2009年9月15日 (火)

本: Film Structure and the Emotion System

筆者はグレッグ・M・スミス Greg M. Smith というジョージア州立大学でコミュニケーションを教える助教授(この本が出版された時点では)。「映画の構造と感情システム」という題名どおり、どのように映画が観客から感情を引き出すかについて書かれた本。感情というものは論じにくいものだから、映画が物語を伝える知的な枠組、あるいは観客が物語を理解する知的な枠組を勉強していたつもりだけど、感情について書かれた本をあちこち見かけると、本当は自分は感情について勉強したかったんじゃないかと思えてきます。

ただ、どのように映画が観客に作用するかという観点から書かれているので、見る側の働きに興味のある私としては、今ひとつ面白くなかった。作品側からのアプローチと見る側からのアプローチは表裏一体だろうから、興味を持たなくてはいけないと思っていても。ケーススタディとして、バーバラ・スタンウィック主演の「ステラ・ダラス」、エイゼンシュテインの「ストライキ」、ルノワールの「ピクニック」と「どん底」、ウェイン・ワンの「ジョイ・ラック・クラブ」、おなじみ「カサブランカ」を詳しく論じているので、手元にないものを補充しつつ、作品を見ながら詳しく読んでいこうかなとも思いましたが、今のところはやめておきます。でも、暇があれば、手元にある「ステラ・ダラス」と「ピクニック」の部分だけでもやってみようかなとは思っています。「カサブランカ」はテレビで録画したものを持っているのですが、さほど好きなわけではないので、これが文句のつけようのない傑作みたいに書かれると、なんか鼻白んでしまう。

この人は mood-cue approach というのを提唱しており、より持続するムードと、あまり持続しない感情を引き起こすきっかけ (cue) の相互作用がうまくいっているかどうかによって作品を分析しています。ムードを作れば感情を引き起こしやすくなるし、感情を引き起こし続けることでムードが持続する。このアプローチによって上記の作品を論じているし、他にも「サイコ」、インディ・ジョーンズの一作目、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」などを用いて例証しています。

他の認知主義による本として、ノエル・キャロル Noel Carroll の "The Philosophy of Horror, or Paradoxes of the Heart"、エド・タン Ed Tan の "Emotion and the Structure of Narrative Film: Film as an Emotion Machine"、トーベン・グロダル Torben Grodal の "Moving Pictures: A New Theory of Film Genres, Feelings, and Cognition" の三冊を紹介し、それらと mood-cue approach を比較している章があります。これらの本は、定価で買えば高いのもありますが、安い古本を見つけたので、三冊とも注文中。

それにしても、感情ってなんだろう。ニコ・H・フライダ Nico H. Frijda の"The Emotions" という本が手元にあるので、三冊が届くまで、これをざっと読んでおきたい。といっても、日曜学者だし、日曜はたいてい仕事なので、次にこういうことをここに書くのがいつになるかわからないけど。

その本は、感情に関する以下の問題を考察しています。
(1) 「感情」や「感情的」と呼ばれる現象の本質は何か。
(2) それらの現象はどのような条件(刺激、気質、活動)によってもたらされるのか。
(3) それらの現象が何らかの機能を果たすとしたら、それはどのような機能か。
(4) どのようなプロセスやメカニズムによって条件が現象をもたらすのか。

本全体は大きく3つに分かれており、パートI「分析」で問題1を、パートII「前提」で問題2と3を、パートIII「総合」で問題4を考察しています。

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2009年9月14日 (月)

フィルムノワール(47): The Chase (1946)

監督:アーサー・リプリー
原作:コーネル・ウールリッチの「恐怖の冥路 The Black Path of Fear」
脚本:フィリップ・ヨーダン
撮影:フランツ・プラナー
作曲:ミシェル・ミシェレ
音楽監督:ハインツ・ロームヘルド
出演:ロバート・カミングス、スティーブ・コクラン(アントニオーニの「さすらい」)、ミシェル・モルガン、ピーター・ローレ
ユナイテッド・アーチスツ配給
86分

The Ultimate Film Noir Collection というDVD6枚組で各3本、計18本収録されたボックスセットに収められていたもので、送料込みで3千円少々という廉価な商品だったので、字幕はないし、中には画質や音質がかなりひどいものもあります。これなんか、やっと見れる程度でした。

(以下、結末まで書いているのでご用心)財布を拾ったロバート・カミングスがそれを届けに行くと、その持ち主は金持ちの実業家スティーブ・コクランで、側近のピーター・ローレと妻のミシェル・モルガンとともに暮らしている。軍隊から戻ったばかりで失業中のカミングスは運転手として雇われる。コクランは、違法な事業をやっており、残忍な性格である。カミングスはモルガンからハバナに一緒に逃げてくれともちかけられ、承諾するが、マラリア熱が再発し、夢を見る。その中で、二人はハバナに到着するが、モルガンは刺殺され、カミングスが疑われ、カミングスは実際の犯人ローレに殺される。目覚めたカミングズはモルガンとの約束をすっかり忘れているが、軍医に相談しているうちに思い出し、二人はハバナに逃げようとする。コクランとローレは車で二人を追いかけるが、スピードの出しすぎで列車と衝突してしまう。("Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" 参照)

コクランの車には後部座席にもアクセルがあり、いつも後部座席に座るコクランがそれを操作すれば、運転手の意思とは関係なく車のスピードが上がる。最初にカミングスが運転しているときも、コクランはスピードをグングンあげるが、カミングスは平静を保っていられたので、コクランに認められる。これは、コクラン自身の命にもかかわることなので、コクランは自己破滅型の悪党でしょう。実際、最後ローレに運転させて、逃げた二人に早く追いつこうとスピードを上げ続けたので、破滅してしまう。これとは逆に、この前見た宍戸錠主演の「拳銃は俺のパスポート」では、相棒のジェリー藤尾が車の後部座席からでもブレーキを踏むことができる仕組みを整備士に取り付けさせて、そのおかげで難を逃れるというエピソードがありました。

"Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" では Bob Porfirio という人がこの作品の解説を書いていますが、彼によれば、「幻の女」を除いて、暗く重苦しいウールリッチ作品の映画化としては最良の作品だということです。「忘れじの面影」などのフランツ・プラナーが撮影した映像が素晴らしいということなので、画質が悪いのが本当に残念。フランツ・プラナーはドイツからの亡命者ですが、フランス映画でおなじみのミシェル・モルガンも戦時中のみハリウッド作品に出演していたようです。

脚本家のフィリップ・ヨーダンはよく聞く名前ですが、IMDbでフィルモグラフィをざっと調べてみたら、ワイラーの「探偵物語」(1951)、ニコラス・レイの「大砂塵」(1954)、アンソニー・マンの「ララミーから来た男」(1955)、レイの「キング・オブ・キングス}(1961)、マンの「エル・シド」(1961)、レイの「北京の55日」(1963)、マンの「ローマ帝国の滅亡」(1964)、ケン・アナキンの「バルジ大作戦」(1965)などが目につきました。60年代には、ニコラス・レイとアンソニー・マン同様、大作ばかり駆り出されていますね。大作は、一人で担当したものより、共同脚本が多いようです。

撮影のフランツ・プラナーは、「忘れじの面影」のおかげで私にはマックス・オフュルスの撮影者というイメージが強いのですが、IMDbのフィルモグラフィによれば、特にそういうわけでもなさそう。1920年のドイツ時代から158本列挙されていて、その中で目についたものを拾い上げてみると、ムルナウの "The Finances of the Grand Duke"(1924)、ジョージ・キューカーの「素晴らしき休日」(1938)、オフュルスの「風雲児」(1947)、マーク・ロブソンの「チャンピオン」(1949)、シオドマクの「裏切りの街角 Criss Cross」(1949)、ラズロ・ベネデクの「セールスマンの死」(1951)、ワイラーの「ローマの休日」(1951)、ドミトリクの「ケイン号の叛乱」(1954)、シドニー・ルメットの「女優志願」(1958)、ワイラーの「大いなる西部」(1958)、ジンネマンの「尼僧物語」(1959)、ヒューストンの「許されざる者」(1960)、ブレイク・エドワーズの「ティファニーで朝食を」(1961)、レイの「キング・オブ・キングス」(1961)、ワイラーの「噂の二人」(1961)。晩年は、ほとんどオードリー・ヘップバーン専属ですね。遺作はモンローの "Something's Got to Give"(1962)になっているのですが、これはモンローが亡くなったために未完成のようです。だから、遺作はウィリアム・ワイラー監督、オードリー・ヘップバーン、シャーリー・マクレーン主演の「噂の二人」j。

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2009年7月30日 (木)

映画だけしか頭になかった:モンクのソロではじまった「危険な関係」

今はなき雑誌「映画の友」1961年5月号に掲載されたもの。当初この作品は輸出禁止になったらしい。輸入禁止ではなく、輸出禁止だから、フランス側が「こんなふしだらな映画を外国に見せるのはフランスの股間(もとい沽券)にかかわる」と思ったらしい。で、めでたく2年ぐらいしてから日本でも見れるようになったので、植草さんはうれしくおもったし、タイトルのバックでセロニアス・モンクのピアノが聴こえてくるのでので、思わず緊張する。

原作は1782年に出版されたラクロの書簡体小説で、昔恋人同士だった二人の手紙のやりとりによって構成されています。女性ジュリエットが男性バルモンに貞淑な女性を落とすようそそのかして、バルモンがジュリエットにその報告をするのです。映画ではバルモンとジュリエットは夫婦で、互いに貞淑な異性を落とすことを報告し合うことで、夫婦間の愛を維持しているようです。バルモンはジェラール・フィリップ、ジュリエットはジャンヌ・モロー。1959年に肝臓がんで36歳の若さで亡くなったフィリップは、ブニュエルの「熱狂はエルパオに達す」が遺作となったようですが、「危険な関係」はその前の作品。

植草さんは、バルモンが居間でモンクの「ブリリアント・コーナーズ」のレコードを取り出す、と書いているのですが、「そんなシーンあったっけ?」とDVDで確認してみたら、私が持っている最近のCDのジャケット写真と違っているようです。最初のほうはセロニアス・モンクの曲が多く、後半になると激しいジャズになってきて、どうもアート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズになるらしい。聞き覚えのあるテーマ曲「危険な関係のブルース」(原題 "No Problem")は彼らの演奏らしいが、今ではデューク・ジョーダンの曲として知られています。どうもデューク・ジョーダンは当時ジャズ・メッセンジャーズのメンバーだったらしいし、当初は彼の作曲だということが知られていなかったらしい。このあたり、はっきり調べる余裕がないので、興味がある人は自分で調べてみてください。少なくとも、植草さんの文章の中にデューク・ジョーダンという名前は見当たらない。

植草さんは、スキー場を舞台にした場面でのマルセル・グリニョンによる雪景色の白黒撮影が良いと書いています。実際そのとおりなんですが、私が最近購入した日本盤DVDはあまり画質が良くない。しかも、日本語字幕を消すことができない。

原作は手紙のやりとりですが、映画ではジェラール・フィリップがジャンヌ・モローに出した手紙の文書をナレーションで語っています。このナラタージュ手法を植草さんはほめています。私が面白いと思ったのは貞淑な人妻マリアンヌを落とすくだりで、フィリップがあの手この手で口説いている途中、「ここで泣こうと思ったが涙が出なかった」というナレーションと、その時のフィリップの様子や表情に、ユーモアさえ感じました。

こんな不道徳な場面でも生真面目な私が余裕をもって見ることができるのは、マリアンヌ演じるアネット・バディムにしても、もう一人フィリップの犠牲になるジャンヌ・バレリーにしても、あまり純情な女性に見えないからで、もし彼女たちが純情で清楚な女性であれば、私は怒り心頭に達して、血圧が50は上がっていたことでしょう。それに、年をとれば年相応の人に魅力を感じるようで、ジャンヌ・バレリーの母親のシモール・ルナンに惹かれました。1911年生まれで、このとき48ぐらいだから、私にぴったりだ。彼女は、アンリ・ジョルジュ・クルーゾーの「犯罪河岸」に出てるのだけど、悪女シュジ・ドレールじゃなくて、女写真師のほうです。あと、「リオの男」のアマゾン川沿いの酒場で熟女歌手ローラとして登場します。

付け加えると、ボリス・ビアンが出ていて、「アデンアラビア」の最初の言葉「僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」から受ける若くて反抗的なイメージからすると、やけにおっさん臭くて、おとなしいなあと思っていたら、「アデンアラビア」はボリス・ビアンではなくポール・ニザンでした。どこで混乱しちゃったんだろう。心臓が悪いらしく、映画から受ける印象が弱々しくて、結局彼も1959年に39歳で亡くなったそうです。

もう一つ付け加えると、ラストのジャンヌ・モローに対する罰は、トリュフォーが「突然炎のごとく」を作るときに意識していたのでしょうか。あまり詳しく書きませんが、原作では天然痘で顔が醜くなるらしく、「原作を読んだことのある人は、ジャンヌ・モローに種痘の跡があるのにビックリするかもしれない」ってポーリン・ケイルは書いています。

今回は、あまり植草さんの文章とは関係なくなってしまいましたが、植草さんのはストーリーを細かく書いている部分が多いので、要約しにくい。

少し前に「素直な悪女」の日本盤が千円台で発売され、来週「恋人たち」が千円台で発売されるので、まとめて注文中。

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2009年7月20日 (月)

本 "Masculine Singular: French New Wave Cinema"

「男性単数」という題名のヌーベルバーグに関する本。作者はジュヌビエーブ・セリエ Genevieve Sellier という女性で、英語の訳者もクリスティン・ロス Kristin Ross という女性です。女性の立場から、カイエ・デュ・シネマ派の男性たちの独断的な作家主義とか女性の描き方とかを批判しているのかと思ったら、思ったほどカイエ・デュ・シネマ派には焦点を当てていませんでした。トリュフォー、ゴダール、シャブロルの初期作品について書かれてはいるけど、あまり印象に残りませんでした。

女性の解放 (emancipation) というのがキーワードのようで、中心となる女優はジャンヌ・モローとブリジット・バルドー。1956年から1962年までの重要な作品における女性の描き方を論じているので、トリュフォーとゴダールがそれぞれの女優を使った「突然炎のごとく」(1962)と「軽蔑」(1963)はかなりあとになってからということになります。むしろ、ロジェ・バディムやルイ・マルによる彼女たち主演作のほうに興味が向きます。バディム監督、バルドー主演の「素直な悪女」はまだ見たことないし、マル監督、モロー主演の「恋人たち」も若いころ見たきりなので、あらためて見てみたい。アラン・レネやアニュエル・バルダといった、いわゆる左岸派のこの頃の映画も論じており、当時の映画雑誌の批評がどんなだったかを紹介しているのも、本国の人が書いた本ならでは。

モロー、バルドー以外では、エマニュエル・リバを論じている個所が印象的で、もちろん「24時間の情事」が中心なんだけど、メルビルの「神父(司祭)レオン・モラン」やジョルジュ・フランジュの「テレーズ・デケイルー」にも言及しています。前者は米版VHSで持っているけど、後者は見ることができるのでしょうか。

訳者のクリスティン・ロスには "Fast Cars, Clean Bodies: Decolonization and the Reordering of French Culture" という面白そうな本があるのですが、参考図書の中から私が米アマゾンで安い古本を注文したのは Lynn A. Higgins の "New Novel, New Wave, New Politics: Fiction and the Representation of History in Postwar France" というのと、Jefferson T. Kline の "Screening the Text: Intertextuality in New Wave French Cinema" という本でした。後者は男性のようですが、女性の視点から男性中心の映画や社会を論じているのを読むのも面白いんじゃないかと思うようになりました。 ボーボワールの「第二の性」というのも読みたくなりました。

1956年から1962年までのヌーベルバーグ作品でチケット販売数が10万枚を超えたもののリストが巻末にあったので、それを掲載しておきます。

  • 素直な悪女 (1956年12月) 173,000枚
  • 死刑台のエレベーター (1957年2月) 120,200枚
  • 恋人たち (1958年11月) 451,470枚
  • いとこ同志 (1959年3月) 258,550枚
  • 今晩おひま? (1959年5月) 150,400枚
  • 大人は判ってくれない (1959年6月) 261,000枚
  • 24時間の情事 (1959年6月) 160,360枚
  • 危険な関係 (1959年9月) 640,000枚
  • 二重の鍵 (1959年12月) 239,200枚
  • 勝手にしやがれ (1960年3月) 259,000枚
  • 雨のしのび逢い (1960年5月) 140,930枚
  • 地下鉄のザジ (1960年10月) 126,540枚
  • 昨年マリエンバードで (1961年9月) 141,970枚
  • 突然炎のごとく (1962年1月) 210,065枚
  • 私生活 (1962年1月) 241,720枚
  • 5時から7時までのクレオ (1962年4月) 111,148枚
  • 女と男のいる舗道 (1962年9月) 148,010枚

「今晩おひま?」は、ジャン・ピエール・モッキー監督、ジャック・シェリエ、シャルル・アズナブール、アヌーク・エイメ出演。

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2009年7月 9日 (木)

本「マキノ雅弘-映画という祭り」

「ノーマン・マクラレン マスターズ・エディション」が8月5日に日本で発売されるようです。でも、定価が24,000円で、日アマゾンで18,000円ほどだし、7枚組ではなく、5枚組らしい。私が米アマゾンから3年前に購入した時は送料込みで9,500円だったけど、今では本体価格が50ドルほどだから、送料込みで6,000円ぐらいで購入できる。米アマゾンは定価の半分のバーゲン価格らしく、ファンタシウムでは8,329円で送料を入れると10,000円ぐらいになる。ファンタシウムは、基本料金500円のほかに、1枚につき150円の手数料を取るから、7枚組だと送料がばかにならない。

山根貞男さんの「マキノ雅弘-映画という祭り」を読みました。昨年10月に新潮選書の一冊として発売されたもので、本体価格1,400円。私は「りゃんこの弥太郎」「昭和残侠伝・血染の唐獅子」「ごろつき」とか好きな作品もあるし、浅草東宝で「次郎長三国志」のオールナイトを見たこともあるけど、どうも、仲間でワッショイ、ワッショイというのを前面に出されると、孤独なヒーロー好きの私としては、あまり面白くない。そういえば、「ピアニストを撃て」や「八月のクリスマス」や「サムライ」の主人公たちは孤独だからなあ。そういうのに強く共感する。「昭和残侠伝」は、高倉健も池部良も孤独な人たちだから。でも、マキノ雅弘が「昭和残侠伝」を監督するのは4作目の「血染の唐獅子」が最初だから、もともとマキノ雅弘が創造したキャラクターではない。しかも、有名な8作目「死んで貰います」は、期待していたほど好きになれなかった。たぶん、健さんと藤純子の情緒たっぷりのやりとりが私のお気に召さなかったのかもしれない。だから、仲間との連帯とか、男女間の色っぽい交流とか苦手な私としては、あまり楽しめない本でした。

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2009年7月 3日 (金)

本: The Mind and Its Stories

The Mind and Its Stories: Narrative Universals and Human Emotion
Patrick Colm Hogan (Cambridge University Press 2009)

読んだ本の感想もボチボチと書いていこうかな思っています。といっても、仕事の合間に一ヵ月ぐらいかけて少しずつ読んでいったし、わからない部分があっても、とにかく最後まで読もうとしたので、ボンヤリした印象しかないのです。

最初は2003年に発行されたのですが、今年になってから再発行されたようです。たぶん、米アマゾンが私に推薦している商品の中で見つけて、興味を持ったのだと思います。映画の理論を勉強しようと思っているうちに、映画論よりも物語論のほうに興味が移ったし、内向的な私が何かを論ずる際の材料といえば私の心の中しかないので、心理学的な方向へも進もうとしているのです。そんなわけで、この本の題名が私の興味を引いたのでした。

"Narrative universals" というのは、物語における普遍的なものという意味だと思います。というわけで、いろんな国の文学から共通のものを探っているのですが、西欧の文学だけでなく、アイヌの物語やサンスクリットの文学など対象が幅広いのに感心します。

物語にはいくつかのパターンがあって、それらは文化間で共通する感情によって決定される、と裏表紙の解説に書いてあります。幸せの基本は愛する者同士が結ばれるっていうことがどの文化においても共通している、というようなことが書かれている部分が一番印象に残っています。それより高次の幸せもあるのかもしれませんが、それでも基本は愛する者同士が結ばれることなのです。

これはロマンチックな物語に限ったことかもしれませんが、筆者は物語を大きく三つに分けており、ロマンチックな物語以外は、英雄の物語と犠牲的な物語です。それらが、どの文化にも共通する物語なのでしょう。

この本の参考図書の中で次の三冊に興味を持ちました。
Nico H. Frijida の "The Emotions"
Keith Oatley の "Best Laid Schemes: The Psychology of Emotions"
Mark H. Davis の "Empathy: A Social Psychological Approach"

やはり、どうも心理学の方向に進んでいるような。「心理学的な物語論に基づく映画の研究」ってところかな。ま、日曜学者として、楽しみながら読んでいくつもりです。三冊とも米アマゾンのマーケットプレイスで古本をわりと安く注文しました。最後のはまだ届いていませんが、最初の二冊は速達で1週間ぐらいで届きました。アマゾンのマーケットプレイスには速達で送れっていう条件はないので、これら良心的な業者に5点満点の評価を付けました。ま、船便で2ヵ月かかったとしても、ちゃんと届けば5点満点あげますけど。

今読んでいるのは、ずっと写真を飾っている "Masculine Singular: French New Wave Cinema" で、今月中には読み終わるつもり。何回も感想文を書いていくうちに、読み方や文章がうまくなってくれればいいんだけど。

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2009年5月20日 (水)

Peter Graham "The French New Wave"

Peter Graham の "The New Wave" という本は、長い間絶版になっていましたが、今度 Ginette Vincendeau の協力で新たに "The French New Wave: Critical Landmarks" というタイトルで改訂版が出版されました。下の写真の左が古いほうで、1968年に出版されたから、当時のトリュフォーの最新作「黒衣の花嫁」が表紙になっています。何年か前に、オハイオ州の図書館のお下がりを買ったのです。古いほうの内容は次のとおり。

  • トリュフォーへのインタビュー (カイエ・デュ・シネマ、1962)
  • アストリュック/新しい前衛の誕生:カメラ万年筆 (エクラン・フランセ、1948)
  • バザン/映画言語の発展 (「映画とは何か1」、1958)
  • ジェラール・ゴズラン/アンドレ・バザンをたたえる (ポジティフ、1962)
  • シャブロル/小さなテーマ (カイエ・デュ・シネマ、1959)
  • ゴダール/アストリュックの「女の一生」 (カイエ・デュ・シネマ、1958)
  • トリュフォーへのインタビュー (カイエ・デュ・シネマ、1962)
  • ジェラール・ゴズラン/アンドレ・バザンをたたえる (ポジティフ、1962)
  • バザン/作家主義 (カイエ・デュ・シネマ、1957)
  • ロベール・ベナユン/裸の王様 (ポジティフ、1962)

新しいのもほぼ同じですが、トリュフォーの「フランス映画のある種の傾向」(1954)が収められているのと、最後にケーススタディとして「勝手にしやがれ」に対する評論が3つほど収められています。

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2009年5月11日 (月)

フィルムノワール (116): The Hitch-Hiker (1953)

4月21日に書いたように、18作品収録されていて25ドルほどの "Ultimate Film Noir Collection" という6枚組DVDを購入しました。お目当てはエドガー・ウルマーの "Detour" で、"100 Road Movies" という本を眺めていたら見たくなったのですが、全体がロードムービーなわけではなく、むしろ一緒に収録されていた "The Hitch-Hiker" の方がロードムービーっぽかったです。とはいえ、"Detour" も面白い作品で、特にアン・サビッジ Ann Savage という女優さんが良かったのですが、これはまたの機会に。"The Hitch-Hiker" は日本では劇場未公開のようですが、以下「ヒッチハイカー」とします。

監督:アイダ・ルピノ
プロデューサー:コリアー・ヤング(1948年から51年までルピノと、52年から61年までジョーン・フォンテインと結婚している)
副プロデューサー:クリスチャン・ナイビー(「遊星よりの物体X」の監督)
脚本:ダニエル・メインウェアリングの原案をロバート・ジョセフが脚色したものに基づきコリアー・ヤングとアイダ・ルピノが脚本を書く。
撮影:ニコラス・ムスラカ
音楽:リース・スティーブンズ
音楽監督:コンスタンチン・バカレイニコフ
主演:エドモンド・オブライエン、フランク・ラブジョイ、ウィリアム・タルマン
RKO配給。1953年4月29日公開。71分。白黒。

アイダ・ルピノは1972年の「ジュニア・ボナー」が日本公開されたときに知ったのですが、それはこの映画で好演したこともあるけど、映画出演が久し振りで、日本でしばらくお目見えしていなくて、当時愛読していた「スクリーン」誌のベテラン評論家たちが騒いだからかもしれません。IMDbによれば、60年代のアメリカではテレビシリーズによくゲスト出演したようです。彼女の作品といえば、ハンフリー・ボガートと逃避行を続けるラオール・ウォルシュ監督の「ハイ・シエラ」(1941)がまず頭に浮かぶのだけど、ロバート・アルドリッチ監督の「悪徳」(1955、The Big Knife)も印象的でした。ゲイリー・クーパー主演の「永遠に愛せよ」(1935, Peter Ibbetson)で美術館か何かの受付嬢が可愛かったので、誰だろうと調べたら、まだ20歳ぐらいのアイダ・ルピノでした。1950年頃から監督も始めて、ハリウッドの女流監督の先駆的存在だったようです。「ヒッチハイカー」は、"Film Noir: An Encyclopedic Rerefence to the American Style" には、女性が監督した唯一のフィルムノワールと書かれていますが、少なくともこの本に収録されている作品ではそうなのでしょう。話は単純で、ヒッチハイクするごとに運転手から金品を奪い射殺する殺人鬼が、釣りのためにメキシコにドライブしている男二人組の車に同乗して、二人を脅しながらメキシコに逃げようとするもの。低予算で作られていて小粒だけど、けっこう面白く作られていて、タンクローリーに追いかけられるだけのスピルバーグの「激突」あたりが思い浮かびます。映画館よりテレビ向きな感じがするし、実際、ルピノは、50年代前半に映画を数本監督したあとは、テレビのシリーズものの監督を50年代後半から60年代の終わりあたりまで続けたようです。この殺人鬼は片目をあけて眠る精神異常者で、この不気味な男の存在は、当時の核兵器や共産主義者に対する恐怖を表現しているというのが本 "Film Noir" の解説。夜の都会が舞台ではないけど、荒涼たる砂漠の中で主人公たちが逃げ道のない絶望的な状況に陥る点ではフィルムノワール的だというような解説もしています。

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2009年3月21日 (土)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ: ゴダールの即興演出-「勝手にしやがれ」

「危険な曲り角」でちょっと言及し、最近「「映画だけしか頭になかった」を楽しむ」をやっていなかったので、仕事の暇な今のうちに楽しんでおきましょう。「婦人画報」1960年2月号に掲載されたエッセイです。「危険な曲り角」で書いたように、「勝手にしやがれ」は1960年3月日本公開なので、公開前の紹介文なんでしょう。

まず、ベルモンドを紹介しています。ジャガイモを連想させる顔でハンサムじゃないけど、低音で太い声に魅力があり、映画が進むにつれて味を出してくる、というようなことを書いています。ジャガイモを連想させる顔といえばジャン・ギャバンもそうですよね。ベルモンドの声を思い出そうとすると、故山田康雄氏の高い声しか浮かんでこない。

「勝手にしやがれ」の原題は「息も切れぎれに」で、内容を示しているわけではなく、抽象的な題名なのが珍しい。「なにぶん変てこな映画だから、このことは感じてもらえる人だけにしかわかってもらえないだろう、といった気持を題名にたくしたと思われるのであって...見たあとで共感したばあいは愉快なものとなって印象にのこります。」

「スクリーン」3月号に「女一人パリに映画を買いにゆく」という秦早穂子さんのエッセイが載っており、誰も買わないような変な映画を買ったあと、いろんな賞を獲得したことが書かれているようです。で、秦さんのお父さんが、植草さんの肩を叩いて「娘もでかしたよ」とニッコリした、というエピソードを紹介しています。秦さんのお父さんって誰?ずっと東和映画の社長だと思っていたのですが、東和映画の社長は川喜多長政で、その奥さんが川喜多かしこで、二人の娘さんが川喜多和子で、そのあたりとゴッチャになっていたようです。

次にストーリーの紹介をして、ギャング映画と同じようだけど、映画作家の側にたって見ていると、自動車を乗り捨てて置いている上流階級の人たちが悪いんじゃないかと、主人公ミシェルに肩を持ちたくなると書いています。そして、シナリオを書いたトリュフォーの「大人は判ってくれない」のアントワーヌ少年とミシェル青年の間には何か血のつながりがあると指摘しています。

最後にジーン・セバーグをほめていて、彼女が街路で大きな声を出して新聞を売っていたりするのがパリの生活を直接感じさせるし、撮影所ではなく実際の風景の中で即興演出する面白い場面がたくさん出てくると書いています。

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2009年3月17日 (火)

フィルムノワール (99): The Friends of Eddie Coyle (1973)

5月にクライテリオンからDVDが発売されるので、どんな作品が調べてみました。例によって、"Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" を利用していますが、ポーリン・ケイル女史が "5001 Nights at the Movies" に書いている評も読んでみます。

ジョージ・V・ヒギンズの原作が「エディ・コイルの友人たち」という題名で1976年にハヤカワ文庫から出ていますが、映画は日本劇場未公開。主演のロバート・ミッチャムとしては1974年の「ザ・ヤクザ」の前の作品で、監督のピーター・イエーツとしては、「ブリット」「ジョンとメリー」「マーフィの戦い」「ホットロック」に次ぐ作品。

パラマウント製作配給。プロデューサーと脚色はポール・モナッシュ。音楽デイブ・グルーシン。撮影ビクター・J・ケンパー(テクニカラー、パナビジョン)。ロケ地はマサチューセッツ州ボストン。102分。

あらすじ

前科三犯の中年男性エディ・コイル(ロバート・ミッチャム)は保釈中の身であり、次の裁判で残りの人生を刑務所で過ごす羽目になるかもしれない。エディは警察の密告者になって、財務省の諜報員デイブ・フォリー(リチャード・ジョーダン)との司法取引に応じる決心をする。だが、エディは、マフィアのために、不正な商品を州間で輸送する仕事も続けている。警察は、エディの刑期を縮める気がないのに、エディに情報を提供するよう圧力をかける一方、マフィアも彼を不正にあやつろうとする。コイルの友人ディロン(ピーター・ボイル)は、密告者を殺害するようマフィアから依頼される。ディロンは、殺す相手がエディだと知るが、殺しをやり遂げる決意をする。畜殺される前に太らされる豚のように、エディはディロンから大いにもてなしを受ける。ホッケー試合を観戦し、何杯か飲んだあと、エディは寂しい場所に連れて行かれ、殺され、捨てられた車の中に放置される。

解説

この頃の他の犯罪映画以上に40年代後期のフィルムノワールの雰囲気を感じさせる。フィルムノワールの要素が数多くみられる。圧倒的な退廃のムードに絶望感やあきらめの気分かからまっているだけでなく、疎外感や恐怖感も際立っている。「エディ・コイルの友人たち」が描く現代社会は、フィルムノワール環境の目標や状況に今なお囲まれている。暴力の儀式化さえ残っている。たとえば、エディの処刑が引き延ばされるあたり、アンソニー・マンやジュールズ・ダッシンの最良の作品を思い起こさせる。ミッチャムの存在によって、1940年代のフィルムノワールとの肉体的なつながりがもたらされている。というのも、「過去を逃れて」「十字砲火」「脅迫者」といったノワール作品によって確立されたミッチャムの人物像が、「エディ・コイルの友人たち」までに、どこにも逃れられない現実に直面している中年男性に変質しているからだ。エディが接触する警察やチンピラたちのシニックぶりも、ノワール的な雰囲気を強めている。悲観的な結末、ピーター・ボイル演じる人物のグロテスクな描写、さまざまなチンピラたちは、この映画の他の堕落的な特徴とともに、「エディ・コイルの友人たち」を「チャイナタウン」「さらば愛しき女よ」などのフィルムノワールへの敬意を示した映画よりも本当のフィルムノワールに近づけている。

ポーリン・ケイルの評

ボストンのアイルランド系悪漢と警官。またもやロバート・ミッチャムはごろつきで、ムショ暮らしから逃れるために、利口で不誠実な麻薬捜査官(リチャード・ジョーダン)にちょっとした情報を漏らす。バーテンダーのピーター・ボイルは、殺人の依頼をあやつって、無情に、すべての派閥が互いに敵対するように行動する(ruthlessly plays all sides against each other)。マサチューセッツ州の副法務長官だったジョージ・V・ヒギンズの原作に基づいたこの映画は、もっと良くなるはずだった。プロットとセリフは一級だ。すべての要素が整っている。適切にもうすのろに見えるミッチャムは頑張っているし、いくつかの良いシーンもある。だが、会話がアクションよりも速く進みすぎる印象を受ける。たぶん、イギリス人のピーター・イエーツが監督したこの映画には、環境(ミリュー)を本能的に感じとれるアメリカの監督が必要だったのだろう。映画は深みがなく、少し機械的で、音や騒々しい音楽によって興奮させようとする。物語が描こうとしているのは、からみあった結びつきなのだが、警察とギャングには何の結びつきもない (The police and the gangsters have no roots, and intertwined roots are what the story is meant to be about)。ぞっとするほど愉快そうに演じているリチャード・ジョーダンが最も印象的な演技をしており、拳銃のディーラーを演じるスティーブン・キーツが最も人目を引く。

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