フィルムノワール入門 (25)
世の中では忘れかけられている存在なのかもしれませんが、10年間アイドルを続けたっていうのはすごいことで、御苦労さまでした。しかし、今度リーダーになる娘は同期なので10年以上続けることになるし、まだ今度の10月20日で23歳なのだ。新しい4人も入り、今年になってからの新メンバーが8人で古いメンバーが4人という変化せざるを得ないグループになって、おじさんの楽しみが増えたのだ。
Andrew Spicer の Film Noir (2002, Longman) の第3章「フィルムノワールのスタイル」の序文を読んだので、最初の見出し「フィルムノワールのスタイルの進化-実験期間 1940-1943」。
フィルムノワールは、オーソン・ウェルズ監督とグレッグ・トーランド撮影監督の「市民ケーン」(1941)にかなり影響を受けているというのは第1章で述べたとおりとありますが、すでに忘れちゃいました。ようするに、「良質な映画」の華やかなスタイルに対抗するきっかけを作ったのが「市民ケーン」ということでしょう。しかし、ボリス・イングスター監督、ピーター・ローレ主演のRKOのB級映画 "Stranger on the Third Floor" が最初のフィルムノワールとされており、これは「市民ケーン」よりも7ヵ月前の1940年9月に公開されています。(最近、1939年に公開された "Let Us Live" と "Rio" というユニバーサルの二本のB級映画と "Blind Alley" というコロンビア映画が最初のフィルムノワールだと主張する研究家がいるそうです。Arthur Lyons (2000) Death on the Cheap: The Lost B Movies of Film Noir (Da Capo) 参照。)
ウーファで働いていたイングスターはドイツ表現主義を自由に駆使していて、特に中間あたりでジョン・マクガイア扮するリポーターが夢を見ます。イライラする隣人を殺した罪で自分が裁かれているという悪夢で、以前このリポーターの証言のせいもあって無実の男が殺人で有罪となったことがあり、その罪の意識を反映したものです。「カリガリ博士」から直接影響を受けた影、抽象的なデザイン、照明が特徴のようです。目が覚めたら隣人の喉がナイフで切られており、自分自身がやったのか、ピーター・ローレ扮する謎の男がやったのかで苦しみます。撮影監督はニコラス・ムスラカです。ドイツ表現主義に基づいた独創的な視覚スタイルによって、夢と現実があいまいになる妄想的な罪の意識をフロイト風に描いた力強い作品だそうです。アメリカのワーナーからDVDが発売されていますが、字幕はないようです。
パラマウントでは、ウーファで働いていた美術監督ハンス・ドライアーが1923年に加わり、1932年から1950年まで主任美術監督を務めました。彼はパラマウント映画のヨーロッパ的な外見を発展させ、その中にはスタンバーグの「暗黒街」(1927)も含まれていました。1941年10月、ドライアーは、より様式化に重点を置くことによって製作費を削減する計画を立てます。この影響が最初に現れたのがB級映画で、そのなかに「地下室の狂人 Among the Living」(1941) がありました。南部のゴシックとフィルムノワールを合体させたもので、スチュアート・へイスラーによる趣のある演出とセオドア・スパークル(テオドール・スパルキュール, Theodore Sparkuhl) の撮影が素晴らしいそうです。スパークルは、ドイツ表現主義とフランスの詩的リアリズムの両方を経験しており、ルノワールの「牝犬」などの撮影を担当。続いて作られたのが "Street of Chance" で、コーネル・ウールリッチの小説を初めて映画化した作品で、「ウールリッチの世界の雰囲気、ニューヨークでぶらぶらしている不運で自暴自棄の個人、破滅感と不吉な予感、記憶喪失」を誠実に再現しようとした試みだそうです。スパークルの撮影は、下からとらえた低い天井や対角や垂直の影のパターンによって抑圧的で息がつまりそうな演出を作り上げており、それをデビッド・バトルフの混沌としたジャスが補完しているということです。
パラマウントの次のフィルムノワールは「拳銃貸します This Gun for Hire」 (1942) で、原作はグレアム・グリーン。ドライアーは、予算を削減するために、フランク・タトル監督とジョン・サイツ撮影監督に、鏡、奇妙なアングル、暗い照明、霧に閉ざされた屋外を使用することを勧めて、貧弱なセットがばれないようにしました。タトルは、遠写しと、アウトローのカップル(アラン・ラッドとベロニカ・レイク)のクローズアップをうまく結びつけて、長い追っかけ場面をダイナミックなものにしました。サイツの表現主義的な撮影は、精神障害のあるレイブン(アラン・ラッド)の精神分裂と罠にかかった感じを作り出すのに貢献しています。サイツの明暗の強さは、アラン・ラッドの彫りの深い美しさによく調和しているし、レイブンに対する同情を喚起するのに貢献しているそうです。「拳銃貸します」は以前から見たいと思っていたので、そろそろ買おうかな。
RKO、パラマウントに続き、ワーナーが登場します。「マルタの鷹」(1941) です。ジョン・ヒューストンの脚色は以前の「マルタの鷹」の映画化よりもハメットのハードボイルド小説のシニカルな調子に近いし、原作のセリフをできる限り残し、重要な場面のみにてきぱきと圧縮し、観客は登場人物の会話の辛辣なウィットを楽しむことができます。原作のセリフを最優先するために、ヒューストンは作曲家アドルフ・ドイッチェと慎重に作業を行い、最小限で控えめな音楽を作り出しているそうです。(M. Marks (2000) "Music, Drama, Warner Brothers: The Case of Casablanca and The Maltese Falcon" in J. Buhler, C. Flinn, D. Neumeyer (eds) Music and Cinema (Wesleyan University Press))
登場人物の相互作用が起る室内は慎重に装飾されており、各々の物が登場人物の描写に貢献している。構図はわざと中心からずれており、息が詰まるかバランスが崩れた感じになっているし、眼から下の視点から撮影されている。ゴシックというよりリアルなムードに合うように、撮影監督アーサー・エディソンの暗い照明は微妙な示唆に富んでおり、大胆な明暗を避けている。本質的に「マルタの鷹」は、低予算のために無駄がなくペースの速い30年代のワーナーの犯罪スリラーの変形で、微妙な示唆に富んでいるのが目新しいようです。
四番目はヒッチコックで、1940年の「レベッカ」は現代的ゴシックロマンスリラーが発展するきっかけとなった作品。「レベッカ」はデビッド・O・セルズニックとの敵対的になるこもあるけど創造的な関係から生まれたものです。セルズニックは、中流知識人の小説を原作とした女主人公のまことしやかなメロドラマで有名なプロデューサーで、「良質の映画」の代表者ですが、ヒッチコックは暗い性心理学的な含みのある男性スリラーが得意分野です。(L.J. Leff (1987) Hitchcock and Selznick (Weidenfeld & Nicolson); T. Schatz (1989) The Genius of the System: Hollywood Filmmaking in the Studio Era (Simon & Schuster))
「レベッカ」の照明やアングルについて説明しているのですが、それは割愛させてもらいます。「レベッカ」はヒッチコック作品としてしか見ていないので、フィルムノワール作品として見たらどうなんだろうという興味はあります。感情の高まりを強調するフランツ・ワックスマンの派手な編曲について言及していますが、撮影監督は誰なんだろう。ジョージ・バーンズですね。
「レベッカ」が大ヒットしたため、セルズニックはヒッチコックをRKOに貸し出して「断崖」(1941)を作らせました。このコンビはさらに「白い恐怖」(1945)、「汚名」(1946)、「パラダイン夫人の恋」(1947)という三本のロマンス・スリラーを作り出し、他の多くの映画作家が同様の映画を作る結果になったということです。
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