2009年5月 2日 (土)

最初のR&Rは25曲目をもちまして終了いたします。

もっと映画中心のブログにしたいので、「最初のR&R」は終了します。ご愛読されている方がいらしたら、申し訳ない。26曲目以降は有名な曲が多いし、そういう曲について語っているブログやサイトは多いだろうから、それらをお楽しみください。50曲のリストは私のウェブサイトに残しておきます。音楽に関しては、リチャード・トンプソンやあややについて、ときどき軽く書く程度にします。とはいえ、残りの曲に関して気まぐれに書く可能性あり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月25日 (土)

あややがライブで歌う「チョコレート魂」がやっと見れた

と言っても、そんなに新鮮味は感じないんですけど。

http://www.youtube.com/watch?v=mhHRr-k3--0

むしろ、飯田さんと矢口さんが歌う「たんぽぽ」に感激しました。あとから出てくる4人はどういう人選か最初はわからなかったけど、後期のタンポポのメンバーなのね。石黒彩さんが出てきたら最高だったんだけど。

http://www.youtube.com/watch?v=EeRmaPBa3BU

日テレの土曜日9時から始まったドラマ「ザ・クイズショウ」は、1回目を見る限り、あややはチョイ役って感じでした。関ジャニの横山君が良かった。

定額給付金の申請書に預金通帳のコピーを入れるのを忘れたので、電話して問い合わせたら、「申請書が返送されるので、通帳のコピーを入れて送り直してください」ということだったので、申請書が返送されるのを待っていたのですが、結局通帳のコピーは不要だったのか、めんどくさかったのか、申請書は返送されず、給付金が口座に振り込まれるという通知ハガキが来ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月13日 (月)

First R&R (25曲目): Sixty Minute Man (その6)

シックスティ・ミニット・マン

二回目のセッションで、「ハーバー・ライツ」と「シックスティ・ミニット・マン」を録音しました。「ハーバー・ライツ」は1940年のバラードで、この1950年当時、サミー・ケイのオーケストラが大ヒットさせていました。マクファターが、風変わりだが力強く歌っており、フェデラル・レコードはただちにドミノズの二枚目のシングルとして発売しました。「シックスティ・ミニット・マン」は二ヵ月後に発売されました。性的な含みが顕著なためにラジオでは放送禁止になりましたが、30週間R&Bチャートにとどまり、そのうちの半分近くでトップの座に君臨しました。オーケストラやクルーナー(低い声で感傷的に歌う流行歌手)が独占していたポップチャートにも入りました。

シド・ネイサンは小ずるいビジネスマンで、自らのヒット曲を別のジャンルでもヒットさせようとしました。カントリー・デュオのヨーク・ブラザーズに「シックスティ・ミニット・マン」をカバーさせましたが、ほかの「シックスティ・ミニット・マン」のカバー同様、ヒットしませんでした。なぜなら、オリジナルが強力すぎたし、独特すぎたからです。それで、ネイサンは、アンサーレコードを作ることにしました。新しいグループ、スワローズに "It Ain't the Meat (It's the Motion)" を歌わせて、小ヒットとなりました。二年後、ドミノズを脱退したビル・ブラウンがチェッカーズを結成し、同じ主人公の歌 "Don't Stop, Dan" をキングレコードから発売しました。1960年、ネイサンは、アンタッチャブルズのリメイクにあやかろうと、オリジナルに女声コーラスを加えたバージョンを発売しました。

(今回はこれで終わり。右の関連サイトの「最初のロックンロール」をクリックすれば、まとめて読むことができますし、過去のものも読むことができます。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月12日 (日)

First R&R (25曲目): Sixty Minute Man (その5)

レコード会社との契約

1950年10月、ローズ・マークスは、ドミノズをラジオの新人発掘番組に出演させました。観衆の反応が良かったのに気づいた黒人のアレンジャー兼ギタリストのレネー・ホールは、キングレコードのシド・ネイサンに電話します。当時、キングレコードはけっこうヒットを出していたのですが、ボーカルグループの市場にはあまり踏み込んでいませんでした。土ミニ図に関して、ネイサンはどうすればいいのかわからなかったので、A&Rマンのラルフ・バスに任せます(ラルフ・バスは、すでに、ジャック・マクビーの "Open the Door, Richard" とT・ボーン・ウォーカーの "Call It Stormy Monday" という大ヒット曲をプロデュースしていました)。

ラルフ・バスは、ドミノズをじかに聴いて、「ポップグループとしては十分にポップじゃないし、R&Bグループとしては十分にR&Bじゃない」と思いました。バスは、彼がどのようなものを望んでいるのかの例としてオリオールズのレコードを聴かせたら、ビリー・ワードは「そんな曲なら、いつだって書けるさ」と言いました。実際そのとおりでした。

シド・ネイサンはラルフ・バスを信頼していたので、バスのために子会社フェデラル・レコードを設立し、バスが発掘した新人を録音させることにしました。バスはドミノズをキングにいれたくなかったので、フェデラルに入れて、フェデラル最初のレコードを録音させました。

ドミノズのデビューシングル "Do Something for Me" は、18歳のクライド・マクファターがリードシンガーを務めるお涙頂戴のバラードで、R&Bチャートを上昇しました。B面の "Chicken Blues" のほうがロック調で、「シックスティ・ミニット・マン」の準備運動といった感じでした。こっちはビル・ブラウンがリードを務めました。A面はオリオールズのソニー・ティルのバラードを模倣し、B面はレイブンズのジミー・リックスのアップテンポなブルーズを模倣することで、ビリー・ワードは丸損を防いだ(hedging his bets) というのが、この本("What Was the First Rock 'n' Roll Record?")の著者の意見。

(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月11日 (土)

First R&R (25曲目): Sixty Minute Man (その4)

ドミノズ

ドミノズは、のちにビリー・ワードとドミノズと名乗っていたぐらいだから、ビリー・ワードが中心です。ところが、驚くべきことに、彼はグループの中で歌っていないのです。彼は、グループのコーチであり、ピアニスト兼オルガニストであり、ローズ・マークスとともにドミノズという商標の所有者でした。彼は、週給制によって、グループのメンバーを雇ったり解雇したりする権力を持っていました。すなわち、メンバーをいつでも入れ替えることができたわけで、のちにプラターズやドリフターズの所有者がこのシステムを採用しました。「シックスティ・ミニット・マン」が録音された1950年のメンバーは、テナーがクライド・マクファター、セカンドテナーがチャーリー・ホワイト、バリトンがウィリー・ラモント、ベースがビル・ブラウンでした。

ビリー・ワードとともにドミノズを所有していたローズ・マークスは若い白人女性で、オリオールズ(最初のR&R10曲目 "It's Too Soon to Know" 参照)のマネージャーで曲を提供していたデボラ・チェスラーを意識していたようです。彼女も野心を持った若い白人女性でした。マークスの提案で、ワードはハーレムで四人のボーカリストを集めたのです。

ドミノズという名前は、1923年に "Dancin' Dan (Fox Trot)" を録音したブラック・ドミノズから来ているのかもしれませんが、ドゥーワップグループの先駆的存在、インク・スポッツと対比した名前にしたかったのかもしれません。インク・スポッツ(インクのしみ)が白地に黒をイメージするのに対して、ドミノは黒地に白をイメージさせます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月10日 (金)

First R&R (25曲目): Sixty Minute Man (その3)

ダンという女好きを主人公とした歌に関する段落がもう一つあって、昨日は見落としていました。ブラック・ドミノズというジャズバンドが "Dancin' Dan (Fox Trot)" という歌を1923年に録音しており、ダンが主人公の歌として最初にレコード化されたものじゃないかと書いています。その7年後、ベッシー・スミスが "Kitchen Man" という歌でダンのことを歌っており、さらにその翌年には "Hustin' Dan" という歌も録音しています。1937年にはジョージア・ホワイト Georgia White が "Dan the Backdoor Man" を歌い、同年、フォー・サザーナーズ Four Southerners がカバーしています。ソングライターにとって、ダンは便利な男だったようです。というのも、ダンは、handy man、lover man、back-door man と韻を踏むからです。back-door man というのは、古いブルーズ用語で、夫が玄関から仕事に出かけると、裏口からこっそり忍び込む情夫のことです。しかし、この流れをくむ「シックスティ・ミニット・マン」は、甘いテナーボイスが中心の、耳あたりのよい、プロとして運営されていたボーカルグループであるドミノズにとって例外的なものでした(「プロとして運営されていた」の原文は professionally-run で、この訳には自信がありません)。で、そのドミノズについては、次回からのお楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 9日 (木)

First R&R (25曲目): Sixty Minute Man (その2)

題名の意味

「60分の男」という題名は、どこからきているのでしょうか。低音担当のビル・ブラウンによれば、15分のキス、15分のじらし、15分喜ばすこと、15分の "blowin' my top" だそうです。最後のは、私の辞書によれば「激怒する」とか「気が狂う」とかいう意味があるけど、流れからすると「いっちゃう」という意味でしょうか。こういうのは、double entendre という二重の意味を持つ語句なんですが、あまりに使われすぎたために、今では、ズバリそのものを表現しているとしか思えない。

この二重の意味を持つ歌詞を含むブルーズは何十年も前からあって、そういう曲を挙げています。40年代以降では、Julia Lee の "Snatch and Grab It"、Helen Humes の "Million Dollar Secret"、Billy Mitchell の "The Ice Man" などがあったが、その前にも "Frankie and Johnny" や Lucille Bogen の "Shave 'em Dry" という曲があったそうです。しかし、それらは百万枚以上売れなかったし、ポップチャートには入りませんでした。

「シックスティ・ミニット・マン」の主人公はラビン・ダン Lovin' Dan というのですが、ダンという人物は古くから歌われているそうです。19世紀のミンストレルショーでは Dan Tucker または Jim Dandy という名前でした(Dandy については1956年にラバーン・ベイカーが歌っているそうだし、1958年には Jesse Belvin という歌手が "Deacon Dan Tucker" という曲を歌っています)。残存している楽譜によれば、1921年には "The Lady's Man, Dapper Dan from Dixieland" という曲がありました。列車のボーイが、女と密会するかなんかの駅を通り過ぎるときに駅の名前を叫ぶとかいう歌で、駅の名前を叫ぶという技巧は、のちにルイ・ジョーダンの "Salt Pork, West Virgina" やジェームズ・ブラウンの "Night Train" など多くの曲で使用されました。

(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 4日 (土)

やっぱ、そのまま訳すのはまずいかなあ

"What Was the First Rock 'n' Roll Record?" という本を訳してきて、誰も私のブログなんて見ないだろうと思って、著作権についてはさほど気にせずにやってきたし、実際、どこからも文句はなかったけど(面白いという意見もあまり聞かない)、やっぱり気になるので、以後は、まとめた形で発表しようかなと思っています。そのまま訳したほうが楽で、まとめるのって、けっこう難しいので、今月一杯にはなんとかということで(なにしろ仕事が忙しい)。以後は、わりと有名な曲ばかりなので、これまでみたいに丁寧にやる必要もないかもしれないし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 1日 (水)

First R&R (25曲目): Sixty Minute Man (その1)

やっと半分まで来ました。25曲目は、ドミノズ The Dominoes の「シックスティ・ミニット・マン」です。

  • R&Bチャート1位 (14週)、ポップチャート17位
  • カテゴリー: R&Bノベルティ
  • 作者: ビリー・ワード Billy Ward、ローズ・マークス Rose Marks
  • レベールと番号: Federal 12022、シンシナティ
  • B面: "I Can't Escape from You"
  • 録音日・場所: 1950年12月30日、ニューヨーク
  • 発売日: 1951年4月/5月
  • なぜ重要か:
    ポップチャートにまで入った最初のR&Bヒット。二重の意味を持つ歌として最初のヒット曲。R&Bボーカルグループによる最初のミリオンセラー。
  • 影響を受けたのは:
    The Black Dominoes "Dancin' Dan" (1963)
    Bessie Smith "Hustlin' Dan" (1930)
    The Four Southerners "Dan the Backdoor Man" (1937)
  • 影響を与えたのは:
    The Swallows "It Ain't the Meat (It's the Motion)" (1952)
    数多くのアンサーレコード。たとえば、The Du-Droppers "Can't Do Sixty No More" (1952)、The Checkers "Don't Stop, Dan" (1954)、The Robins "The Hatchet Man" (1954)、The Cadets "Dancin' Dan" (1956)
    ドミノズも "Can't Do Sixty No More" を1955年に録音したが、The Du-Droppers のとは別曲。
  • 重要なカバー:
    The Jive Bombers
    Hardrock Gunter and Roberta Lee
    The York Brothers
  • 重要なリメイク:
    The Untouchables (1960)
    Clarence Carter (1973、R&Bチャート17位、ポップチャート65位)

YouTube で聴くことができます。
http://www.youtube.com/watch?v=jh6re_I__HQ (なぜか途中で終わっています)
http://www.youtube.com/watch?v=tCeI0e7EKDc&feature=related (オリジナルとは少し違うようです。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月27日 (金)

あやや!あやや!

おお!「想いあふれて」をあややが生で歌っている。

アルバムの1曲目に入っていたKANのカバーをKANと歌ってる。

恋愛よりも充実したものを求めているこの曲を生で歌ってくれないかな。

稲垣潤一と歌う松田聖子の曲。あややがきれいに撮られている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧