蔑」(1963)はかなりあとになってからということになります。むしろ、ロジェ・バディムやルイ・マルによる彼女たち主演作のほうに興味が向きます。バディム監督、バルドー主演の「素直な悪女」はまだ見たことないし、マル監督、モロー主演の「恋人たち」も若いころ見たきりなので、あらためて見てみたい。アラン・レネやアニュエル・バルダといった、いわゆる左岸派のこの頃の映画も論じており、当時の映画雑誌の批評がどんなだったかを紹介しているのも、本国の人が書いた本ならでは。

モロー、バルドー以外では、エマニュエル・リバを論じている個所が印象的で、もちろん「24時間の情事」が中心なんだけど、メルビルの「神父(司祭)レオン・モラン」やジョルジュ・フランジュの「テレーズ・デケイルー」にも言及しています。前者は米版VHSで持っているけど、後者は見ることができるのでしょうか。

訳者のクリスティン・ロスには "Fast Cars, Clean Bodies: Decolonization and the Reordering of French Culture" という面白そうな本があるのですが、参考図書の中から私が米アマゾンで安い古本を注文したのは Lynn A. Higgins の "New Novel, New Wave, New Politics: Fiction and the Representation of History in Postwar France" というのと、Jefferson T. Kline の "Screening the Text: Intertextuality in New Wave French Cinema" という本でした。後者は男性のようですが、女性の視点から男性中心の映画や社会を論じているのを読むのも面白いんじゃないかと思うようになりました。 ボーボワールの「第二の性」というのも読みたくなりました。

1956年から1962年までのヌーベルバーグ作品でチケット販売数が10万枚を超えたもののリストが巻末にあったので、それを掲載しておきます。

  • 素直な悪女 (1956年12月) 173,000枚
  • 死刑台のエレベーター (1957年2月) 120,200枚
  • 恋人たち (1958年11月) 451,470枚
  • いとこ同志 (1959年3月) 258,550枚
  • 今晩おひま? (1959年5月) 150,400枚
  • 大人は判ってくれない (1959年6月) 261,000枚
  • 24時間の情事 (1959年6月) 160,360枚
  • 危険な関係 (1959年9月) 640,000枚
  • 二重の鍵 (1959年12月) 239,200枚
  • 勝手にしやがれ (1960年3月) 259,000枚
  • 雨のしのび逢い (1960年5月) 140,930枚
  • 地下鉄のザジ (1960年10月) 126,540枚
  • 昨年マリエンバードで (1961年9月) 141,970枚
  • 突然炎のごとく (1962年1月) 210,065枚
  • 私生活 (1962年1月) 241,720枚
  • 5時から7時までのクレオ (1962年4月) 111,148枚
  • 女と男のいる舗道 (1962年9月) 148,010枚

「今晩おひま?」は、ジャン・ピエール・モッキー監督、ジャック・シェリエ、シャルル・アズナブール、アヌーク・エイメ出演。

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2009年7月 9日 (木)

本「マキノ雅弘-映画という祭り」

「ノーマン・マクラレン マスターズ・エディション」が8月5日に日本で発売されるようです。でも、定価が24,000円で、日アマゾンで18,000円ほどだし、7枚組ではなく、5枚組らしい。私が米アマゾンから3年前に購入した時は送料込みで9,500円だったけど、今では本体価格が50ドルほどだから、送料込みで6,000円ぐらいで購入できる。米アマゾンは定価の半分のバーゲン価格らしく、ファンタシウムでは8,329円で送料を入れると10,000円ぐらいになる。ファンタシウムは、基本料金500円のほかに、1枚につき150円の手数料を取るから、7枚組だと送料がばかにならない。

山根貞男さんの「マキノ雅弘-映画という祭り」を読みました。昨年10月に新潮選書の一冊として発売されたもので、本体価格1,400円。私は「りゃんこの弥太郎」「昭和残侠伝・血染の唐獅子」「ごろつき」とか好きな作品もあるし、浅草東宝で「次郎長三国志」のオールナイトを見たこともあるけど、どうも、仲間でワッショイ、ワッショイというのを前面に出されると、孤独なヒーロー好きの私としては、あまり面白くない。そういえば、「ピアニストを撃て」や「八月のクリスマス」や「サムライ」の主人公たちは孤独だからなあ。そういうのに強く共感する。「昭和残侠伝」は、高倉健も池部良も孤独な人たちだから。でも、マキノ雅弘が「昭和残侠伝」を監督するのは4作目の「血染の唐獅子」が最初だから、もともとマキノ雅弘が創造したキャラクターではない。しかも、有名な8作目「死んで貰います」は、期待していたほど好きになれなかった。たぶん、健さんと藤純子の情緒たっぷりのやりとりが私のお気に召さなかったのかもしれない。だから、仲間との連帯とか、男女間の色っぽい交流とか苦手な私としては、あまり楽しめない本でした。

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2009年7月 3日 (金)

本: The Mind and Its Stories

The Mind and Its Stories: Narrative Universals and Human Emotion
Patrick Colm Hogan (Cambridge University Press 2009)

読んだ本の感想もボチボチと書いていこうかな思っています。といっても、仕事の合間に一ヵ月ぐらいかけて少しずつ読んでいったし、わからない部分があっても、とにかく最後まで読もうとしたので、ボンヤリした印象しかないのです。

最初は2003年に発行されたのですが、今年になってから再発行されたようです。たぶん、米アマゾンが私に推薦している商品の中で見つけて、興味を持ったのだと思います。映画の理論を勉強しようと思っているうちに、映画論よりも物語論のほうに興味が移ったし、内向的な私が何かを論ずる際の材料といえば私の心の中しかないので、心理学的な方向へも進もうとしているのです。そんなわけで、この本の題名が私の興味を引いたのでした。

"Narrative universals" というのは、物語における普遍的なものという意味だと思います。というわけで、いろんな国の文学から共通のものを探っているのですが、西欧の文学だけでなく、アイヌの物語やサンスクリットの文学など対象が幅広いのに感心します。

物語にはいくつかのパターンがあって、それらは文化間で共通する感情によって決定される、と裏表紙の解説に書いてあります。幸せの基本は愛する者同士が結ばれるっていうことがどの文化においても共通している、というようなことが書かれている部分が一番印象に残っています。それより高次の幸せもあるのかもしれませんが、それでも基本は愛する者同士が結ばれることなのです。

これはロマンチックな物語に限ったことかもしれませんが、筆者は物語を大きく三つに分けており、ロマンチックな物語以外は、英雄の物語と犠牲的な物語です。それらが、どの文化にも共通する物語なのでしょう。

この本の参考図書の中で次の三冊に興味を持ちました。
Nico H. Frijida の "The Emotions"
Keith Oatley の "Best Laid Schemes: The Psychology of Emotions"
Mark H. Davis の "Empathy: A Social Psychological Approach"

やはり、どうも心理学の方向に進んでいるような。「心理学的な物語論に基づく映画の研究」ってところかな。ま、日曜学者として、楽しみながら読んでいくつもりです。三冊とも米アマゾンのマーケットプレイスで古本をわりと安く注文しました。最後のはまだ届いていませんが、最初の二冊は速達で1週間ぐらいで届きました。アマゾンのマーケットプレイスには速達で送れっていう条件はないので、これら良心的な業者に5点満点の評価を付けました。ま、船便で2ヵ月かかったとしても、ちゃんと届けば5点満点あげますけど。

今読んでいるのは、ずっと写真を飾っている "Masculine Singular: French New Wave Cinema" で、今月中には読み終わるつもり。何回も感想文を書いていくうちに、読み方や文章がうまくなってくれればいいんだけど。

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2009年5月20日 (水)

Peter Graham "The French New Wave"

Peter Graham の "The New Wave" という本は、長い間絶版になっていましたが、今度 Ginette Vincendeau の協力で新たに "The French New Wave: Critical Landmarks" というタイトルで改訂版が出版されました。下の写真の左が古いほうで、1968年に出版されたから、当時のトリュフォーの最新作「黒衣の花嫁」が表紙になっています。何年か前に、オハイオ州の図書館のお下がりを買ったのです。古いほうの内容は次のとおり。

  • トリュフォーへのインタビュー (カイエ・デュ・シネマ、1962)
  • アストリュック/新しい前衛の誕生:カメラ万年筆 (エクラン・フランセ、1948)
  • バザン/映画言語の発展 (「映画とは何か1」、1958)
  • ジェラール・ゴズラン/アンドレ・バザンをたたえる (ポジティフ、1962)
  • シャブロル/小さなテーマ (カイエ・デュ・シネマ、1959)
  • ゴダール/アストリュックの「女の一生」 (カイエ・デュ・シネマ、1958)
  • トリュフォーへのインタビュー (カイエ・デュ・シネマ、1962)
  • ジェラール・ゴズラン/アンドレ・バザンをたたえる (ポジティフ、1962)
  • バザン/作家主義 (カイエ・デュ・シネマ、1957)
  • ロベール・ベナユン/裸の王様 (ポジティフ、1962)

新しいのもほぼ同じですが、トリュフォーの「フランス映画のある種の傾向」(1954)が収められているのと、最後にケーススタディとして「勝手にしやがれ」に対する評論が3つほど収められています。

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2009年5月11日 (月)

フィルムノワール (116): The Hitch-Hiker (1953)

4月21日に書いたように、18作品収録されていて25ドルほどの "Ultimate Film Noir Collection" という6枚組DVDを購入しました。お目当てはエドガー・ウルマーの "Detour" で、"100 Road Movies" という本を眺めていたら見たくなったのですが、全体がロードムービーなわけではなく、むしろ一緒に収録されていた "The Hitch-Hiker" の方がロードムービーっぽかったです。とはいえ、"Detour" も面白い作品で、特にアン・サビッジ Ann Savage という女優さんが良かったのですが、これはまたの機会に。"The Hitch-Hiker" は日本では劇場未公開のようですが、以下「ヒッチハイカー」とします。

監督:アイダ・ルピノ
プロデューサー:コリアー・ヤング(1948年から51年までルピノと、52年から61年までジョーン・フォンテインと結婚している)
副プロデューサー:クリスチャン・ナイビー(「遊星よりの物体X」の監督)
脚本:ダニエル・メインウェアリングの原案をロバート・ジョセフが脚色したものに基づきコリアー・ヤングとアイダ・ルピノが脚本を書く。
撮影:ニコラス・ムスラカ
音楽:リース・スティーブンズ
音楽監督:コンスタンチン・バカレイニコフ
主演:エドモンド・オブライエン、フランク・ラブジョイ、ウィリアム・タルマン
RKO配給。1953年4月29日公開。71分。白黒。

アイダ・ルピノは1972年の「ジュニア・ボナー」が日本公開されたときに知ったのですが、それはこの映画で好演したこともあるけど、映画出演が久し振りで、日本でしばらくお目見えしていなくて、当時愛読していた「スクリーン」誌のベテラン評論家たちが騒いだからかもしれません。IMDbによれば、60年代のアメリカではテレビシリーズによくゲスト出演したようです。彼女の作品といえば、ハンフリー・ボガートと逃避行を続けるラオール・ウォルシュ監督の「ハイ・シエラ」(1941)がまず頭に浮かぶのだけど、ロバート・アルドリッチ監督の「悪徳」(1955、The Big Knife)も印象的でした。ゲイリー・クーパー主演の「永遠に愛せよ」(1935, Peter Ibbetson)で美術館か何かの受付嬢が可愛かったので、誰だろうと調べたら、まだ20歳ぐらいのアイダ・ルピノでした。1950年頃から監督も始めて、ハリウッドの女流監督の先駆的存在だったようです。「ヒッチハイカー」は、"Film Noir: An Encyclopedic Rerefence to the American Style" には、女性が監督した唯一のフィルムノワールと書かれていますが、少なくともこの本に収録されている作品ではそうなのでしょう。話は単純で、ヒッチハイクするごとに運転手から金品を奪い射殺する殺人鬼が、釣りのためにメキシコにドライブしている男二人組の車に同乗して、二人を脅しながらメキシコに逃げようとするもの。低予算で作られていて小粒だけど、けっこう面白く作られていて、タンクローリーに追いかけられるだけのスピルバーグの「激突」あたりが思い浮かびます。映画館よりテレビ向きな感じがするし、実際、ルピノは、50年代前半に映画を数本監督したあとは、テレビのシリーズものの監督を50年代後半から60年代の終わりあたりまで続けたようです。この殺人鬼は片目をあけて眠る精神異常者で、この不気味な男の存在は、当時の核兵器や共産主義者に対する恐怖を表現しているというのが本 "Film Noir" の解説。夜の都会が舞台ではないけど、荒涼たる砂漠の中で主人公たちが逃げ道のない絶望的な状況に陥る点ではフィルムノワール的だというような解説もしています。

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2009年3月21日 (土)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ: ゴダールの即興演出-「勝手にしやがれ」

「危険な曲り角」でちょっと言及し、最近「「映画だけしか頭になかった」を楽しむ」をやっていなかったので、仕事の暇な今のうちに楽しんでおきましょう。「婦人画報」1960年2月号に掲載されたエッセイです。「危険な曲り角」で書いたように、「勝手にしやがれ」は1960年3月日本公開なので、公開前の紹介文なんでしょう。

まず、ベルモンドを紹介しています。ジャガイモを連想させる顔でハンサムじゃないけど、低音で太い声に魅力があり、映画が進むにつれて味を出してくる、というようなことを書いています。ジャガイモを連想させる顔といえばジャン・ギャバンもそうですよね。ベルモンドの声を思い出そうとすると、故山田康雄氏の高い声しか浮かんでこない。

「勝手にしやがれ」の原題は「息も切れぎれに」で、内容を示しているわけではなく、抽象的な題名なのが珍しい。「なにぶん変てこな映画だから、このことは感じてもらえる人だけにしかわかってもらえないだろう、といった気持を題名にたくしたと思われるのであって...見たあとで共感したばあいは愉快なものとなって印象にのこります。」

「スクリーン」3月号に「女一人パリに映画を買いにゆく」という秦早穂子さんのエッセイが載っており、誰も買わないような変な映画を買ったあと、いろんな賞を獲得したことが書かれているようです。で、秦さんのお父さんが、植草さんの肩を叩いて「娘もでかしたよ」とニッコリした、というエピソードを紹介しています。秦さんのお父さんって誰?ずっと東和映画の社長だと思っていたのですが、東和映画の社長は川喜多長政で、その奥さんが川喜多かしこで、二人の娘さんが川喜多和子で、そのあたりとゴッチャになっていたようです。

次にストーリーの紹介をして、ギャング映画と同じようだけど、映画作家の側にたって見ていると、自動車を乗り捨てて置いている上流階級の人たちが悪いんじゃないかと、主人公ミシェルに肩を持ちたくなると書いています。そして、シナリオを書いたトリュフォーの「大人は判ってくれない」のアントワーヌ少年とミシェル青年の間には何か血のつながりがあると指摘しています。

最後にジーン・セバーグをほめていて、彼女が街路で大きな声を出して新聞を売っていたりするのがパリの生活を直接感じさせるし、撮影所ではなく実際の風景の中で即興演出する面白い場面がたくさん出てくると書いています。

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2009年3月17日 (火)

フィルムノワール (99): The Friends of Eddie Coyle (1973)

5月にクライテリオンからDVDが発売されるので、どんな作品が調べてみました。例によって、"Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" を利用していますが、ポーリン・ケイル女史が "5001 Nights at the Movies" に書いている評も読んでみます。

ジョージ・V・ヒギンズの原作が「エディ・コイルの友人たち」という題名で1976年にハヤカワ文庫から出ていますが、映画は日本劇場未公開。主演のロバート・ミッチャムとしては1974年の「ザ・ヤクザ」の前の作品で、監督のピーター・イエーツとしては、「ブリット」「ジョンとメリー」「マーフィの戦い」「ホットロック」に次ぐ作品。

パラマウント製作配給。プロデューサーと脚色はポール・モナッシュ。音楽デイブ・グルーシン。撮影ビクター・J・ケンパー(テクニカラー、パナビジョン)。ロケ地はマサチューセッツ州ボストン。102分。

あらすじ

前科三犯の中年男性エディ・コイル(ロバート・ミッチャム)は保釈中の身であり、次の裁判で残りの人生を刑務所で過ごす羽目になるかもしれない。エディは警察の密告者になって、財務省の諜報員デイブ・フォリー(リチャード・ジョーダン)との司法取引に応じる決心をする。だが、エディは、マフィアのために、不正な商品を州間で輸送する仕事も続けている。警察は、エディの刑期を縮める気がないのに、エディに情報を提供するよう圧力をかける一方、マフィアも彼を不正にあやつろうとする。コイルの友人ディロン(ピーター・ボイル)は、密告者を殺害するようマフィアから依頼される。ディロンは、殺す相手がエディだと知るが、殺しをやり遂げる決意をする。畜殺される前に太らされる豚のように、エディはディロンから大いにもてなしを受ける。ホッケー試合を観戦し、何杯か飲んだあと、エディは寂しい場所に連れて行かれ、殺され、捨てられた車の中に放置される。

解説

この頃の他の犯罪映画以上に40年代後期のフィルムノワールの雰囲気を感じさせる。フィルムノワールの要素が数多くみられる。圧倒的な退廃のムードに絶望感やあきらめの気分かからまっているだけでなく、疎外感や恐怖感も際立っている。「エディ・コイルの友人たち」が描く現代社会は、フィルムノワール環境の目標や状況に今なお囲まれている。暴力の儀式化さえ残っている。たとえば、エディの処刑が引き延ばされるあたり、アンソニー・マンやジュールズ・ダッシンの最良の作品を思い起こさせる。ミッチャムの存在によって、1940年代のフィルムノワールとの肉体的なつながりがもたらされている。というのも、「過去を逃れて」「十字砲火」「脅迫者」といったノワール作品によって確立されたミッチャムの人物像が、「エディ・コイルの友人たち」までに、どこにも逃れられない現実に直面している中年男性に変質しているからだ。エディが接触する警察やチンピラたちのシニックぶりも、ノワール的な雰囲気を強めている。悲観的な結末、ピーター・ボイル演じる人物のグロテスクな描写、さまざまなチンピラたちは、この映画の他の堕落的な特徴とともに、「エディ・コイルの友人たち」を「チャイナタウン」「さらば愛しき女よ」などのフィルムノワールへの敬意を示した映画よりも本当のフィルムノワールに近づけている。

ポーリン・ケイルの評

ボストンのアイルランド系悪漢と警官。またもやロバート・ミッチャムはごろつきで、ムショ暮らしから逃れるために、利口で不誠実な麻薬捜査官(リチャード・ジョーダン)にちょっとした情報を漏らす。バーテンダーのピーター・ボイルは、殺人の依頼をあやつって、無情に、すべての派閥が互いに敵対するように行動する(ruthlessly plays all sides against each other)。マサチューセッツ州の副法務長官だったジョージ・V・ヒギンズの原作に基づいたこの映画は、もっと良くなるはずだった。プロットとセリフは一級だ。すべての要素が整っている。適切にもうすのろに見えるミッチャムは頑張っているし、いくつかの良いシーンもある。だが、会話がアクションよりも速く進みすぎる印象を受ける。たぶん、イギリス人のピーター・イエーツが監督したこの映画には、環境(ミリュー)を本能的に感じとれるアメリカの監督が必要だったのだろう。映画は深みがなく、少し機械的で、音や騒々しい音楽によって興奮させようとする。物語が描こうとしているのは、からみあった結びつきなのだが、警察とギャングには何の結びつきもない (The police and the gangsters have no roots, and intertwined roots are what the story is meant to be about)。ぞっとするほど愉快そうに演じているリチャード・ジョーダンが最も印象的な演技をしており、拳銃のディーラーを演じるスティーブン・キーツが最も人目を引く。

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2009年2月28日 (土)

「狩人の夜」の本

"The Night of the Hunter: A Biography of a Film" という本が出ました。「狩人の夜」の本といえば、数年前に出た "Heaven and Hell to Play With" という、この作品の製作を詳しく描いた本が決定的で、なにをいまさらという感じですが、今度のは、デイビス・グラッブの原作やジェームズ・エイジーの脚本との比較によって怪優チャールズ・ロートン唯一の監督作を細かく分析しているようです。ウォルター・シューマンの音楽も分析しているようです。"Heaven and Hell to Play With" が出たときに、シネシャモで仮想上映しています。写真は、左から "Heaven..." "A Biography of..." 原作です。

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2009年2月23日 (月)

今年購入した本

どうも本をいっぱい読むっていうのに興味なくって、今日も新聞を見ていると、月百冊近く読破するという人がいたり、テレビでねじりネクタイの俳優が毎日一冊読むって話してても、「だからどうした」って思ってしまう。自慢じゃないが、私なんか、ここ数年、一冊丸ごと読んだことがないような気がする。しかし、毎日毎日、わかりづらい日本語を解釈して、英語を書くという仕事をしているので、文章に接する時間は長い。で、本を購入しても読む暇がなくて、たまに、あちこち眺める程度なんですが、それもいいじゃないか。

写真に写っているのは今年購入した本。本棚に並べて撮影したので、バックに積んである本は関係ありません。手前の背表紙のが今年購入した本。

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2009年2月 8日 (日)

フィルムノワール (255): Strangers on a Train (1951)

「ポケット一杯の幸福」が、ケイリー・グラントの「気まぐれ天使」とローレルとハーディの「玩具の国」と一緒になった MGM Holiday Classics Collection というDVD3枚組を見つけたので、思わず注文しちゃいました。

「見知らぬ乗客」がフィルム・ノワール?って思ってしまいますが、"Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" には、ちゃんと載っています。ヒッチコックとフィルムノワールの関係については巻末にエッセイが掲載されていて、いつか機会があれば読んでみます。で、今回は「見知らぬ乗客」の解説をざっと読んでみます。

罪の意識というのがヒッチコック映画に繰り返し現れるテーマで、偶然犯罪に巻き込まれた無実の男の罪の意識に焦点が当てられることが多い。「間違えられた男」のヘンリー・フォンダ、「白い恐怖」のグレゴリー・ペック、「裏窓」のジェームズ・スチュアートらがそうだ。しかし、「見知らぬ乗客」でファーリー・グレンジャーが演じるガイが無実かどうかは専門的な分析を必要とする。ガイは、利己主義で、日和見主義で、少なくとも、ブルーノ(ロバート・ウォーカー)の申し出を真面目に受け止めなかったことで部分的に妻の殺害に責任がある。実際、ブルーノによる妻の殺害は、あまりにもガイの目的を満たしすぎる。ガイは、妻から解放され、政治的に利点の多い再婚を行うことができるようになる。ブルーノに対するガイの拒絶は弱すぎるので、同意と受け止めることもできるし、その後の彼の行動は、ブルーノを正義の場に立たせることよりも、面倒を避けたいという欲求が動機になっているように見える。

ブルーノは無責任な人物で、ウィットがあって、直接的で、ひどく同情的である。不愉快なガイ以上に犠牲者に思える。彼の思い込みによる取引で自分の役割を果たしたのち、彼は裏切られる。有罪と無罪が混在している「見知らぬ乗客」の世界はフィルムノワールらしくはあるが、それ以上にヒッチコックの世界である。その世界では誰も責任から逃れることはできない。観客さえも。「サイコ」で、殺人者が犠牲者を乗せた車を池に沈めるとき、一瞬、車の沈んでいくのが止まってしまう。観客は、何事もなく車が沈んで凶悪犯罪の証拠がすべて埋もれてしまえばいいのにと殺人者の立場になってしまう。「見知らぬ乗客」にも同じような場面がある。ガイのライターを殺人現場に置こうとしているブルーノは、その途中で道路脇の排水溝にライターを落としてしまい、格子に手を突っ込んでもなかなかライターに届かない。一方、ブルーノを追いかけたいガイは、テニスの試合の最中で、早く試合を終わらせたい。この場面でも、観客が共鳴するのは殺人者なのである。

続いて、故ポーリン・ケイル女史が "5001 Nights at the Movies" で、どう書いているか読んでみましょう。

ヒッチコックの奇妙で意地が悪いコメディ。ロバート・ウォーカーが、ぞっとするウィットと魅力的な退廃感を持つブルーノの役柄に陽気な独創性をもたらしている。強烈に楽しめる作品で、ある意味、ヒッチコックのアメリカ作品の中ではベストである。殺人の筋書きは非常に実用的なので、誰でも応用できる。彼は刑罰を受けることなく父親を殺すことができないが、ほかの人ならできると思っている。ブルーノは、不幸な結婚をしたテニス選手ガイと出会い、ガイの妻を殺し、そのお礼に自分の父親を殺してくれるだろうと期待している。映画のクライマックスは有名なメリーゴーランドの暴走だが、興奮や興味が最高潮に達するのは、ガイが非常にイライラしながらテニスの試合を行っているときに、ブルーノがライターを拾おうとしている場面である。しかし、観客が一番記憶するのは、この最高潮の場面ではない。それはロバート・ウォーカーだ。ヒッチコック映画で観客が演技について考えることはあまりない。観客がおぼえているのは「39夜」の切断された指だったり、「海外特派員」の反対に回る風車だったりする。しかし、ウォーカーの演技は、「見知らぬ乗客」に、その特徴のほとんどと特異な魅力を与えている。レイモンド・チャンドラーが自らの原作の脚色に関わったことがないのはハリウッド特有の倒錯行為だが、それでも彼は「深夜の告白」(ジェームズ・ケイン原作)と「見知らぬ乗客」(パトリシア・ハイスミス原作)に参加している。チャンドラーとチェンチ・オーモンドは、スリラー映画で最良のセリフをいくつか提供している。

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2009年2月 7日 (土)

アガサ・クリスティ再発見

中学から大学にかけて創元文庫などの推理小説ばかり読んでいて、世界や日本の名作をほとんど読まなかったから、こんな大人になってしまいました。アガサ・クリスティは、特に好きなわけでもなかったし、特に嫌いなわけでもなかったです。でも、作品数とか、1900年代に作品を発表してきたペースとか、手ごろな感じがして、同じイギリス人のPGウッドハウスとともに、もし老後というものがあれば、ゆっくり楽しみたいと思うのです。

少し前に "A Complete Christie: An Agatha Christie Encyclopedia" と事典を発見しました。実は、クリスティに興味を持ったから発見したのではなく、この事典が面白そうだったからクリスティに興味を持ったのです。届いてみてがっかりだったのは、クリスティ原作の映画の白黒写真が少しあるだけで、見て楽しめる本じゃなかったことです。

で、さらに探してみると、"Agatha Christie: A Reader's Companion" という本があって、紀伊国屋で千円少々の古本を注文したら、新品同様の本が届いて、これが紙質が良くて、見開きすべてにきれいなカラー写真が掲載されていて、ビンゴ!

世界の名作を読んで教養を深めるのはあきらめて、昔読んだ推理小説を英語であらためて読んでみるっていうのもいいかもね。

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2009年2月 1日 (日)

マカロニウエスタンの本の当選者発表

といっても、誰も応募がなかったので、自分で書いて、自分で確保しておきます(募集したのは1月9日)。マカロニウエスタンは、高校まではテレビでよく見ていたけど、それ以降はレオーネ作品を見るぐらいで、特にファンというわけではありません。

1. 荒野の用心棒/夕陽のガンマン/続・夕陽のガンマン
セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演、エンニオ・モリコーネ音楽の有名な三作品。これらは一緒にしておかないと、トップファイブを独占してしまう。

2. 続・荒野の用心棒
「続」が付いていても、「荒野の用心棒」とは関係ない作品。双葉さんの本によれば、日本では、「荒野の用心棒」が1965年12月、「続・荒野の用心棒」が1966年9月に公開されたようで、この二本がマカロニウエスタンブームの起爆剤になったに違いない。セルジオ・コルブッチ監督、フランコ・ネロ主演。音楽はだれか知らないけど、歌入りのテーマ曲がカッコいい。一匹狼が痛めつけられて、最後に逆転するというストーリーが私の好み。中学の時にテレビで見て印象深く、ロレダナ・ヌシアクという相手役女優の名前を今でもおぼえています。

3. ウエスタン
セルジオ・レオーネ作品。上記三本と区別しているのは、主演がクリント・イーストウッドではないから。イーストウッドに代わる名無し野郎はチャールズ・ブロンソン。他にヘンリー・フォンダ、クラウディア・カルディナーレ、ジェーソン・ロバーツ主演。モリコーネのテーマ曲は最高の映画音楽だと思っているのですが、映画自体は、長たらしいし、ヘンリー・フォンダの悪役がしっくりこないし、カルディナーレも盛りを過ぎた感じで、今一つ好きになりません。

4. 南から来た用心棒
ミケーレ・ルーポ監督、ジュリアーノ・ジェンマ主演。映画を好きになり始めた中2の終わりごろ日曜洋画劇場で見て、面白かった記憶があります。

5. 殺しが静かにやって来る
セルジオ・コルブッチ監督、ジャン・ルイ・トランティニアン主演。子供のころ声帯を切られて声が出なくなった孤独な一匹狼の寂しい物語。自分が孤独を感じていたからか、こういう主人公にはとても共感してしまいます。最後まで主人公がかわいそうなのが残念。

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2009年1月31日 (土)

Harold Lloyd Master Comedian

昔は私の仮想上映館で毎年1月になるとニコニコ大会をやっていましたが、今や仮想上映館そのものが風前の灯となっています。ハロルド・ロイド特集をやったのが、もう3年前で、ロイドと結婚したミルドレッド・デイビスよりも、彼の長篇の大半で控え目な相手役を務めているジョビナ・ラルストンが新鮮な驚きでした。その特集についてはこちらでどうぞ

で、その時に買おうと思ったけれど、DVD7枚組ボックスセットがあれば十分だったので、わざわざ買う必要もないやと思った本 "Harold Lloyd Master Comedian" が絶版になっていたので、手頃な価格で販売されいた古本を紀伊国屋を通じて購入したのでした。筆者はJeffrey Vance とロイドの孫娘 Suzanne Lloyd。縦33センチの大型本で、写真満載なので、読み物というより写真集。主要作品を年代順に解説しています。アメリカン・フィルム・インスティテュートのセミナーでの対話も含まれています。

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2009年1月13日 (火)

フィルムノワール(153): ローラ殺人事件 (1944)

昨年500円で購入したDVD「ローラ殺人事件」を昨日見ました。

153. Laura (1944)

監督・プロデューサー: オットー・プレミンジャー
脚本: ベラ・キャスパリー Vera Caspary(原作)、ジェイ・ドラットラー Jay Dratler、サミュエル・ホフェンシュタイン Samuel Hoffenstein、ベティ・レインハート Betty Reinhardt
撮影: ジョセフ・ラシェル Joseph La Shelle
音楽: デビッド・ラスキン(作曲)、エミール・ニューマン(音楽監督)
出演: ジーン・ティアニー、ダナ・アンドリューズ、クリフトン・ウェブ、ビンセント・プライス、ジュディス・アンダーソン
20世紀フォックス製作配給、88分

[あらすじ]

キャリアウーマンのローラ・ハント(ジーン・ティアニー)の殺人事件を捜査している刑事マーク・マクファーソン(ダナ・アンドリューズ)は、彼女の指導者で著名なラジオパーソナリティであるウォルド・ライデッカー(クリフトン・ウェブ)に質問する。辛辣なライデッカーは、ローラを彼の最良の創造物としてだけでなく、彼の個人的な所有物としてみなしていた。彼は、痛烈なウィットによって、多くの求婚者を彼女から引き離した。唯一の例外がシェルビー・カーペンター(ビンセント・プライス)で、彼女が殺されたとき、二人は婚約していた。この婚約はライデッカーにとっても、シェルビーと関係を持っている年配の女性アン・トレッドウェル(ジュディス・アンダーソン)にとっても屈辱だった。マークは、事件を捜査しているうちに、彼自身ローラの魅力に取りつかれてしまう。証拠探しのためにローラのアパートに出向き、素晴らしいローラの肖像画を見ながら、うたた寝を始める。突然、ドアが開き、ローラが入ってくる。彼女は、シェルビーと結婚するかどうか決めるために田舎に行っていたと説明する。死体はモデルのダイアン・レッドファーンだとマークは電話で知らされる。容疑者は四人いる。嫉妬深いライデッカーかアン・トレッドウェルが、ローラと間違えてダイアンを殺したのかもしれない。ダイアンとの関係を断つためにダイアンをローラのアパートに呼んだことを認めたシェルビーかもしれない。ダイアンに嫉妬心を抱いたローラが殺したのかもしれない。マークは、ローラへの思いに抵抗しつつ、彼女が最も疑わしいと考える。しかし、マークは、ライデッカーがローラに贈った時計に凶器のピストルが隠されているのを発見し、ローラを一人残したまま、ライデッカーの逮捕に向かう。あらかじめ録音されたライデッカーのラジオ番組をローラが聴いていると、ライデッカーが彼女のアパートに忍び込んでくる。もし自分のものにできないなら、誰にもそうさせないと言いながら、ライデッカーは彼女を襲う。しかし、間一髪のところでマークが突入して、彼女を救う-自分自身のために。

[解説]

「ローラ殺人事件」は、みんなが巻き込まれる世界を仮定している。そこでは、全員が動機を持っているだけでなく、凶悪犯罪を犯すことができるように見える。この前提から考えると、ローラとマークがともに新しい人生を歩もうとする見かけ上のハッピーエンドは、不思議と陰鬱に思える。この映画を特徴づけているあいまいさは、マークとライデッカーの当惑させるふるまいによってさらに強調されている。両者は気質や性格が完全に異なっているが、どちらに対してもほとんど本性を示さない一人の女性に魅了される。マークは「ヒーロー」で、ライデッカーは「悪者」だが、両者とも同じ妄想によって突き動かされている。各々の心のなかに作り上げたローラという妄想によって。

音もなく動いて探りを入れるプレミンジャーのカメラは、ライデッカーとマークの妄想を完璧に視覚化している。カメラは、マークがローラのアパートを動き回り、クローゼットをじっと眺め、彼女の持ち物を調べ、手紙や日記をじっくり読む様子を追って、マークの飽くことを知らぬ好奇心の共犯者に観客を仕立てる。ダナ・アンドリューズは、繊細かつ強烈にマークを演じている。アンドリューズのより静かな演技は、ライデッカーを演じるクリフトン・ウェブの素晴らしく独特な演技によって影が薄くなっていることで、かえって、より注目に値する。取りつかれた目、引き締まっているが敏感な口、静かに何かをほのめかすような声を持つアンドリューズは、非常に印象的なスクリーンの存在物であり、多くの俳優が独白によって伝える以上のものを外観によって伝えている。実利的で、ロマンティクではない刑事マークは、恋をしたことがあるのかとライデッカーから尋ねられると、「一度、ワシントン・ハイツの人形がキツネの毛皮を私から手に入れたことがある」と答える。マークは、彼が死んだと信じている女性で、芸術作品に表現された夢となっている女性が、香水をつけた幽霊となっている場合にしか、恋することができない。

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2009年1月 9日 (金)

マカロニウエスタンの本差し上げます

中学と高校時代にテレビで見た映画を振り返っていたときによく利用した本、"Spaghetti Westerns: the Good, the Bad And the Violent" を1名様に差し上げます。(本については、米アマゾンのページを参照してください。

自分の好きなマカロニウエスタン5本を挙げて、それぞれにコメントを書いてください。私の独断と偏見で一番気に入ったものを書いた方に本を差し上げます。その際、このブログに、その5本とコメントを掲載します。本が当たらなかった方でも面白いものがあったら、ここに掲載するつもりです。ハンドル名と、掲載してよいかどうかをお書きください。(住所は、当選された方にのちほどお聞きします。)

締切は今月いっぱいです。まったく応募がなければ、「不要本リスト」に追加しますので、早い者勝ちとなります。

コメントとして送られてもけっこうですし、右のプロフィールをクリックして、メール送信してもかまいません。コメントとして送信された場合でも、コメントとしては公開せずに、本文中に掲載します。

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2008年12月23日 (火)

フィルムノワール(115): His Kind of Woman (1951)

115. His Kind of Woman (1951) 替え玉殺人計画(テレビ題名)

あらすじと解説が長いので、今日はあらすじのみ。バカバカしい剣劇ばかり主演している映画スターのカーディガン(ビンセント・プライス)が喜々として実際の撃ち合いを楽しむあたりからドタバタ喜劇になってしまって、腰くだけって感じ。写真の右のフィリップ・バン・ザントってよく見る顔です。あとでフィルモグラフィー調べてみます。

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RKO(ハワード・ヒューズ)。120分。
監督:ジョン・ファロー
脚本:ジェラルド・ドレイソン(原案)、フランク・フェントン、ジャック・レナード
撮影:ハリー・J・ワイルド
音楽:リー・ハーライン(作曲)、コンスタンチン・バカレイニコフ(音楽監督)
出演:ロバート・ミッチャム、ジェーン・ラッセル、ビンセント・プライス、ティム・ホルト、チャールズ・マッグロー、マージョリー・レイノルズ、レイモンド・バー、ジム・バッカス

あらすじ

ニック・フェラーロ(レイモンド・バー)は、犯罪組織のボスでナポリに逃れているが、アメリカに帰りたがっている。フェラーロは、メキシコのリゾート地にいる三人の部下に、彼が米国市民の身分証明を得られるよう命じる。部下の一人がロサンジェルスに出向き、刑務所から出てきたばかりの賭博師ダン・ミルナー(ロバート・ミッチャム)に1年間米国を離れたら5万ドル支払うという申し出をする。ミルナーは申し出を受諾し、メキシコに行き、指示を待つ。ミルナーは酒場でレノア・ブレント(ジェーン・ラッセル)に出会う。彼女は歌手で、映画スターのマーク・カーディガン(ビンセント・プライス)との恋愛関係を求めていた。二人は、飛行機でバジャ・カリフォルニアの会員制リゾート、モロズ・ロッジに行く。レノアはミルナーに魅かれるが、カーディガンと結婚する試みのためにほとんどの貯金を使っていた。だが、モロズ・ロッジに到着すると、カーディガンは、彼女との時間を過ごすよりは、ミルナーと狩りに出かけるほうに夢中になった。

ミルナーはモロズ・ロッジの経営者モロ(フィリップ・バン・ザント)に質問するが、彼は何も知らない。ミルナーは、フェラーロの部下じゃないのかと疑っているクラフトの部屋を訪れる。そこへフェラーロの部下トンプソン(チャールズ・マッグロー)がやってきて、自分の仕事はミルナーとクラフトを見張ることだと告げるが、それ以上のことは知らない。ミルナーは待つ以外にないので、レノアと時間を過ごす。米国移民局の秘密捜査官ビル・ラスク(ティム・ホルト)がやってきて、やっとミルナーは自分がなぜそこにいるか知る。ラスクによれば、フェラーロは、元ナチの医師クラフトから整形手術を受け、ミルナーを処分し、自分がミルナーとなる計画を立てている。ラスクは、トンプソンの部屋で無線機を探しているときにトンプソンに見つかり、殺される。レノアとミルナーは浜辺でラスクの死体を見つける。ミルナーは、トンプソンらによって、沖に停泊中のフェラーロのヨットに連行される。

ミルナーが連行されたのをレノアから聞いたカーディガンは浜辺に向かう。ミルナーは、トンプソンから逃れ、浜辺まで泳ぎ、カーディガンと合流する。カーティガンが浜辺でトンプソンらと撃ち合いをしている間、ミルナーはピストルを持って、ヨットに乗船し、フェラーロに立ち向かうが、再び捕まってしまう。カーディガンは、トンプソンらをやっつけ、ラスクの死を捜査していた警察隊を引き連れ、ヨットに向かう。ミルナーは、フェラーロの部下によって無残に殴られ、蒸気の出ている機関室に入れられる。神経の破壊によって一年以内に死をもたらす薬をクラフトがミルナーに注射しようとしたとき、カーディガンと警察隊が乗り込んでくる。撃ち合いとなり、ミルナーは、背後からカーディガンを狙っているフェラーロを射殺する。カーディガンは意気揚揚と記者会見を開き、ミルナーはレノアと再会する。

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2008年12月22日 (月)

戦後日本映画100選(その5)

昨日、M-1グランプリを見て満足して寝たので、NHK教育で夜10時からやっていた「水俣と向きあう~ドキュメンタリー映画作家・土本典昭の43年」という番組を録画するの忘れてしまいました。再放送して。

2票入った作品。

大曽根家の朝 (木下恵介、1946)
七つの顔 (松田定次、1946)
  片岡知恵蔵主演の多羅尾伴内シリーズ第一作。大映。
銀嶺の果て (谷口千吉、1947)
鐘の鳴る丘 (佐々木啓祐、1948)
  NHKのラジオドラマの映画化。佐田啓二主演。松竹。
破戒 (木下恵介、1948)
蜂の巣の子供達 (清水宏、1948)
忘れられた子等 (稲垣浩、1949)
お嬢さん乾杯! (木下恵介、1949)
執行猶予 (佐分利信、1950)
どっこい生きている (今井正、1951)
愛妻物語 (新藤兼人、1951)
めし (成瀬巳喜男、1951)
白痴 (黒澤明、1951)
風雪二十年 (佐分利信、1951)
本日休診 (渋谷実、1952)
山びこ学校 (今井正、1952)
次郎長三国志・次郎長売出す (マキノ雅弘、1952)
煙突の見える場所 (五所平之助、1953)
プーサン (市川崑、1953)
次郎長三国志・海道一の暴れん坊 (マキノ雅弘、1954)
笛吹童子 (萩原遼、1954)
あなた買います (小林正樹、1956)
ビルマの竪琴 (市川崑、1956)
絵を描く子どもたち (羽仁進、1956)
わが町 (川島雄三、1956)
  辰巳柳太郎、南田洋子主演。日活。
早春 (小津安二郎、1956)
米 (今井正、1957)
純愛物語 (今井正、1957)
蜘蛛巣城 (黒澤明、1957)
無法松の一生 (稲垣浩、1958)
盗まれた欲情 (今村昌平、1958)
果てしなき欲望 (今村昌平、1958)
悲しみは女だけに (新藤兼人、1958)
炎上 (市川崑、1958)
点と線 (小林恒夫、1958)
女の防波堤 (小森白、1958)
  小畑絹子、細川俊夫主演。新東宝。
にあんちゃん (今村昌平、1959)
荷車の歌 (山本薩夫、1959)
浪花の恋の物語 (内田吐夢、1959)
暗黒街の顔役 (岡本喜八、1959)
黒い画集・あるサラリーマンの証言 (堀川弘通、1960)
不知火検校 (森一生、1960)
  勝新太郎主演。座頭市のきっかけとなった作品。大映。
白い粉の恐怖 (村山新治、1960)
  三国連太郎、中原ひとみ主演。東映。
用心棒稼業 (舛田利雄、1961)
  宍戸錠、笹森礼子主演。日活。
小早川家の秋 (小津安二郎、1961)
ゼロの焦点 (野村芳太郎、1961)
水溜り (井上和男、1961)
  川津祐介、岡田茉莉子主演。松竹。
ろくでなし稼業 (斉藤武市、1961)
  宍戸錠、二谷英明主演。日活。
忍びの者 (山本薩夫、1962)
おとし穴 (勅使河原宏、1962)
秋刀魚の味 (小津安二郎、1962)
充たされた生活 (羽仁進、1962)
  60年安保闘争を背景に新劇女優の愛を描く。有馬稲子主演。
関の弥太っぺ (山下耕作、1963)
夜霧のブルース (野村孝、1963)
警視庁物語・全国縦断捜査 (飯塚増一、1963)
  1955年から1964年まで24本作られた東映のシリーズものの一本。
真田風雲録 (加藤泰、1963)
陸軍残酷物語 (佐藤純弥、1963)
  三国連太郎、西村晃、岩崎加根子主演。東映。
武士道残酷物語 (今井正、1963)
肉体の門 (鈴木清順、1964)
大殺陣 (工藤栄一、1964)
夫が見た「女の小箱」より (増村保造、1964)
ああ爆弾 (岡本喜八、1964)
狼と豚と人間 (深作欣二、1964)
十兵衛暗殺剣 (倉田準ニ、1964)
幕末残酷物語 (加藤泰、1964)
剣 (三隅研次、1964)
黒い雪 (武智鉄二、1965)
  わいせつ図画公然陳列罪で摘発された映画。日活。
東京オリンピック (市川崑、1965)
霧の旗 (山田洋次、1965)
刺青一代 (鈴木清順、1965)
とべない沈黙 (黒木和雄、1966)
男の顔は履歴書 (加藤泰、1966)
組織暴力 (佐藤純弥、1967)
ある殺し屋 (森一生、1967)
日本侠客伝・斬り込み (マキノ雅弘、1967)
殺しの烙印 (鈴木清順、1967)
縄張はもらった (長谷部安春、1968)
昭和のいのち (舛田利雄、1968)
緋牡丹博徒 (山下耕作、1968)
人生劇場・飛車角と吉良常 (内田吐夢、1968)
無頼・人斬り五郎 (小沢啓一、1968)
初恋・地獄篇 (羽仁進、1968)
ひとり狼 (池広一夫、1968)
  市川雷蔵主演の股旅やくざもの。
かぶりつき人生 (神代辰巳、1968)
無頼・黒匕首 (小沢啓一、1968)
大幹部・無頼 (小沢啓一、1968)
緋牡丹博徒・花札勝負 (加藤泰、1969)
男はつらいよ (山田洋次、1969)
落葉とくちづけ (斉藤耕一、1969)
喜劇・女は度胸 (森崎東、1969)
野良猫ロック/ワイルド・ジャンボ (藤田敏八、1970)
緋牡丹博徒・お竜参上 (加藤泰、1970)
血染の代紋 (深作欣二、1970)
地の群れ (熊井啓、1970)
白昼の襲撃 (西村潔、1970)
日本解放戦線・三里塚 (小川紳介、1971)
水俣 (土本典昭、1971)
書を捨てよ町へ出よう (寺山修司、1971)
やさしいにっぽん人 (東陽一、1971)
天使の恍惚 (若松孝ニ、1972)
現代やくざ・人斬り与太 (深作欣二、1972)
忍ぶ川 (熊井啓、1972)
女囚さそり・第41雑居房 (伊藤俊也、1972)
初国知所之天皇 (原正孝、1973)
女地獄・森は濡れた (神代辰巳、1973)
㊙女郎責め地獄 (田中登、1973)
恋人たちは濡れた (神代辰巳、1973)
番格ロック (内藤誠、1973)
戒厳令 (吉田喜重、1973)
神田川 (出目昌伸、1974)
華麗なる一族 (山本薩夫、1974)
赤線・玉の井ぬけられます (神代辰巳、1974)
昭和枯れすすき (野村芳太郎、1975)
祭りの準備 (黒木和雄、1975)
略称・射殺魔 (足立正生、1975)
さらば夏の光よ (山根成之、1976)
やくざの墓場・くちなしの花 (深作欣二、1976)
悲愁物語 (鈴木清順、1977)
青春の殺人者 (長谷川和彦、1977)
ねむの木の詩がきこえる (宮城まり子、1977)
八甲田山 (森谷司郎、1977)
霧の旗 (西河克巳、1977)

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2008年12月21日 (日)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ: デュヴィヴィエと会った夜

もともと「スクリーン」1959年9月号に掲載されていたもの。デュビビエは第二回フランス映画祭のために来日していたようです。例によって、植草甚一さんを「JJ氏」と表記します。(私は「ヴ」を使うのが好きじゃないので、もとの文章を転記している場合には「デュヴィヴィエ」にしていますが、私がつけ足した部分は「デュビビエ」にしています。読みづらかったら、申し訳ない。)

ジュリアン・デュビビエは1896年生まれで、1967年に運転中、心臓麻痺で死亡。代表作は、「にんじん」(1932)、「商船テナシチー」(1934)、「白き処女地」(1934)、「地の果てを行く」(1935)、「我等の仲間」(1936)、「望郷」(1937)、「舞踏会の手帖」(1937)、「旅路の果て」(1939)、「運命の饗宴」(1942)、「巴里の空の下セーヌは流れる」(1951)、「陽気なドン・カミロ」(1952)、「埋もれた青春」(1954)、「殺意の瞬間」(1956)、「殺人狂想曲」(1957)、「並木道」(1961)、「悪魔のようなあなた」(1967、遺作)など。

トリュフォーはデュビビエの「殺意の瞬間」のジェラール・ブランを見て「あこがれ」に起用したし、「大人は判ってくれない」に次ぐジャン・ピエール・レオの主演作はデュビビエの「並木道」だったように、良質なフランス映画の伝統を担う映画人の中では、さほどトリュフォーに嫌われていなかったようです。社会派ドラマや文芸作品を尊大に作る監督や脚本家たちは嫌いだったけれど、職人肌のデュビビエはそれなりに評価していたってことかもしれません。「デュヴィヴィエは57本撮っている。私はそのうち23本観て8本気に入った。」(原書房「フランソワ・トリュフォー」、123ページ)

では、JJ氏の会見記を読んでいきます。さほど長くない。

「趣味は?」と聞くと「眠ることです」と答えるのがいいじゃないですか。若い男優ではドロンとブリアリが有望だと答え、「危険な曲り角」のジャック・シャリエは「ふにゃふにゃした魚のようだ」とあしらう。実際、ジャック・シャリエなんてもう誰も知らない。JJ氏が通訳を通して「「埋もれた青春」の複雑なフラッシュバックは計算したものですか」と尋ねると、「計算なんか、すこしもしませんよ」と答える。西部劇は見たくもないし、モダンジャズは聴きたくもない。

そばにミレーヌ・ドモンジョがいたので、モダンジャズについて聞いてみると、バド・パウエルとチャーリー・パーカーが好きだと言う。

影響された監督はトマス・H・インスだけで、好きな監督はジョン・フォードとウィリアム・ワイラー。ジョン・ヒューストンもいいけど、ヒッチコックは好きな作品と嫌いな作品がある。

カイエ・デュ・シネマについて「みんな、あまりに真面目すぎる」と答えたので、JJ氏は、カイエ・デュ・シネマの若い連中はロッセリーニやヒッチコックをやたらほめて、カルネやデュビビエの最新作をコテンコテンにやっつけるので、「真面目すぎる」という言葉には「すこしバカだ」という意味が込められていると推測します。

「ぼくの隣にいた芸者がデュヴィヴィエって何者か知らないのでしかるべき説明をしたうえで、六十三歳だと付け加えると「まあ、外国の人って若いものですのね」といい、感心したような顔をしながら見ていた。」

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2008年12月19日 (金)

戦後日本映画100選(その4)

3票入った作品。

今ひとたびの (五所平之助、1947)
手をつなぐ子等 (稲垣浩、1948)
破れ太鼓 (木下恵介、1949)
暁の脱走 (谷口千吉、1950)
麦秋 (小津安二郎、1951)
原爆の子 (新藤兼人、1952)
おかあさん (成瀬巳喜男、1952)
にごりえ (今井正、1953)
億万長者 (市川崑、1954)
夜の河 (吉村公三郎、1956)
牛乳屋フランキー (中平康、1956)
洲崎パラダイス・赤信号 (川島雄三、1956)
俺は待ってるぜ (蔵原惟繕、1957)
嵐を呼ぶ男 (井上梅次、1957)
勝利者 (井上梅次、1957)
異母兄弟 (家城巳代治、1957)
満員電車 (市川崑、1957)
大菩薩峠 (内田吐夢、1957)
彼岸花 (小津安二郎、1958)
楢山節考 (木下恵介、1958)
夜の鼓 (今井正、1958)
愛と希望の街 (大島渚、1959)
ろくでなし (吉田喜重、1960)
武士道無残 (森川英太郎、1960)
狂熱の季節 (蔵原惟繕、1960)
用心棒 (黒澤明、1961)
悪名 (田中徳三、1961)
雁の寺 (川島雄三、1962)
関東無宿 (鈴木清順、1963)
乾いた花 (篠田正浩、1964)
鬼婆 (新藤兼人、1964)
執炎 (蔵原惟繕、1964)
壁の中の秘事 (若松考ニ、1965)
清作の妻 (増村保造、1965)
春婦伝 (鈴木清順、1965)
解散式 (深作欣二、1967)
非行少年・陽の出の叫び (藤田繁矢、1967)
日本春歌考 (大島渚、1967)
肉弾 (岡本喜八、1968)
犯された白衣 (若松考ニ、1968)
反逆のメロディー (沢田幸弘、1970)
斬り込み (沢田幸弘、1970)
喜劇・ああ軍歌 (前田陽一、1970)
三里塚・第二砦の人々 (小川紳介、1971)
儀式 (大島渚、1971)
さそり・女囚701号 (伊藤俊也、1972)
㊙色情めす市場 (田中登、1974)
極私的エロス・恋唄1974 (原一男、1974)
砂の器 (野村芳太郎、1974)
仁義の墓場 (深作欣二、1975)
不知火海 (土本典昭、1975)
ある映画監督の生涯 (新藤兼人、1975)
最も危険な遊戯 (村川透、1978)

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2008年12月18日 (木)

戦後日本映画100選(その3)

続いて5票と4票の作品。3票と2票はどうしようかな。気が向いたらということで。

  • 5票
    素晴らしき日曜日 (黒澤明、1947)
    青い山脈 (今井正、1949)
    晩春 (小津安二郎、1949)
    また逢う日まで (今井正、1950)
    暴力の街 (山本薩夫、1950)
    カルメン故郷に帰る (木下恵介、1951)
    偽れる盛装 (吉村公三郎、1951)
    生きる (黒澤明、1952)
    雲ながるる果てに (家城巳代治、1953)
    君の名は (大庭秀雄、1953)
    近松物語 (溝口健二、1954)
    夫婦善哉 (豊田四郎、1955)
    警視庁物語・終電車の死美人 (小林恒夫、1955)
    赤線地帯 (溝口健二、1956)
    処刑の部屋 (市川崑、1956)
    真昼の暗黒 (今井正、1956)
    黒い河 (小林正樹、1957)
    人間の条件 (小林正樹、1959)
    野火 (市川崑、1959)
    不良少年 (羽仁進、1961)
    嵐を呼ぶ十八人 (吉田喜重、1963)
    砂の女 (勅使河原宏、1964)
    日本列島 (熊井啓、1965)
    エロ事師たち・人類学入門 (今村昌平、1966)
    胎児が密猟する時 (若松考ニ、1966)
    白昼の通り魔 (大島渚、1966)
    人間蒸発 (今村昌平、1967)
    私が棄てた女 (浦山桐郎、1969)
    エロス+虐殺 (吉田喜重、1970)
    家族 (山田洋次、1970)
    八月の濡れた砂 (藤田敏八、1971)
    一条さゆり・濡れた欲情 (神代辰巳、1972)
    竜馬暗殺 (黒木和雄、1974)
  • 4票
    わが青春に悔いなし (黒澤明、1946)
    わが生涯のかがやける日 (吉村公三郎、1948)
    稲妻 (成瀬巳喜男、1952)
    真空地帯 (山本薩夫、1952)
    現代人 (渋谷実、1952)
    ひめゆりの塔 (今井正、1953)
    黒い潮 (山村聡、1954)
    狂った果実 (中平康、1956)
    女殺し油地獄 (堀川弘通、1957)
    一心太助・天下の一大事 (沢島忠、1958)
    キクとイサム (今井正、1959)
    野獣死すべし (須川栄三、1959)
    切腹 (小林正樹、1962)
    しとやかな獣 (川島雄三、1962)
    天国と地獄 (黒澤明、1963)
    暗殺 (篠田正浩、1964)
    網走番外地 (石井輝男、1965)
    明示侠客伝・三代目襲名 (加藤泰、1965)
    遊侠一匹・沓掛時次郎 (加藤泰、1966)
    東京流れ者 (鈴木清順、1966)
    893愚連隊 (中島貞夫、1966)
    少年 (大島渚、1969)
    無常 (実相寺昭雄、1970)
    仁義なき戦い (深作欣二、1973)
    四畳半襖の裏張り (神代辰巳、1973)
    0課の女・赤い手錠 (野田幸男、1974)

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戦後日本映画100選(その2)

さっきの続きで7票と6票獲得の作品。

  • 7票
    野良犬 (黒澤明、1949)
    西鶴一代女 (溝口健二、1952)
    雨月物語 (溝口健二、1953)
    東京物語 (小津安二郎、1953)
    血槍富士 (内田吐夢、1955)
    幕末太陽伝 (川島雄三、1957)
    張込み (野村芳太郎、1958)
    飢餓海峡 (内田吐夢、1964)
    神々の深き欲望 (今村昌平、1968)
  • 6票
    安城家の舞踏会 (吉村公三郎、1947)
    日本の悲劇 (木下恵介、1953)
    女の園 (木下恵介、1954)
    野菊の如き君なりき (木下恵介、1955)
    浮雲 (成瀬巳喜男、1955)
    くちづけ (増村保造、1957)
    巨人と玩具 (増村保造、1958)
    独立愚連隊 (岡本喜八、1959)
    日本の夜と霧 (大島渚、1960)
    太陽の墓場 (大島渚、1960)
    おとうと (市川崑、1960)
    誇り高き挑戦 (深作欣二、1962)
    憎いあンちくしょう (蔵原惟繕、1962)
    十三人の刺客 (工藤栄一、1963)
    博奕打ち・総長賭博 (山下耕作、1968)
    心中天網島 (篠田正浩、1969)

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戦後日本映画100選(その1)

30年前の「映画芸術」1978年12月号に掲載されていたものです。14名の批評家らが各々100本ずつ選び、1票でも入った作品を年代順に並べています。たとえば、最初の1945年には「そよかぜ」「続・姿三四郎」「乙女のいる基地」「虎の尾を踏む男達」が入っていますが、それぞれ、波多野哲朗、田原克拓、蓮実重彦が1票入れているだけです(田原は「続・姿三四郎」と「乙女のいる基地」の両方を挙げている)。他の参加者は、瓜生忠夫、押川義行、小川徹、生駒千里、佐藤肇、佐藤重臣、山根貞男、高沢瑛一、飯島哲夫、蒼井一郎、尾形敏朗。自分で集計して、8人以上が挙げている作品を並べてみます。7人以下のも順次掲載していこうと思います。

  • 12票
    七人の侍 (黒澤明、1954)
  • 10票
    東海道四谷怪談 (中川信夫、1959)
    青春残酷物語 (大島渚、1960)
    秋津温泉 (吉田喜重、1962)
  • 9票
    酔いどれ天使 (黒澤明、1948)
    裸の島 (新藤兼人、1960)
    座頭市物語 (三隅研次、1962)
    赤い殺意 (今村昌平、1964)
  • 8票
    羅生門 (黒澤明、1950)
    二十四の瞳 (木下恵介、1954)
    豚と軍艦 (今村昌平、1961)
    キューポラのある街 (浦山桐郎、1962)
    にっぽん昆虫記 (今村昌平、1963)
    けんかえれじい (鈴木清順、1966)

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2008年12月15日 (月)

フィルムノワール(151): Lady on a Train (1945)

本日は、これがフィルムノワール?という作品のご紹介。ディアナ・ダービン主演、ラフル・ベラミー、エドワード・エベレット・ホートン共演のフィルムノワールってありうる?Deanna Durbin Sweetheart Pack という6作品収録の2枚組DVDが楽しそう。2500円ぐらい。

監督チャールズ・デビッド、撮影ウディ・ブレデル Woody Bredell、音楽ミクロス・ローザ。ユニバーサル。94分。

ニッキ・コリンズ(ディアナ・ダービン)はニューヨークでハスケル弁護士(エドワード・エベレット・ホートン)に会う予定である。彼女の乗った列車がゼネラルセントラル駅に到着しようとしているとき、ニッキは線路の近くのオフィスビルで殺人を目撃するが、殺人者の背中しか見えなかった。ハスケル弁護士は頼りにならないので、ニッキは、ミステリー作家のウェイン・モーガンに協力を依頼する。ニッキは、被害者が海運業の大物だと知る。彼女は彼の奇妙な家庭を訪ねる。彼には二人の甥っ子がいる。一人は風変わりなジョナサン(ラルフ・ベラミー)、もう一人はハンサムだが腹黒いアーノルド(ダン・デュリエ)。被害者は彼の情婦であるナイトクラブ歌手にかなりの遺産を残していた。ニッキはナイトクラブに行くが、歌手は死んでおり、殺人者に雇われた二人組からかろうじて逃げる。ニッキはアーノルドが殺人者だと疑う。アーノルドが、殺された海運業者のビルディングにニッキを一人残そうとするので、ニッキは彼から逃れ、ジョナサンに助けられる。ジョナサンは彼女をある部屋に連れて行くが、ニッキはそこが殺人現場で、ジョナサンが犯人だと気づく。ピストルを持ったアーノルドが入ってきて、ミステリー作家ウェインが続いて入ってくる。ウェインはアーノルドが犯人だと思っているので、ピストルを彼から奪ってジョナサンに渡す。幸いにも、警察が到着したので、これ以上の犠牲者が出ることはなかった。

"Lady on a Train" は、探偵ストーリーのパロディではないノワール・コメディのまれな例である。そのかわりに、運命的な状況と奇妙で病的な登場人物によるコーネル・ウールリッチ独特の雰囲気のパロディである。開巻シーンが特にウールリッチ風で、列車に乗った若くてきれいな女性が、雨が流れる列車の窓越しに男が殺されるのを見るが、どうすることもできない。ウディ・ブレデルは、1年前に「幻の女 Phantom Lady」(ウールリッチ原作)でとらえたのと同じニューヨークの雰囲気を呼び起こしている。さらに、レスリー・チャータリスの原案、ジョージ・クールリス George Coulouris、ベラミー、デュリエの奇妙な性格づけ、それにミクロス・ローザの忘れられない音楽が組み合わさって、フィルムノワールの舞台ができあがっているし、ディアナ・ダービンが歌う機会さえ用意されている。

右側の「関連サイト」に「フィルムノワール作品リスト」を加えました。

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2008年11月28日 (金)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:「輪舞」「快楽」(その2)

11月21日の続きです。後半は「快楽」。モーパッサン原作による三話から成るオムニバスですが、第一話と第三話はプロローグとエピローグぐらいの感じで、第二話「メゾン・テリエ」が長さも印象度も他を圧倒しています。オフュルスというと、「忘れじの面影」でも「たそがれの女心」でも「歴史は女で作られる」でも、移動撮影のために作られた、凝ったセットという印象があるのですが、「メゾン・テリエ」は田舎の自然が中心なのが意外な感じ。ルノワールの「ピクニック」を思わせますが、あれも原作はモーパッサンでした。

それにしてもJJ氏は実に丁寧に移動撮影のシーンを描写しています。試写会で画面から目を離さずにメモ帳に書き込むというのをどこかで読んだ気がしますが、ビデオやDVDがない時代にこれはすごい。数々の移動撮影シーンを細かく解説していますが、ここに書き写すのも、まとめるのも面倒なので、各自、オリジナルを読んでください。

「いま書いたように移動する瞬間ごとに目に映るもののすべてが美しくなければならないと考える」のが「オフュルス的原則」です。うーん、ヌーベルバーグの映画作家たちが尊敬するだけのことはある。

第一話と第二話の撮影者は「輪舞」のクリスチャン・マトラで、第三話はフィリップ・アゴスティニ。製作費がかさんだために一時撮影中止になり、そのために第三話は別の撮影者になったそうです。「第三話の最初の海岸の場面と最後の海岸の移動撮影は、いままで映画にあらわれた最も芸術的な構図美をもったものだと褒めても褒めすぎにはならない。」

装置者は「輪舞」のジャン・ドォボンヌ。「たそがれの女心」も「歴史は女で作られる」もそうだし、撮影開始直後にオフュルスが亡くなったためにジャック・ベッケルが引き継いだ「モンパルナスの灯」もそうです。

第二話「メゾン・テリエ」で、マダム・テリエと娼婦たちが白い列車に乗って田舎に行くシークエンスは素晴らしいです。

「白い列車が白煙をたなびかせて野原のなかを右へと走っていく最初のシーンから、草むら越し、樹間越しに列車が見え隠れするあたり、いままで列車の撮影にはいろいろと素晴らしいものがあったが、これほど牧歌的な感じがする風景をスクリーンに描き出したことはなかったといってもいい。とくに別れの場面でリヴェが左へと走っていく列車を追っていくとき、そのあいだに草むらを置いて撮影するという凝った趣向は、やはりオフュルスの想像力がクリスチャン・マトラの想像力とよく合致した一例として特筆に価するものだ。また荷車にマダム・テリエの一行を乗せて走っていくあたりも牧歌的情緒を出している点で見事だった。この場合、列車を白く塗らなければ、ああした気分のよさは出ないと思われるのであって、自然にたいする技巧的演出として、ちょっと誰にも考えつかないようなものをオフュルスは持っている。」

クリスチャン・マトラが撮影を担当した作品は、「商船テナシチー」「旅路の果て」「大いなる幻影」「格子なき牢獄」「双頭の鷲」「賭けはなされた」「花咲ける騎士道」「たそがれの女心」「歴史は女で作られる」「眼には眼を」「モンパルナスの灯」「大盗賊」「銀河」など。

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2008年11月23日 (日)

フランスにおけるメルビル映画の観客動員数

Ginette Vincendeau の "Jean-Pierre Melville: An American in Paris" というBFIから出版された本の巻末にメルビル作品の観客動員数が載っています。日付は公開日、最初の数字は各メルビル作品の全仏での観客数、次の数字はその年の観客総数(本に掲載されているものを四捨五入して簡素な数字にしています)。すなわち、フランスの観客動員数は1949年から1972年に半分以下に落ちているわけです。

これによると、「海の沈黙」と「お前がこの手紙を読むとき」は100万人突破で他作品よりもヒットしているようです。後者はジュリエット・グレコ主演だからかなあ。全体の観客数が減少しているのに「司祭レオン・モラン」以降のメルビル作品の観客数が多いのは、もちろんベルモンド、バンチュラ、ドロンというスターが主演しているから。特にドロン、モンタン、ブールビルが出ている「仁義」は大ヒットしてます。「リスボン特急」は最近1500円の日本盤DVDが出たのですね。注文しました。

  • 海の沈黙 1949年4月22日
    1,371,687人 4億人
  • 恐るべき子供たち 1950年3月29日
    719,844人 3.7億人
  • お前がこの手紙を読むとき 1953年11月11日
    1,160,986人 3.7億人
  • 賭博師ボブ 1956年8月24日
    716,920人 4億人
  • マンハッタンの二人の男 1959年10月16日
    308,524人 3.5億人
  • 司祭レオン・モラン 1961年9月22日
    1,702,860人 3.3億人
  • いぬ 1963年2月8日
    1,475,391人 3億人
  • フルショー家の長男 1963年10月2日
    1,484,948人 3億人
  • ギャング 1966年11月2日
    1,912,749人 2.3億人
  • サムライ 1967年10月25日
    1,932,372人 2.1億人
  • 影の軍隊 1969年9月12日
    1,401,822人 1.8億人
  • 仁義 1970年10月21日
    4,339,821人 1.8億人
  • リスボン特急 1972年10月25日
    2,832,912人 1.8億人

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2008年11月21日 (金)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:「輪舞」「快楽」(その1)

少し前にクライテリオンからマックス・オフュルスの「輪舞」「快楽」「たそがれの女心」のDVDが出て、ここ三日で全部見ました。「たそがれの女心」については、またいつの日か。

初出は「映画芸術」1953年3月号です。この頃まだ日本では作品を見ることのできない監督がたくさんいたようです。「操行ゼロ」(1932)、「アタラント号」(1934)のジャン・ビゴ(1904-34)、「罪の天使」(1943)、「ブローニュの森の貴婦人たち」(1944)、「田舎司祭の日記」(1950)のロベール・ブレッソン、「妄執(郵便配達は二度ベルを鳴らす)」(1942)、「大地は揺れる」(1948)、「ベリッシマ」(1952)のビスコンティ、「八月の日曜日」(1950)、「パリは何時もパリ」(1951)、「スパーニア広場の少女たち」(1952)のルチャーノ・エンメル、「ローマの太陽の下に」(1948)、「春だ」(1950)、「二ペンスの希望」(1952)のレナート・カステラーニを挙げています。

マックス・オフュルスは、昭和13年に「ヨシワラ」が「小花」という邦題で封切られ、戦後には「風雲児」が公開されたそうです。後者は、ダグラス・フェアバンクス・ジュニア主演の時代剣戟で、JJ氏は、フェアバンクス・ジュニアがなぜオフュルスを監督に選んだかをけっこう長く説明していますが、ここは割愛。

オフュルス Ophuls はハリウッドではオパルス Opuls と呼ばれていたそうです。「快楽」のタイトルを見ていると、オフュルスの名前が出たときに、u の字の上のウムラウト(点二つ)が白絵具で消してあるのに、消し方が下手なのでぼんやりと残っているのにJJ氏は気づきます。「つまらないことを書き立てているようだが、ぼく自身そうは思っていないのは、Hがなくなったり、ウムラウトが消えてしまうところに亡命映画作家としてのある種の悲しみに触れるような気がするからである。」オフュルスは、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、再びフランスへと転々としたのです。

マックス・オフュルスは1902年5月6日にドイツのザールブリュッケンに生まれる。16歳から新聞社で働き、のちに俳優となり、22歳のときにブルグ劇場の演出者に抜擢される。1925年から41年にはドイツとフランスのラジオでもラジオ劇作家やプロデューサーとして活躍。1931年に映画界に入った。ドイツでは「借りられた花嫁」「恋愛三昧」「サラエヴォ」を作り、フランスに渡ってからは「サラエヴォ」「男が盗まれた」「やさしい敵」と「恋愛三昧」のフランス版を作った(「サラエヴォ」は「マイエルリンクからサラエヴォへ」のことで、ドイツ時代に「サラエヴォ」を作ったというのは間違いだと思うのですが。いずれにせよ、このあたりはインターネットでちゃんと調べたほうがよさそう。)

JJ氏は、「やさしい敵」に関して以下のことを思い出します。早稲田大学にいたとき、アンドレ・ポール・アントワーヌの原作の芝居を翻訳して、記念祭で上演した。オフュルスの映画が見たいので、ある映画会社の社長に輸入することを勧め、横浜の税関まで来たが、日本では商売にならないので本国に返された。「やさしい敵」がどういう芝居だったかというと、最初、三つの墓が並んでいる。ある未亡人が娘を連れてやってきて、各々の墓に花を置いて、三人の男が彼女に恋して、どんなふうに死んでいったかを娘に語る。すると墓場の影からしんだ亭主が首を出し、三つの結婚生活がフラッシュバックで語られる。「皮肉で気が利いた風俗喜劇で...オフュルスが「輪舞」や「快楽」のようにスケッチ風なものを好む傾向は、すでにこのころからあったといっていい。」

フランスからイタリアへ行ったオフュルスはイザ・ミランダ主演で「すべての人の女」(1934)を作るのですが、JJ氏は、イザ・ミランダが15年後に「輪舞」に出演していることに友情のようなものを感じます。戦争が勃発したためにオフュルスはアメリカに渡ります。「ハリウッドでつくったものではジョーン・フォンテインが主演したステファン・ツヴァイクの「未知の女からの手紙」(1948)が最高傑作と称されている。」これは「忘れじの面影」のことで、シネシャモ第2回上映をご覧あれ

「このほかジェームズ・メイソン主演の「捕われて」と「無謀な瞬間」が1949年の作品としてリストにのっているが、この年フランスに戻って「輪舞」をつくり、この成功に気をよくして、同じような技巧を使った「快楽」をつくることになったのである。」「捕われて」は「魅せられて」という邦題のDVDが出ています。「無謀な瞬間」は「レックレス・モメント/愛と欲望の罠」という題名でテレビ放映されたことがあるようです。

ここまでが1で、後半の2では「快楽」について語っています。しかし1ではあまり「輪舞」について語っていないせいか、最後にエッセイの本文と区別した囲みの中であらすじを書いています。「輪舞」は10組のカップルの情事を順繰りに描いたものです。最初のカップルの男のほうが別の女性との情事を楽しむと、今度はその女性が別の男性との情事を楽しむというように進んでいきます。各エピソードの間には狂言回し役のアントン・ウォルブルックが登場して観客に語りかけたり、劇中に登場して主人公たちに語りかけたりします。エピソード自体は短すぎて面白味に欠けますが、この構成が面白いし、凝った移動撮影に仰天しちゃいます。

(続く)

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2008年11月20日 (木)

フィルムノワール (220): The Racket (1951)

DVDボックスセットFilm Noir Classic Collection, Vol. 3 に収められている “Border Incident”(1949、国境事件)をこの前勉強したので、今度は ”His Kind of Woman”(1951、替え玉殺人計画(テレビ題名))にしようとしたら、あらすじと解説がやたら長いので、後回しにします。ニコラス・レイの “On Dangerous Ground”(1952、危険な場所で)は見たことがあるので、これも後回しにして、本日は “The Racket” (1951、脅迫者(テレビ題名))

220. The Racket (1951)

監督ジョン・クロムウェル、原作バートレット・コーミック(戯曲)、脚色ウィリアム・ウィスター・ヘインズ、WRバーネット、撮影ジョージ・E・ディスカント、音楽コンスタンチン・バカレイニコフ、出演ロバート・ミッチャム、リザベス・テイラー、ロバート・ライアン。RKO。88分。

あらすじ

汚職にまみれた中西部都市の市議会選挙終盤、マッキーグ警部(ミッチャム)とギャング組織の一員ニック・スキャンロン(ライアン)が対立している。誠実なマッキーグは、彼のまわりで行われている犯罪や収賄に激高しており、怒りの矛先をスキャンロンに向けている。スキャンロンは、ギャング組織の中級レベルの一員だが、マッキーグが憎むものすべてを象徴している。マッキーグの上司ターク警視(ウィリアム・コンラッド)と市の検察官ウェルチ(レイ・コリンズ)は、組織にコントロールされており、むきになるなとマッキーグに警告する。組織の幹部たちは、スキャンロンがもっと現代的で、暴力に頼らず、事務的になるよう望んでいるが、スキャンロンは彼らと対立している。スキャンロンには敵対する団員がいて、最終的に、彼を殺す手はずを整えなければならなくなる。この暗殺は直接スキャンロン自身の死につながる。マッキーグを使ってスキャンロンを破滅させることは市政組織と犯罪組織の大物たちにとって好都合だった。市政の改革者たちは選挙で敗北し、組織的非合法活動は依然と同じように続く。スキャンロンは、より腹黒い一員に取って代わられる。マッキーグは相変わらず無力のままで、市の本当の犯罪帝王は州知事だという暗示で終わる。

解説

この映画における汚職は抽象的な力とか物といったものではない。ある都市の欲望、野望、妥協すべてを総合したものだ。この映画は、道徳的な善悪の区別をしていない。最悪の登場人物でさえ、邪悪だとか、サディスティックだとか、非常に危険だとかいうわけではない。たとえば、ターク警視はマッキーグよりもかなり知的で繊細な人物である。ウェルチ検察官は、実用主義的であるが、誠実なところがある。彼は、なぜ寝返ったか尋ねられると、裁判官の職を約束されたからだと答える。スキャンロンは、映画の中で最もよく描かれており、共感を呼ぶ人物である。彼は、孤独で、疎外されており、ギャングの組織形態の進化に同調して自らのアイデンティティを失うことを拒否しているがために破滅する。

マッキーグの役割はあいまいである。スキャンロンが古いタイプのギャングの一員なら、マッキーグも同様に保守的な警官で、自らの職を、正義を行うものではなく、法と秩序を維持するものとして考えている。ウェルチ検察官は、マッキーグにとって誠実とは一種の病気だと言う。これを証明する証拠はたくさんある。彼の極端な誠実さは、スキャンロンが暴力をもって収賄に対処するのと同じぐらい破壊的で暴力的である。マッキーグはギャングの一員ではないが、彼のやり方は法を外れているので、似たようなものである。彼は、人身保護令状を破棄し、容疑者をわなにかけ、スキャンロンが殺されるのを許す。彼の目的は改革ではない。彼の目的は、汚職ではなくスキャンロンを打ち倒すことである。ハワード・ヒューズは、暗黒街の題材の商業的および美学的可能性に対して常に敏感だった。映画に興味を持ったヒューズは、バートレット・コーミックによる原作の戯曲を1927年に映画化し、1928年に公開した。このリメイクは、1948年にヒューズが支配下に置いたRKOによる最初のプロジェクトの一つだった。サミュエル・フラーが最初の脚本家で、背景を禁酒法時代から第二次大戦後の社会に移した。基本的にオリジナルな脚本をフラーが提出すると、脚本家ウィリアム・へインズと監督ジョン・クロムウェルに交代させられた。彼らはより原作に忠実で、時代こそ1940年代後半だが、紛争や策略は1920年代のシカゴを受け継いでいる。製作途中で、ハワード・ヒューズは、映画を書きなおすために作家のWRバーネットを個人的に雇った。バーネットの専門技術(彼は、「犯罪王リコ Little Caesar」、「暗黒街の顔役 Scarface」、「ハイ・シェラ」、「アスファルト・ジャングル」の原作や脚本を書いた)、50万ドルの撮り直し費用、半ダースのすぐれた役者にもかかわらず、まあまあの商業映画を少し上回る程度のものにしかならなかった。それに、シチュエーションや登場人物がやや時代遅れで、現実離れしている。しかし、よく似ている「アスファルト・ジャングル」よりも政治的に洗練されている。この映画の問題は、たぶん、特定の時間や場所に根付いていないために、均衡を保ちながら政治力、警察力、犯罪力を最も複雑に取り扱っているという妥当な主張が不明瞭になっていることである (its legitimate claim to being the most complex treatment of political, police, and criminal forces in equilibrium is obscured)。

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2008年11月19日 (水)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:シネマディクトJ・Jと「海の牙」を見る

初出は「映画芸術」1948年11月号。「シネマディクトJJ」は植草甚一さん自身のこと。このエッセイの中では「シネマディクトJ・J」と表記されていますが、このブログの「映画だけしか頭になかった」シリーズでの整合性を保つために「JJ氏」にします。JJ氏は植草さん自身と書いたけど、このエッセイの中には「ぼく」も登場していて、普通の自分「ぼく」が映画狂の自分「JJ氏」の心理を分析するという構成になっています。

JJ氏は「呪われた人たち」の撮影者アンリ・アルカンの腕前に惚れ込んでしまったので、カメラ屋の前を通り過ぎるたびにウィンドーをのぞいて、このカメラで撮影したらどんな映像が撮れるのだろうかと想像します。「呪われた人たち」は Les Maudits の直訳で、日本では「海の牙」として公開されるのですが、JJ氏は「この題ではアルカンの調子が出ない」ということで、このエッセイでは「呪われた人たち」で通します。

「呪われた人たち」は曇天シーンばかりですが、アルカンはうまく撮影していて、それ以外でも撮影できないんじゃないかというショットに挑戦しています。映画では実験が何よりも大切であるとして、ローレンス・オリビエの「ヘンリー五世」を例に挙げます。決戦前夜のシークエンスが撮影上最も問題となったのですが、通常夕暮れに撮影するのに、撮影者ロバート・クラスカーは、周りの反対を押し切って、夜明けに撮影しました。

「呪われた人たち」のアンリ・アルカンは次のような実験を試みています。

(1) 潜水艦の内部から甲板へとショットが移ったとき、画調のひらきがない。大空はどんより曇っていて、「海面の起伏は、登場人物を誘い込むように薄気味悪くうねって」いて、「海そのものが「呪われて」いる印象」を与えます。画調のひらきが感じられないというのは、「観客自身であるぼくたちが登場人物になりきってしまうことであり、アルカンは、この映画で、いかに画調の統一がリアリズムの映画に必要であるかを示している。」JJ氏が、これまで見た映画の中で、もっとも生々しい海面描写であり、「魚雷を発射した瞬間における海面の皺の変化の美しさは、いままでになかった映画的興奮をあたえた。」

(2) 映画の最初のショットは、数名の人々が港町を歩いているのをとらえた移動撮影ですが、懐中電燈の灯がカメラに向かっているけれど、ハレーションを見せていない。さらに、主人公の医師が石油ランプを持って歩くショットでは、ランプから灰色の煙が立っている。医師が拉致される野外撮影で、夜の街頭に立つ数名の人物をとらえた俯瞰撮影や、海岸からボートに乗って潜水艦に向けて漕いで行くショットの美しさに、JJ氏は「アメリカ映画の機械的優秀さだけでは決して表現できまいと思われるアルカンの閃き」を感じます。

「ぼく」がアルカンを知ったのは、コクトーの「美女と野獣」。コクトーの手記によると、「野獣が気絶した美女を抱きかかえて、部屋に入り、しずしずと階段を上っていく場面」が嫌いだったらしく、「雰囲気を出そうとすることが詩を生むのではない、死は生ま生ましい状態から生まれる」のだといってアルカンを叱ります。「ぼく」は、「「呪われた人たち」のカメラの特色は、生ま生ましさから創造された詩である」と考えます。

JJ氏が「アルカンのカメラは被写体からオブジェクトの意味をつかみ出しているね」というので、「ぼく」はどういう意味かたずねます。

(3) 「密閉ドアが閉まったあと、八つ位あるノブが、まるで人間の指のように動き、なんともいえない薄気味わるさを与えている。」JJ氏は、ほかにも、「無生物であるドアや新聞や催眠剤やジャックナイフが生きたもののように写されている」場面を列挙します。

(4) さらに、「すべて灰色で統一された全体にアクセントを与える」他の細部を列挙します。
・ 潜水艦が爆雷のために激震するショット
・ 破片がとんでドイツ女の眉間を割るショット
・ ゲシュタポの首領が皿に盛られたマッシュポテトにナイフで線を入れるショット

(5) 今度は「ぼく」がJJ氏にアルカンの別の特色について語ります。潜水艦の内部はセットのようだが、狭い感じがリアルなのや機構のメカニックな感じから、セットではない気が絶えずした。それよりも感嘆したのは、「登場人物の間で心理的な争いが起こる場合、焦点の浅いレンズで、彼らの表情を極めてリアルにカメラに収めている一方、一人の人物が横にそれ、背後にいる人物があらわれるとき、カメラは静止しているのにかかわらず、後方人物が前にいた人物と同じ距離になっていることである。」これは、「アルカンの特殊技巧で、アメリカで流行している焦点距離の極度に深い新技術とまさに好対象をなすものである。」(「好対象」は「好対照」の間違いでしょう。)

しばらくしてJJ氏は「ぼく」に手紙をよこします。JJ氏は、エリア・カザンの「紳士協定」との比較を試みます。「紳士協定」の撮影者アーサー・ミラーは焦点距離の深いレンズを使用して、舞台とスクリーンの融合を示したカザンの演出意図をうまく表現していると述べています。焦点距離の深さではグレッグ・トーランドが撮影した「我等の生涯の最良の年」(ワイラー監督)が日本に紹介された唯一の作品だけど、JJ氏(イコール植草さん)は特に好きな作品じゃないので、カメラや照明に関心なかったそうです。(オーソン・ウェルズ監督、トーランド撮影の「市民ケーン」が初めて日本で公開されたのは60年代半ばなので、ここには「市民ケーン」の名前が出てきません。)

カザンは「紳士協定」で焦点距離の深いレンズを使用することによって以下のような実験を試みたとJJ氏は言います。
(1) 室内シーンが多いのだが、奥行きの深い画面の奥にドアがあって、かならずそこから俳優が前方へと進んでくる。
(2) 出入り口はそこしかないから、俳優が退場するときに左右に姿を消すことはなく、奥のドアのほうに歩いていく。
(3) つまり、動きは縦の線を使っている。奥のドアから入ってきた俳優は、前方に歩いてきて、そこにいた人物と会話をする。パンする場合は、アップからミディアムショットに切り替わってから横移動する。
(4) 「ひとりの人物がカメラにたいし正面に向かったクロース・アップは絶対にない。二人の人物が会話する場合、カメラは各人物の斜後方に位置され、スクリーンの片側に聴き手の顔が大きくクロース・アップされる。話し手の視線は、だから斜めに向かっている。すなわち話し手が変わるたびに、ショットが変わり、視線は左手から右手へ向かい、同じように聴き手の顔の側面が右側から左側へとショットによって位置をかえる。」(「紳士協定」のDVDは持っているけど、今これを確認する余裕がないので、そのまま転記しました。)

JJ氏は次のように指摘します。焦点距離の深いカメラの使用法としては「我等の生涯の最良の年」よりも「紳士協定」のほうがはるかに優れているが、だからといって芸術的にすぐれているかどうかは疑問である。カメラの個性はあるが、カメラマンの個性がない。この点で、「呪われた人たち」のアルカンの撮影は、これまでで最も個性があるもので、映画の劇的要素に直接関与している。

JJ氏と「ぼく」は、「ドイツ女ヒルデが半ば発狂して、潜水艦の甲板から貨物船のロープに飛びつき、そのまま海中に身を没して、船腹に挟まれてしまう場面」が最も強烈な印象を残すとしますが、これがいかなる方法で撮影されたかの答えは出ませんでした。「けっきょく、アルカンの特色については知ることができたにしろ、より興味ある職業上の秘密については、なんら探ることはできなかったのである。」

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2008年11月17日 (月)

フィルムノワール(30):Border Incident (1949)

今日は、来月購入予定のDVDボックスセット Film Noir Classic Collection, Vol. 3 に収められている "Border Incident" のお勉強。

30. Border Incident (1949)

監督アンソニー・マン、脚本ジョン・C・ヒギンズ、撮影ジョン・アルトン、音楽アンドレ・プレビン、出演リカルド・モンタルバン、ジョージ・マーフィ。MGM。96分。

あらすじ

腹黒い牧場主オーウェン・パークソン(ハワード・ダ・シルバ)は、メキシコ人を密入国させ、にせの労働許可証で働かせている。この犯罪行為によって殺人事件が起こる。米国とメキシコの移民局捜査官が合同で捜査を始める。米国の捜査官ジャック・ベアーンズ(ジョージ・マーフィ)とメキシコの捜査官パブロ・ロドリゲス(リカルド・モンタルバン)が潜入する。ジャックはパークソン一味のチンビラに扮し、パブロはパークソンの牧場に派遣されたメキシコ人季節労働者に扮する。パブロとジャックは、精神病のパークソンとサディスティックな手下によってメキシコ人たちが非人間的な扱いを受けているのを目撃する。ジャックの正体がばれ、どうすることもできないパブロの目の前でむごたらしく殺される。最後に、パブロと移民当局はパークソンを破滅させ、彼の一味を壊滅させる。

解説

アンソニー・マンとジョン・アルトンは、 “T-Men” などのイーグル・ライオン社の作品で得た評判によって、すぐにMGMから仕事をもらった。当然、マンは “T-Men” に似た映画を監督することとなった。”Border Incident” は二人の秘密捜査員が主演だが、平等主義の精神によって、一人は米国人、もう一人はメキシコ人で、彼らは同等に共感を呼ぶ人物である。ベアーンズがトラクターにひかれるのをパブロが傍観するシーンは、ジェナロが殺されるのをオブライエンが見ざるをえない “T-Men” のシーンに該当する。この映画のほうが視覚的に強烈である。ワイドアングルでの至近撮影によって(close wide-angle shot)、死から逃れようと爪で土をひっかくときのベアーンズの恐怖を鮮やかにとらえている。このシーンは、この時期の映画の中で最もぞっとするシーンで、のちに「ブラック・エースPrime Cut」(1972、マイケル・リッチー監督、リー・マービン、ジーン・ハックマン主演)によって真似された。しかし、”T-Men” のシーンには、オブライエンと英雄的なジェナロとの、より複雑で感情豊かなやりとりがある。

ジョン・アルトンによる撮影は、主として、奥行きが深く、コントラストが強い。メキシコのシークエンスでは、光と影を強調する照明が視覚的な印象を強めている。さらに、カリフォルニア南西部の風景がマンによって初めて使用され、モラルと感情に関するアクションのねらい (moral and emotional thrust of the action) を強調しており、マンが翌年から作り始める西部劇を予示している。

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2008年11月16日 (日)

ポーリン・ケイルによる「陽のあたる場所」

故ポーリン・ケイル女史が "5001 Nights at the Movies" に書いている「陽のあたる場所」評を訳してみます。テキトー訳です。特に、「自分が犯していない犯罪を自らの命で償うべきだと主人公(と観客)に確信させる映画の結論は奇妙である」のあとに、「「父の死を望まないものがいるだろうか」とイワン・カラマゾフは尋ねた。 Stevens and company would send us all up for it」と続くのですが、英語の個所がわからなかったので、省略しています。どういう意味かわかる方がいらしたら、教えてください。

エリザベス・テイラーの演技は、彼女の作品の中で最も繊細なものの一つである(エロチックだが)。この映画でのジョージ・スティーブンズの演出手法は、熟慮されたもので、ゆっくりしていて、累積的なものだから、「リアリスティック」と賞賛された。しかし、あいまいな心理学的調子、陰鬱な風景、アビの不吉な鳴き声、オーバーラップは、観客が意識することなく感情的に観客に影響を与えるように意図されたものだ。スティーブンズと脚本家は、基本的に単純な話をもったいぶっていて「深い」ものに変えようと、すべてをあらかじめ解釈している。ゴシック風の殺人ミステリーとしては十分に個性の強いものだが、物柔らかな資本家たちと抑圧された労働者たちは不況時代の漫画から抜け出してきたみたいだ。この工業の町は、富、活気、権力の象徴と、貧しさ、単調さ、無力さの象徴が整理されたものである。主人公に捨てられた労働者階級のガールフレンド(シェリー・ウィンターズ)は、魅力的であろうとすることさえ許されない。1931年のスタンバーグの作品が怖かったのは、犠牲者となるシルビア・シドニーの美しさにもかかわらず、貧しさによって最終的に魅力のない人物にされたことである。もしエリザベス・テイラーが女工を演じていれば、少なくとも貧しい人々にも資産が持てることを示すことができただろう (the poor could at least be shown to have some natural assets)。しかし、シェリー・ウィンターズが哀れを誘う様子はぞっとするし、しつこいので、クリフトが彼女を殺すことを考える時、犯罪を計画しているようには見えない。むしろ、安楽死を計画しているように思える。自分が犯していない犯罪を自らの命で償うべきだと主人公(と観客)に確信させる映画の結論は奇妙である。しかし、この有名な映画に対して各自がどう保留を付けようと、この映画は印象的だし、テイラーとクリフトのラブシーンは肉体的欲望を明確に描いている。

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2008年11月14日 (金)

フィルムノワール(150): Lady in the Lake (1947)

今回は、あらすじを省略して、解説だけにします。

150. Lady in the Lake (1947) 湖中の女

監督主演ロバート・モンゴメリー、原作レイモンド・チャンドラー、脚本スティーブ・フィッシャー、撮影ポール・C・ボーゲル、音楽デビッド・スネル、他の出演ロイド・ノーラン、オードリー・トッター(エイドリアン)。MGM。105分。

最も異常なハリウッドの実験作品の一つである「湖中の女」は、ほとんど私立探偵フィリップ・マーロウの視点から撮影されている。この一人称カメラで撮影されていないのは、マーロウが椅子に座って、プロット上の様々な混乱要因を紹介し、謎を自ら解明して「予期しないことを期待する」よう観客に促す場面のみである。マーロウの視点のみに限定することで、マーロウにふりかかる不意の暴力のテンションと効果が高まる。特に興味深いのは鏡の使用である。マーロウがラベリーを訪ねた時、マーロウは鏡のそばにある時計を見る。マーロウは気づいていないが、ラベリーがマーロウを殴ろうとしているのがチラッと鏡にうつる。その直後、実際にマーロウは殴られ、画面が真っ暗になる。ついでながら、マーロウが相手の話を聞いている時、一人称カメラはマーロウの印象を記録する。たとえば、マーロウがエイドリアン・フロムセットに会っている時、魅力的な受付嬢が入ってくるのだが、マーロウは彼女の動きをずっと追って、彼女は誘惑的な表情で彼の「凝視」に答える。この技法は、視覚的な興味を増すだけでなく、エイドリアンのもったいぶった感じとマーロウの荒っぽいが、より誠実な人柄を対比させる。一年後にデルマー・デイビスが監督した「潜行者 Dark Passage」では、全体の半分ほどを一人称カメラが占め、この手法がプロットにとってより重要なものとなっているが、「湖中の女」のような一貫したカメラの人格化に欠けている。「潜行者」のカメラは、効果的に室内をうろつかないし、人物を細かく観察しない。

セリフはタフで肝がすわっている。マーロウに皮肉っぽいセリフは、ほぼ原作どおりである。たとえば、エイドリアンが「あなたの態度が気に入らないわ」と言うと、マーロウは「売り物じゃないからね」と答える。原作のエイドリアン・フロムセットはボスの献身的な情婦として半ば秘密めいているが、映画では完全な人物に仕上げられ、初めのほうではマーロウの主たる敵役となっている。言葉による彼らの対立関係は、謎がほとんど解けるまで活発に続く。最後に二人は互いにひかれていることを告白するのだが、これは、どんなに不自然であろうと観客はロマンチックなハッピーエンドを求めているという映画製作者の確信に基づいたセンチメンタルな驚きである。

結局、「湖中の女」で起こることは取るに足らないことである。観客に求められている視覚的な試練と通常の知覚の停止によって、完全なドラマ展開の必要性がなくなっている。ちょうど、機能上、「三つ数えろ The Big Sleep」の物語展開の混乱が問題とされないように。「湖中の女」の監督兼主演のロバート・モンゴメリーは、一人称スタイルにフィルムノワールのタッチを加えている。たとえば、弾丸で粉々になったシャワー室のガラスドアの向こうでジゴロの死体が見つかったり、警察がひどく敵対心を持っていたり、ミルドレッドの隠れ家が荒廃していたりする。しかし、モンゴメリーがフィルムノワールの社会的締めつけや存在論的苦悩を十分に喚起する人物やスタイルを見つけるのは、次の監督作品 “Ride the Pink Horse” である。

前にも書いたように、これは Film Noir Classic Collection, Vol. 3 というDVDボックスセットに入っています。来月買うつもりです。他の作品は次のとおり。すべて “Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" で解説しています。

  • 30. Border Incident (1949)
    監督アンソニー・マン。出演リカルド・モンタルバン、ジョージ・マーフィ。MGM。
  • 115. His Kind of Woman (1951) 替え玉殺人計画(テレビ題名)
    監督ジョン・ファロー。出演ロバート・ミッチャム、ジェーン・ラッセル、ビンセント・プライス、ティム・ホルト。RKO。
  • 201. On Dangerous Ground (1952) 危険な場所で
    監督ニコラス・レイ。出演アイダ・ルピノ、ロバート・ライアン。ワード・ボンド、エド・ベグリー。RKO。音楽バーナード・ハーマン。
  • 220. The Racket (1951) 脅迫者(テレビ題名)
    監督ジョン・クロムウェル。出演ロバート・ミッチャム、リザベス・スコット、ロバート・ライアン。RKO。

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2008年11月 8日 (土)

Edward Branigan の "Narrative Comprehension and Film"

今、Edward Branigan の "Narrative Comprehension and Film" という本を読んでいます。これは1992年に出た本で、たぶん私がまだ東京にいたときに買ったんじゃないかと思います。神田神保町すずらん通りの東京堂で購入したような気がします。あそこの二階か三階の奥に洋書コーナーがあって、その隅に映画の本がけっこうありました。まだ、そんなに英語が読めないのに、David Bordwell の "Narration in the Fiction Fim" を買ったり、美術史家の Gombrich の本を集めたりしていました。

神田神保町の九段下方面に北沢書店という洋書屋さんがあって、そこでも Seymour Chatman の "Story and Discourse" や、今写真を飾っている "Reader-Response Criticism" などを購入していました。

てことは、10数年前から見る側に立って映画を考えようとしていたし、物語論や認知心理学に興味があったということです。で、1993年に田舎に帰ってからは翻訳の勉強や仕事が忙しくて、なかなか本気で映画の勉強ができなかったのですが、50すぎた今、基礎を固めておかないと、残り30年か20年か10年か、心臓の調子を考えたら5年ぐらいかもしれないけど、あっという間に人生が終わってしまう気がします。

で、Edward Branigan の "Narrative Comprehension and Film" に話を戻すと、例に挙げている作品がマニアックな気がします。グリフィスの "The Girl and Her Trust" やヒッチコックの「39夜」「間違えられた男」はまだしも、「戦慄の調べ Hangover Square」なんて、1年前に "Fox Horror Classics Collection" というDVDボックスセットを購入して初めて知った作品です。

チャンドラー原作のフィリップ・マーローもの「湖中の女 Lady in the Lake」が第5章「主観性」に出てきます。これは、全編カメラが主人公の目となっている実験的な作品で、いわゆる一人称カメラというやつなんですが、そういう風に撮影しても映画自体が一人称になることはなく、たぶん失敗作とされています。しかし、見ていないので、何とも言いようがないです。DVDを探してみると、"Film Noir Classic Collection, Vol. 3" に入っていました。他の作品は、"Border Incident" "His Kind of Woman" "On Dangerous Ground" "The Racket"。 Vol. 4 は少し前にお世話になりましたが、このシリーズ充実してますね。

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2008年11月 6日 (木)

Horizons West: アンソニー・マンの西部劇

じゃあ、ついでに、"Horizons West" を参考に、アンソニー・マンの西部劇も挙げておきます。点数と得票数は現時点でのIMDbのユーザー投票。

  • 流血の谷 Davil's Doorway (1950) 7.1点(225票)
    MGM。撮影ジョン・アルトン。出演ロバート・テイラー、ルイス・カルハーン。
  • ウィンチェスター銃73 Winchester '73 (1950) 7.8点(4059票)
    ユニバーサル。撮影ウィリアム・ダニエルズ。ジェームズ・スチュアート、シェリー・ウィンターズ、ダン・デュリエ
  • The Furies (1950) 7.5点(413票)
    パラマウント。撮影ビクター・ミルナー。音楽フランツ・ワックスマン。出演バーバラ・スタンウィック、ウォルター・ヒューストン、ウェンデル・コリー、ジュディス・アンダーソン。「復讐の荒野」(テレビ放映題名)。
  • 怒りの河 Bend of the River (1952) 7.4点(1740票)
    ユニバーサル。脚本ボーデン・チェイス。出演ジェームズ・スチュアート、アーサー・ケネディ、ロック・ハドソン。
  • 裸の拍車 The Naked Spur (1952) 7.5点(2374票)
    MGM。脚本サム・ロルフ、ハロルド・ジャック・ブルーム。出演ジェームズ・スチュアート、ロバート・ライアン、ジャネット・リー、ラルフ・ミーカー。
  • 遠い国 The Far Country (1954) 7.2点(1583票)
    ユニバーサル。脚本ボーデン・チェイス。撮影ウィリアム・ダニエルズ。出演ジェームズ・スチュアート、ルス・ローマン、ウォルター・ブレナン
  • ララミーから来た男 The Man from Laramie (1955) 7.4点(2006票)
    コロンビア。フィリップ・ヨーダン、フランク・バート。撮影チャールズ・ラング。音楽ジョージ・ダニング。出演ジェームズ・スチュアート、アーサー・ケネディ、ドナルド・クリスプ、キャシー・オドネル。
  • シャロンの屠殺者 The Last Frontier (1955) 6.4点(262票)
    コロンビア。脚本フィリップ・ヨーダン、ラッセル・S・ヒューズ。出演ビクター・マチュア、ジェームズ・ホイットモア、ロバート・プレストン、ガイ・マディソン、アン・バンクロフト。
  • 胸に輝く星 The Tin Star (1957) 7.4点(1113票)
    脚本ダドリー・ニコルズ。音楽エルマー・バーンステイン。出演ヘンリー・フォンダ、アンソニー・パーキンズ。
  • 西部の人 Man of the West (1958) 7.4点(1288票)
    脚本レジナルド・ローズ。出演ゲイリー・クーパー、ジュリー・ロンドン、リー・J・コッブ、アーサー・オコンネル。
  • シマロン Cimarron (1960) 6.3点(682票)
    MGM。脚本アーノルド・シュルマン。撮影ロバート・サーティース。音楽フランツ・ワックスマン。出演グレン・フォード、マリア・シェル、アン・バクスター、アーサー・オコンネル。

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2008年11月 5日 (水)

Horizons West: バッド・ベティカーの西部劇

1969年に発売された Jim Kitses の "Horizons West" という有名な本があって、アンソニー・マン、バッド・ベティカー、サム・ペキンパーの西部劇を論じていました。絶版なので何年か前に古本を購入したのですが、今年1月に "Horizons West: Directing the Western from John Ford to Clint Eastwood" という増補版が出たようです。ペキンパーの部分を補強して、ジョン・フォード、セルジオ・レオーネ、クリント・イーストウッドについて新たに論じているようです。

バッド・ベティカーのDVDボックスセットが米アマゾンから発送されたので、その記念として、"Horizons West" を参考に、ベティカーの西部劇を挙げておきます。点数と得票数は現時点でのIMDbのユーザー投票。

  • シマロン・キッド The Cimarron Kid (1951) 6.5点(112票)
    オーディ・マーフィ。
  • Bronco Buster (1952) 6.1点(17票)
    ジョン・ランド、スコット・ブラディ。テレビ放映題名「ロデオ」。
  • 征服されざる西部 Hrizons West (1952) 6.2点(112票)
    ロバート・ライアン、ジュリア・アダムズ、ロック・ハドソン。
  • 最後の酋長 Seminole (1953) 6.0点(168票)
    ロック・ハドソン、アンソニー・クイン、リー・マービン。
  • 平原の待伏せ The Man from the Alamo (1953) 6.6点(314票)
    グレン・フォード、ジュリア・アダムズ。
  • Wings of the Hawk (1953) 5.9点(29票)
    バン・ヘフリン、ジュリア・アダムズ。
  • 七人の無頼漢 Seven Men from Now (1956) 7.6点(829票)
    ランドルフ・スコット、ゲイル・ラッセル、リー・マービン。
  • 反撃の銃弾 The Tall T (1957) 7.5点(561票)
    ランドルフ・スコット、リチャード・ブーン、モーリン・オサリバン、ヘンリー・シルバ。
  • Decision at Sundown (1957) 6.6点(282票)
    ランドルフ・スコット。
  • Buchanan Rides Alone (1958) 6.8点(308票)
    ランドルフ・スコット。
  • Ride Lonesome (1959) 7.3点(549票)
    ランドルフ・スコット、リー・バン・クリーフ、ジェームズ・コバーン。
  • 決闘ウエストバウンド Westbound (1959) 6.6点(94票)
    ランドルフ・スコット、バージニア・メイヨ。
  • 決闘コマンチ砦 Comanche Station (1960) 7.1点(437票)
    ランドフル・スコット。
  • A Time for Dying (1969) 7.7点(49票)
    リチャード・ラップ、オーディ・マーフィ。

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2008年10月31日 (金)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:恐怖映画の系譜をたどってみよう

出典は、「RKO「黒死館の恐怖」プレス。1958年10月」となっています。RKOは間違いで、1959年のイギリス映画ですし、アメリカでの配給会社はAIPです。しかし、goo によれば、日本での配給は日本RKOという会社が行ったようで、きっとこのことでしょう。 原題は Horrors of the Black Museum。監督はアーサー・クラブトリー。プレスというのは、マスコミ向けに配布されるパンフレットのようなものらしい。

短いエッセイです。例によって、植草甚一氏を「JJ氏」と表記します。

JJ氏の興味をひいたのは、「黒死館の恐怖」の主人公がベストセラー作家だということと、凶器が恐怖映画の性格とよく結びついていることです。マイケル・ガウが足の不自由なインテリ作家をうまく演じていて、足が不自由なことがトリックになっているようです。マイケル・ガウ Michael Gough というのは、「吸血鬼ドラキュラ」でピーター・カッシングの知人として後半かなり登場する人物で、「ヘルハウス」では椅子に座ったまま死んでいる屋敷の主人として登場します。「バットマン」にも出ているようです。

JJ氏は、イギリスの批評家カーティス・ハリントンを参考にして、以下のように恐怖映画の系譜を述べますが、ハリントン氏なる人物の単行本なのか雑誌の記事なのか、出典が明らかでないです(この映画の宣材に入っていたのかもしれない)。以下に述べるように、いくつか間違いがあるのですが、これはハリントン氏の間違いなのか、JJ氏の読み間違いなのか、よくわかりません。

初期のフランス映画には実写のリュミエール作品と空想を描くメリエス作品があって、前者はアクション中心のアメリカで開花し、後者はカメラによって魔術的なものを作り出そうとするドイツで開花します。ドイツでは、幻想的なものから恐怖的なものへと移行しながら、いろんな作品が生まれたが、なかでも記憶に残る傑作がムルナウの「ノスフェラチュ」(1922)でした。

「ついでアメリカでも、ロン・チャーニー主演の「ドラキュラ」(1930)や「フランケンシュタイン」(1931)が製作され、ついで「ロンドンの人狼」(1933)「吸血鬼」(1933)「ミイラの秘密」(1934)「黒猫」(1934)「フランケンシュタインの花嫁」(1935)などが相ついで製作されたが、恐怖映画というジャンルが確立されたのは、そうした1930年代のなかばであった。」

この「ロン・チャーニー主演の」というのは間違いだと思います。「ドラキュラ」はベラ・ルゴシ、「フランケンシュタイン」はボリス・カーロフです。もしかしたら、「ロン・チャーニー主演作、「ドラキュラ」(1930)...」と書きたかったのかもしれません。

「ものすごい嵐の夜、エルザ・ランチェスターが扮したフランケンシュタインの花嫁が、実験室の大きなガラス管のなかで息吹きをあたえられ、目をあけたとき怪物をみて驚愕するクライマックスは、いまでも記憶に生々しく残っている。」

文芸評論家エドマンド・ウィルスンによれば、恐怖小説の流行は戦争の危機とともに始まるが、これは恐怖映画にも当てはまります。なかでも、RKOのプロデューサー、ヴァル・リュウトンの「猫族」(1943)シリーズは、低予算だったが、一流大作に負けないほどヒットした。(「キャット・ピープル」や「キャット・ピープルの呪い」のこと。)

猫族の後裔シモーヌ・シモンは精神的に動揺すると猫に変身するという第一話はジャック・ターナーが監督し、マーク・ロブソン、ロバート・ワイズが続編を監督した、とありますが、続篇を監督したのはロバート・ワイズで、マーク・ロブソンは猫族映画を監督していないはず。ただ、マーク・ロブソンは、ヴァル・リュウトン製作による恐怖映画の代表的監督だったし、似たような映画は作っているはず。

JJ氏は、強く印象に残っている作品として、ドイツから亡命した監督フランツ・ウィスバーの「沼地の絞殺者」を挙げていますが、私はこの映画知りません。「アメリカ南部を背景にした物語で、沼地の大木に私刑されたままブラさがっている男の幽霊が出て、薄気味わるい出来事が起こりだすが、ドイツの監督だけあって表現派の手法を使ったりして、面白いムードを出していたものである。」(もしかしたら、この部分、JJ氏ではなく、ハリントン氏が述べたものをJJ氏が訳しただけかもしれない。日本未公開作品のようだから。)

「沼地の絞殺者」の原題は "Strangler of the Swamp" で、のちに監督になるブレイク・エドワーズが出ている1946年の作品です。

最後にJJ氏が付け加えているところによれば、批評家ハリントン氏は次のようなことを述べています。ユニバーサルが「ドラキュラ」や「フランケンシュタイン」を作っていたころ、カール・ドライエルがフランスで「吸血鬼」(1932)を作り、「猫族」シリーズに影響を与えた。

ハリントン氏が書いたものをJJ氏がまとめて、それを私がまとめるという変なものになってしまいました。恐怖映画に関しては、インターネットを探せば、もっとうまくまとめている人がきっといるでしょう。

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2008年10月30日 (木)

今年購入した本

ここに関連した本のみです。ほとんど読んでいないので、詳しく聞かないように。カッコ内は購入先です。

物語論、認知心理学、受容美学

  • H.R.ヤウス「挑発としての文学史」  (BK1)
    岩波現代文庫。「従来、文学と芸術の歴史とは作家と作品の歴史であるとされてきた。このような見方に対して、著者は、作品の生命は作品そのもののなかにあるのではなく、その時代・環境に生きる読者による作品の現実化・再生にこそあると問題を提起し、「受容の歴史」の重要性を説く。」
  • Roland Barthes "S/Z" (紀伊国屋)
    Hill and Wang というニューヨークの出版社から発売されているペーパーバック。バルザックの「サラジーヌ」を5つのコードで構造分析したもの。1500円ぐらいでした。邦訳がみすず書房から出ていますが、6000円はきつい。
  • Wolfgang Iser "The Implied Reader" (紀伊国屋)
    アメリカの The Johns Hopkins University Press から出ているもの。副題 "Patterns of Communication in Prose Fiction from Bunyan to Beckett"。「内包された読者」に関するウォルフガング・イーザーの本。「内包された読者」とは、小説などが想定している読者で、「内包された作者」と対になる概念。
  • Mieke Bal "Narratology" (紀伊国屋)
    副題 "Introduction to the Theory of Narrative"。University of Toronto Press。第二版。ミーケ・バルによる物語論入門。
  • Roland Barthes "Image Music Text" (紀伊国屋)
    ニューヨークの Hill and Wang から出ているロラン・バルトのエッセイ集。収録されているのは「写真のメッセージ」「映像の修辞学」「第三の意味」「ディドロ、ブレヒト、エイゼンシュテイン」「物語の構造分析序説」「天使との格闘」「作者の死」「ムシカ・プラクティカ」「作品からテクストへ」「対象そのものを変えること」「エクリチュールの教え」「声のきめ」「作家、知識人、教師」です。日本では、みすず書房の「第三の意味」と「物語の構造分析」に収められています。
  • Gerard Genette "Narrative Discourse: An Essay in Method" (紀伊国屋)
    Cornell University Press から出ているジェラール・ジュネットの「物語のディスクール」の英訳。邦訳もあります。
  • "Routledge Encyclopedia of Narrative Theory" (紀伊国屋)
    David Herman, Manfred Jahn, Marie-Laure Ryan が編集した物語論事典。参考図書のリストが豊富なABC順の事典で、重宝してます。
  • "Companion to Narrative Theory" (紀伊国屋)
    Blackwell Publishing から発売された「物語論手引き」。35のエッセイが収めっれています。
  • Richard J. Gerrig "Experiencing Narrative Worlds" (紀伊国屋)
    Westview Press。副題 "On the Psychological Activities of Reading"。物語を読む際の心理活動について。
  • "The MIT Encyclopedia of Cognitive Sciences" (紀伊国屋)
    マサチューセッツ工科大学の「認知科学事典」。大型、二段組み、1000ページほどで、ボリュームたっぷり。参考図書のリストも充実。
  • 「日常認知の心理学」 (BK1)
    北大路書房。
  • 「認知心理学事典」 (BK1)
    新曜社。

映画事典・映画論

  • Pam Cook編 "Cinema Book" (紀伊国屋)
    British Film Institute 発行。第三版。ゴチャゴチャいろんなことが書いてあるので、体系的に読むより、つまみ読みしてます。1ヶ月ほど前にハリウッドのメジャー映画会社について訳しましたが、あれはこの本から。大きく分けると「ハリウッド映画」「スターシステム」「技術」「世界映画」「ジャンル」「作家理論」「映画理論」。
  • Richard Abel "French Cinema: The First Wave, 1915-1929" (米アマゾン)
    Princeton University Press。絶版なので、米アマゾンの中古市場で購入。1万2千円でもおしくないボリューム。大きく分けると、「フランス映画産業」「商業的な物語映画」「もう一つの映画ネットワーク」「前衛的な物語映画」。
  • Robin Wood "Hitchcock's Films Revisited" (紀伊国屋)
    Columbia University Press。ロビン・ウッドが1965年に発表した先駆的なヒッチコック作品論集 "Hitchcock's Films" に、新しいエッセイを10ほど加えたもの。オリジナルで論じられていたのは、「見知らぬ乗客」「裏窓」「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」「鳥」「マーニー」「引き裂かれたカーテン」。新たに論じられているのは「恐喝(ゆすり)」「39夜」「第3逃亡者」「疑惑の影」など。他に「ヒッチコックのホモ恐怖症」「マーニー再考」など。
  • Marchall Deutelbaum and Leland Poague 編 "A Hitchcock Reader" (紀伊国屋)
    ヒッチコックに関するエッセイ25編収録。内訳は、ヒッチコックの重要性に関するエッセイ4編、イギリス時代のヒッチコックに関するエッセイ6編、ハリウッドのヒッチコックに関するエッセイ4編(「見知らぬ乗客」まで)、「裏窓」以降のヒッチコックに関するエッセイ8編、「サイコ」に関するエッセイ3編。紙質が悪くて、本としてはあまりうれしくない。
  • Noel Carroll "Mystifying Movies" (米アマゾン)
    Columbia University Press。絶版なので、米アマゾンの中古市場で購入。副題は "Fads and Fallacies in Contemporary Film Theory" で、現代映画理論の流行や誤りを批判したもの。映画全体を統括するような理論ではなく、特定分野における小規模な理論を提唱しているらしい。

ルビッチ

  • Scott Eyman, "Ernst Lubitsch: Laughter in Paradise" (米アマゾン)
    ルビッチの伝記。Weinberg の "The Lubitsch Touch" があれば十分で、特に得るものはありませんでした。
  • Sabine Hake "Passions and Deceptions: The Early Films of Ernst Lubitsch" (米アマゾン)
    Princeton University Press (1992)。大きく二つに分かれます。パート1は初期のルビッチの概観で、パート2は作品分析。パート1は「喜劇俳優から映画監督へ1914-1918」「ドイツ時代の長編映画1918-1922」「ハリウッド時代のサイレント映画1923-1929」「アメリカ時代のトーキー映画1929-1932」という4つの章から成ります。パート2は次の5つの章から成ります。「わがままな女たち:牡蠣の王女、花嫁人形、山猫リシュカ」「パリンプセストとしての時代映画:パッション、デセプション(パリンプセストは、書いたものを消してまた書けるようにした古代の羊皮紙)」「横暴なビジョン:陽気な巴里っ子ほか」「音の限界を探る:モンテカルロ」「被写体、映像、映画:極楽特急」
  • Kristin Thompson "Herr Lubitsch Goes to Hollywood" (紀伊国屋)
    Amsterdam University Press (2005)。副題 "German and American Film after World War I"。フィルムからの写真を多用して、照明、セットデザイン、編集などを分析していて、それなりに面白いのですが、細かすぎる気がしました。

その他

  • Sandy Dennis "A Personal Memoir" (米アマゾン)
    Papier-Mache Press (1997)。1992年に卵巣がんのため54歳で亡くなったサインディ・デニスの回想録。映画や演劇には触れず、猫との生活など、もっぱら私生活について書いています。
  • Bel Kaufman "Up the Down Staircase" (紀伊国屋)
    サンディ・デニス主演の「下り階段をのぼれ」の原作。大都会の高校に赴任してきた理想に燃える女教師の物語。普通の小説じゃなくて、メモ、手紙、校長の指図書、生徒のコメントなどで構成されています。
  • 佐藤忠男「見ることと見られること」 (BK1)
    岩波現代文庫(2007)。1991年に日本評論社から発売された本を少し書き直しています。次の12の章で構成されています。「見ることと見られること」「見る人と見られる人」「喋ることと喋られること」「私は笑ってほしい」「笑うことと笑むこと」「映像文化の現在」「映像文化とはなにか」「テレビで見ることと見られること」「映画で見ることと見られること」「撮る人と撮られる人」「見られている心と見る心」「見られることの意味」。

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2008年10月 1日 (水)

The Cinema Book: ユニバーサル(その3)

「50年代と60年代のユニバーサル」

映画産業の独占的慣行を終結させた1948年の反トラスト判決後、もはやユニバーサルは映画上映の保証を得ることができず、ユニバーサル作品だとすぐにわかるスタイルと主題にする初期の慣行に戻った。1940年代後期以降、以下のジャンルが中心となった。「真昼の暴動」「殺人者たち」「黒い罠」(1958)などのスリラー、「忘れじの面影」(1948)、「天が許したまうすべて」(1956)、「風と共に散る」(1957)などのメロドラマ、「ウィンチェスター銃73」(1950)、「怒りの河」(1951)、「遠い国」(1955)などの西部劇である。このような特化によって収入が減ったこととテレビとの競争によって、ユニバーサルの年間作品本数は激減した。たとえば、1950年は、ジェームズ・スチュアートが主演した「ウィンチェスター銃73」と「ハーベイ」の二本しか大作を公開しなかった。ユニバーサルは、利益の何パーセントかを与えるという契約でスチュアートのようなスターを使用することができた。このようなスターの存在が、この時期のユニバーサルの成功の主因だった。

この時期にユニバーサルで働いた独立監督のひとりがオーソン・ウェルズで、彼の「黒い罠」は1958年に公開された。「黒い罠」は、10年近くハリウッドから離れていたウェルズが1957年に撮影した映画だ。ジョセフ・マクブライドは次のように書いている。

チャールトン・ヘストンは、ウェルズが監督すると思って、ユニバーサルの警察メロドラマに出演するのに同意した。しかし、ウェルズは、俳優としてしかユニバーサルと契約していなかった。ユニバーサルは、ウェルズがハリウッドで追放者扱いされていたことをものともせず、彼に監督を頼んだ。ウェルズはすぐに承諾し、脚本家と監督の報酬はもらわなかった。彼はウィット・マスターソンの原作を読んでいなかったが、ユニバーサルから受け取ったシナリオが馬鹿げたものだったので、自分自身で書く権利を主張した。その結果に困惑したユニバーサルは、こっそりと上映した。(Joseph McBride, Orson Welles, London, Secker and Warburg/BFI, 1972)

しかし、これと相反する説明もある。

ニューズウィークによると、ユニバーサルは、ウェルズが以前演じた役への不満をなだめるために「黒い罠」を申し出た。チャールトン・ヘストンは、信念の固い脚本を読んだあと、監督としてウェルズを提案した。しかし、プロデューサーのアルバート・ザグスミスによれば、ウェルズが50年代後期にユニバーサルにやってきたのは、税金を支払うためにお金が必要だったからだ。ウェルズは、ザグスミスが提示した最悪の脚本を監督すると申し出た。それが、ウィット・マスターソンの原作をポール・モナッシュが客h即した「黒い罠」だった。(James Naremore, The Magic World of Orson Welles, New York, Oxford University Press, 1978)

最も興味深いのは、当時のユニバーサルの基準からの逸脱の程度だ。ウェルズの映画は、ただちに作家主義者の分析に付される傾向があるので、映画会社の痕跡は、無視されるか、明らかにするのが特に難しいように思える。しかし、1958年にユニバーサルは200万ドルの損失を出したことと、スタジオの一角が定期的にテレビ制作会社に貸し出されていたことは、重要かもしれない。

さらに、「黒い罠」の製作中に、ユニバーサルの経営陣が全面的に入れ替えられるといううわさが業界誌にあふれた。たとえば、第二の部門であるデッカ・レコードを救うために映画部門を完全にたたむとか。

たぶん、「黒い罠」という「馬鹿げた」企画を許したのは業界の優柔不断さのためだったのだろう。しかし、マレーネ・デートリッヒ、デニス・ウェーバー、ザ・ザ・ガボール、ジョセフ・コットン、エイム・タミロフ、メルセデス・マッケンブリッジ、ジャネット・リー、チャールトン・ヘストン、ウェルズ自身らの存在は、「黒い罠」が利益の歩合を申し出ることで大スターを引きつけるユニバーサルの能力の最後の例だということも示しているのかもしれない。これ以降、ほとんどすべてのユニバーサル作品は、将来テレビで放映されることを視野に入れて作られるようになる。1959年にユニバーサルがMCAに撮影所を売却した際、西部劇やメロドラマはテレビのために衰退しつつあった。ユニバーサルの新しい所有者たちは映画製作を「スパルタカス」(1960)のような大作と「殺人者たち」(1964)のような小規模な映画(しばしばテレビ用に作られる)に分けた。60年代と70年代のユニバーサルは、テレビ制作に支配されるにつれ、映画の本数が減っていった。

これで、ハリウッドの映画会社シリーズは終わり。なぜか、"The Cinema Book" にはユナイテッド・アーティスツについての項目がありません。

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2008年9月30日 (火)

The Cinema Book: ユニバーサル(その2)

「スタイルとジャンル」

1930年代初期のユニバーサルは、ルイス・マイルストンの反戦映画「西部戦線異状なし」(1930)を作っているものの、ホラー映画という単一のジャンルでくくることができる。

不況時代の観客は、ホラー映画が提供してくれる現実逃避的な娯楽を欲していた。ユニバーサルの貢献は、最良で最も想像力豊かな技術者(カメラマン、監督、メーキャップ係、セットデザイナー、特殊効果係)を集めたことだった。彼らの多くは、ドイツのサイレント映画出身者だった。(Stephen Pendo, "Universal's Golden Age of Horror," Films in Review 26 (3), March 1975)

このように、一部のスタッフの貢献によって、ユニバーサルの作品は、ホラー映画の視覚スタイル特有の表現主義に傾きがちだった。ユニバーサルの場合も、特定のタイプの俳優の存在(ボリス・カーロフとベラ・ルゴシ)がホラー映画に集中する傾向を助長した。さらに、ホラー映画がユニバーサルのジャンルとして定着すると、この種のスターが雇われる傾向が強まった。さらに、メジャー映画会社が支配する興行網にマイナー会社が映画を売り込むためには、自社作品がどのようなものであるかを確立する必要があり、固有のジャンルを開発する必要があった。

1930年代初期にホラー映画がユニバーサルを支配したのは、サイレントからトーキーへの移行期だったという理由もあった。ホラー映画の視覚スタイルは、サウンドへの移行にかかる費用を最小限にすることができた。「魔人ドラキュラ」を例にとればよくわかる。「魔人ドラキュラ」は、最高品質の映画を作るというユニバーサルの新たな方針の下で、1930年に製作が開始した。最高品質の映画を作るには、録音するためにカメラを動かすことができなくったことによる視覚的な品質の劣化をサイレント時代の品質に戻す必要があった。「魔人ドラキュラ」では、カメラがかなり動き、音の使用が最小限に抑えられた。映画が比較的静かなことで、ぞっとするような雰囲気が増した。また、セットよりも俳優と小道具に焦点を合わせた移動撮影による夜と屋外のシークエンスを強調した。

「フランケンシュタイン」は、「魔人ドラキュラ」よりもカメラの動きが少なく、会話が多い。しかし、カメラの動きの少なさをローアングルからのショットと表現主義的なセットで埋め合わせている。同時に、「フランケンシュタイン」はユニバーサルのホラー映画シリーズの最初の作品なので、「魔人ドラキュラ」ほどは一流の作品として作られていない。

続篇を計算に入れて、フランケンシュタイン男爵が死を免れるというように最後を撮りなおした。これは幸運だった。「フランケンシュタイン」が大ヒットしたからだ。これによって、ユニバーサルは、ホラー映画を製作の中心に据えるべきだということを確信した。(Stephen Pendo, "Universal's Golden Age of Horror," Films in Review 26 (3), March 1975)

(最後の「50年代と60年代のユニバーサル」は今日か明日書き込みます。)

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2008年9月29日 (月)

The Cinema Book: ユニバーサル(その1)

ユニバーサルは比較的小さな映画会社で、コロンビアとユナイテッドアーティスツとともに小さな三つの会社の一つだった。当初は劇場を持っていなかったので、興行に関して大きな五つの会社(ワーナー、RKO、フォックス、パラマウント、MGM)に頼らなければならなかった。ユニバーサルは、カール・レムレのもとで1920年代に設立され、比較的早くトーキーに対応し、1930年までにはすべての公開作品がトーキーになった。しかし、不況のために製作方針を再検討せざるをえなくなり、本数を減らして、質を高めることにした。

1930年、カール・レムレ・ジュニアは、一連のホラー映画の製作に乗り出し、これが1930年代初期のユニバーサルの得意ジャンルとなった。1931年に「魔人ドラキュラ」と「フランケンシュタイン」が作られた。しかし、1930年代の最初の数年間は、不況の影響を強く受け、製作本数がかなり減少し、映画界全体のストライキによって、7ヵ月間スタジオが閉鎖された。1931年、映画の予算は削減され、製作スケジュールは短縮され、動きのない会話場面が増え、表現主義的な視覚スタイルが犠牲となった。1933年、ユニバーサルは2年間財産管理下に置かれた。経営の再編成がいくつか行われたのち、1930年代終わりには復興した。

しかし、1940年代中期には、再び経済的な困難に陥った。会社の経済的な安泰は、ディアナ・ダービンとアボット&コステロにかかっていたが、これは不安定だった。彼らの映画は、まだ利益を上げていたが、以前ほどではなかった。この状況を打開するため、利益の何パーセントかを与えることで有名スターを引き入れ、同時に、予算を増やして独立系プロデューサーを引き入れた。また、配給活動と独立製作会社インターナショナルを合併させた。この再編成は1946年に完了し、製作中であろうがなかろうが、ただちにすべてのB級映画製作班を解散させた。このあと、すべてのユニバーサル映画は一流作品となり、低予算の映画はまったく作られなくなった。それにしても、製作中だったB級映画はどうなったのだろう?ユニバーサルは、経済的に、製作中のB級映画から身を引く立場にはなかったが、ブロックブッキングの禁止によって低予算の映画を個々に販売せざるをえなくなり、低予算の映画は余分となった。「殺人者」(1946)と「真昼の暴動」(1947)は、買い手を引きつけるために非常に少ない予算で一流の扱いを受けたB級企画の例である。

(続く)

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2008年9月28日 (日)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:「サイコ」

植草甚一氏(JJ氏)が「サイコ」について書いた文章は、1960年に日比谷映画で「サイコ」が上映されたときのパンフレットに掲載されたものです。驚いたことに、この文章を書いたとき、まだJJ氏は「サイコ」を見ていませんでした。封切りまで誰にも見せない方針だそうで、パラマウント社の人たちや字幕を入れた人以外は誰も見ることができないって文章中にも書いてあります。

ヒッチコックが殺人現場(撮影現場)を紹介しつつ、どんな事件が起きたかを思わせぶりに説明する予告篇がずいぶん評判で、JJ氏の文章の冒頭でもほめています。双葉さんの採点表によると、わざわざ予告篇に点数を付けていて、白星4つなのですが、本篇の白星3つ黒星3つよりも点数が高いのです。期待させすぎたのかもしれません。この予告篇は、このあいだ買った「サイコ」の日本盤DVD2枚組にも入ってました。

ヒッチコックはスリラーを専門にしていますが、「サイコ」は初めてのホラーだそうです。ヒッチコックには「恐怖(フィアー)のたのしみ」というエッセイがあるって書いてますが、そういえば、ヒッチコック自身の文章って、あまりお目にかかったことがないです。

JJ氏は、「恐怖映画としての最近での代表作」として、クルーゾーの「悪魔のような女」を引き合いに出します。ヒッチコックは、この映画の原作を映画化しようと考えていたところ、クルーゾーが先に手をつけていてガッカリします。

JJ氏は、ヒッチコックのイギリス時代の代表作として、「下宿人」「三十九夜」「貴婦人が失踪する」を挙げています。「貴婦人が失踪する」は "The Lady Vanishes" で、のちに「バルカン超特急」というタイトルで日本公開されましたが、この頃はまだ未公開だったので、直訳したようです。

ヒッチコックは、アメリカに渡って、「レベッカ」や「海外特派員」を監督しますが、次第に強烈さが希薄になっていると非難されます。ヒッチコックは、ドイツ表現派に影響を受けて、ヒッチコック・シャドーという独特の「影」の効果的技巧を持っていたけど、アメリカでは発揮することができなくなります。カラーになると、さらに影の効果を出すことが難しくなり、かわりにユーモアを加え始め、「スリルとユーモアが背中合わせになっているような独特な演出」に向かい、「北北西に進路を取れ」で頂点に達します。

で、次の作品が「サイコ」で、まだ本篇を見ていないJJ氏は、今度は白黒だから、ユーモアが最小限に抑えられていて、ヒッチコック・シャドーがたくさん使われているのではないか、と推測します。

原作は、この頃売出し中のロバート・ブロックの処女長篇です。彼は「ヒッチコック・マガジン」に短篇をいくつも掲載していました。

どこか現代風なゴシック物語だという点で、「レベッカ」と共通したものがあるのではないか、とJJ氏は推測します。JJ氏によれば、ダフニ・デュ・モーリアが1938年に書いた「レベッカ」がベストセラーになったのは、古城に住む貴族と結婚した娘が、死んだ先妻レベッカの亡霊に悩まされるというゴシック物語の雰囲気をただよわせたロマンスだったからです。19世紀初頭に盛んだったゴシック物語の原則は、古城の一室に監禁された娘が廊下を逃げていくと、秘密の通路があって、そこで恐ろしい犯罪が行われた痕跡があり、その謎が語られていくというものでした。「サイコ」は、それに似ているのじゃないかと言うのです。

近く公開されるゴシック風の恐怖映画としてジョルジュ・フランジュ監督の「顔のない眼」を挙げ、ロジェ・バディムが監督中のゴシック風の作品として「カルミラ」を挙げています。後者は「血とバラ」という邦題になりました。

19世紀初頭にイギリスの女流作家が盛んに書いたゴシック物語の中で有名なのはアン・ラドクリフ夫人の「ユドルフォの怪奇」ですが、次第に血なまぐさくなって、非難されるようになったので、19世紀中期から、古城という背景を捨てて、家庭的な雰囲気の中で殺人が起こるという筋立てに変わり、これが探偵小説へと発展します。ガスケル夫人の「地主物語」に始まり、メロドラマ劇の代表作といわれる「イースト・リン」に変形し、その流れの中で「レベッカ」が生まれます。この流れから「サイコ」を見ると一層興味が出るかもしれない、とJJ氏は書いています。

「サイコ」は「気狂い」の意味で、JJ氏がアメリカのスラング辞典で調べたところ、チャンドラーが1942年に「高い窓」で使ったのが最初だそうです。ヒッチコックは、「白い恐怖」でカミソリを見ると恐怖に襲われる精神分裂性の人間を描きましたが、今回のアンソニー・パーキンスはサイコ人間そのものです。JJ氏は、「あいつはサイコだ」という流行語が生まれるかもしれないと予測しますが、結局、日本では「サイコ」というとヒッチコックのこの映画しか思い浮かばないので、言葉だけが独り歩きすることはなかったようです。

ちなみに、「気狂い」は「キチガイ」と読むのですが、放送禁止用語なので、ゴダールの「気狂いピエロ」なんかは、放送では「きぐるいピエロ」と読んだり、「ピエロ・ル・フ」という原題にするとか。

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2008年9月26日 (金)

The Cinema Book: RKOラジオピクチャーズ(後半)

「RKOのスタイル」

豪華な家族メロドラマとミュージカルのMGM、ギャング映画のワーナー、ホラー映画のユニバーサルと違って、RKOは特定のスタイルやジャンルをほとんど連想させない。RKOはスタイルのない映画会社だとよく言われる。

MGMのルイス・B・メイヤー、コロンビアのハリー・コーン、20世紀フォックスのダリル・F・ザナックのような大物がRKOにはいない。さらに、RKOのスター名簿にはキャサリーン・ヘップバーン、イングリッド・バーグマン、フレッド・アステア、ロバート・ミッチャム、ケイリー・グラントといったよく知られた名前が載っているが、やがて彼らは他の映画会社とより強い結びつきを持つようになる。「市民ケーン」、アステアのミュージカル、「男の敵」、バル・リュートンのホラー映画、「キングコング」、「ガンガディン」といった有名な作品でさえも、すぐ認識できるイメージをRKOにもたらしていない。スタイルは非常に幅広くて雑多だし、アステアのミュージカルを除いて特定のスタイルやジャンルへの興味が持続しないので、RKOの映画は、溶け合うというより、ぼやける。

RKOが特定の「ブランドイメージ」を欠いている理由の一つは、大物がいなかったということより、そうした大物たちが政策方針やスタイルに関する言質をたびたび変えるので、全体的な会社のスタイルを確立させる機会がなかったからだろう。

「RKOとジャンル:フィルムノワール」

RKOは容易に認識できるスタイルを発展させることができなかったが、1940年代中期と後期の数年間、フィルムノワールというジャンルを持続させた。RKOでフィルムノワールが発展したのは、脚本家ダニエル・メインウォーリング、ジョン・パクストン、チャールズ・シュニーと監督ニコラス・レイ、ジャック・ターナー、エドワード・ドミトリクによるところが大きい。

同時に、1944年までに、ジョージ・シェーファーが重視した一流映画とミュージカルコメディはチャールズ・コーナーの低予算で雰囲気のあるスリラーに、ほぼ完全に取って代わられた。RKOは1944年に500万ドルの純益を上げ、40年代の終わりまでフィルムノワール作品がコンスタントに作り続けられた。これらの作品に主演したのは、ロバート・ミッチャム、ロバート・ライアン、ジェーン・グリア、オードリー・トッターらで、みんな人気があったが、ライバル会社のスターたちと肩を並べる者はいなかった。

「RKOのB級映画」

RKOは一流映画だけでなく、低予算の添え物であるB級映画も作った。B級映画は予算が限られていたが、ある程度の美学上およびイデオロギー上の独立を首脳部から保つことができた。好例がバル・リュートンのプロデュースによるホラー映画で、「キャットピープル」(1943)がその代表作である。1942年までにはシェーファーの一流映画がもうけにならないことがあきらかとなった。1940年には50万ドル近くの損失を出し、1942年には負債が200万ドルになっていた。アトラス・コーポレーションのフロイド・B・オドラムはRCAとロックフェラーから株を買い取り、RKOの支配権を握った。シェーファーは解雇され、より事務的なネッド・デピネットがRKOの社長となった。1942年、製作担当副社長のチャールズ・コーナーがいくつかのB級映画製作班を作り、そのうちの一つの主任にバル・リュートンが任命さえた。リュートンの契約には、ホラー映画のみを作ること、予算は15万ドルまでとすること、撮影は3週間までとすること、上映時間は70分程度とすることが規定されていた。これらの制約内で、リュートンは比較的自由に映画を作ることができた。彼は、一定の中核となるスタッフを選択し契約することができたので、セルズニック時代に一流映画を作った製作班と同じような独立した製作班として機能した。のちに監督となった編集マーク・ロブソンとロバート・ワイズ、脚本デウィット・ボディーン、秘書ジェシー・ポニッツ、撮影ニコラス・ムスラカ、美術アルバート・ダゴスティーノとウォルター・ケラー、監督ジャック・ターナーは、このような形で数年間一緒に働いた。

限られた予算と一般的な慣行のために、リュートン班は画調を暗くすることによって労働コストと照明コストを節約した。さらに、戦時生産本部が、各映画会社に対し、セットの予算を映画1本につき1万ドル以内に抑えるよう制限を課した。これによって、可能な限り、新しいセットを作るよりも、現存するセットを作り直すようになった。リュートン班の最初の作品「キャットピープル」は3週間で完成し、費用は13万4千ドルだった。「キャット・ピープル」は300万ドル以上の収益を上げ、「偉大なるアンバーソン家の人々」などの興行上の失敗作による二度目の破産からRKOを救った。

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2008年9月25日 (木)

The Cinema Book: RKOラジオピクチャーズ(前半)

RCAは、子会社のラジオ局NBCとともに、フィルムに音を重ねるシステム、フォトフォーンの特許を取得した。RCAは、ワーナーの音の実験に対抗して、キース・アルビー・オルフェウムの劇場チェーンと映画製作会社FBOを取得した。これらが合体してRKOラジオピクチャーズがトーキー時代の初めに設立された。初期の作品には、会話の多いコメディやミュージカルが多かった。

最初の数年間は財政的にそこそこの成功をおさめたが、取締役たちは満足せず、製作や配給を拡大するために、60エーカーのスタジオを持つパテを買収した。1931年には、デビッド・O・セルズニックが「ユニット・プロダクション」を開始した。このシステムは、独立プロデューサーがRKOの管理なしに数本の映画をRKOのために作る契約を交わすもので、費用はRKOとプロデューサーが分担し、配給はRKOが保証した。続く数年間に経営陣の再編成や方針の変更があったにもかかわらず、「キングコング」(1933)や「市民ケーン」(1941)といったRKOの有名な作品のほどんどは「ユニット・プロダクション」によって製作された。

セルズニックは、世界最大の映画劇場、ラジオ・シティ・ミュージック・ホールの建設にもかかわった。ラジオシティでの上映はRKO作品にとってニューヨークでの手堅い封切りを保証してくれると思われた。しかし、この戦略は非常にお金がかかり、1932年の終わりまでにセルズニックはRKOを離れ、その年、1000万ドル以上の純損失をRKOは計上した。セルズニックの後釜はメリアン・C・クーパーで、企画を評価するアドバイザーとしてセルズニックのために働いていた。二人で企画していた作品の一本が「キングコング」だった。RKOのニューヨーク事務所が猛反対したが、65万ドル以上の予算で映画は作られ、ラジオシティとロキシーで封切られ、四日間で89,931ドルの収益を上げた。ラジオシティにとっては申し分ない作品だった。大金を稼いだし、宣伝にもなったからだ。

「キングコング」が封切られた年は、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが「空中レヴュー時代」で初めてコンビを組んだ年でもあった。すぐに、アステアとロジャーズはRKO最大のスターになった。ミュージカルスターとして、彼らをラジオで大いに利用できたことは重要である。「コンチネンタル」(1934)と「トップハット」(1935)で、二人のスターは、RKOが自らのものとしていた洗練されたミュージカルコメディの伝統を集約的に示しており、怠け者のプレイボーイと女相続人の筋書きに、ラジオシティやRKOの他の封切館の豪華な装飾にふさわしいアールデコ風の巨大な白いセットを組み合わせた。

1937年にジョージ・シェーファーが製作主任に就くと、ユニット・プロダクションなどのセルズニックのアイディアのいくつかが復活した。シェーファーは、スタジオのエネルギーを数本の大作の製作に集中して、大ヒットを狙った。RKOは、独立系のプロデューサーや監督によるこうした話題作を奨励しつつ(たとえば、ハワード・ホークスによる「赤ちゃん戦争」1938)、「恋に踊る」(1940) などでミュージカルコメディの伝統も守った。この作品も外部の監督、ドロシー・アズナーによるものだった。

しかし、シェーファーの管理下で作られた最も有名な作品は、疑いもなく「市民ケーン」である。たぶん、映画の決定要素の重要性のテストケースとして「市民ケーン」以上の作品はない。ポーリン・ケイルは「市民ケーン」に関する本を出しているが、そのほとんどは、監督オーソン・ウェルズと脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツのどちらがこの映画の作者かに関している。まず、彼女は「市民ケーン」が通常の割り当て仕事ではないと主張し、次のように続ける。

「市民ケーン」は、アメリカのメジャー映画会社内で自由に作られた数少ない映画の一つだ。会社の介入から自由だっただけでなく、経験を積んだ監督のお決まりのやり方からも自由だった。ジョージ・シェーファーは、ネルソン・ロックフェラーの支援で、1938年後期にRKOの社長になった。当時、RKOは破産を逃れようと必死で、会社を救う奇跡を求めていた。オーソン・ウェルズの「宇宙戦争」の放送が全国的な騒ぎを巻き起こしたのち、ロックフェラーは、この天才少年なら何か思いついてくれると思ったらしく、ジェーファーに彼をつかまえてくるよう命じた。

映画の撮影は1940年7月に始まり、10月に完了した。12週間の撮影と70万ドルの予算は、当時のRKOの話題作としては異常に少ない。「市民ケーン」が公開される前、シェーファーは、MGMの親会社である Loew's Inc. の社長ニコラス・スケンクに呼ばれて、ネガとプリントを廃棄したら84万2千ドルやると言われた。この申し出は、ウェルズとマンキーウィッツがランドルフ・ハーストと女優マリオン・デイビスをモデルにケーンとスーザン・アレキサンダーという登場人物を作ったという証拠十分な疑いによるものだった。シェーファーがこの申し出を断ると、ハーストの新聞は第一面で長々とRKOとその従業員を非難し、RKO作品の宣伝を禁止した。ラジオ・シティ・ミュージック・ホールは「市民ケーン」の上映を中止したし、他の封切館も上映に乗り気ではなかった。結局、ワーナーが「市民ケーン」を上映したが、時すでに遅く、すぐに上映が打ち切られ、再上映されたのは1950年代後期にアートシアターでだった。

ケイルの分析はウェルズとマンキーウィッツの作家としての貢献についてだったが、もし「市民ケーン」がMGMで作られたなら全体の感じは大きく違っていたはずだとして、「市民ケーン」の共同作業について次のように論じている。

大会社のほとんどの映画は制限を受けながら作られているので、スタッフは敵対的で、退屈しているし、雰囲気は制圧的である。この工場システムが最悪なのは、ほとんど全員が自分の能力以下で働いていることだ。自由な雰囲気の中で作られた「市民ケーン」では、設計者や技術者たちは、何年も押さえつけていたアイディアを出現させている。全員が創作過程に参加している。「市民ケーン」は、神童の頭から突然わいて出た偉大な作品ではなく、共同作業のすぐれた例である。

RKOは、1942年までに巨額の損失をかかえるようになっており、名声よりも利益を優先し始めた。低予算の二本立てが新たな規則となった。1946年に社長となったドア・シャーリーがセルズニック時代のいくつかの慣行を復活させると、RKOは再び高級志向となり、独立系の製作会社と共同で映画を製作するようになった。たとえば、ゴールドウィンとの共同による「我等の生涯最良の年」(1946)、リバティ・フィルムズとの「素晴らしき哉、人生!」(1947)、インターナショナル・ピクチャーズとの「謎のストレンジャー」(1946)、ジョン・フォードのアーゴシー・ピクチャーズとの「アパッチ砦」(1948)、「黄色いリボン」(1949)、「幌馬車」(1950)などである。

1948年、ハワード・ヒューズが900万ドル弱でRKOの支配権を獲得し、ほんの数週間で、ドア・シャーリーと150名の従業員を解雇した。1949年、RKOは、最高裁の反トラスト判決に従って、興行を製作・配給と分離した。1953年、RKOのハリウッドスタジオがデジルに売却された。1955年、RKOは、テレビ制作会社であるジェネラル・テレラジオに売却された。

(続く)

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2008年9月24日 (水)

The Cinema Book: 20世紀フォックス

「フォックス・フィルム・コーポレーション」

1914年に設立されたフォックス・フィルム・コーポレーションは、メジャーになる第一歩を1925年に踏み出した。ウィリアム・フォックスは、サウンド技術に投資し、劇場チェーンを取得することで、会社を拡大することに取り組んだのだ。1927年、非常に短期間ながら、フォックスは、フォックスとMGMの製作スタジオ、ロウ (Loew) とフォックスの劇場チェーン、ファースト・ナショナルの三分の一、その他諸々の所有財産を管理した。この野心的な取り組みと同時に、フォックスは作品の格を高めるために、ブロードウェイのヒット作やベストセラー小説をもとに、いくつかのスペシャル作品を作った。劇を脚色した大予算の「第七天国」(1927)と「栄光 What Price Glory」(1926)が大ヒットしたが、過度の製作費や不動産の取得を相殺するために、さらにヒット作を必要とした。

これが、ムルナウの「サンライズ」(1927)が製作された背景である。製作費は150万ドル以上で、映画史上最大のセットが作られた。都市の一部、高架電車、路面電車などがフォックス・スタジオの2.5kmにわたって作られた。

しかし、1920年代が終わるころになると、ウィリアム・フォックスは、大予算の作品や会社の拡大によって危険な状態に陥った。1930年、フォックスは取締役会から追放され、翌年、会社は500万ドルの損失を計上した。1933年、売上の減少と経常経費の増加によって、劇場を財産管理下に置かざるをえなくなった。1934年、二つの製作スタジオと全国的な配給網を持つ会社の価値は3600万ドルだったが、年鑑の収益力はたったの180万ドルだった。その間、ワーナーの製作主任だったダリル・F・ザナックが製作スタジオのない小さな独立系会社、20世紀ピクチャーズを設立していた。1935年、フォックス・フィルム・コーポレーションは、20世紀フォックスとの合併を発表した。これ以降、ザナックを製作主任とするこの会社は、20世紀フォックスとして知られるようになる。

「20世紀フォックスとそのスターたち」

ザナックが20世紀フォックスの製作を引き継いだとき、同社が所有していた非常に貴重な財産はウィル・ロジャーズと7歳のシャーリー・テンプルだった。シャーリー・テンプルは、フォックスが彼女の独占権を利用して配給業者の上映作品の選択をコントロールできるぐらい人気があった。「テムプルの愛国者 The Littlest Rebel」(1935)などの大ヒットは、ニューディール的な「慈善の思想 ideology of charity」をフォックスなりに表現したことといくらか関係がある。

20世紀フォックスの最初の年にテンプルよりも成功したのはウィル・ロジャーズだった。ザナックは、ロジャーズ主演の "Thanks a Million"(1935)を、20世紀フォックスを作った映画だと評価している。ザナックは、1936年までに、タイロン・パワーやソーニャ・ヘニーなどでファックスの小さなスター集団を強化した。しかし、MGMやワーナーに太刀打ちできるほどではなかった。それで、彼は脚本に磨きをかけた。(私の調べたところ、"Thanks a Million" という1935年の20世紀フォックス作品はあるが、ディック・パウエル主演で、ウィル・ロジャーズは出ていない。)

「政治哲学」

1930年代後半、20世紀フォックスは次第に成功していった。これは、契約スターたちの魅力のためでもあったし、作品が特徴的で魅力的な政治哲学を表現していたためでもあった。それは「日和見主義」という政治哲学だった。

1934年にフォックスが財政困難に陥ったとき、シャーリー・テンプルのおかけで復活したこととロックフェラー系の銀行の指導のもとで二十世紀と合併したことから考えると、フーバーとルーズベルトを支配した同一の財閥にへつらうことは最も予期できないことだった。

20世紀フォックスが1930年代後期に採用した方針は、基本的に共和党支持だった。たとえば、1939年の「若き日のリンカーン」は、ニューディール政策に対する共和党支持者の攻撃だった。

しかし、フォックスの政治的「日和見主義」は、さほどあからさまではなかった。たとえば、「怒りの葡萄」(1940)をどう説明すればいいのか。「怒りの葡萄」の製作は、ザナックがスタインベックの原作の権利を前代未聞の7万ドルで取得したとき、可能となった。1938-9年度、20世紀フォックスはMGMとワーナーに次いで3番目に成功した会社だった。この年度の収益トップテン作品には20世紀フォックスの作品が二本入っていた。この成功によって、重役たちは「怒りの葡萄」などのA級作品をもっと作ることを決定した。「怒りの葡萄」は、共和党の視点ではなく、ルーズベルト/民主党/ニューデール主義の視点から描かれていた。これは、ザナックが1930年代初期にワーナーで働いていたときの経験によって説明できる。ワーナー時代のザナックが一番関心を持ったのは脚本だった。

契約上、「怒りの葡萄」の脚本は、スタインベックの原作のテーマを守らなければならなかった。ザナックは、原作のテーマの印象を「不名誉で、矯正する必要のある状態に対する刺激的な告発」と述べた。左翼グループは、ザナックが原作を棚上げにして映画化しないんじゃないかと恐れた。カリフォルニアの巨大農場主たちは映画製作に強く抵抗し、訴訟でザナックをおどした。二十世紀フォックスは、この映画がカリフォルニアで公開されることはないだろうと思った。

ザナックは、民間の調査会社を雇って、原作の主張が本物かどうか証明させ、自ら納得し、ヘイズ・オフィス(映倫)による妨害をはねつけた。「怒りの葡萄」の製作には7週間と80万ドルかかった。映画は善戦したが、大ヒットまでには至らなかった。しかし、より重要だったのは、20世紀フォックスが1930年代に得られたかった名声や賞賛を「怒りの葡萄」によって得たことだった。「怒りの葡萄」はオスカーを二つ獲得した。したがって、この映画は、初期の共和党支持作品に関連した経済的安定から、1940年代の作品に関連した美学的名声への移行を示しているとみることができる。

「スタジオシステムの衰退」

終戦直後、20世紀フォックスは、「シリアスで」「リアリスティックな」セミドキュメンタリー風の犯罪映画を作り始めた。しばしば、二十世紀フォックスのニュース映画 "March of Time" からの映像が挿入された。「Gメン対間諜 The House on 92nd Street」(1945)にもそのようなシークエンスが含まれていたが、プロデューサーは、 "March of Time" をスタートさせ、管理していたルイ・ド・ロシュモンだった。1948年にはド・ロシュモンのドキュメンタリー風スリラー「都会の叫び Cry of the City」が作られた。こうした荒涼として都会のスリラーにおいて、スタイルや主題よりも重要だったのは、フォックスの野外撮影への移行であり、西部劇、ミュージカル、スペクタクルでも多用されることになる。

1948年の反トラスト判決、観客の減少、テレビとの競争の激化に対するフォックスの最初の反応は、製作予算を削ることだった。1947年の長篇一作あたりの費用は240万ドルだったが、1952年までに、その半額以下でつくられるようになった。野外撮影はスタジオ撮影よりも安上がりだった。「折れた矢」(1950)と「拳銃王」(1950)がその好例だった。同時に、これらの作品は、どのように垂直統合の終わりが映画会社だけでなくスターとジャンルにも影響を与えたかを例証している。どちらも年老いた西部劇の典型的人物に関するものだった(「ベテランの斥候」と「引退したガンファイター」)。

1952年、20世紀フォックスは、興行チェーンを製作・配給から分離する判決に同意する。フォックスは、もはや、単に封切館を支配することによって同社作品の上映を保証することができなくなった。さらに、1950年代初期までに、フォックスの犯罪映画の「社会リアリズム」は、「ドラグネット」などの数多くのテレビ犯罪ドラマと区別しにくくなっていた。フォックスの対応は、マーロン・ブランド(「革命児サパタ」1952)、マリリン・モンロー(「帰らざる河」1954、「七年目の浮気」1955)、ジェーン・ラッセル(「流転の女」1956)、モンローとラッセル(「紳士は金髪がお好き」1953)といった有望な大スターを雇うことだった。さらに、「カルメン」(1954)や「「帰らざる河」はカラーでシネマスコープだった。

推薦図書
Robert C. Allen, "William Fox presents Sunrise," Staiger (ed.), The Studio System, New Brunswick, NJ, Rutgers University Press, 1955

Tony Thomas and Aubrey Solomon, The Films of 20th Century Fox: A Pictorial History, Secaucus, NJ, Citadel Press, 1989

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2008年9月22日 (月)

The Cinema Book: コロンビア

「コロンビアの大衆主義」

小さな三つのメジャー会社の一つであるコロンビアは、設立者ハリー・コーン、ジョー・ブランド、ジャック・コーンのイニシャルをとったCBCという名前で1920年にスタートした。1924年にコロンビア・ピクチャーズに名前を変え、20年代が終わるまでに、製作スタジオを取得し、全国的な配給網を運営していた。1932年、コーン兄弟はジョー・ブラントを追い出し、ハリー・コーンが代わりに社長に就任し、社長、製作主任、筆頭株主を同時に努めた唯一の映画界の大物となった。コーンは、製作費を節約するために、映画を物語の進行どおりに撮影しない方法をとった。

1930年代、コロンビアは、ユナイテッド・アーティスツとユニバーサル同様、ビッグ・ファイブ(MGM、フォックス、ワーナー、RKO、パラマウント)が所有する映画に、70分ほどで、ほとんどスターがいない、高級感のない自社の映画を添えた二本立てを配給した。コロンビアは年間50本から60本の映画を公開し、そのうち70%はB級映画だった。1930年代初期、他の映画会社が破産する中、コロンビアは支払い能力を維持し続けた。というのも、空っぽの映画劇場に悩まされることはなかったし、大会社所有の映画を利用できたからだ。

コロンビアは、ワーナーのように、ニューディールのような大衆主義の支持者だとみなされることが多く、特にコロンビア唯一の映画作家フランク・キャプラの作品がこれを証明している。ハリウッドテンの半分は1930年代にコロンビアに雇われていた。コロンビアがニューディール政策や左派の運動を支持する明確な方針があったかどうか確かめることは不可能だが、1940年代にコロンビアで働いた脚本家ガーソン・ケニンと女優ジュディ・ホリデイは破壊分子のリストに含まれていた。たしかに、ケニンの戯曲が原作でホリデイが主演を務めた "Born Yesterday"(1951)の公開は、カトリック退役軍人協会によってピケを張られた。コロンビアで一致団結した共産主義活動が行われたことはなさそうだが、コロンビアの経済構造と自由契約者の奨励によって急進派の雇用が促進されたことはありそうだ。

「キャプラと大衆主義」

1930年代にコロンビアが作った作品の大半は低予算のB級映画だが、ときおり費用のかかる映画を作った。そのうちのひとつがフランク・キャプラ監督の「或る夜の出来事」(1934)だった。この映画は大ヒットし、コロンビアに初めてアカデミー賞をもたらし、コロンビアは一流の映画を増やした。「或る夜の出来事」のあと、コロンビアは6本の映画を作る契約をキャプラと交わした。キャプラの報酬は一本につき10万ドルと利益の25%で、映画の予算も次第に増えていった。1936年、キャプラは「オペラハット」を監督した。「オペラハット」は、資本主義の受け入れられない側面を考察しており(反ニューディールという形で)、貧しい農民に新たなスタートを行わせるためにお金を貸し出す慈悲深い大君として主人公を描いている。

「コロンビアのスター」

コロンビアは、ジャック・ホルト、ラルフ・ベラミー、バック・ジョーンズ、チャールズ・スターレットといった自社の俳優がいたが、彼らは大会社のドル箱スターとは比べ物にならなかった。コロンビアには大スターを雇うだけの予算がなかった。その一方、ビッグスターなくして大ヒットはあり得なかった。ハリー・コーンの解決策は、有名な監督やスターを他の会社から借りて映画を作ることだった。綿密な計画によって、製作日数を少なくし、費用を抑えた。こうして、1930年代後期には何人もの著名な監督がコロンビアで映画を作り、しばしば、自分の作品をプロデュースしてもよいという申し出を受けた。

コロンビアの費用のかかる作品のうちの一本は、ビッグスター、ケイリー・グラントとロザリンド・ラッセルと著名なプロデューサー兼監督のハワード・ホークスによる「ヒズ・ガール・フライディ」だった。ケイリー・グラントは、「或る夜の出来事」のクラーク・ゲイブル、「オペラハット」のゲイリー・クーパー同様、他社から借りたスターだった。他社からスターを借りるのは、映画産業では珍しいことではなかった。貸し出す会社は、スターを貸し出すことによる一時点な損失を穴埋めするために、通常、スターのサラリーよりも75%多い額を受け取った。借り受ける会社は、長期契約の費用をかけることなくスターを利用することができた。自社の俳優と外部のスターを組み合わせることは、いつもとは違う背景の中で知っている顔を見るという楽しみがあった。外部のスター(および監督と脚本家)を低予算作品のために招くというコロンビアのやり方は、スタジオおよび作品内での意図または統一された政治的スタンスに対して不利に働くことになる。

コロンビアの契約俳優のほとんどは、ラルフ・ベラミーのような性格俳優だったが、ときおり、まだ高価ではない無名の俳優と契約し、スターに育てることに成功した。1930年代の終わりまでに、外部のスターと監督を招いてパーセンテージを支払うという方針は、コロンビアの経済戦略の重要な部分となり、ケイリー・グラントのような何人かのスターは、何度もコロンビア映画に出演した。しかし、他のメジャー会社と比較した場合に欠けているのは、自ら育てたと誇ることができるスターがいなかったことだ。1937年まで、コロンビアには一人しかスター女優がいなかった。しかし、アーサーは宣伝が嫌いだったし、グラマラスでないというイメージがあったので、コロンビアは別の女優に投資する必要があった。ほとんど知られていないフォックスの女優リタ・ヘイワースがその機会を与えてくれた。彼女はコロンビアと七年契約を結んだが、最初は安っぽいミュージカルやメロドラマにしか出してもらえなかった。しかし、1941年以降、フレッド・アステアやジーン・ケリーなどの相手役として歌って踊る役をいくつか演じた。1940年代中期までに、ヘイワースはスターとして確立し、コーンの言葉を借りれば、「映画界で四番目に貴重な財産」となった。

1946年に「ギルダ」が公開されると、リタ・ヘイワースはよく知られる名前となった。映画は大ヒットし、最初の公開だけでコロンビアに300万ドルの利益をもたらした。ヘイワースのファム・ファタール(魔性の女)のイメージとミュージカルの登場人物のイメージの組み合わせ、フィルムノワールの荒涼とした感じとミュージカルの舞台装置と振り付けというジャンルの組み合わせが、雑誌のピンナップからラジオで流れるヘイワースの歌(吹き替えだが)まで、「ギルダ」を広く宣伝することを可能にしたと言われている。

「コロンビア」とスタジオ体制の衰退

1946年に独占禁止の法律が制定されて以降、アメリカの映画界は不景気となったが、これは、ビッグ・ファイブ(MGM、フォックス、ワーナー、RKO、パラマウント)の垂直な統合構造が解体されたからだけでなく、テレビの隆盛、映画産業内における反共主義者の恐怖、そしてたぶん全体的な社会動向の変化も影響した。完全には垂直に統合されていなかったコロンビアは、不景気を生き延びる比較的良い位置にいた。というのも、1948年のパラマウント判決で劇場が分離されて以降、コロンビアの作品を上映してくれる劇場が増えたからだ。しかし、生き残りには、自らの作品をライバルと異なるものにする能力が必要だったし、ライバルには、他の映画会社だけでなく、テレビもいた。

1950年代初期にテレビによる猛烈な競争に直面したコロンビアが着手した戦略の一つは、ベストセラー小説やブロードウェーのヒット作を脚色することだった。"Born Yesterday" は後者の例で、コロンビアはガーソン・ケニンの戯曲の権利を取得するために100万ドルを支払い、舞台で主演したジュディ・ホリディと契約した。このときまでに、メジャーは財産の削減、劇場の売却、契約していた俳優や技術者たちの解雇を行わざるをえなくなっていたが、コロンビアは経済的に頼りになる契約俳優の一団を集めていた(たとえば、"Born Yesterday" のウィリアム・ホールデンとブロドリック・クロフォードは、脚本の費用が相殺できるほど安上がりだった)。"Born Yesterday" は、400万ドルの利益をコロンビアにもたらし、ジュディ・ホリディはアカデミー主演女優賞を獲得した。

「コロンビアとテレビ」

メジャー8社の中で、コロンビアは最初にテレビ制作に乗り出した。ワイドスクリーンを採用する予算のなかったコロンビアは、1950年ごろ、テレビ子会社スクリーン・ジェムズの設立に投資した。コロンビアは、テレビドラマの流行に関連した映画を作ることができた。たとえば、「復讐は俺に任せろ The Big Heat」(1953)が公開されたとき、警察シリーズ「ドラグネット」が視聴率のトップだった。コロンビアは流行を利用するのが素早かった。しかし、「復讐は俺に任せろ」の登場人物の暴力と異常さは、どのようにコロンビアがテレビの流行を利用しつつ、内容に差異を設けているかを例示している。これは、映画産業が検閲を緩和した1951年以降、コロンビアにとって特に重要な戦略となった。

1950年代半ば、テレビの人気が増し、映画観客が減少するなか、映画会社は、ハリウッド自身が作り始めたテレビドラマと劇場用映画の違いを打ち出す必要があった。どのようにコロンビアが危機を乗り越えようとしたかは、1955年の二つ作品によって示されている。両作品ともテクニカラーとシネマスコープで作られた。1955年、ワーナーは最初のテレビ西部劇シリーズ「シャイアン」を作った。スクリーン・ジェムズがすぐに真似する一方で、コロンビアの映画部門は「ララミーから来た男」を作った。コロンビアとしては珍しくA級西部劇だった。映画は、カラー、ワードスクリーン、ロケ撮影だけでなく、暴力も利用して、テレビとの差別化を図り、成功した。(1955年の二つの作品と書いておきながら、なぜか「ララミーから来た男」しか言及されていません。私が調べたところ、もう一本は「ピクニック」のようです。)

推薦図書
Edward Buscombe, "Notes on Columbia Pictures Corporation, 1926-41," Screen 16 (3), autumn 1975. Reprinted in Staiger (ed.), The Studio System, New Brunswick, NJ, Rutgers University Press, 1955

John Cogley, "The mass hearings," in Balio (ed.), The American Film Industry, Madison, University of Wisconsin Press, 1976. Revised edition 1985.

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2008年9月19日 (金)

The Cinema Book: ワーナー

ワーナーの項は Annette Kuhn という人が書いていて、パラマウントとMGMの項を書いた Thomas Schatz ほど読みやすくないので、あちこち端折っています。私としては映画会社の簡潔な歴史が知りたいのですが、政治や社会との関連で論じていたり、作家主義的に論じていたりするので、今の私の興味とはズレがあります。ワーナーのホークスとラオール・ウォルシュを論じている最後の「映画作家」は完全に割愛しました。なんと、このあとの「コロンビア」「20世紀フォックス」「RKO」「ユニバーサル」は、全部このアネット女史が書いています。難しくないことを祈る。

「ワーナーブラザーズ」

ワーナーは、たぶん、サウンドを映画に導入した映画会社として一番知られている。ワーナーは、映画を製作する小さな家族会社として1920年代に設立され、サウンドシステムを開発するためにウエスタン・エレクトリックと1925年に契約した。有名なトーキー映画「ジャズ・シンガー」は1927年に公開された。1928年、ファーストナショナルの映画館を取得して、地位をさらに固めた。同年、ワーナーは1700万ドル以上の純利益をあげ、当時の映画産業での記録を作った。しかし、大恐慌のため、1931年から34年まで、ワーナーの損失は1300万ドル台だった。この危機への対処法は、他のメジャー会社と異なっており、1930年代後期の経済回復において重要な要素となった。

1930年代初期にワーナーが行った合理化のひとつは生産ライン方式の採用で、生産予定表と低予算を厳格に守ることだった。ダリル・F・ザナックは、製作主任時代(1931年から33年)、この新しい体制の実施に対する直接の責任のほとんどを負った。1930年代、ワーナーは年60本ほどの作品をコンスタントに公開し、他のメジャー会社のほとんどと違って、ウォールストリートに対する経営上および財政上の支配権を失うことなく大恐慌を乗り切った。

「ワーナーのスタイル」

ワーナーは、特定のジャンル(ギャング映画、舞台裏ミュージカル、ロマンチック冒険映画)に、独特の視覚スタイル(コントラストが弱く画調の暗い照明、シンプルなセット)と、大衆向けのイメージを組み合わせた。

1932年のワーナーの平均的な予算は、一本につき20万ドルで、コロンビアの17.5万ドルの次に低かった。MGMは45万ドルだった。この経済状況がスタイルに影響を与えた。たとえば、セットはシンプルだったし、セットの安っぽさを隠すために画調は暗かった。経済的な制約ほど目立たないが、1930年代には大衆主義の手段として、労働者階級の登場人物を使用したり、当時の社会問題を扱ったりした。

「ジャンル」

もっとも有名なワーナーのジャンルはギャング映画である。1931年、ダリル・F・ザナックは、新聞のストーリーを主題にした作品を製作すると発表した。「犯罪王リコ Little Caesar」と「民衆の敵 The Public Enemy」が作られ、これらがヒットしたために1930年代の方針が決まった。

「暴露」映画から「批判的社会リアリズム」が生まれた。不況時代の幻滅によって、ワーナー作品の観客の大半を占める労働者たちは、アメリカ社会で確立した権力構造に対する攻撃を受け入れることができた。しかし、同程度に言えることは、観客がアクションと暴力に魅せられていたということである。映倫が設立されたあと、ワーナーのより暴力的な映画は映画産業内から批判を受け、犯罪行為よりも法の執行に重点を置くようにという圧力がワーナーにかかった。ワーナーは、「Gメン "G" Men」(1935)や"Racket Busters"(1938)などの、ギャングよりも連邦捜査官を主人公にした映画を作った。

「社会意識」

ワーナーの比較的急進派の政治的立場は、外部団体からの財政上および経営上の独立に直接関係している。興行網を拡大し、トーキーに投資するために、銀行から資金を借りなければならなかったが、1933年まで、三人のワーナー兄弟は会社の優先株の70パーセント以上を所有していた。その結果、ワーナーは、コロンビアとユニバーサルとともに、1930年代にウォールストリートから直接介入を受けることはなかった。

この経済的独立は、左翼がかった映画をいくつか作ったこととは無関係ではない。1930年代初期にワーナーが作った映画には、ルーズベルト大統領とニューディール政策を明らかに支持しているものが多い。ワーナーの映画のいくつかには、全国産業復興局のワシの紋章がクレジットに使われたり、「フットライト・バレード Footlight Parade」(1933)などのミュージカルの振付に使われたりした。「ゴールド・ディガース Gold Diggers of 1933」の有名な "Forgotten Man" シークエンスは、ルーズベルトがスピーチで使った語句に由来する。「仮面の米国 I Am a Fugitive from a Chain Gang」「黒の秘密 Black Legion」「餓ゆるアメリカ Heroes for Sale」"Black Fury"「今日の男性 A Modern Hero」「春なき二万年 20,000 Years in Sing Sing」"They Won't Forget" "Confessions of a Nazi Spy" などは、ワーナーが漠然とした急進派的な切望をニューディール政策と共有していることを証明している。

ワーナーの社会意識は、第二次大戦中の作品からもうかがえる。ワーナーは、戦争に対する政府の政策に全面的に協力した最初のハリウッド映画会社だった。初期の社会批判は、アメリカ的生き方の愛国的支持と、平和主義、不干渉主義、ナチズムに対する攻撃にとってかわられた(ナチズムを攻撃した代表作は「ヨーク軍曹」(1941))。

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2008年9月18日 (木)

The Cinema Book: MGM(後半)

テキトー訳なので、ざっと読んでください。

「30年代のMGM」

不況時代におけるMGMの成功と支配は本当に驚くべきことで、映画の安定した質とライバルたちの経済的苦境によって助長された。ビッグファイブのうち三社(パラマウント、フォックス、RKO)は1930年代初期に財政崩壊に見舞われ、ワーナーは、破産しないために資産の四分の一を他に流用しなければならなかった。MGMは、30年代を通して毎年利益を上げていた。30年代のビッグエイト(ユニバーサル、コロンビア、ユナイテッドアーティスツを含む)の純利益の合計は1億2800万だったが、そのうちの四分の三近く、9320万ドルはMGMの利益だった。

同様に印象的なのは、映画の質が一定していたことと、MGMが日常的に得ていた評判である。30年代、アカデミー作品賞のノミネート作品のうち30%以上はMGM作品だった。ノミネートされた87本のうち27本がMGM作品で、そのうち4本が作品賞を獲得した。そして、主演男優賞と女優賞にノミネートされた俳優の30%以上がMGMの俳優だった。6人の男優と5人の女優がオスカーを獲得した。1932年から41年にかけての興行主の投票によるドル箱スターのうち47%がMGMと契約していた。この10年間のすべての年に選出されたのはMGMのクラーク・ゲーブルだけだった。

初期不況時代におけるMGM固有のスタイルの完璧な「グランドホテル」だった。オールスターのドラマで不運な恋人たちが描かれていた(ガルボ、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、ライオネル・バリモア、ウォーレス・ビアリー出演)。1932年のアカデミー作品賞に選ばれた。費用は平均の倍の70万ドルで、北アメリカだけで230万ドルの収益を上げた。洗練されたセットと登場人物の性的魅力、優雅さ、美しさを強調した。登場人物のすべてが破滅するか自暴自棄になるが、人生の不幸を背負う姿にはスタイルがあった。実際、「グランドホテル」は多くの点でスタイルの勝利だった。そのスタイルは、登場人物だけでなく、撮影ウィリアム・ダニエルズ、編集ブランチ・シーウェル、録音ダグラス・シアラー、美術セドリック・ギボンズ、衣装エイドリアンによっても表現された。各々は最初のクレジットに明示された(監督エドモンド・グールディングと脚本ウィリアム・ドレイクとともに)。

このスタイルの考案者の中心はアービング・サルバーグだった。1920年代と1930年代初期、ルイス・メイヤーがスタジオ運営と契約交渉を処理し、サルバーグと数名の部下が実際の映画製作を管理した。サルバーグは作品のクレジットに名前が載ることを拒否したが、映画製作おける彼の重要性はよく知られていた。

サルバーグはストーリーを重視し、脚本会議で積極的な役割を果たし、10数名の専属脚本家を雇った。また、映画を手直しすべきかどうかを決定するために試写を開いた。もとの脚本家と監督が試写に参加させてもらうことはめったにない。これはMGMのチームワーク気質をよく表している。重要なことに、脚本家や監督がこの慣行に不満を述べることはめったになかった。彼らは報酬を十分にもらっていたし、サルバーグによって巧みに扱われていた。

サルバーグは、恋愛映画や冒険映画という形での「ロマンス」が好きだった。ゲーブルとジーン・ハーローの「紅塵」(1932)と「支那海」(1935)のように、その両方を組み合わせることもあった。より漠然としているが、同様に重要なのはサルバーグの「嗜好 taste」で、知識人向けの一流映画をときおり作るだけでなく、(ゲーブルとハーローの映画のように)あからさまにエロチックなストーリーや状況をハリウッドの映倫や一般観客に気に入るように作り変える能力を持っていた。

こうしたMGM固有のスタイルは1940年代にも継続されたが、サルバーグの支配は1930年代半ばに終わった。健康にすぐれなかったこととMGMの権力闘争のためにスタジオ運営の大整理が行われた。MGMは、1932-33年度に、「ユニットプロデューサー」体制に移行し始めた。これは、サルバーグ、セルズニック、ハント・ストロンバーグなど数名の幹部プロデューサーが一流作品を管理し、ハリー・ラッフなど数名が二流映画をプロデュースするというものだった。

この新体制で、サルバーグとセルズニックは費用のかかる一流映画、特にコスチュームドラマ(時代劇)に専念した。サルバーグの「戦艦バウンティ号の叛乱」(1935)「ロミオとジュリエット」(1936)「椿姫」(1936)や、セルズニックの「デヴィッド・カパーフィールド」(1935)「アンナ・カレーニナ」(1935)、「二都物語」(1935)は、商業的に成功したし、批評家受けも良かった。ストロンバーグは、一連のスター=ジャンル作品を成功されるのがうまかった。ジャネット・マクドナルドとネルソン・エディのオペレッタ(「浮かれ姫君」(1935)、「ローズ・マリー」(1936))やウィリアム・パウエルとマーナ・ロイの「影の男」シリーズなどである。新体制下でのMGMの成功はしばらく続いたが、1936年に二つの出来事によって激震を受けた。一つは、セルズニックが自分の会社を設立するためにMGMを離れたことで(1939年、セルズニックの会社はMGMとともに「風と共に去りぬ」を作る)、もう一つは、サルバーグが37歳で突然亡くなったことである。彼の死はMGM時代の終わりを告げた。

「メイヤー体制:スター=ジャンル作品群と着実な衰退」

セルズニックの離脱とサルバーグの死去のあと、メイヤーが映画製作の責任を負い、委員会による経営体制を確立した。この体制は10年間続く。まだプロデューサーのスタジオという色合いが強かったが、しだいに映画製作の経験のない重役たちが経営陣を占めるようになった。しかし、ドア・シャーリーやジョー・マンキーウィッツなどの脚本家出身者が何人かいたし、ワーナーのプロデューサー兼監督のマービン・ルロイが製作主任として招かれた。MGMでのルロイの最初のプロジェクトは「オズの魔法使い」(1939)だった。「オズの魔法使い」は、野心的で、革新的で、費用のかかる作品で、その後のMGM作品やルロイ作品の特色を示すとは言い難いものだった。MGMは、メイヤーのもとで保守的な方向に転換し、より予測可能で、ありきたりの作品が作られていった。

この保守的な転換は、強い「娯楽価値」を持つ快活な映画シリーズにMGMが頼ったことに表れている。典型的な例がハーディ一家シリーズで、主演のミッキー・ルーニーは1938年から40年までドル箱スターのトップに君臨した。このシリーズの大ヒットによって、メイヤーは、マーガレット・オブライエン(「マーガレットの旅」1942)やエリザベス・テイラー(「家路」1943)など、他の子役スターを育てた。メイヤーは、愛、結婚、母性を健全に描く作品も好んだ。グリア・ガーソンとウォルター・ピジョンの「ミニバー夫人」(1942)、「キュリー夫人」(1943)、「パーキントン夫人」(1944)がその典型である。

ガーソンとピジョンのカップル以外にも、メイヤーが理想とするカップルが何組かあった。10年前の「影なき男」の大酒飲みで冗談好きなニックとノーラのチャールズ夫妻から、どれほど遠くに来たことか。アンディ・ハーディ役から脱却したミッキー・ルーニーは、ジュディ・ガーランドと組んで、痛々しいほど健全な若者のミュージカルを成功させた(「青春一座」1939、"Strike Up the Band" 1940、「ブロードウェイ」1941)。より興味のわくカップルは、「女性No.1」(1942)、「アダム氏とマダム」(1949)などのキャサリン・ヘップバーンとスペンサー・トレイシーだった。

こうした作品は例外的な成功をおさめたが、1940年代のMGMは全体的に衰退していった。全体的な質の低下と戦時中の映画ブームによって(ブームは数多くの映画館を持つ会社に有利に働いた)、かつて無敵だったMGMは、あっという間にライバルたちに追い抜かれた。戦時ブームが最高潮だった1946年、MGMの利益は1800万ドルで、パラマウントの3900万ドルの半分だったし、フォックスの2200万ドルやワーナーの1940万ドルにも及ばなかった。アカデミー賞にノミネートされなくなったし、戦後のフィルムノワールや社会ドラマの時代には、まったく時代遅れに見えた。

明るい点は戦後のMGMミュージカルで、MGMの公開作品の四分の一を占め、戦後10年間に公開されたハリウッド製ミュージカルの半分を占めた。数名のプロデューサーがミュージカル専門だったが、ミュージカルの黄金時代の最大の功労者はアーサー・フリードだった。フリードは、1944年の「若草の頃」でブレークした(ジュディ・ガーランド主演、ビンセント・ミネリ監督のテクニカラー・ミュージカル)。この成功によってフリードは自らの製作ユニットを組織することができた。このユニットは、音楽とダンスを重視し、ジーン・ケリーやスタンリー・ドーネンといった振付師の才能に頼った。ケリーとドーネンは1949年に「踊る大紐育」を共同監督し、「パリのアメリカ人」「雨に唄えば」「バンドワゴン」「いつも上天気」「恋の手ほどき」といったミュージカルの古典に道を開いた。

フリードのミュージカルは、良質の映画作りの点で頂点に達したが、MGMが豪華でお金のかかる映画作りをする兆候でもあった。社会経済状況が変化し、テレビが出現した時代だったので、利益は薄くなった。1948年にドア・シャーリーが製作主任になり、費用を削減する方針を明確にしたが、製作事業が確立していたことから考えると、これは不可能だった。1948年のパラマウント判決(劇場の分離を要求)後、MGMは他のメジャーよりも長く続いた。工場をベースにした製作と垂直統合によるスタジオ・システムを持続させるため

に上訴などの手段を無駄に展開しながら。

1950年代半ばまでに、MGMは、変化するメディア市場の現実をしぶしぶ認めた。徐々にテレビシリーズの製作に移行し、古い映画をテレビに売却した。1956年にはCBSテレビのゴールデンアワーで「オズの魔法使い」がカラー放映された。それは、MGMとハリウッドの古典時代の終末と、非常に異なる時代の始まりを告げる1950年代の出来事の一つだった。

推薦図書
Joel W. Finler, The Hollywood Story, London, Wallflower Press, 2003.
Douglas Gomery, The Hollywood Studio System: A History, London, BFI Publishing, 2005

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2008年9月17日 (水)

The Cinema Book: MGM(前半)

9月9日10日のパラマウントに続き、今回はMGMです。原著は Pam Cook 編集による "The Cinema Book" 第三版(BFI, ISBN 978-1-84457-193-2)。MGMの項の著者は、パラマウントの項と同じく Thomas Schatz。

MGMは急速に成長し、1920年代後期にトップクラスとなり、30年代と40年代を通じて映画産業を支配した。すぐれた製作陣と数多くのスターのいるMGMは、一流の映画館のためにA級のスター映画を作った。しかし、製作陣が豊富にも関わらず、製作は重役やプロデューサーに支配されていた。MGMの映画は、歴史ロマンス、贅沢なミュージカル、家族ものなど、快活な世界観を示す傾向があった。それでも、ハリウッドが「良質 quality」と定義するものを30年間も工場のように製作したために、MGMの作品は、観客だけでなく批評家やアカデミーをも引きつけた。

しかし、この考え方を支持する映画史家はほとんどいない。戦後のミュージカル(「パリのアメリカ人」「雨に唄えば」など)を除いて、正典と認められた古典作品がないし、聖別された映画作家がいないからだ。戦後のミュージカルにおいてさえ、想像力の中心はスターで振付師のジーン・ケリーであり、最終的な映画作家はプロデューサーはアーサー・フリードだった。たぶん、MGMは最も完成された古典的ハリウッドスタジオで、映画作家中心の映画史や映画批評に挑戦するものである。

MGMの出現

メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)は、マーカス・ロウの会社による合併を通じて1924年に設立された。それまでにロウは20年間映画興行に携わっており、ニューヨークを中心とする一流の劇場チェーンを有し、1920年にはメトロ・ピクチャーズを買収していた。メトロ・ピクチャーズは全国的な映画配給会社で、ロサンジェルスにまあまあの製作スタジオを持っていた。このしっかりした配給興行基盤を持つロウは、1924年に二つの買収によってその拡大を完成させた。カルバー市に巨大な製作スタジオを持つゴールドウィン・ピクチャーズと、メイヤーと25歳のアービング・サルバーグの経営陣がいるルイス・B・メイヤー・プロダクションズの買収である。

メトロ・ゴールドウィンは、ロウの会社の社長であるニコラス・スケンクによってニューヨークを拠点として運営された。一方、カルバー市のスタジオなど、すべての製作活動はメイヤーとサルバーグによって綿密に管理された。

1925年に設立されたMGMは、1925年の大ヒット作「ベンハー」と「ビッグパレード」によって、ただちに有名になった。だが、MGMの急成長にとって本当に重要だったのは次の三点である。まず、洞察力のあるスタジオ経営陣と効率的な製作作業。次に、豊富なスター集団と明敏なスターシステムの運営。そして、製作とマーケティングの効果的な協同(大都市の劇場向けに作られたA級のスター作品が着実に生産された)。MGMは、合併によって、ロン・チャニー、リリアン・ギッシュ、マリオン・デイビスなどのトップスターを獲得したが、メイヤーとサルバーグはすぐに自家製のスター集団を作り上げた。ジョン・ギルバート、ノーマ・シアラー、ジョーン・クロフォード、グレタ・ガルボなどである。また、MGMは、ニューヨークの舞台俳優、メリー・ドレスラーやジョンとライオネルのバリモア兄弟と契約して、MGM作品の価値を高め、ロウが支配するニューヨーク周辺の観客を引きつけた。

当初から、メイヤーとサルバーグは、豪華なスペクタクルと、より質素なスター作品の二本立て戦略を発展させた。後者は、ロマンチックなカップルを中心にすえることが多かった。無名のジョン・ギルバートが「ビッグパレード」でスターになると、スウェーデンから輸入したグレタ・ガルボとチームを組ませ、「肉体と悪魔」(1926)、「アンナ・カレーニナ」(1927)、「恋多き女」(1928)で大成功を収めた。MGMのトーキーへの移行は、1929年に大ヒットしたミュージカル「ブロードウェー・メロディ」(みんなが話す!歌う!踊る!)と1930年の「アンナ・クリスティ」(ガルボがしゃべる!)によって明確となっている。こうした陽気なヒット作を補足するのは、より陰鬱なドラマで、キング・ビダーの「群衆」(1928)、ビクトル・シューストレームの「風」(1928、リリアン・ギッシュ主演)、「惨劇の波止場」(1930)などである。「惨劇の波止場」は、波止場が舞台の寓話で、マリー・ドレスラーとウォーレス・ビアリーをトップスターにした。

1920年代が終わるまでに、MGMは、映画産業の巨人として確立していたフォックスとパラマウント、それに新たに出現したワーナーとうまく競争するようになっていた。1929年から30年にかけての年度は、トーキーブームのピークで、不況がハリウッドを襲う前で、MGMの利益は2,580万ドル、パラマウントは3,390万ドル、フォックスは1,980万ドル、ワーナーは2,160万ドルだった。興味深いことに、MGMは、ライバルと違って、利益を劇場網の拡大に使わなかった(パラマウントとフォックスは1920年代後期に1,000以上の劇場を持ち、ワーナーは600の劇場を持ったが、MGMは約150のままだった)。封切館と二番館の数を増やさないというロウの決定は、二つの理由によって幸運だった。まず、劇場をトーキーに変えるコストが少なくて済んだ。もっと重要な第二の理由は、1930年代初期にライバルたちを崩壊させる巨額の抵当貸付約定をかかえずにすんだ(劇場を抵当に巨額のお金を銀行から借りていなかったってこと?)。

「30年代のMGM」「メイヤー体制:スター=ジャンル作品群と着実な衰退」は次回のお楽しみ。

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2008年9月16日 (火)

フィルムノワール(63): Crossfire (1947)

63. Crossfire (1947) 十字砲火

監督エドワード・ドミトリク。出演ロバート・ヤング、ロバート・ミッチャム、ロバート・ライアン、グロリア・グレアム。RKO製作配給(プロデューサー、ドア・シャーリー)。85分。

脚本ジョン・パクストン。原作リチャード・ブルックス("The Brick Foxhole")
撮影J・ロイ・ハント(白黒)。
音楽ロイ・ウェッブ、音楽監督コンスタンチン・バカレイニコフ。

あらすじ

四人の陸軍兵リロイ(ウィリアム・フィップス)、モンゴメリー(ロバート・ライアン)、フロイド(スティーブ・ブロディ)、ミッチェル(ジョージ・クーパー)が休暇をもらう。彼らは、ナイトクラブでジョセフ・サミュエルズ(サム・レビーン)と出会い、ミッチェルはサミュエルズのアパートに招かれる。フロイドがついていく。あとでモンゴメリーとミッチェルがサミュエルズと言い争いをし、モンゴメリーはユダヤ人のサミュエルズを殴り殺す。警察はオールナイトの映画館に隠れていたミッチェルを疑う。キーリー軍曹(ロバート・ミッチャム)は、真の犯人を発見するために刑事フィンリー(ロバート・ヤング)を手伝う。モンゴメリーは、逮捕を逃れるためにフロイドを殺す。警察はモンゴメリーを疑い、リロイを利用して罠を仕掛ける。リロイから「フロイトがお前に会いたがっている」と告げられたモンゴメリーは、混乱して、なぜフロイトがまだ生きているのか確かめに殺人現場に戻り、待っていた警官に逮捕される。

解説

本物のフィルムノワールか、メッセージ映画か?たぶん両方だろうが、後者の色合いのほうが強く、原作のリチャード・ブルックスの小説に内在している力をダメにしている。さらなる問題は、エドワード・ドミトリクの演出で、多くのシーンでの視覚的な動きのなさをほとんど軽減していない。たとえば、ロバート・ヤングが不幸な南部の青年リロイに説教するシーンである。その次のモンゴメリーとリロイのシークエンスでは、鏡を巧妙に使って、大げさな演出をしている。言い換えれば、「十字砲火」にはスタイル上の見せびらかしが多いが、意味のあるスタイルに欠けている。全体的に登場人物には深みがない。ミッチャム、ライアン、グロリア・グレアムといった俳優が集まれば、フィルムノワールの肖像画集のようなものができあがる。特にライアンの演技には定評がある。しかし、彼は多くの映画で精神病質者を演じており、この映画の役柄と比較しうる「拳銃の報酬」の人種差別者でさえ、より魅力的なひねくれぶりがある。本当に異常な性格描写は、グロリア・グレアムのボーイフレンド役のポール・ケリーによるものである。しかし、この役は、ライアンによる嘘のフラッシュバックを除いて予測のつく物語の進展のために中途半端なものになっている。人種差別は、フィルムノワール調の映画に適したテーマである。しかし、このテーマは、サミュエル・フラーの「クリムゾン・キモノ」のような映画で、もっと魅力的に描かれている。「クリムゾン・キモノ」では、偏狭な考えが、中心人物たちの親密な人間関係と結びついている。

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2008年9月14日 (日)

フィルムノワール(53): Clash by Night (1953)

ざっと訳したものなので、語訳も多いと思います。興味のある人は原著 "Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" を読んでください。この前も、「76. Decoy (1946) 死刑囚に聞け」を見たら、「車を前後させながらビンセントを何度もひ」いてはおらず、一度ひいただけでした。

53. Clash by Night (1953) 熱い夜の疼き

監督フリッツ・ラング。出演バーバラ・スタンウィック、ポール・ダグラス、ロバート・ライアン、マリリン・モンロー。ジェリー・ウォルド製作、RKO配給。104分。

脚本アフルレッド・ヘイズ。デビッド・ドートート協力。クリフォード・オデッツの戯曲に基づく。
撮影ニコラス・ムスラカ(白黒)
音楽ロイ・ウェッブ、音楽監督コンスタンチン・バカレイニコフ

あらすじ

大都会のぜいたくな生活に幻滅したメイ・ドイル(バーバラ・スタンウィック)は、久しぶりに故郷の町モントリーに帰る。彼女の洗練された雰囲気は、彼女が若いころから知っている温厚な漁師ジェリー・ダマート(ポール・ダグラス)と、彼の友人で映写技師をしている皮肉屋アール・ファイファー(ロバート・ライアン)の興味をひく。メイの兄弟ジョー(キース・アンデス)はペギー(マリリン・モンロー)と婚約しているが、ペギーはメイの自由さにあこがれている。すぐにメイとアールはひかれあうが、お互い皮肉屋なので、発展しない。メイは、やさしいが平凡なジェリーと結婚することを決心する。子供ができて、しばらくは平穏で幸せな生活が続く。しかし、すぐに、ジェリーとの生活にあきて、アールと不倫を始める。ジェリーが不倫を知ったので、メイはアールとの駆け落ちを決心する。しかし、彼女はアールの皮肉に嫌悪を感じ、ジェリーのもとに戻る。

解説

「熱い夜の疼き」の脚本はまあまあだが、お決まりの三角関係は、微妙に類別された複雑な登場人物たちによって改善している。スタンウィック演じるメイは、社会の束縛から解放された想像力によって生み出された登場人物で、疑わしい過去を持ち、自由に生き、不倫するが、最終的には、自分が作り出した状況の欠点に気づくことができる。ロバート・ライアン演じる辛辣な皮肉屋アール・ファイファーは、何か重大なことが起きれば「誰かの喉が切られなければならない」と冷たくメイに言うことができるが、「助けてくれ、メイ、寂しさで死にそうだ」と叫ぶ人物でもある。

多くのフィルムノワール作品同様、ロバート・ライアンは、「熱い夜の疼き」の中で最も苦悩にさいなまれた演技をしている。疎外された人物の典型として、感情を押し殺すように口をきつく閉じ、力強い肉体は不必要にこわばっているが、冷笑的な顔の下で苦痛が絶えずうごめいている。ライアンが描き出すのは不幸な性格の複雑な人物で、精神的苦痛を残酷な行為で表現するが、観客はある程度彼を理解することができる。アール・ファイファーが自らの環境の中に閉じ込められていることは、驚くべき開巻シークエンスで強められている。そこでは、漁師と缶詰工場の労働者の日々の仕事が詳細に描かれている。フリッツ・ラングは、このドキュメンタリー的なシークエンスを「300フィートの序文」と言っている。これによって、映画は、登場人物たちが持つ中流階級の疎外感の背景となる自然主義的な現実の中にしっかりとすえられる。

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2008年9月10日 (水)

The Cinema Book: パラマウント(後半)

The Cinema Book の編者は Pam Cook で、このパラマウントの項を書いたのは Thomas Schatz です。

「映画作家とパラマウント独自のスタイル」

初期のパラマウントにはスタイルの一貫性がほとんどなかっが、その気配はあった。デミルの寝室の笑劇とモダンなコメディ、特にグロリア・スワンソン主演作は(「男性と女性 Male and Female」1919、「アナトール The Affairs of Anatol」1921、後年の洗練されたコメディの先駆けである。イタリア生まれのルドルフ・バレンチノの映画(「シーク The Sheik」1921、「血と砂 Blood and Sand」1922)とドイツ/ポーランドのスター、ポーラ・ネグリの映画(「チート The Cheat」1923、「禁断の楽園 Forbidden Paradise 1924)は、トーキー時代のよりエキゾチックな「大陸」映画の先駆けである。1923年、パラマウントは日本の歴史叙事詩「幌馬車 The Covered Wagon」と「十戒」を製作し、その後の30年間にパラマウントのトレードマークとなるスペクタクルの原型となった。

1920年代半ばの経営と製作の統合に際し、トップスターと映画監督のいくらかは束縛が強くなると予想して反発した。1925年から26年にかけて、バレンチノ、スワンソン、ウィリアム・S・ハートがユナイテッド・アーティスツに移籍し、デミルは自分の製作チームを作るためにMGMに移った。ラスキーとシュルバーグは新たなスター、クララ・ボウ、ハロルド・ロイド、エミール・ヤニングス、ゲイリー・クーパー、クローデット・コルベール、フレデリック・マーチ、モーリス・シュバリエらと契約を交わした。また、ヨーロッパで映画を作っていたルビッチ、スタンバーグ、ルーベン・マムーリアンといた監督と1927年に契約を交わした。

皮肉なことに、デミルの離脱によって、これらの映画監督は、新体制下でかなりの自由を享受し、シュルバーグと彼の助手デビッド・セルズニックが開発した「ユニット・プロダクション」システムのもとでプロデューサー兼監督の地位を得た。さらに、この体制の下で、パラマウントのスタイルが統一された。

パラマウントのプロダクション・ユニットは、特定のスターとジャンルの作品群を作った。スターンバーグは表現主義風なデートリッヒ作品(「モロッコ」1930、「上海特急」1932、「ブロンド・ヴィナス Blonde Venus」1932)を作り、ルビッチはジャネット・マクドナルド主演のミュージカル・オペレッタを作った(「ラヴ・パレード Love Prade」1929、「モンテ・カルロ Monte Carlo」1930、「君とひととき One Hour with You」1932)。各ユニットには監督とスターのほかに重要な人物が含まれていた。たとえば、デートリッヒ作品には脚本家ジュールズ・ファースマンとカメラマン、リー・ガームズがいた。1927年から32年にかけてのスタンバーグとルビッチの全作品の美術はハンス・ドライヤーが担当した。ドライヤーは、スタンバーグ、ルビッチ、マムーリアン(「喝采 Applause」1929、「市街 City Streets」1931、「ジーキル博士とハイド Dr. Jekyll and Mr. Hyde」1931)とともに、ヨーロッパとアメリカの市場の両方を念頭に入れて、独特のヨーロピアンスタイルを作り上げた。

形成されつつあるパラマウントのスタイルにおけるヨーロッパ的な部分は、二つの重要な分野で対抗を受けた。一つはコメディで、WCフィールズ、マルクス兄弟、ビング・クロスビー、ジョージ・バンーズとグレーシー・アレンのコンビ、ジャック・オーキー、メイ・ウエストといった寄席やラジオのスターが主演した。コメディ専門の監督が数名いたが、中でも有名なのがレオ・マッケリーだった(「吾輩はカモである Duck Soup」1933、「罪ぢゃないわよ Belle of the Nineties」1935、「人生は四十二から Ruggles of Red Gap」1935)。二番目は、1932年のデミルの復帰によるスペクタクルで、「十字軍 The Crusades」(1935) や「平原児 The Plainsman」(1936) で本調子となった。

1930年代後期までに、パラマウントのヨーロッパ調が次第に弱まるにつれ、デミル作品はアメリカ的な主題に焦点を合わせ始めた。これはヨーロッパで戦争が差し迫っていたことに関係していた。戦争によって1930年代後期にヨーロッパ市場が一掃され、バラバンのもとで大幅なコスト削減運動が行われた。バラバンは、よりエキゾチックで費用のかかる映画を減らし(デミルのスペクタクルは別)、現代ドラマ、軽いコメディ、女性映画を国内市場に投入した。これによって、スターと映画監督が大幅に入れ替わった。新たなスターとして登場したのは、レイ・ミランド、ボブ・ホープ、フレッド・マクマレー、ドロシー・ラムーア、ポーレット・ゴダード、アラン・ラッド、ベロニカ・レイク、ウィリアム・ホールデン、バーバラ・スタンウィックだった。監督では、プロデューサー兼監督のミッチェル・ライゼン(「街は春風」1937、「ミッドナイト」1939、「囁きの木陰 Arise, My Love」1940など)と、脚本家出身の脚本家兼監督のプレストン・スタージェス(「レディ・イヴ」1941、「サリバンの旅」1941、「凱旋の英雄万歳 Hail the Conquering Hero」1944、「モーガンズ・クリークの奇跡」1943など)とビリー・ワイルダー(「深夜の告白」1944、「失われた週末」1945、「サンセット大通り」1950など)が登場した。

スタージェスのブラックユーモアとワイルダーのフィルムノワール風スリラーは、1940年代におけるパラマウントのスタイルの暗い面を表しているが、パラマウントは他の分野で明るい面を出している。代表的なのがボブ・ホープとビング・クロスビーの作品である。この二人は、ドロシー・ラムーアと組んで、珍道中シリーズで40年代にヒットを連発したし(「シンガポール珍道中 Road to Singapore」1940、「アフリカ珍道中 Road to Zanzibar」1941)、各々単独でも成功をおさめた。ビング・クロスビーは軽いミュージカル専門だったが、プロデューサー兼監督レオ・マッケリーの「我が道を行く」(1944)は、戦時中のアメリカ人の琴線に触れ、アカデミー賞を総なめにし、大ヒットした。

「戦時景気、パラマウント判決、テレビ時代」

パラマウントは、バラバンのもとで、特に発展段階のビデオやテレビ技術に関して、多角的な投資を行った。パラマウントは、新たに設立されたCBSラジオ網に1928年に投資して以来、さまざまな放送関連事業に投資していた。

1930年代後期と40年代には、パラマウントのビッグスターの多くが映画とラジオを自由に行き来した。デミルでさえ、1936年から1945年まで「ラックス・ラジオ劇場」でホストを務めた。より重要なのは1930年代と40年代にテレビにかなり投資したことで、ビデオ技術を開拓した DuMont とパートナー契約を結んだり、シカゴやロサンゼルスのテレビ局を買収したりした。DuMont とのパートナー契約には家庭用のテレビだけでなく劇場用のテレビも含まれていた。バラバンは、パラマウントの劇場にビデオのプロジェクターシステムを設置しようと考えていた。

第二次大戦はこうしたテレビ関係の取組みを遅らせたが、戦時景気のおかげで、バラバンはほとんど気に留めなかった。パラマウントは、戦時中、巨大な劇場チェーンと戦争による映画市場の活気のために、20年前に享受した独占を再び味わうことができた。パラマウントの劇場は、不況時代に財政の足を引っ張っていたが、今や巨大な利益源となった。戦時景気のブームは1946年で、パラマウントは、他の大映画会社の約2倍である4000万ドル近くの利益をあげた。

しかし、戦時景気は、1947年から48年にかけて終わった。郊外への移住、ベビーブーム、商業テレビの登場といったさまざまな社会的・経済的要因のためである。同じぐらい打撃を受けたのは最高裁判所による1948年のパラマウント判決だった。この反トラスト判決によって、パラマウントをはじめとする大映画会社は重要な劇場チェーンを売却し、何十年にもわたって映画産業を支配することができた販売政策を大幅に縮小せざるを得なかった。さらに、この反トラスト判決によって、連邦通信委員会は、ハリウッドの映画会社がテレビ産業に積極的に関わることを禁止した。これは、特にパラマウントに対して大打撃を与えた。

パラマウントは、製作配給会社(パラマウント・ピクチャーズ)と興行会社(ユナイテッド・パラマウント・シアターズ、UPT)に分かれた。どちらの会社もテレビに関心を持ち続けた。UPTはABCテレビネットワークに投資し、パラマウント・ピクチャーズは昔の映画をテレビ放映したり、テレビシリーズを製作したりした。映画におけるパラマウントの成功は、主としてデミルの歴史ものが頼りだった。「サムソンとデリラ」(1949)は国内で900万ドルを稼ぎ、1950年代に聖書ものの超大作を流行させた。デミルの最後の二作品「地上最大のショー」(1952)と「十戒」(1956)はパラマウント市場の最大ヒットとなり、それぞれ1280万ドルと3420万ドルを稼いだ。

しかし、1960年代初期には、映画の観客が減少し続け、大作の不振が続いたために、パラマウントは急速に衰え始めた。そのため、バラバンは引退し、パラマウントはガルフ&ウエスタンに売却された。これは、巨大コングロマリットに映画会社が買収された最初の例であり、古いハリウッドから新しいハリウッドへの移行の決定的な一歩となった。それでも、パラマウントは生き残り、1980年代と1990年代の新しいハリウッドで花開くことになる。興味深いことに、パラマウントの復活は、他産業の巨人バイアコムとの合併のためだけでなく、監督とプロデューサーの兼務体制、超大作、他ジャンルのスター、世界市場、メディアの多角化といった古典時代の成功をもたらした要因のためでもあった。

参考文献
Leslie Halliwell, Mountain of Dreams: The Golden Years of Paramount Pictures, New York, Farrar, Straus and Giroux, 1982

Thomas Schatz, The Genius of the System: Hollywood Filmmaking in the Studio Era, London, Faber, 1998

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2008年9月 9日 (火)

The Cinema Book: パラマウント(前半)

少し前に言及した The Cinema Book の第三版は、細かい字でいろいろ書いてあって、どこから読んでいいのやらって感じですが、アメリカのメジャー映画会社をざっと読んでみようと思います。まずは、パラマウントから。

パラマウントの歴史はハリウッドの古典時代と一致する。1916年に設立され、垂直的に統合された映画会社の原型をつくり、アドルフ・ズーカーのもとで1920年代に急速に拡大し、巨大企業となる。不況時代初期に倒れそうになるが、1930年代後期にバーニー・バラバン Barney Balaban のもとで持ち直し、1940年代には他のメジャー映画会社をはるかにしのぐ。1948年、最高裁判所で独占禁止法違反の判決が下され、縮小せざるを得なくなる。

ズーカーやバラバンの独裁的な経営にもかかわらず、MGMのルイス・B・メイヤー、ワーナーのジャック・ワーナー、20世紀フォックスのダリル・ザナックのように映画製作のリーダーシップをとることはなかった。パラマウントは、一貫性のない経営のために、他の大会社よりも「監督のスタジオ」だった。「プロデューサー兼監督のスタジオ」だと言ったほうが正確かもしれない。中心人物はセシル・B・デミルで、サイレント時代の1923年の「十戒」から1956年のワイドスクリーンのリメイクまでの歴史スペクタクルはパラマウントの代表的作品だった。

スターの品ぞろえも豊富だった。ヨーロッパから輸入したり、ラジオ、寄席、音楽界といったアメリカの他の娯楽産業から引き抜いた。このことは、パラマウントの国際性と他メディアへの興味を示している。パラマウントは、国際配給網を確立した最初の会社だった。また、ラジオやテレビを始めとする副次的なメディアに深くかかわった。

パラマウントは大映画会社の中で最も攻撃的に市場を支配しようとしたが、才能ある監督たちは、他の大映画会社の監督よりも、実際の映画製作において、はるかに権限を持っていた。デミル、スタンバーグ、ルビッチ、プレストン・スタージェスなどが、パラマウント独自の様式を作り上げた。

「パラマウントとスタジオシステム」

パラマウントは、1916年に製作会社と配給会社の合併によって設立され、その10年後に興行会社と合併した。最初の合併には三つの会社が関わった。その二つは製作会社で、アドルフ・ズーカーのフェイマス・プレイヤーズ・フィルム・カンパニーとジェシ・L・ラスキー・フィーチャー・プレイ・カンパニーである。後者は、1913年にラスキー、サミュエル・ゴールドフィッシュ(のちにゴールドウィン)、セシル・B・デミルによって設立され、最初の作品「スコウ・マン The Squaw Man」がヒットして、ハリウッドを本拠地とする製作会社としてすぐに頭角を現した。三番目はパラマウント・ピクチャーズで、フェイマス・プレイヤーズとラスキーの作品を配給する会社として1914年にW・W・ホドキンソンによって設立された。

この三社が合併して完全に統合された全国的な製作配給会社が初めて設立された(この時の名称は「フェイマス・プレイヤーズ・ラスキー」で、1927年に「パラマウント」に社名変更したらしいのですが、このエッセイではあいまい)。ズーカーがホドキンソンとゴールドフィッシュを蹴落として社長の座に就き、ラスキーが製作担当の副社長となり、デミルが総監督として、自らの作品の製作と監督を続けた。

ズーカーは市場を独占しようと、1910年代後半と1920年代初期に年間100本以上の長篇を作った。さらに、一流の長篇に二流の作品を抱き合わせるブロックブッキング方式を採用した。ズーカーは、一流の長篇の魅力を確実にするために、メリー・ピックフォード、ダグラス・フェアバンクス、ファッティ・アーバックル、ウィアム・S・ハートなどのスターと高額の契約を交わした。

パラマウントの急速な拡大に対抗して、いくつかの封切り映画館の興行主たちが1917年にファースト・ナショナルを設立。当初は全国的な配給会社だったが、すぐに製作に乗り出し、空前の額でチャップリンやピックフォードと契約。ピックフォードは1912年にフェイマス・プレイヤーズで週500ドルだったが、フェイマス・プレイヤーズ・ラスキーでは1万ドルとなり、ファースト・ナショナルでは1本につき35万ドルとなった。こうした垂直の統合に対抗するため、ピックフォード、チャップリン、フェアバンクス、グリフィスはユナイテッド・アーティスツを1919年に設立し、急成長するスタジオシステムからの独立を宣言した。

ズーカーは、ファースト・ナショナルのチャレンジを受けて、1920年ごろ、攻撃的に興行の分野に乗り出した。その頂点は、1925年に、シカゴを本拠地とするバラバン・アンド・カッツのチェーンと合併したことで、パラマウントの映画館は1200となった。ズーカーは、世界にも手を伸ばし、世界的な配給網を築き、ヨーロッパを中心に世界の映画製作と興行に投資した。

パラマウントは1925年までに垂直統合のモデルとなったが、アメリカのあちこちで製作を行っており、うまく調整していなかった。バラバン・アンド・カッツとの合併後、ズーカーとラスキーは、ハリウッドを拠点として、より一貫した製作を行うようになった。1926年、パラマウントは、より大きくて設備の整ったハリウッドのスタジオに移り、BPシュルバーグを西海岸の製作主任に据えた。これは大成功で、1928年から29年にかけてサウンドに移行したのち、パラマウントは、より集中的なハリウッド・スタジオとして機能し始めた。

パラマウントは、1929年から30年のトーキーブームに乗って、1840万ドルという記録的利益を上げた(フォックスは1030万ドル、MGMは990万ドル、ワーナーは710万ドル、RKOは340万ドル)。しかし、大恐慌のためにパラマウントは1931年後期に打撃を受ける。多数の映画館を抱え、不動産のローンの支払いが滞ったことも一因だった。1932年パラマウントは2100万ドルの損失を出し、1年後に破産宣告をした。ズーカーは権力を奪われたが、会長として残り、ラスキー、シュルバーグ、セルズニックらは辞職するか解雇された。興行王サム・カッツが最高経営責任者に指名された。彼は、シカゴとニューヨークの金融業者と深いつながりがあり、会社を破産から救い出した。1932年かあr1936年にかけてのスタジオ主任の中にはルビッチもいたが、本当に本社やスタジオが安定するのは、バーニー・バラバン(バラバン・アンド・カッツでサム・カッツの相棒だった)が社長になってからだった。1938年、バラバンは、別の興行主Y・フランク・フリーマンをスタジオ主任に据え、20年間にわたりパートナーを組むことになる。

後半の「作家と独自のスタイル」と「戦時景気、パラマウント判決、テレビ時代」は、次回のお楽しみ。このあと、MGM、ワーナー、コロンビア、20世紀フォックス、RKO、ユニバーサルと続きます。

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2008年9月 7日 (日)

フィルムノワール(9): Baby Face Nelson (1957)

8番目の「アスファルト・ジャングル」は有名だから、今回は「殺し屋ネルソン」にします。日本でもアメリカでもDVDは出てないようですね。見ることのできない作品の解説を読んでも、はぐいたらしいので(悔しいので)、次回からはDVDで入手できる作品から読んでいこうと思います。次回からはは、アメリカのワーナーホームビデオから発売しているFilm Noir Classic Collection, Vol. 2 に収められている5作品 (Born to Kill / Clash by Night / Crossfire / Dillinger / The Narrow Margin ) にします。"Born to Kill" はもう済んでます。

9. Baby Face Nelson (1957) 殺し屋ネルソン

監督ドン・シーゲル。出演ミッキー・ルーニー、キャロリン・ジョーンズ。製作アル・ジンバリスト、配給ユナイテッド・アーティスツ。85分。

脚本ダニエル・マイウェアリング。ロバート・アドラーの未発表ストーリーに基づく。

撮影ハル・モーア Hal Mohr。音楽バン・アレクサンダー。撮影場所ロサンジェルス。

刑務所から出たチンピラ、レスター・ギリス(ミッキー・ルーニー)は、ガールフレンドのスー(キャロリン・ジョーンズ)とともに暴力人生を歩み始める。ギリスはロッコのもとで働き始めるが、ロッコはすぐにギリスが怖くなり、彼を罠にかける。スーとともに逃げたギリスはロッコを殺すが、負傷したので医師ソーンダーズに治療してもらう。ソーンダーズはスーに対して秘かな欲望を抱いている。今や悪名高きベビーフェース・ネルソンとなったギリスは、ジョン・デリンジャーと組む。デリンジャーが映画館の前で殺されると、ネルソンが後を継ぎ、民衆の敵ナンバーワンとなる。精神異常のネルソンは、医師ソーンダーズを含めて、自分を邪魔するものをみな殺す。たまたまネルソンよりも小柄な銀行出納係だけが命拾いする。田舎で避難場所を探していたネルソンが二人の少年に気づかれそうになっているところをFBIが見つける。もし少年たちが気づいたらネルソンは彼らを殺していただろうとスーが主張するが、ネルソンは否定する。その後、ネルソンは瀕死の重傷を負う。ネルソンは、少年たちを簡単に殺していただろうとスーに確信させることで、スーに自分を殺させる。

荒っぽくて、ときどき邪悪な「殺し屋ネルソン」は、エネルギーにあふれ、凶暴で、粗雑だが否定しがたい芸術的手腕が認められる。優しさと憐みがなく、でたらめに満ち、最終的に自滅に至る即座の暴力が頻繁に登場する。ミッキー・ルーニーを悪名高きネルソンに配役したことで、ネルソンの劣等感を視覚的に表現している。ネルソンが自分のゆがんだ価値観を自覚していたことは、スーの愛情に値したいという欲求と社会に対する制御できない怒りとの間で内面的な葛藤があることを示唆している。これは、何年も「大きな」人々からさげすまれることによって条件づけられた反応である。シーゲルは、この葛藤が立証されるように映画の形式的要素を組み立てている。ハル・モーアは、「真夏の夜の夢」の装飾的な撮影を担当したカメラマンで(「真夏の夜の夢」ではミッキー・ルーニーが最も早熟な役柄を演じている)、ここではうわべの美しさを排して、非感情的なセリフの調子に適した映像にしている。バン・アレクサンダーによるジャズのサントラは、ネルソンの非常に興奮しやすいエネルギーを強調している。最も暴力的なシークエンスでは、ネルソンを前景に保ちながらの切り返しショットによって一時的に自分を制御している精神状態を表現しており、ネルソンが自らアクションシーンを演出しているような感じで、お金や悪評を得ること以上の満足を彼にもたらしている。「殺し屋ネルソン」でもっともフィルムノワール的なのは最後のシーンである。ネルソンは、わざと、彼を評価していた唯一の人物であるスーと仲たがいし、皮肉にも彼がずっと求めていた死を彼女の手に委ねる。こうして、直接の肉体的苦痛だけでなく生涯にわたる精神的苦痛を終わらせる。

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2008年9月 5日 (金)

Mandy

Dscn3322British Film Institute から昨年発売された "The Cinema Book" の3版(ISBN 9781844571932) をペラペラ眺めていると、この写真が441ページにあって、真ん中の女性のやさしそうな顔に目が惹かれました。フィリス・カルバート Phyllis Calvert という女優さんで、40年代に人気があって、この「マンディ Mandy」(1952)という映画のときには30代後半でした。ハリウッド映画にも出ていて、おとついここに書いた「フィルムノワール(6) : Appointment with Danger (1951)」にも尼僧の役で出ているようです。

「マンディ」というのは生まれつき耳の不自由な女の子の名前です。フィリス・カルバートは彼女のお母さんで、聾唖学校に入れるのを反対している夫とけんか別れして、二人でアパートに住んでいます。そこへ聾唖学校の先生ジャック・ホーキンズが来て、彼女にしゃべるのを教えるのです。それがこの写真です。

イギリスのアマゾンで購入したら、ケースのジャケット裏にも、DVD本体にも、この写真が使われていました。ところが、映画自体にこの写真のシーンがないのです。DVDは88分ですが、IMDb でもチャールズ・バー Charles Barr の "Ealing Studios" という本でも93分になっているので、教えるシーンを短くしたのかな。

チャールズ・バーの本の巻末リストを参考に、7月25日に作成した「イーリングスタジオの映画リスト」を私のウェブサイトに転記して(「イーリングスタジオ作品リスト」に変更しました)、「フィルムノワール作品リスト」同様、本を参考にしながら、DVDを集めて、鑑賞していくつもりです。

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2008年9月 4日 (木)

フィルムノワール(7): Armored Car Robbery (1950)

7. Armored Car Robbery (1950) 札束無情

監督リチャード・フライシャー。出演チャールズ・マッグロー、ドン・マクガイア、ジーン・エバンズ。RKO製作配給。67分。

脚本アール・フェルトン、ジェラルド・ドレイソン・アダムズ(ロバート・アンガスとロバート・リーズのストーリーに基づく)。撮影ガイ・ロー(白黒)。音楽ロイ・ウェッブ。音楽監督コンスタンチン・バカレイニコフ。

あらすじ

デイブ・パービス(ウィリアム・タルマン)は、残忍で知的な犯罪者で、強盗を計画するが実行は他人に任せるために、犯罪歴はない。友人ベニー(ダグラス・フォーリー)から暴力的なアル・メイプス(スティーブ・ブロディー)とエース・フォスター(ジーン・エバンズ)を紹介される。ベニーは、落ちぶれたプロモーターだ。彼の妻イボンヌ(アデル・ジャーゲンス)は派手なストリッパーで、パービスと不倫している。ベニーは、パービスは正体不明だが素晴らしい頭脳を持っていることをメイプスとフォスターに納得させる。二人は、地方のスポーツスタジアムで強盗を行うというパービスの計画を実行することに同意する。強盗の実行中、パトカーが近くを巡回していたので、計画よりも早く現場に到着する。撃ち合いでベニーが撃たれる。一味は油田労働者を装って路上封鎖を切り抜け、海岸近くの隠れ家にたどり着く。そこで、パービスが負傷しているベニーを殺す。コーデル警部補(チャールズ・マッグロー)率いる警察チームが隠れ家を包囲し、エースが殺され、メイプスとバービスが逃げる。パービスは、警察に正体がばれていないので、安心してモーテルに宿泊する。しかし、警察は、ベニーが持っていた電話番号からパービスの居所を突き止める。再びパービスは逃亡するが、メイプスが逮捕され、イボンヌとパービスの正体がばれる。逃亡中のカップルは空港で足止めを食らう。自分たちの乗る自家用小型機が民間機の到着によってなかなか飛び立つことができない。警察との銃撃戦の末、パービスは飛行機にひかれ、盗んだ金が空中に舞い、彼の死体の上にパラパラと落ちる。

解説

「札束無情」は、定式どおりの強盗映画で、後年のヒューストンの「アスファルト・ジャングル」やキューブリックの「現金に体を張れ」ほどの予算も野心もない。しかし、語り口は、この二本の映画を先取りしている(キューブリックの作品のように時間の順序を組み替えてはいないが)。「札束無情」には、戦後のRKOの犯罪・サスペンス映画の多くに見られるフィルムノワールの視覚スタイルがある。コントラストの強い撮影が、表現主義的な照明とディープフォーカスを駆使したスタジオや野外シーンと統合され、ロイ・ウェッブの忘れられない音楽によって仕上げられている。

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2008年9月 3日 (水)

フィルムノワール(6) : Appointment with Danger (1951)

6. Appointment with Danger (1951) 対決

監督ルイス・アレン。出演アラン・ラッド、フィリス・カルバート、ポール・スチュアート。パラマウント製作配給。89分。

脚本リチャード・ブリーン、ウォレン・ダフ。撮影ジョン・F・サイツ(白黒)。音楽ビクター・ヤング

あらすじ

インディアナ州で郵便局の探偵が殺されたので、タフでシニカルな郵便調査官アル・ゴダード(アラン・ラッド)が派遣された。殺したのはジョー・レガス(ジャック・ウェッブ)とジョージ・ソダークィスト(ヘンリー・モーガン)で、地元のごろつきアール・ベティガー(ポール・スチュアート)の手下である。ベティガーは、100万ドルの郵便を奪う計画を立てていた。レガスとソダークィストは殺人現場の近くで誰かに見られたのを知って、彼らの正体を知っている可能性がある尼僧オーガスティン(フィリス・カルバート)を探し出し、殺そうとする。3人の中ではもっとも人間的なソダークィストは反対し、ベティガーは彼女が自分たちの正体を知っているはずがないと思っている。レガスは彼女を殺そうとするが、失敗する。このことによって、ゴダードは、尼僧の助けを借りることが正しいことだと確信する。ゴダードは、犯罪者に扮し、ベティガー一味に加わり、彼らの強奪計画を知る。レガスはゴダードを疑っており、気の弱いソダークィストは尋問に耐えられないので殺すべきだとベティガーを説得し、ベティガーは承諾する。一味は、ゴダードが政府の調査官だということを知る。ゴダードは、ベティガーの情婦モールの協力を得ることに失敗する。レガスとベティガーはゴダードと誘拐した尼僧を消そうとするが、ゴダードは贈賄を受け入れたふりをして時間を稼ぐ。一味は人気のない工業区域に避難するが、ゴダードは、尼僧の助けで、警察が到着するまで戦い抜くことができた。驚いたことに、ゴダードのタフさとシニカルさは、尼僧オーガスティンとのつきあいを通じて、和らいでいた。

解説

「対決」は、「恐喝の街 Chicago Deadline」の成功を再びと、ほとんど同じスタッフで製作したが、失敗に終わり、アラン・ラッドが主演した一連のフィルムノワールの最終作品となった。「ガラスの鍵 The Glass Key」や「青い戦慄 Blue Dahlia」の痛烈さに欠けているのは、以下の理由による。ユーモラスなセリフを挿入することを脚本家が主張した。ラッドの新鮮味がなくなった。プロデューサーがラッド作品の画一化を打破しようとしたため、ロマンチックな探偵ものとセミドキュメンタリーのスリラーとの間で作品が揺らいだ。しかし、注目すべきことが二つか三つある。「三つ数えろ」を除いて最もきびきびしたタフなセリフが含まれている。たとえば、愛が何かを知らないと言われたラッドは、「いや、俺は知っている。弾が出ない45口径ピストルと男の間にある何かだ。」(ここの訳、不確か。原文は、”Sure I do, it’s something that goes on between a man and a .45 that won’t jam.”)さらに、緊張と暴力の詰まったシーンが二つある。そのうちの一つは、レガスとベティカーと一緒にラッドがスカッシュの試合をするシーンで、ボールは致死的な弾丸でできている。もうひとつは、レガスがソダークィストに街を離れろと言って、ソダークィストを殺すシーンである。ソダークィストが荷造りをしているとき、ソダークィストの亡くなった息子のかたみであるブロンズで殴り殺す。

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2008年8月29日 (金)

フィルムノワール(5): Angel Face (1953)

5. Angel Face (1953) 天使の顔

監督・プロデューサー、オットー・プレミンジャー。出演ロバート・ミッチャム、ジーン・シモンズ、ハーバート・マーシャル。ハワード・ヒューズ・プロダクション製作、RKO配給。91分。

脚本フランク・ヌージェント、オスカー・ミラード。チェスター・アースキンの未発表ストーリーに基づく。
撮影ハリー・ストラドリング(白黒)。
作曲・指揮ディミトリー・ティオムキン、音楽監督コンスタンチン・バカレイニコフ。

あらすじ

救急車の運転手フランク・ジェサップ(ロバート・ミッチャム)は、丘の中腹にある屋敷に呼ばれ、寝室でガスによって窒息寸前だったトレメイン夫人を救う。継母が助かったことを娘ダイアン(ジーン・シモンズ)に告げると、ダイアンはヒステリーを起こす。にもかかわらず、フランクはダイアンにひかれる。ダイアンは、フランクを運転手として雇うよう父親のトレメイン氏(ハーバート・マーシャル)に勧める。フランクは、ダイアンが自動車事故を装って継母を殺害するんじゃないかと疑う。彼女はフランクと婚約者の仲を裂くが、フランクはダイアンから離れることができない。ダイアンが車に手を加えたために、トレメイン夫人は崖から落ちるが、トレメイン氏も巻き添えをくらって亡くなる。ダイアンとフランクが殺人罪で起訴されたために、弁護士フレッド・バレットが二人を結婚させ、陪審団の同情を買わせる。二人が無罪放免となったあと、フランクはダイアンと別れる決心をする。ダイアンはバス停まで車で送ると申し出る。彼女が車をバックさせたために、二人は崖から落ちて死ぬ。

解説

オットー・プレミンジャーの作品にはメロドラマ的な両極端があり、性欲が治癒的になるか(「愛しのジュニームーン Tell Me That You Love Me, Junie Moon」)、破壊的になる(「堕ちた天使 Fallen Angel」、「カルメン Carmen Jones」、「男と女のあいだ Such Good Friends」)。「天使の顔」は後者の典型だ。階級の低い救急車ドライバーのフランクが、甘やかされて育ったが美人で裕福なダイアンに魅了されることは、セックスとお金という伝統的なフィルムノワールの動機だけでなく、妄想的な関係の危険をも喚起させる。プレミンジャーはフランクを不幸な犠牲者として描いていないが、トレメイン邸の高価な調度品によって作り出された深い奥行きを背景に、何度も斜めの構図のミディアムショットの中で人物を組み立てるというプレミンジャーの演出とミッチャムの抑えた演技は、全体的に控えめに描かれている宿命的な雰囲気を生み出している。ミスキャストに思えるジーン・シモンズだが、クライマックスの殺人と自殺は彼女の配役によって弱まってはいない。通常の勇敢な役柄は、彼女がどうにか抑えている暴力性を隠している。プレミンジャーは、自分ではどうすることもできずにダイアンにひかれるフランクに観客を感情移入するように仕向けることによって、また、彼女の孤立し精神的にバランスを欠いた世界に視覚的な安定感を加えることによって、フランクの最終的な救済に対する願望と死による道徳上の解決の両方を共に経験するよう観客に強要している。

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2008年8月28日 (木)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ(その5)

「四角い本とスクェアな映画俳優」

なんか、いろんなことがとりとめもなく書いてあるエッセイです。この中で植草甚一氏が自分のことを「JJ氏」とは言ってないんだけど、便利なので、「JJ氏」を使わせてもらいます。

1970年10月の「季刊フィルム」7号に掲載されたものです。クリスチャン・メッツやメルロ・ポンティなどの論文が掲載されていて、難しい雑誌でした。全部で10数冊出たと思うのですが、そのうち何冊か持っていました。でも、1990年代の初めごろ、神田の矢口書店に売ってしまいました。今、インターネットで調べたら、14冊セットを3万8千円で売っています。

銀座のイエナ書店で「40年代のハリウッド」という四角い洋書を買ったという話から始まります。四角い本は、普通の縦長の本と違うので最初は気を引くけど、しまっておくと、だんだん嫌気がさしてくる。どうしてなんだろう?

そんなことを考えたってつまらないと思ったとき、俳優だって四角い(スクェア)のがいるじゃないかと考え始めます。いくつかトップクラスの俳優の顔が浮かんでくるが、表情はひとつだけで、変化がない。トップクラスになるとスクェアになってしまう。名前だけで生きるエスタブリッシュメントになってしまう。

この頃「イージー・ライダー」が公開されたらしく、ピーター・フォンダに言及します。「白昼の幻想」の彼はまったく平凡な顔つきの青年だったから「イージー・ライダー」の彼を見たときJJ氏はビックリするのですが、これ以上のフォンダを見ることは今後まあないだろう、と鋭い指摘をしています(私は、彼が監督主演した「さすらいのカウボーイ」が好きだったけど、今見るとどうだろう?)。

スター女優と観客との結びつきかたには二種類あると述べています。ひとつは、神秘的な美しさで相手役をまどわすファム・ファタール型の女優。「グレタ・ガルボの出現が末期的現象となった」が、ヒッチコックが「パラダイン夫人の恋」でアリダ・バッリからファム・ファタール的な魅力を引き出していると書いています。もうひとつは、エロティシズムを発散するバンパイア型で、セダ・バラ、バーバラ・ラマー、ジェッダ・グーダル、ルビッチの「寵姫ズムルン」のポーラ・ネグリ、ジャック・フェデーの「女郎蜘蛛」のスタシアナ・ナピエルコウスカを挙げています。ナピエルコウスカって知りませんが、「砂漠のなかにある女だけのアトランチッド国で女王アンチネアに扮した彼女は、その豊満な肉体だけでも一見の価値がある」と書いています。調べてみたら、つづりは Stacia Napierkowska で、なんとフイヤードの「吸血ギャング団」で、イルマ・ベップに殺されるダンサーじゃありませんか。

1920年代の終わりから30年代にかけて、観客層が若くなったために、女優が庶民的になったと述べています。その代表がクララ・ボウで、「ハリーの災難」のシャーリー・マクレーンは大柄なクララ・ボウに思えたそうです。

フランスの映画俳優ジャック・カトランが監督した「嘆きのピエロ」にロイス・モランという純情可憐な少女が出ていて、その後ハリウッド入りしたときはオカッパ頭でスクリーンに登場しました。オカッパといえばドイツ映画のルイーズ・ブルックスで、「パンドラの箱」と「倫落の女の日記」で強い印象を残しました。

これは昭和3年ごろのことで、ルイーズ・ブルックスのおかけで、日本でもオカッパ頭の女の子が出現し、モガとかフラッパーとか呼ばれました。モガはモダンガールの略、フラッパーはスコット・フィッツジェラルドの小説からアメリカで流行語となったものが輸入されたものだそうです。

グレタ・ガルボがクラーク・ゲーブルをまねて白いタートルネックのセーターを着た男性ルックが流行したが、日本で真似する女の子はいなかった。その代りに昭和6年ごろから疑似ガルボが出現した。玉の井にガルボそっくりな女がいたと友人から聞かされた一年後、今度は新宿の遊郭に自称ガルボが現れて、稼ぎ高で記録を作ったそうな。

アメリカでは「イージー・ライダー」のあとで疑似ピーター・フォンダが大勢出現したが、あのサングラスは細おもての大きな顔でないと似合わないので、日本人がやるとバケモノみたいになる。ロングヘアの自称ヒッピーが増えると、色なし丸レンズをかけた若者が目立つようになってきた。「あれはもちろんジョン・レノンの真似であり、ビートルズのレコードをどの程度まで聴き、その歌詞の意味を理解しているか知らないけれど、とてもよく似合うなと感心したものには、まだぶつかっていない。」

JJ氏は、中学の頃、ジャック・カトランが好きで、彼の出演作を全部見ました。その頃、ブロマイドを集めるのが流行し、みんな50枚ほど持っていたが、JJ氏はカトランのものばかり80枚集めます。

彼が監督した「嘆きのピエロ」をJJ氏が見たのは、「良い映画を褒める会」の三回目の推薦映画として上映されたときで、徳川無声が弁士でした。「嘆きのピエロ」は映画史には出てこないが、現役の二枚目俳優が自主映画を作ったのは最初だから、これはミスだとJJ氏は嘆きます。ジャック・カトランは監督マルセル・レルビエに発見されて、彼の映画によく出演したそうです。

「レルビエとカトランのコンビでは、スペインを背景にし、大きなバラ模様のあるワンピースを着たエーヴ・フランシスという女優が、年増の踊子に扮した「エルドラド」が、いま思いだしてみると部分的に「去年マリエンバートで」に似た風景の美しさがあって、どんな映画よりもノスタルジアを感じさせるのだ。それからデュラックの「貝殻と僧侶」より三年前の前衛派的な先駆的作品となった「人でなしの女」。これはフェルナン・レジェやクロード・オータン=ララたちが構成派と立体派との混合装置をつくり、ストーリーを無視した演出でいったメカニックな美しさの追求であって、アンチ=シネマと呼んでもいいものだった。批評家からケナされたが、フリッツ・ラングの「メトロポリス」が、いま見るとビックリするほど素晴らしいように、「人でなしの女」にしたて、おもしろい映画だったな、マルセル・レルビエも素晴らしい監督だったな、ということになるだろう。」

ここで脇役の話になって、ポランスキーの「袋小路」に出ているライオネル・スランダーに感心したと書いています。(「袋小路」は1966年の映画ですが、日本では少し遅れて70年ごろに劇場公開されました。)

またジャック・カトランの話に戻って、JJ氏が彼を好きになった根本的な原因は「フォトジェニック」だから、すなわち「写真ヅラがいい」からです。グレタ・ガルボほどフォトジェニックな美貌の持主はいないだろうし、「うたかたの恋」や「暁に帰る」のころのダニエル・ダリューなら同じくらいのレベルだった。しかし、エリザベス・テイラーになると、「ガルボ家の女中」程度。最近は、フォトジェニックでない俳優が逆にフォトジェニックになってきた。「イージー・ライダー」のピーター・フォンダがそうだが、彼はバレンチノ家の下男程度。

ここから早稲田大学時代の話になります。大学を出て神楽坂のほうへ歩いていくと、「嘆きのピエロ」の看板が掲げてあるペンキ屋があったり、「ガッセ」という名前の喫茶店があったり、洋書店があったりする。この洋書店は高級エロ本屋で、ある日紳士が何か買っているのでのぞいてみたらエロ写真だったというエピソードを語っています。

で、どういうつながりなのかわからないけど、ベン・ヘクト監督、クロード・レインズ主演「情熱なき犯罪」とノエル・カワード主演「生きているモレア」が封切られたという話になります。

「情熱なき犯罪」は反ハリウッド映画の先駆で、「まったくドライな感覚のものだが、計算されつくした簡潔なショットの積みかさねでもって、きわめて厳格な映画精神というものを感じさせた。」

「生きているモレア」は、少しセンチメンタルな映画で、JJ氏が「袋小路」で感心したライオネル・スタンダーが脇役で出てきます。「ガラガラ声で早口にまくしたてたが、苦虫を噛みつぶしたような顔をしているし、そこからユーモアが出てくるので面白い俳優だ」とJJ氏は思います。で、40年後に「袋小路」にヒョッコリ現れるのです。

JJ氏は、ライオネル・スタンダーから、サイレント映画時代の俳優に共通した誇張によるドラマティックな演技、特にイタリア映画女優の演技を連想します。ここで、ピナ・メルケルリ、フランチェスカ・ベルチーニ、マリア・ヤコビニといった名前が出てきますが、私には全然わからない女優さんたちです。

フォトジェニックやフォトジェニーという言葉は廃語同然ですが、JJ氏にとっては「夢」と同じ意味で、そうした夢の中に出てくるのがJJ氏にとっての本当の映画女優です。「フェリーニの「サテリコン」にバケモノみたいに濃厚なメーキャップをした女がたくさん出てくるが、あれは表現主義の影響であると同時に、フェリーニの記憶の奥にある昔のイタリア映画とむすびついた「夢」だったのだ。」

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2008年8月27日 (水)

フィルムノワール(4): Among the Living (1941)

あらすじや解説を読むと面白そうだけど、日本でもアメリカでもDVDは出ていないようです。

4. Among the Living (1941) 地下室の狂人

監督スチュアート・ハイスラー。出演アルバート・デッカー、スーザン・ヘイワード、ハリー・ケリー、フランシス・ファーマー。パラマウント製作配給。67分。

あらすじ

ジョン・レイデン(アルバート・デッカー)は、妻エレーン(フランシス・ファーマー)とともに、父親の葬式に出席するために故郷に帰る。ジョンは、かつては繁栄していた南部の一家の唯一の生き残りだと言われている。ソーンダース医師(ハリー・ケリー)は、子供のころに死んだと思われていた、ジョンの双子の兄弟ポール(アルバート・デッカーの二役)が生きているとジョンに告げる。ポールは、かなりの精神障害を負っており、忠実な召使ポンペイとともに古い邸宅に住んでいる。精神障害は父親の虐待のためで、ポールは十分に成熟していない。ポールは、発作が起きると、死んだ母親の叫び声が聞こえるので、それをさえぎるように耳をふさぐ。家庭のスキャンダルを隠すために、ソーンダース医師はポールが死んだと偽り、お金をもらい、町に必要だった医療センターを建てた。ソーンダースとジョンはポールを訪ねると、召使ポンペイが手で耳をふさいだ格好で殺されていた。ポールがやったのだと悟ったソーンダース医師は、ポールを見つけて入院させることができると信じて、ジョンにポンペイの死を隠すように説得する。しかし、ある裏通りで女性が耳をふさいだ格好で死んでいるのが見つかり、犯人に懸賞金がかけられる。ジョンは警察に真実を告げたいのだが、もしそうしたらジョンを精神障害だと告発するとサンダース医師から脅かされる。地元民は、殺人者がレイデン家の古い邸宅に隠れていると思って、邸宅に行くと、ちょうどポールが若い女性ミリー(スーザン・ヘイワード)を襲っているところだった。地元民の一人がポールを撃つが、ポールはジョンを倒して逃げる。地元民はジョンが殺人者だと思っているので、ポールが生きているというジョンの話を誰も信じない。激怒した地元民がジョンをリンチしようとするが、ジョンは逃げる。墓場までやってくると、ポールが母親の墓の上にかぶさるように死んでいる。ソーンダース医師が地元民に真実を告げ、ジョンの無実が晴れる。

解説

「地下室の狂人」が公開されたのは1941年秋で、「マルタの鷹」と同じころである。この二作はフィルムノワール時代の始まりに位置し、フィルムノワールの多くのしきたりが確立される前である。したがって、「地下室の狂人」がフィルムノワールの伝統と南部のゴシックの間を揺れるのは驚くべきことではない。南部のゴシックは、ポーやフォークナーらの作家によって世間に認められるようになった文学的伝統であり、「Dark Waters(黒い河)」「狩人の夜」「ふるえて眠れ」といった戦後のハリウッド映画でたまに見ることができる(訳注:「黒い河」は1944年の作品。日本では劇場未公開らしい)。しかし、「地下室の狂人」を単なる骨董品にしていないのは、テオドール・スパルクール Theodor Sparkuhl の素晴らしい撮影である。彼は1920年代に古典的ドイツ映画を何本か撮影しているし、ルノワールの「牝犬」も撮っている。スパルクールの仕事は、アメリカのフィルムノワールがドイツの表現派とフランスの詩的リアリズムに負っていることを示している。バーのジャズの場面とポールが女性を裏通りで殺害するショット(奥行きのある演出の極端な例)は、特に重要で、混乱と暴力を表現する文体の先例となっている。

フランシス・ファーマーって、奇行が激しくてロボトミー(前頭葉切除術)を受けて、精神的に落ち着いたけれど感情がなくなったみたいになってしまう女優さんですね。80年代の初めごろジェシカ・ラング主演で「女優フランシス」って映画が作られたけど、ハリウッドのスキャンダルを集めたケネス・アンガーの本「ハリウッド・バビロン」をそれ以前に読んでいて、こっちのほうがはるかに強烈でした。しかし、今回、インターネットで少し調べてみると、ロボトミー手術を受けたっていうのは彼女の伝記を書いた人のでっちあげだったって話もあるようです。

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2008年8月26日 (火)

「映画だけしか頭になかった」目次

今年は植草甚一さんの生誕100年だそうです。30年近く前に亡くなったのでピンときませんが、70年代に仙人のような感じだった人がまだ100歳にしかならないのかと不思議な感じ。

私としては、そんなことには関係なく、1973年の高校2年のときに出会った本「映画だけしか頭になかった」をずっと楽しんでいくつもり。この本に出てくる映画をDVDで集めて、各エッセイを楽しもうという企画。期限なし、好きなときに書き込む企画です。

「フィルムノワール作品リスト」同様、私のサイトにリストを掲示して、そこからブログの各書き込みにリンクさせます。すでに3つのエッセイを読んで、ブログに書き込んでいます。

  • シネマディクトJJと「海の牙」を見る
  • 映画だけしか頭になかった
    ・ ヴェルドゥ氏ついに登場
    ・ ルビッチの死を惜しんで
    ・ 映画館の食いしんぼう
    ・ 「忘れられた人々」のこと
    ・ 巧みな心理のロマネスク(クロード・オータン・ララ「シフォンの結婚」「ドゥス」「肉体の悪魔」)
    ・ 「戦火のかなた」を見た夏
    ・ ウォタルー橋の魅力(「哀愁」)
    ・ 「大いなる幻影の偉大さ」
    ・ 「街は自衛する」を見て
  • 少年を描く―トリュフォーの「大人は判ってくれない」
  • ポーランド映画の新しい表現技法 (「灰とダイヤモンド」)
  • ゴダールの即興演出―「勝手にしやがれ」
  • 不思議の国のザジ―ルイ・マル (「地下鉄のザジ」)
  • フェリーニの「甘い生活」を楽しむ
  • 「処女の泉」とベルイマンの力
  • モンクのソロではじまった「危険な関係」
  • ライオネル・ロゴージンの二つの世界(「バワリー25時 On the Bowery」「アフリカよ帰れ Come Back Africa」)
  • 「去年マリエンバードで」をめぐって
  • アントニオーニ―向こうの批評を読むということ (「夜」)
  • ポランスキーの特異なセンス (「タンスと二人の男」「水の中のナイフ」)
  • 「奇跡の丘」とパゾリーニの異常な才能
  • ぼくの大好きな俳優たち
    ・ チャールズ・ロートン(「野望の系列」「情婦」「ヘンリー八世の私生活」「描かれた人生」「人生は四十二から」「ホブスンの婿選び」
    ・ ハンフリー・ボガート(「アフリカの女王」「ケイン号の叛乱」「悪魔をやっつけろ」
    ・ アンナ・マニャーニ(「無防備都市」「人間の声」「奇蹟」「女代議士アンジェリーナ」「街は夢に満ちて」「ベリッシマ」「黄金の馬車」「噴火山の女」
    ・ ジェームズ・メースン(「第七のヴェール」「邪魔者は殺せ」「二つの世界の男」)
    ・ イングリット・バーグマン(「カサブランカ」)
    ・ ソフィア・ローレン
    ・ アラン・ドロン(「お嬢さん、お手やわらかに!」)
    ・ ジャン・ポール・ベルモンド(「気狂いピエロ」)
    ・ ジャンヌ・モロー(「ビバ!マリア」)
  • 四角い本とスクェアな映画俳優
  • メグレ警部とジョルジュ・シムノン
  • 映画のエロティシズム
  • 恐怖映画の系譜をたどってみよう
  • デュヴィヴィエと会った夜
  • 犯罪映画はどんどん新しくなってゆく
  • ドイツ映画の季節(1959年11月の「ドイツ映画祭」)
  • なぜ西部劇が好きじゃないんだろう
  • ジーン・ハーロウの伝記を読んでビックリした話
  • 「羅生門」は映画的落雷だった
  • ライザミネリの写真を見ながら思い出したこと
  • 映画だけしか頭になかった
    ・ クール・ワールドの衝撃
    ・ シャブロルのために
    ・ クリスティとワイルダー(「情婦」)
    ・ 「白い少女」とフランジュ
    ・ 007のある極端な魅力
    ・ 映画音楽への新しい試み(「殺られる」)
    ・ ホールデンの会のあとで
    ・ ブレッソン「抵抗」の経験
    ・ ぼくの大好きなギャング(「ギャング」)
  • 「オルフェの遺言」「恐るべき親たち」
  • 「愛人ジュリエット」
  • 「輪舞」「快楽」
  • 「埋もれた青春」
  • 「禁じられた遊び」
  • 「悪魔のような女」
  • 「男の争い」
  • 「必死の逃亡者」
  • 「七年目の浮気」
  • 「波止場」
  • 「白鯨」
  • 「裸足の伯爵夫人」
  • 「陽のあたる場所」
  • 「第三の男」
  • 「旅情」
  • 「靴みがき」
  • 「夏の嵐」「白夜」

ぼくのヒッチコック研究

  • ヒッチコックは、ほんとうによく映画を知っている
  • 「レベッカ」鑑賞
  • ヒッチコック・タッチの誕生
  • 「裏窓」について印象的に……
  • ヒッチコックのユーモアとスリル
  • ペンギン鳥だといわれたヒッチコック
  • フランスにおけるヒッチコック研究
  • 「北北西に進路をとれ」
  • ぼくのヒッチコック会見記
  • トリュフォーとヒッチコック
  • 「サイコ」
  • 美しい恐怖映画「鳥」
  • 「マーニー」とヒッチコックの新しい魅力

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2008年8月23日 (土)

フィルムノワール(291): Where Danger Lives (1950)

291. Where Danger Lives (1950) ゼロへの逃避行

監督ジョン・ファロー。出演ロバート・ミッチャム、フェイス・ドマーグ、クロード・レインズ、モーリン・オサリバン。RKO製作配給。82分。

脚本チャールズ・ベネット。レオ・ロステンの未発表ストーリーに基づく。
撮影ニコラス・ムスラカ(白黒)。
作曲ロイ・ウェッブ、音楽監督コンスタンチン・バカレイニコフ

あらすじ

金持ちフレドリック・ラニントン(クロード・レインズ)の若き妻マーゴ(フェイス・ドマーグ)は、精神的に病んでおり、数多くの男性と不倫したことがある。自殺未遂後、若き医者ジェフ・キャメロン(ロバート・ミッチャム)に手当てされる。彼女の精神状態を知らないジェフは、彼女にひかれる。ジェフがガールフレンドのジュリー(モーリン・オサリバン)と別れると、マーゴは、ラニントンは自分の父親だとほのめかす。その後、ジェフは真実を知るが、ラニントンがマーゴの精神状態について警告しても耳を貸さない。ある夜、ジェフとラニントンがけんかして、ラニントンはノックアウトされる。ジェフが少し部屋を離れたとき、マーゴがラニントンを枕で窒息死させる。ジェフは自分が殺してしまったと思う。ジェフに脳しんとうの兆候があるにもかかわらず、二人はメキシコに逃亡しようとする。しかし、国境を渡る前にジェフはマーゴが精神異常だと気づく。マーゴは、ジェフを殺して一人でメキシコに逃げようとする。しかし、ジェフは、彼女を追跡し、彼女のメキシコ入りを阻止する。国境で、マーゴはジェフを撃ったあと、警察に撃たれ、死ぬ前に、夫を殺した事を自白する。ジェフは回復し、ジュリーと再会する。

解説

「ゼロへの逃避行」は、多くの点で、プレミンジャーの「天使の顔 Angel Face」に似ている。特にロバート・ミッチャムのジェフの役柄がそうだ。セックスや殺人でにぎやかな家庭内シーンは、この頃までにフィルムノワールのありきたりの手段になっていた。だが、ベテラン監督ジョン・ファロー(撮影監督ジョン・サイツと組んだ「大時計The Big Clock」(1948)がピークだった)と、RKOのカメラマン、ニック・ムスラカは、例によって暗い視覚スタイルでこの映画を満たし、クロード・レインズのいたずらっぽい微笑みから、国境でスポットライトを浴びながら銃弾に倒れる時でさえ崩さないフェイス・ドマーグの不機嫌な顔の性的魅力まで、想像的な演出の細部を際立たせる。黒目のロバート・ミッチャムは、この作品でも受け身の男のもろさを好演している。ドマーグがラニントンを殺したあと、ドマーグによって殺人の共犯者にされた彼は、カリフォルニア北部の邸宅や医者の名声から、きたない国境の町での逃亡者へと、悪夢のような旅に連れて行かれる。ジェフは、エキゾチックなマーゴにのぼせあがったために、同じファロー監督の「替え玉殺人計画 His Kind of Woman」よりもかなり弱い人物になっている。だが、「天使の顔」の救急車の運転手と違って、自分の間違いに気づき、生き残るための潜在的な力を持っている。

ちなみに、ジョン・ファロー監督は、この映画に出演していてターザンの妻ジェーンでもおなじみのモーリン・オサリバンとの間に七人子供をもうけ、その中にはミア・ファローやティサ・ファロー(「狼は天使の匂い」)がいます。

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2008年8月22日 (金)

フィルムノワール(269): Tension (1950)

269. Tension (1950)

監督ジョン・ベリー。出演リチャード・ベイスハート、オードリー・トッター、シド・チャリシー、バリー・サリバン。MGM製作配給。75分

脚本アレン・リブキン。ジョン・クローラーの未発表ストーリーに基づく。
撮影ハリー・ストラドリング(白黒)。音楽アンドレ・プレビン。

あらすじ

控え目で穏やかな薬剤師(ドラッグストアの店主?)ウォレン・クインビー(リチャード・ベースハート)は、妻クレア(オードリー・トッター)が別の男のためにウォレンと別れることを決心したので、打ちひしがる。彼は、不貞の妻を始末する計画のアリバイを作るために、もう一人の自分を作り出す。彼がもう一人の自分になったとき、若い女性メアリー・チャンラー(シド・チャリシー)に魅かれたので、妻を殺す計画を実行する理由がなくなる。しかし、ウォレンが妻の恋人の家を訪れると、その恋人が誰かに殺されていた。ウォレンは警察に追われる身になる。捜査網が次第にせばまるが、ボナベル警部補(バリー・サリバン)は、クレアが恋人を殺したんじゃないかと疑う。警部補は、クレアを罠にかけて自白させ、刑務所送りにする。

解説

"Tension" は、フィルムノワールのモチーフとスタイルによって展開する引き締まったスリラーである。シニカルなフィルムノワールの世界を体現する人物が大勢出てくる。クレアは古典的なファム・ファタール、すなわち、単なる気まぐれで男を大惨事寸前まで追いやる女である。ウォレンは、不毛な世界に閉じ込められた弱い男で、彼の通常の生活と完全にかけ離れた窮境におちいる。ボナベルは、ハードボイルドの具現者で、自らの人生観ゆえに人間の合理性の限界点を探る。映画は、ぴんと張った輪ゴムの映像によって、登場人物たちが直面しなければんらない緊張感を表現している。ジョン・ベリー監督は、映画を暗い画調で満たし、メアリーとクレアを視覚的に対比させる。ウォレンの堕落には救いの余地がない。ウォレンは、妻の不貞に対する執念によって、正気の向こう側に追いやられる。

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2008年8月21日 (木)

フィルムノワール(204): Side Street (1950)

240. Side Street (1950)

監督アンソニー・マン。出演ファーリー・グレンジャー、キャシー・オドネル。MGM製作配給。83分。

脚本シドニー・ボーム。撮影ジョセフ・ルッテンバーグ(白黒)。音楽レニー・ヘイトン。ニューヨークで撮影。

あらすじ

郵便配達のジョー(ファーリー・グレンジャー)は、妊娠した妻エレン(キャシー・オドネル)に何か買ってやろうと、配達区域の事務所から現金の入った封筒を盗む。そのお金は、いくつかの殺人がからんでいる恐喝計画の報酬だったのだが、ジョーはそれを知らない。ジョーは、盗んだ金で自分の夢の世界を築き始める。だが、ジョーは自分の犯罪について反省し始める。残った現金を返そうとするが、誰もその現金なんてなかったかのようにふるまう。何か悪いことが起こるのじゃないかと不安になったジョーは、別の町で仕事があるのでしばらく家を離れると妻に告げる。ジョーは安ホテルに身を隠し、友人にお金を預けるが、その友人はお金を持って姿をくらます。恐喝計画にかかわっている数名のごろつきがジョーを見つけ、お金のありかを聞き出そうとする。逃亡し、自分の犯罪を帳消しにしようと努力したジョーは、安っぽいナイトクラブや娯楽施設の荒涼とした世界に入り込んでしまう。自分が犯していない一連の殺人の罪を着せられ、罪の意識にさいなまれたジョーは、警察とごろつきたちの両方から追われる。ジョーは、彼を抹消しようとするごろつきたちに捕えられる。警察は、ニューヨークを高速で追跡したのち、ジョーとごろつきたちを捕まえる。ジョーは傷を負ったが、妻と家族に再会する。

解説

MGMは、ニコラス・レイの「夜の人々」がけっこうヒットしたので、二匹目のどじょうを狙おうと、キャシー・オドネルとファーリー・グレンジャーを再び組ませ、アンソニー・マンに監督させた。その結果、野外で撮影され、絶望の雰囲気に満ち、緊張感のあるスリラーとなった。しかし、「夜の人々」のロマンチックな感じは薄れている。ファーリー・グレンジャーは、「恐怖の一夜 Edge of Doom」(1950) や「我が心の呼ぶ声 I Want You」(1951)など、不運で希望のない青年役が多いが、"Side Street" では、メロドラマ的要素の強い役柄を超越して、フィルムノワールで最も特徴的な自然主義を役柄にもたらしている。"Side Street" は、アメリカ文化の表面下にある本来の不正や暴力と混同させることによって、アメリカの夢をくじく。普通の男ジョーが自分でコントロールできない状況に追い込まれることは、愛の破滅を意味するが、それ以上に重要なことがある。"Side Street" が焦点を合わせているのは、普通の男ジョーが持つ不自然な野心であり、不運にも、そして一時的なモラルの逸脱によって、危険で不法な行為に突き進むことになる。アンソニー・マンは、いつもの表現的な照明を控えて、より自然なスタイルで野外撮影を引き立たせている。これによって比喩的な表現法が可能となる。たとえば、高いビルが並ぶ狭い通りをジョーが追われる様子を俯瞰撮影しているシーンは、迷路を苦労して進む動物を思わせるし、映像の灰色のトーンは、ジョーのジレンマの自然主義的な面を強調している。

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2008年8月16日 (土)

フィルムノワール(179): Mystery Street (1950)

解説の訳があやしいので、興味のある方は原著 "Film Noir : An Encyclopedia Reference to the American Style" (ISBN0879514795) をあたってみてください。紀伊国屋で3500円ほどです。

179. Mystery Street (1950)

監督ジョン・スタージェス。出演リカルド・モンタルバン、サリー・フォレスト、ブルース・ベネット、エルザ・ランチェスター。MGM製作配給。94分

脚本シドニー・ボームとリチャード・ブルックス。レナード・スピーゲルガスの未発表ストーリーに基づく。
撮影ジョン・アルトン(白黒)。音楽ルドルフ・G・コップ。

あらすじ

ビビアン・ヘルドン(ジャン・スターリング)は安っぽいブロンド娘で、ボストンの旧家出身のハークリー(エドモン・ライアン)と不倫している。妊娠していることに気づいたビビアンは、人里離れた浜辺でハークリーと会う約束をするが、その前に酒場でヘンリー・シャンウェー(マーシャル・トンプソン)と出会う。ヘンリーは待ち合わせ場所に車で送るが、ビビアンは彼をだまして車を盗む。ハークリーにあって妊娠のことを話すと、彼は彼女を射殺し、海に投げ込み、車を押して近くの沼地に沈める。その間、ヘンリーは自分の車が盗まれたと警察に報告する。ビビアンの骸骨が浜辺で見つかり、警部補ピーター・モラレス(リカルド・モンタルバン)が指揮する警察チームが捜査を始める。頭のよいハーバード大出身の科学者、マカドゥー博士(ブルース・ベネット)がモラレスを手助けし、骸骨から彼女の身元を割り出し、射殺されたことを発見する。警察チームは沼地をさらい、車を発見し、車の持ち主ヘンリーを逮捕する。ヘンリーの犯罪に疑問を抱いたモラレス警部補は、ハークリーとビビアンの関係をあばく。その間、ハークリーは、ビビアンの家主スマーリング夫人(エルザ・ランチェスター)から恐喝されていた。彼女はハークリーの電話番号を見つけて、ハートリーの机から殺人の凶器を盗んでいた。ハークリーは彼女を殺そうと彼女を訪ねたが、シャンウェーの妻グレース(サリー・フォレスト)とモラレスに邪魔される。ハートリーは逃げる。モラレスは、スマーリング夫人が凶器の拳銃を隠したトリニティ駅のロッカーのカギを見つける。翌朝、モラレスはトリニティ駅でハートリーを追いつめる。

解説

“Mystery Street” は、ドア・シャリーが製作主任を務めていた1948年から1956年までの間にMGMが製作したスリラーのミニシリーズの一本である。シャリーは、アンソニー・マン、ジョン・アルトン、シドニー・ボームなどの低予算スリラーに長年かかわっていた才人たちに好ましい環境を与えた。この環境は、ルイス・B・メイヤー(MGMの親分)や、MGMを「天国よりも星(スター)の多い」スタジオと考えている古臭い重役たちのお気に召さなかった。いずれにせよ、アルトンが精通している撮影スタイルによって、詳細な科学捜査が強調され、大人の骸骨の復元、車を探すために沼地をさらうこと、胎児の骸骨を探して復元するために浜辺の砂をふるいにかけることなどによって描かれる犯罪の奇妙な背景が作り出された。この点で、「脅迫者 The Enforcer」の気味悪い細部の多くを共有している。この映画には、1950年代特有の社会的良心が少し含まれている。アメリカの特権階級の一人が殺人者というだけでなく、モラレスのような少数民族系が権威側にいることを不愉快に思うエリートでもある。モラレスは、紳士気取りの金持ちを扱うのがうまいし、少数民族の庶民的な特質をハーバードのエリート社会の代表者による技術的明晰ぶりと調和させている。

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2008年8月15日 (金)

フィルムノワール(76): Decoy (1946)

昨日書いた "Crime Wave" の最初のシーンがYouTubeにアップロードされていて、二人組の強盗の一人はチャールズ・ブロンソンでした。

このフィルムノワール勉強シリーズは、私のサイトに転記せずに、サイトの「フィルムノワール作品リスト」からこのブログの各々の書き込みにリンクするようにしました。

76. Decoy (1946) 死刑囚に聞け

監督ジャック・バーナード。出演ジーン・ギリー、エドワード・ノリス。モノグラム配給。76分

プロデューサー:ジャック・バーナード、バーナード・ブランド
脚本:ネッド・ヤング。スタンリー・ルービンの未発表ストーリーに基づく。
撮影:LWオコネル
音楽監督:エドワード・J・ケイ

あらすじ

かわいいが、泥棒集団の頭脳であるマーゴット・シェルビー(ジーン・ギリー)のアパートに、頭がぼっとして体が弱ったロイド・クレイグ医師(ハーバート・ラドリー)が入り込み、銃声が鳴り響く。巡査部長ジョセフ・ポーチュガル(シェルドン・レオナード)が到着し、死んだ医師と長椅子で死にかけているマーゴットを発見する。マーゴットは、ポーチュガルを近くに呼び、「あなたは誠実な警官だから、すべてを話す」とささやく。彼女は、警察官殺しで死刑に処せられる前に40万ドルを隠したフランキー・オリンズ(ロバート・アームストロング)の仲間だったことを告白する。マーゴットは、死刑直後にフランキーの体を略奪し、死刑ガスの解毒剤を彼に飲ませる計画を立てた。マーゴットは、刑務所での死を証明する仕事をしているロイド・クレイグ医師の協力を得た。計画は順調に進んだ。フランキーの体は隠れ家に運ばれ、彼は生き返った。彼はお金の隠し場所の地図を書き、半分をマーゴットに渡した。フランキーがマーゴットとキスしようとしたとき、仲間のビンセント(エドワード・ノリス)がフランキーを射殺し、あとの半分を奪った。ビンセントとマーゴットは、お金を探すのを手伝うよう医師に強制した。運転中、マーゴットはタイヤがパンクしたように見せかけて、修理のためにビンセントを車の外に出した。彼女は無情にビンセントを引き殺し、隠し場所まで車を走らせた。医師がお金の入った箱を掘り出し、マーゴットが開けた。マーゴットは、突然笑い出し、医師を撃った。医師は回復し、復讐のためにマーゴットのアパートに戻った。マーゴットは、話し終えると、笑って死ぬ。巡査部長が箱を開けると、1ドル紙幣とメモが入っている。メモには、1ドルを裏切り者たちに、残りを虫にやると書かれている。

「死刑囚に聞け」の最初のショットは、汚いガソリンスタンドの洗面所で誰かが手を洗っており、カメラが上に動くと、壊れた鏡にクレイグ医師の汚れた顔が写っているというもので、映画全体のトーンを決定づけている。筋書きには矛盾があるが、イギリス人女優ジーン・ギリーがマーゴットを刺激的に演じている。「拳銃魔」のアニー・ローリー・スター以前のフィルムノワールの中で最も非道なファム・ファタール(魔性の女)である。マーゴットは、良心の呵責もなく男を利用し、クレイグ医師を誘惑して彼の理想を打ち砕いたことが特に快感だったと打ち明ける。彼女のサディスムが明らかとなるのは、車を前後させながらビンセントを何度もひき、落ち着いて車から降り、死体から残り半分の地図を取り出し、ジャッキを車のトランクに戻し、旅を再開するシーンである。最後まで心を入れ替えないマーゴットは、巡査部長を愛称の「ジョージョー」で呼び、面と向かってあざわらい、彼を侮辱する。

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2008年8月14日 (木)

フィルムノワール(59): Crime Wave (1954)

Crime Wave (1954) 土曜日正午に襲え

監督アンドレ・ド・トス。出演ジーン・ネルソン、フィリス・カーク、スターリング・ヘイドン。ワーナー製作配給。73分。

脚本クレーン・ウィルバー Crane Wilber。ジョン&ワード・ホーキンズがサタデイ・イブニング・ポストに書いたストーリー “Criminals Mark” をバーナード・ゴードンとリチャード・ワームザーが脚色。
撮影バート・グレノン Bert Glennon(ロサンゼルスで撮影)
音楽デビッド・バトルフ David Buttolph

前科者スティーブ・レイシー(ジーン・ネルソン)は刑務所仲間だった二人組による強盗に巻き込まれる。足を洗っているスティーブは、妻エレン(フィリス・カーク)と家族を守るため、二人に協力せざるをえない。無情な刑事シムズ(スターリング・ヘイドン)がスティーブを追う。スティーブは二人の計画を頓挫させたが、困難な状況は続く。刑事シムズが態度を変えて、スティーブの嫌疑を晴らすのを手伝う。

「土曜日正午に襲え」は、人を引きつける低予算映画で、想像力に富んだ構図、街の生き生きした撮影、登場人物のオフビートなタッチによって、73分間、視覚的な興奮を持続させる。主人公スティーブに強く共感するようになっている。不当に扱われる主人公の多くは退屈な道徳上の高潔さを持っているが、彼にはそれがない。不思議なことに、アンドレ・ド・トスは、これと「おとし穴」しかフィルムノワールを作っていない。ただ、フィルムノワールは、彼の西部劇「復讐二連銃 Ramrod」「馬上の男 Man in the Saddle」「無法の拳銃 Day of the Outlaw」に強く影響している。ド・トスの、裏切りや、動機があいまいな刑事シムズの態度の変化の描き方は、直接的で、道徳の気取りがない。タバコをやめようとしているシムズは、ずっと爪楊枝をクチャクチャさせていたのだが、最後のシーンで、タバコに火をつけ、一服して、タバコを捨てて、マッチをクチャクチャさせながら立ち去る。このシーンは、即興的な感じと、フィルムノワールの疎外感の原型を半ばコミックに解釈していることで、記憶に残る。

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2008年8月13日 (水)

フィルムノワール(3): Act of Violence (1949)

「暴力行為」という邦題で日本公開されています。アメリカのワーナーから発売されているDVD5枚組で10作品収録の Film Noir Classic Collection, Vol. 4 がお買い得です。ファンタシウム価格で本体5千円少々。英語とフランス語の字幕付き。リージョンフリー。

監督フレッド・ジンネマン。出演バン・ヘフリン、ロバート・ライアン、ジャネット・リー、メアリー・アスター。MGM。81分。

脚本ロバート・L・リチャーズ(コリア・ヤングの未発表のストーリーに基づく)。撮影ロバート・サーティース(白黒)。作曲ブロニスロー・ケイパー、指揮アンドレ・プレビン。

あらすじ

戦争で障害を負った退役軍人ジョー・パークソン(ロバート・ライアン)がフランク・エンリー(バン・ヘフリン)という男を探しにやってきた。エンリーは土建業者で、社会福祉に関心があり、尊敬されているが、戦争中、捕虜収容所で、仲間たちの脱走計画を打ち明けたために仲間たちを殺してしまった。実は、彼は計画が失敗に終わると思い、嘆願すれば仲間たちの命は助かるだろうと信じて、収容所側に通報したのだった。しかし、パークソン以外全員虐殺されてしまった。この事件は、パークソンと罪の意識に苦しめられているエンリー以外誰も知らない。パークソンがエンリーの心を苦しめ始めたので、エンリーは妻(ジャネット・リー)に告白したのち、街の夜の世界に逃げ込む。怪しい評判のパット(メアリー・アスター)のところにやっかいになったエンリーは、ジョニー(バリー・クローガー)と出会、金をくれればパークソンを殺す手助けをするという申し出を受ける。その間、パークソンのガールフレンド、アン・スタージェス(フィリス・サクスター)は、パークソンを探し出し、復讐計画をやめるよう懇願する。しかし、パークソンはエンリーと対決する。ジョニーが現れたので、エンリーは自分を犠牲にしてパークソンを助ける。

解説

「暴力行為」は、社会テーマを持つフィルムノワールである。第一のテーマは、エンリーの良心の呵責である。彼は、仲間たちが銃殺されたことを忘れられないが、彼の記憶は、敵が報酬として彼に与えた食べ物といった些細な問題が中心となっている。パークソンは複雑な人物ではないし、彼が復讐したいと思うのは、道徳心に基づいているというより、負傷によって心が不安定になった結果である。映画全体はエンリーの罪滅ぼしに向かっているが、彼の罪を生じさせた事件に対してどういう態度をとるかという点には触れていない。その結果、社会テーマが効果的でなくなり、全体のトーンが冷静なものになっている。これは、フレッド・ジンネマン作品の多くに当てはまる。

エンリーとパークソンは、バン・ヘフリンとロバート・ライアンの作品の中では興味を引く人物ではないが、この二人の役者の存在が興味を生じさせている。もっと重要なのは、予測可能な視覚の図式化である。映画は、不吉な感じのない環境で日中から始まり、エンリーが絶望的な夜に入り込むにつれ、環境がより暗黒になっていく。暗黒のシーンでは撮影監督ロバート・サーティースの才能がうかがえる。趣のある夜間撮影と印象深く照明を当てられた屋内シーンは最良のフィルムノワールに値する。

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2008年8月12日 (火)

フィルムノワール(2): Accused (1949)

「美しき被告」という邦題で日本公開されたようです。日本でもアメリカでもDVDは発売されていないようです。

監督ウィリアム・ディターレ。出演ロレッタ・ヤング、ロバート・カミングス、ウェンデル・コリー、サム・ジャフェ。パラマウント。

プロデューサー、ハル・B・ウォリス。撮影ミルトン・クラスナー(白黒)。音楽ビクター・ヤング。衣装エディス・ヘッド。

あらすじ

心理学の若き女性教授ウィルマ(ロレッタ・ヤング)は、男子生徒ビルから言い寄られ、偶然殺してしまう。ビルは、彼が行っている躁鬱病の研究を口実に、彼女を人里離れた浜辺に連れてゆき、ウィルマの感情表現の抑圧を取り除こうとした。ウィルマは、ビルのキスに最初は反応したが、パニックって、鉄棒で彼を殴ってしまう。彼が死んだことに気づいたウィルマは、人工呼吸の逆の要領で水をビルの胸に流し込み、水死したように見せかけた。彼女はヒッチハイクで家に帰るが、睡眠薬の飲みすぎで入院する。警察の取り調べの間に、ウィルマは、ビルの弁護士で後見人のウォレン(ロバート・カミングス)と警部補テッド(ウェンデル・コリー)と知り合う。二人ともウィルマに惹かれる。検死陪審員は事故死と判断するが、ウィルマの狼狽ぶりを見たウォレンとテッドは彼女を疑うようになる。さらに、ビルのガールフレンドが、ビルがその夜ある躁鬱病患者と会うと言っていたことを思い出す。警部補テッドは、警察の臨床科学者ロムリー(サム・ジャフェ)の助けを借りて、彼女の障害を取り除いたので、ウィルマは自己を告発する。殺人容疑で裁判にかけられたウィルマは、彼女の唯一の罪は事故を隠したことだけだと主張するウォレンに弁護され、無罪となる。

解説

「美しき被告」は、フリッツ・ラングの「飾窓の女」を思い起こさせるが、「飾窓の女」のように枠どられた物語ではないし、内気な心理学教授は年配の男性ではなく若い女性である(「飾窓の女」を見ていないので、the “framing” story の意味がよくわかりません。回想形式ってこと?)。開巻の夜のシークエンス(服装が乱れ、おびえたウィルマが浜辺から離れ、トラックドライバーに拾われる)と、ウィルマの悪夢と幻覚を通じての一連のフラッシュバックによって殺人と隠蔽を暴露するのは、視覚的にフィルムノワールである。また、「美しき被告」は、戦後ハリウッドの心理分析と戦後のお決まりの欲求不満の良い例である。出番は短いものの、サム・ジェフェが見事に演じている冷淡な科学者は、他人への共感を馬鹿にしている。ロレッタ・ヤング演じる几帳面な先生は、逆上する様子からすると、厳格な外見の下に性の欲望が潜んでいることをうかがわせる。女性に対するアメリカ人の態度が当時どうだったかは、ウィルマが先生として自己の性を抑圧しなければならないという事実に暗示されている。男性の愛に対して普通に反応して、髪をおろし、完全な女性になることができるのは、彼女が一時的に先生の役割を捨てるときである。

しかし、キャラクターの点では、警部補テッドが典型的なフィルムノワールの男主人公に近い。ウィルマがウォレンを好きなことをオープンにしているにもかかわらず、テッドの彼女に対する執着は、彼女の捜査においてテッドの感情に葛藤をもたらす。その結果、テッドは証拠に手を加える誘惑に駆られる。テッドは、感情におぼれることなく仕事をやり遂げたと確信しているが、彼女に対してひそかに持っている欲望が彼女の訴追に影響をもたらしているかもしれないという疑念に悩まされる。ウィルマは、彼の執拗な尋問によって取り乱し、自分の行動をさらけ出してしまうのだが、それはウィルマにとって大きな救いになると同時に、テッドにとっては大きな苦悩となる。弁護士ウォレンの隣で自信ありげに座っているウィルマを見るテッドを繰り返しクローズアップでとらえることによって、法廷におけるテッドの孤立感を表現している。それらのクローズアップは以下のことを示している。公式なものではあったが、彼のウィルマとの関係が間もなく終わるという苦い認識。彼女は釈放され、ウォレンと結婚すること。彼は無駄に彼女を苦しめてしまい、たぶん反感を買ってしまったのだろうということ。

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2008年8月 9日 (土)

フィルムノワール(1): Abandoned (1949)

監督ジョセフ・M・ニューマン。出演デニス・オキーフ、ゲイル・ストーム、ジェフ・チャンドラー、レイモンド・バー。ユニバーサル・インターナショナル。

あらすじ

若い女性ポーラ(ゲイル・ストーム)が行方不明になった姉(妹?)を探しにロサンジェルスにやってくる。親しくなった新聞記者マーク(デニス・オキーフ)が彼女を手助けしてくれる。姉は子供を産んだあと、自殺したことがわかった。どうやら赤ちゃんの密売に関係しているらしい。ポーラは、動揺している母親を演じて、密輸組織に侵入し、スキャンダルをあばき、姉の子供を救い出そうとする。にせの養子縁組にかかわっているギャングの一員ケリック(レイモンド・バー)は、仲間を裏切る決心をする。警察は、地方検事の助けを借りて、組織を手入れし、ポーラを助け、赤ちゃんの斡旋業を終結させる。

解説

"Abandoned" は、第一に、センセーショナルなメロドラマだ。しかし、フィルムノワールの要素がいくつかある。一番重要なのはウィリアム・ダニエルズの撮影だ。ダニエルズは、1920年代にエリッヒ・フォン・シュトロハイムなどの監督と仕事をし、"Abondoned" の直前にはジュールズ・ダッシンの「裸の町」の白黒撮影でアカデミー賞を獲得した。ダニエルズは、ロサンジェルスを、不吉でシュールリアリズムのような視覚的憎悪で満たしている。雨に濡れた暗い通りと、明暗のはっきりした斜めの照明が雰囲気を出している。この環境の中にレイモンド・バーやマイク・マズルキといったフィルムノワールの悪役たちがいて、グロテスクな感じを物語に加えている。しかし、フィルムノワールの雰囲気は、赤ちゃん泥棒をあばくという道徳的な調子に取って代わられている。"Abandoned" は、フィルムノワールの外見としきたりを採用しているものの、フィルムノワール特有の絶望的な状態に陥ることはない。

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2008年8月 5日 (火)

フィルムノワール関係者トップ5

"Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" のオマケとして監督や俳優ごとの作品リストが掲載されているので、各々のトップ5を作成してみました。ロバート・ライアンのところに、出ていないはずの「過去を逃れて」が入っていたりして、けっこう怪しいリストなので、参考程度に見てください(「過去を逃れて」はライアンのリストから外しました。)

監督
1. フリッツ・ラング 10本
条理ある疑いの彼方に、復讐は俺に任せろ、青いガーディニア、熱い夜の疼き、激怒、仕組まれた罠、恐怖省、スカーレット・ストリート、飾窓の女、暗黒街の弾痕
2. ロバート・シオドマク 8本
クリスマスの休暇、裏切りの街角、都会の叫び、暗い鏡、血塗られた情事、殺人者、幻の女、Uncle Harry
3. アンソニー・マン 7本
Border Incident、Desperate、夜歩く男(クレジットなし)、偽証、Raw Deal, Side Street、T-Men
4. ニコラス・レイ 6本
孤独な場所で、暗黒への転落、マカオ(クレジットなし)、危険な場所で、暗黒街の女、夜の人々
4. ジョセフ・H・ルイス 6本
ビッグ・コンボ、拳銃魔、パスポートを持たない女、My Name Is Julia Ross、So Dark the Night、The Undercover Man

原作・脚本
1. コーネル・ウールリッチ 11本
黒い天使、The Chase、タイムリミット25時、Fall Guy、The Guilty、I Wouldn’t Be in Your Shoes、夜は千の目を持つ、悪夢の殺人者、幻の女、Street of Chance、窓
2. レイモンド・チャンドラー 10本
三つ数えろ、青い戦慄、高い窓、深夜の告白、さらば愛しき女よ、湖中の女、ロング・グッドバイ、かわいい女、ブロンドの殺人者、見知らぬ乗客
3. スティーブ・フィッシャー 8本
眠りなき街、大いなる別れ、I Wake Up Screaming、I Wouldn’t Be in Your Shoes、クインシー号の謎、湖中の女、Roadblock、Vicki
3. フィリップ・ヨーダン 8本
ビッグ・コンボ、The Chase、探偵物語、恐怖の一夜、殴られる男、他人の家、狂恋の果て、When Strangers Marry
5. WRバーネット 7本
アスファルト・ジャングル、街の野獣、ハイ・シエラ、俺が犯人だ、Nobody Lives Forever、脅迫者、拳銃貸します
5. シドニー・ボーム 7本
復讐は俺に任せろ、The High Wall、Mystery Street、悪徳警官、Side Street、The Undercover Man、武装市街
5. ベン・ヘクト 7本
恐怖の一夜、死の接吻、汚名、Ride the Pink Horse、生きているモレア、暗黒街、歩道の終わる所

撮影監督
1. バーネット・ガフィ 18本
The Brothers Rico、Convicted、Framed、殴られる男、仕組まれた罠、孤独な場所で、Johnny O'Clock、暗黒への転落、My Name Is Julia Ross、Night Editor、Nightfall、地獄の掟、レックレス・モーメント、Scandal Sheet、The Sniper、So Dark the Night、汚れた七人、The Undercover Man
2. ジョン・アルトン 14本
ビッグ・コンボ、Border Incident、Canon City、銃弾都市、夜歩く男、Hollow Triumph、俺が掟だ!、Mystery Street、The People Against O'Hara、The Pretender、Raw Deal、悪の対決、T-Men、Talk About a Stranger
3. ニコラス・ムスラカ 9本
青いガーディニア、熱い夜の疼き、タイムリミット25時、ヒッチハイカー、危険な女、過去を逃れて、Roadblock、Stranger on the Third Floor、ゼロへの逃避行
3. ジョン・F・サイツ 9本
対決、大時計、密輸空路、恐喝の街、深夜の告白、夜は千の目を持つ、悪徳警官、サンセット大通り、拳銃貸します
5. ジョージ・E・ディスカント 8本
拳銃無情、優しき殺人者、Desperate、アリバイなき男、その女を殺せ、危険な場所で、脅迫者、夜の人々
5. ミルトン・クラスナー 8本
美しき被告、暗い鏡、二重生活、他人の家、スカーレット・ストリート、罠、Vicki、飾窓の女
5. ハリー・J・ワイルド 8本
影を追う男、替え玉殺人計画、クインシー号の謎、マカオ、ブロンドの殺人者、殺人夜想曲、おとし穴、私は殺さない

作曲家
1. ロイ・ウェッブ 12本
札束無情、熱い夜の疼き、影を追う男、十字砲火、恐怖への旅、危険な女、ブロンドの殺人者、汚名、過去を逃れて、私は殺さない、ゼロへの逃避行、窓
1. ビクター・ヤング 12本
美しき被告、対決、大時計、青い戦慄、密輸空路、恐喝の街、血塗られた情事、ガラスの鍵、拳銃魔、暗黒街の復讐、恐怖省、夜は千の目を持つ
3. ミクロス・ローザ 11本
アスファルト・ジャングル、賄賂、真昼の暴動、裏切りの街角、深夜の告白、二重生活、殺人者、暴れ者、Lady on a Train、裸の町、呪いの血
3. フランツ・ワックスマン 11本
虐殺の街、潜行者、激怒、その男を逃すな、俺が掟だ!、街の野獣、愛情のすきま風、失われた心、私は殺される、サンセット大通り、The Unsuspected
5. ジョージ・ダニング 10本
拳銃無情、狂った殺人計画、The Brothers Rico、Convicted、Dark Past、Johnny O'Clock、The Mob、Nightfall、Scandal Sheet、The Undercover Man

プロデューサー
1. ハル・B・ウォリス 10本
美しき被告、虐殺の街、ハイ・シエラ、血塗られた情事、仮面の米国、暗黒街の復讐、月光の女、マルタの鷹、私は殺される、呪いの血
2. ジェリー・ウォルド 7本
破局、女囚の掟、悪党は泣かない、潜行者、キー・ラーゴ、ミルドレッド・ピアース、失われた心
3. ジャック・J・グロス 5本
死を呼ぶ名画、クインシー号の謎、危険な女、殺人夜想曲、私は殺さない
3. ジョーン・ハリソン 5本
殺人夜想曲、幻の女、Ride the Pink Horse、私は殺さない、Uncle Harry
3. フランクとモーリスのキング兄弟 5本
ギャングスター、拳銃魔、秘密警察、狂恋の果て、When Strangers Marry
3. オットー・プレミンジャー 5本
天使の顔、堕ちた天使、ローラ殺人事件、The Thirteenth Letter、歩道の終わる所
3. エドワード・スモール 5本
アリバイなき男、ギャングを狙う男、Raw Deal、Scandal Sheet、T-Men

俳優
1. レイ・ティール Ray Teal 14本
アスファルト・ジャングル、地獄の英雄、真昼の暴動、捕われの町、Convicted、死刑囚に聞け、恐怖の一夜、The High Wall、I Wouldn’t Be in Your Shoes、深夜の歌声、悪徳警官、Scene of the Crime、黒い街、ゼロへの逃避行
2. エライシャ・クック・ジュニア 13本
殺し屋ネルソン、三つ数えろ、執念の男、Fall Guy、ギャングスター、俺が掟だ!、I Wake Up Screaming、現金に体を張れ、マルタの鷹、組織、幻の女、Plunder Road、Stranger on the Third Floor
2. ロバート・ミッチャム 13本
天使の顔、恐怖の岬、十字砲火、さらば愛しき女よ、エディ・コイルの友人たち、替え玉殺人計画、危険な女、マカオ、過去を逃れて、脅迫者、Undercurrent、When Strangers Marry、ゼロへの逃避行
4. ロバート・ライアン 12本
暴力行為、ベルリン特急、優しき殺人者、魅せられて、熱い夜の疼き、十字砲火、竹の家、Johnny O'Clock, 拳銃の報酬、危険な場所で、脅迫者、罠
4. ウィット・ビッセル Whit Bissell 12本
ビッグ・コンボ、The Brothers Rico、Canon City、Convicted、二重生活、夜歩く男、The Killer That Stalked New York、影なき狙撃者、Raw Deal、Side Street、記憶の代償、黒い街
5. チャールズ・マッグロー 12本
札束無情、ベルリン特急、Border Incident、真昼の暴動、ギャングスター、替え玉殺人計画、殺人者、Loophole、その女を殺せ、Roadblock、Side Street、T-Men
(ハンフリー・ボガート、ダン・デュリエは11本)

女優(7本)
1. グロリア・グレアム
復讐は俺に任せろ、十字砲火、仕組まれた罠、孤独な場所で、マカオ、拳銃の報酬、突然の恐怖
1. アイダ・ルピノ
優しき殺人者、悪徳、ハイ・シエラ、危険な場所で、地獄の掟、深夜の歌声、口紅殺人事件
1. リザベス・スコット
虐殺の街、大いなる別れ、暗黒街の復讐、おとし穴、脅迫者、呪いの血、Too Late for Tears
1. バーバラ・スタンウィック
熱い夜の疼き、Crime of Passion、深夜の告白、血塗られた情事、私は殺される、呪いの血、殺人目撃者
1. クレア・トレバー
執念の男、死を呼ぶ名画、クインシー号の謎、キー・ラーゴ、ブロンドの殺人者、Raw Deal、Street of Chance
1. シェリー・ウィンターズ
悪徳、都会の叫び、二重生活、ギャングスター、その男を逃すな、俺が犯人だ、拳銃の報酬

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2008年8月 4日 (月)

フィルムノワール作品リスト(その8)

これで完成です。私のサイトに「フィルムノワール作品リスト」を作りました。そこに書いているように、週一本ペースで解説を読んで、面白そうだったらDVDを買ってみようと思います。

276. Thunderbolt (1929) サンダーボルト
監督ジョセフ・フォン・スタンバーグ。出演ジョージ・バンクロフト、フェイ・レイ。パラマウント・フェイマス・プレイヤーズ・ラスキー。脚本ジュールズ・フォースマン。台詞ハーマン・J・マンキーウィッツ。撮影ヘンリー・ジェラード。

277. Too Late for Tears (1949)
監督バイロン・ハスキン。出演リザベス・スコット、ドン・デフォー、ダン・デュリエ、アーサー・ケネディ。ユナイテッド・アーティスツ配給。

278. Touch of Evil (1958) 黒い罠
監督・脚本オーソン・ウェルズ。出演チャールトン・ヘストン、ジャネット・リー、オーソン・ウェルズ。ユニバーサル・インターナショナル。撮影ラッセル・メティ。音楽ヘンリー・マンシーニ。

279. Try and Get Me (1950) 群狼の街(テレビ題名)
監督シリル・エンドフィールド。出演フランク・ラブジョイ、キャスリーン・ライアン。ユナイテッド・アーティスツ配給。

280. The Turning Point (1952) 黒い街
監督ウィリアム・ディターレ。出演ウィリアム・ホールデン、エドモンド・オブライエン。パラマウント。撮影ライオネル・リンドン。

281. Uncle Harry (1945)
監督ロバート・シオドマク。出演ジョージ・サンダーズ、ジェラルディン・フィッツジェラルド。ユニバーサル配給。

282. The Undercover Man (1949)
監督ジョセフ・H・ルイス。出演グレン・フォード、ニナ・フォック、ジェームズ・ウィットモア。ロバート・ロッセン製作、コロンビア配給。撮影バーネット・ガフィ。

283. Undercurrent (1946)
監督ビンセント・ミネリ。出演キャサリーン・ヘップバーン、ロバート・テイラー、ロバート・ミッチャム。MGM。撮影カール・フロイント。

284. Underworld (1927) 暗黒街
監督ジョセフ・フォン・スタンバーグ。出演ジョージ・バンクロフト、クライブ・ブルック。パラマウント・フェイマス・プレイヤーズ・ラスキー。撮影バート・グレノン。

285. Underworld U.S.A. (1961) 殺人地帯USA
監督・プロデュース・脚本サミュエル・フラー。出演クリフ・ロバートソン、ドロレス・ドーン。配給コロンビア。

286. Union Station (1950) 武装市街
監督ルドルフ・マテ。出演ウィリアム・ホールデン、ナンシー・オルソン、バリー・フィッツジェラルド。パラマウント。

287. The Unknown Man (1953)
監督リチャード・ソープ。出演ウォルター・ピジョン、アン・ハーディング、バリー・サリバン。MGM。

288. The Unsuspected (1947)
監督マイケル・カーティス。出演ジョーン・コールフィールド、クロード・レインズ、オードリー・トッター、コンスタンス・ベネット。ワーナー配給。原作シャーロット・アームストロング。

289. Vicki (1953)
監督ハリー・ホーナー。出演ジーン・クレイン、ジーン・ピータース。20世紀フォックス。撮影ミルトン・クラスナー。

290. When Strangers Marry (1944)
監督ウィリアム・キャッスル。出演ディーン・ジャガー、キム・ハンター、ロバート・ミッチャム。キング兄弟製作、モノグラム配給。

291. Where Danger Lives (1950) ゼロへの逃避行(テレビ題名)
監督ジョン・ファロー。出演ロバート・ミッチャム、フェイス・ドマーグ、クロード・レインズ、モーリン・オサリバン。RKO配給。撮影ニコラス・ムスラカ。

292. Where the Sidewalk Ends (1950) 歩道の終わる所(DVD題名?)
監督オットー・プレミンジャー。出演ダナ・アンドリューズ、ジーン・ティアニー。20世紀フォックス。脚本ベン・ヘクト。あて位ジョセフ・ラシェル。

293. While the City Sleeps (1956) 口紅殺人事件
監督フリッツ・ラング、出演ダナ・アンドリューズ、ロンダ・フレミング、ジョージ・サンダーズ、ハワード・ダフ、トーマス・ミッチェル、ビンセント・プライス。RKO配給。撮影アーネスト・ラズロ。

294. White Heat (1949) 白熱
監督ラオール・ウォルシュ。出演ジェームズ・キャグニー、バージニア・メイヨ、エドモンド・オブライエン。ワーナー。撮影シド・ヒコックス。音楽マックス・スタイナー。

295. The Window (1949) 窓
監督テッド・テツラフ。出演バーバーラ・ヘイル、ボビー・ドリスコール、アーサー・ケネディ。RKO。撮影ウィリアム・スタイナー。原作コーネル・ウールリッチの “The Boy Cried Murder”。

296. Witness to Murder (1954) 殺人目撃者(テレビ題名?)
監督ロイ・ローランド。出演バーバラ・スタンウィック、ジョージ・サンダーズ。ユナイテッド・アーティスツ配給。撮影ジョン・アルトン。

297. The Woman in the Window (1945) 飾窓の女
監督フリッツ・ラング。出演エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、レイモンド・マッセー。RKO配給。プロデュース・脚本ナナリー・ジョンソン。撮影ミルトン・クラスナー。

298. Woman on the Run (1950)
監督ノーマン・フォスター。出演アン・シェリダン、デニス・オキーフ。ユニバーサル・インターナショナル配給。

299. World for Ransom (1954)
監督ロバート・アルドリッチ。出演ダン・デュリエ、ジーン・ロックハート。アライド・アーティスツ配給。

300. The Wrong Man (1956) 間違えられた男
監督ヒッチコック。出演ヘンリー・フォンダ、ベラ・マイルズ。ワーナー。撮影ロバート・バークス。音楽バーナード・ハーマン。

301. You Only Live Once (1937) 暗黒街の弾痕
監督フリッツ・ラング。出演シルビア・シドニー、ヘンリー・フォンダ。ユナイテッド・アーティスツ配給。撮影レオン・シャムロイ。

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2008年8月 3日 (日)

フィルムノワール作品リスト(その7)

251. The Strange Illusion (1945)
監督エドガー・G・ウルマー。出演ジェームズ・ライドン、ウォレン・ウィリアム。PRC (Producers Releasing Corporation)。

252. The Strange Love of Martha Ivers (1946) 呪いの血
監督ルイス・マイルストン。出演バーバラ・スタンウィック、バン・ヘフリン、リザベス・スコット、カーク・ダグラス、ジュディス・アンダーソン。ハル・B・ウォリス製作、パラマウント配給。脚本ロバート・ロッセン。撮影ビクター・ミルナー。音楽ミクロス・ローザ。

253. The Stranger (1946) ナチス追跡(テレビ題名)
監督オーソン・ウェルズ。主演エドワード・G・ロビンソン、ロレッタ・ヤング、オーソン・ウェルズ。サム・スピーゲル製作、RKO配給。撮影ラッセル・メティ。

254. Stranger on the Third Floor (1940)
監督ボリス・イングスター。出演ピーター・ローレ、ジョン・マクガイア、エライシャ・クック・ジュニア。RKO。撮影ニコラス・ムスラカ。

255. Strangers on a Train (1951) 見知らぬ乗客
監督ヒッチコック。出演ファーリー・グレンジャー、ロバート・ウォーカー。ワーナー。パトリシア・ハイスミスの原作をチャンドラーらが脚色。撮影ロバート・バークス。

256. Street of Chance (1942)
監督ジャック・ハイブリー。出演バージェス・メレディス、クレア・トレバー。パラマウント。原作コーネル・ウールリッチの「黒いカーテン」。

257. The Street with No Name (1948) 情無用の街
監督ウィリアム・キーリー。出演マーク・スティーブンズ、リチャード・ウィドマーク、ロイド・ノーラン、エド・ベグリー。20世紀フォックス。撮影ジョー・マクドナルド。音楽ライオネル・ニューマン。

258. The Strip (1951)
監督レスリー・カードス。出演ミッキー・ルーニー、サリー・フォレスト、ウィリアム・ダマレスト、ルイ・アームストロング楽団。MGM。撮影ロバート・サーティース。

259. Sudden Fear (1952) 突然の恐怖
監督デビッド・ミラー。出演ジョーン・クロフォード、ジャック・パランス、グロリア・グレアム。RKO配給。撮影チャールズ・ラング・ジュニア。音楽エルマー・バーンスタイン。

260. Suddenly (1954) 三人の狙撃者
監督ルイス・アレン。出演フランク・シナトラ、スターリング・ヘイドン。ユナイテッド・アーティスツ配給。

261. Sunset Boulevard (1950) サンセット大通り
監督ビリー・ワイルダー。出演ウィリアム・ホールデン、グロリア・スワンソン。パラマウント。撮影ジョン・F・サイツ。音楽フランツ・ワックスマン。

262. Suspense (1946) 狂恋の果て
監督フランク・タトル。出演べリタ、バリー・サリバン。キング兄弟製作、モノグラム配給。脚本フィリップ・ヨーダン。撮影カール・ストラス。

263. Sweet Smell of Success (1957)
監督アレクサンダー・マッケンドリック。出演バート・ランカスター、トニー・カーティス。ユナイテッド・アーティスツ配給。アーネスト・リーマンの短篇をクリフォード・オデッツとリーマンが脚色。撮影ジェームズ・ウォン・ホウ。音楽エルマー・バーンスタイン。

264. T-Men (1948)
監督アンソニー・マン。出演デニス・オキーフ、アルフレッド・ライダー。イーグル・ライオン配給。撮影ジョン・アルトン。

265. Talk About a Stranger (1952)
監督デビッド・ブラッドリー。出演ジョージ・マーフィー、ナンシー・デイビス。MGM。原作シャーロット・アームストロング。撮影ジョン・アルトン。

266. The Tattered Dress (1957)
監督ジャック・アーノルド。出演ジェフ・チャンドラー、ジーン・クレイン、ジャック・カーソン、ゲイル・ラッセル。ユニバーサル・インターナショナル。テクニカラー、シネマスコープ。

267. The Tattooed Stranger (1950)
監督エドワード・J・モンターニュ。出演ジョン・マイルズ、パトリシア・ホワイト。RKO。

268. Taxi Driver (1976) タクシードライバー
監督マーティン・スコセッシ。出演ロバート・デ・ニーロ、ジョディ・フォスター、シビル・シェパード。コロンビア配給。脚本ポール・シュローダー。撮影マイケル・チャップマン。音楽バーナード・ハーマン。

269. Tension (1950)
監督ジョン・ベリー。出演リチャード・ベイスハート、オードリー・トッター、シド・チャリシー、バリー・サリバン。MGM。撮影ハリー・ストラドリング。音楽アンドレ・プレビン。

270. They Live by Night (1948) 夜の人々
監督ニコラス・レイ。出演キャシー・オドネル、ファーリー・グレンジャー。RKO。撮影ジョージ・E・ディスカント。

271. They Won’t Believe Me (1947) 私は殺さない
監督アービング・ピシェル。出演ロバート・ヤング、スーザン・ヘイワード、ジェーン・グリア。RKO。撮影ハリー・J・ワイルド。音楽ロイ・ウェッブ。

272. The Thief (1952)
監督ラッセル・ラウズ。出演レイ・ミランド、マーティン・ガベル。ユナイテッド・アーティスツ配給。

273. Thieves’ Highway (1949)  深夜復讐便
監督ジュールズ・ダッシン。出演リチャード・コンテ、バレンティナ・コルテーゼ、リー・J・コッブ。20世紀フォックス。

274. The Thirteenth Letter (1951)
監督オットー・プレミンジャー。出演リンダ・ダーネル、シャルル・ボワイエ。20世紀フォックス。クルーゾーの「密告」と同じ原作をハワード・コッチが脚色。撮影ジョセフ・ラシェル。

275. This Gun for Hire (1942) 拳銃貸します(テレビ題名)
監督フランク・タトル。出演アラン・ラッド、ベロニカ・レイク、ロバート・プレストン、レアード・クレガー。パラマウント配給。原作グレアム・グリーン。撮影ジョン・サイツ。

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2008年8月 2日 (土)

フィルムノワール作品リスト(その6)

226. Roadblock (1951)
監督ハロルド・ダニエルズ。出演チャールズ・マッグロー、ジョーン・ディクソン。RKO。撮影ニコラス・ムスラカ。

227. Road House (1948) 深夜の歌声
監督ジーン・ネグレスコ。出演アイダ・ルピノ、コーネル・ワイルド、セレスト・ホルム、リチャード・ウィドマーク。20世紀フォックス。

228. Rogue Cop (1954) 悪徳警官
監督ロイ・ローランド。出演ロバート・テイラー、ジャネット・リー、ジョージ・ラフト、スティーブ・フォレスト、アン・フランシス、ビンス・エドワーズ。MGM。撮影ジョン・サイツ。

229. Scandal Sheet (1952)
監督フィル・カールソン。出演ジョン・デレク、ドナ・リード、ブロデリック・クロフォード。コロンビア配給。撮影バーネット・ガフィ。

230. Scarlet Street (1945) スカーレット・ストリート
監督フリッツ・ラング。出演エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエ。ユニバーサル配給。撮影ミルトン・クラスナー。

231. Scene of the Crime (1949)
監督ロイ・ローランド。出演バン・ジョンソン、グロリア・デ・ヘブン。MGM。音楽アンドレ・プレビン。

232. The Scoundrel (1935) 生きているモレア
監督・プロデュース・脚本ベン・ヘクトとチャールズ・マッカーサー。出演ノエル・カワード、ジュリー・ヘイドン。パラマウント配給。撮影リー・ガームズ。

233. The Second Woman (1951)
監督ジェームズ・V・カーン。出演ロバート・ヤング、ベッツィ・ドレイク。ユナイテッド・アーティスツ配給。

234. The Set-Up (1949) 罠
監督ロバート・ワイズ。出演ロバート・ライアン、オードリー・トッター。RKO。撮影ミルトン・クラスナー。

235. 711 Ocean Drive (1950)
監督ジョセフ・M・ニューマン。出演エドモンド・オブライエン、ジョーン・ドルー。コロンビア配給。撮影フランツ・プラナー。

236. Shadow of a Doubt (1943) 疑惑の影
監督ヒッチコック。出演テレサ・ライト、ジョセフ・コットン。ユニバーサル。

237. Shakedown (1950)
監督ジョー・ペブニー。出演ハワード・ダフ、ブライアン・ドンレビー。ユニバーサル・インターナショナル配給。

238. The Shanghai Gesture (1941)
監督ジョセフ・フォン・スタンバーグ。出演ジーン・ティアニー、ウォルター・ヒューストン、ビクター・マチュア、エリック・ブロア。ユナイテッド・アーティスツ配給。

239. Shield for Murder (1954) 殺人のた