1978年5月第5週に見た映画
今まで散々オーランチオキトリウム、オーランチオキトリウムと言ってきた勝谷さんですが、昨日の配信メールでは効率性が不確かだからもっと勉強するとか書いていました。藻が石油を作ると最初知ったときはビックリでしたが、オーランチオキトリウム以外の藻での研究は各国で以前から行われていたようです。オーランチオキトリウムは生産効率がこれまで発見された藻よりも10倍高いので注目されているようです。
5月30日(火) 秋刀魚の味 (銀座並木座) 5点
6月01日(木) 最後の人 (新宿アートビレッジ) 半分寝た
6月01日(木) ヴァリエテ (新宿アートビレッジ) 4点
6月01日(木) 嘆きの天使 (新宿アートビレッジ) 5点
6月02日(金) ポケット一杯の幸福 (東京12) 4点
6月04日(日) 風と共に去りぬ (池袋文芸坐) 4点
これまでも日本映画の名作はときどき見ていましたが、日本映画が本当に面白いと感じたのは、このときの「秋刀魚の味」が最初。これがきっかけとなって日本映画もよく見に行くようになって、この年から日本映画のトップテンも選ぶようになりました。「秋刀魚の味」に関しては7年近く前に仮想上映しているので、こちらでどうぞ。
「最後の人」は「半分寝た」と書いていますが、退屈だったからではなく、寝不足だったからだと思います。それと、すでにこの年の1月に同じアートビレッジで見ていたのです。そのときは4点。当時は監督のFWムルナウについてどう思っていたか知りませんが、今では映画史上最高の監督の一人だと思っています。撮影カール・フロイント、脚本カール・マイヤー。サイレントの物語映画なのに字幕なしでうまく語る力量がすごい。エミール・ヤニングスの大げさな演技のおかげもあるかもしれない。
立派な服を着てホテルの玄関に立つドアマンが老齢のために大きな荷物が持てなくなってトイレ番に降格となり、もぬけの殻のようになってしまう。そこで終わりかと思いきや、突然遺産が舞い込んできて、そのホテルで贅沢三昧をするという後日談がくっつている。遺産が舞い込んだことを説明する字幕がこのサイレント映画唯一の字幕。キネ旬の「ヨーロッパ映画作品全集」では、アメリカに輸入するためにやむをえずハッピーエンドにしたとか。
キノから出ているムルナウの6枚組に入っているので、今回あらためて見ました。画面がきれいだし、ちゃんとした音楽が付いています。もっと抑えた演出や演技ならシミジミとした味わいが出てきたでしょうが、ヤニングスの演技があまりに大げさすぎるのと、彼が住むアパート界隈のおばさんたちの扱いから考えると、喜劇的な要素は最初からあったわけで、終わりのほうのハッピーさは唐突ではない。終わりのほうだって手を抜かずにちゃんと作られているし、主人公にやさしくした夜警の老人とごちそうを食べたり、彼に代わってトイレ番になった老人にやさしくしたりと、愉快でたまらない。このつけたしのラストのために最初のほうをわざと悲惨にしたんじゃないかと思ってしまうほど。
「ヴァリエテ」は1925年のサイレント映画で、これもエミール・ヤニングス主演。監督はEAデュポン。空中ブランコの曲芸師ヤニングスの妻が太って曲芸の相手ができなくなったので、小娘(リア・デ・プッティ)に芸を仕込んでコンビを組むが、小娘のとりこになって駆け落ちする。そこへ若い曲芸師が登場して小娘と仲良くなったので、嫉妬で若い男を刺して、自首する。撮影はカール・フロイントとカール・ホフマン。
「嘆きの天使」は1930年のトーキーで、監督はジョセフ・フォン・スターバーグ、主演はまたまたエミール・ヤニングス。三本ともウーファのプロデューサー、エリッヒ・ポマーによる作品なのでした。学校教師ヤニングスが踊り子マレーネ・デートリッヒに夢中になり、学校をやめて彼女と一緒に旅芸人となる。
これらは当時の感想が残っているので転載しますが、今回はそのまま転載せずに、少々訂正します。
「最後の人」「ヴァリエテ」「嘆きの天使」の三本立てを見た。最後に「嘆きの天使」を見たのだが、これの印象が強く、他の作品は半ば忘れてしまった。
「嘆きの天使」がショックだったは、エミール・ヤニングス扮するラート教授が発狂するところだ。あまりに悲しい。「アデルの恋の物語」でも主人公は発狂するが、こちらはヤニングスの異常な演技、当時のドイツ映画の異様なムードで、怪奇映画以上に怖い作品だ。ヤニングスが演じる人物は三本とも狂人の一歩手前だ。人間の内面のドロドロした部分が見せつけられるようで、こっちはただただ怖い。見たあとは気が沈んでしょうがない。
「ヴァリエテ」も「嘆きの天使」も、女のために破滅していく男の話だ。「ヴァリエテ」の女は空中ブランコ乗りで、ヤニングスもブランコ乗りだ。二人は夫婦同然の仲なのだが、女は一緒に組むようになったハンサムなブランコ乗りに奪われてしまう。女は可愛い悪魔的な女性で、誰とでも寝るような女で、別に悪びれない。二人がいい仲なのを知ったヤニングスは男を殺してしまう。
刑務所で10年前を回想する形で話が始まるのだが、終わってまた刑務所に戻ったときのヤニングスの顔は、刑務所に長くいればこんな顔になるのかと思うくらい嫌悪すべき顔だ。自分もこういう顔を持っているのかなあと思うとゾッとする。みじめったらしさ、怒り、思いつめた感じで、まさに狂気の一歩手前の顔だ。
「嘆きの天使」は、もう初老の教師がキャバレーの女にぞっこんになってしまい、学校をやめ、彼女の世界に入る。これが彼の運のつきで、当時は尊敬されていたであろう教師が、人々を楽しませる、つまり一般人より低い職につくのだから、うまくいくはずがない。彼が以前教師をしていたところで興行をすることになり、彼はピエロをやるのだ。こんな屈辱があるだろうか。女は別の男といちゃつく。こんな文章を書いたって映画の雰囲気はわからないだろうが、男が発狂するのも当然すぎるぐらい当然の結果であり、どうにもやり場のない映画なのだ。
ところで「ヴァリエテ」は、半分ぐらい切られたのを上映したみたい。
「ポケット一杯の幸福」は1976年2月にすでにテレビで見ており、2009年2月にここで振り返っているので、そのときのを転載します。
アメリカで1961年クリスマス公開の心温まるコメディで、フランク・キャプラの最後の作品。といっても、彼が亡くなったから最後の作品になったわけではなく、引退したから最後の作品になったわけで、実際に亡くなるのは、この30年後で、94歳の長寿でした。ということは、引退したときは、まだ64歳だったわけだ。しかし、この頃の64歳は今の74歳ぐらいの感じなんだろうか。原題は "Pocketful of Miracles" で、キャプラは1933年にも同じ原作で "Lady for a Day" という映画を作っています。こちらの邦題は「一日だけの淑女」。そのときはデイモン・ラニアンの原作をキャプラ作品でおなじみのロバート・リスキンが脚色したのですが、今回さらに別の人が脚色しているようです。リンゴ売りのばあさんベティ・デイビスは娘をスペインの尼僧学校に預けているが、その娘が伯爵の息子と結婚することになり、伯爵たちと一緒にニューヨークにやってくる。ベティは、自分が貴婦人であると娘に偽っていたので、困ってしまう。その様子を見たヤクザの親分グレン・フォードは、自分がここまでのしあがってこれたのは彼女からリンゴを買っていたおかげだと思っていたので、彼女を貴婦人に仕立て、子分や踊子たちを紳士淑女に扮装させてパーティーを開く。ユナイテッドアーティスツ配給作品で、プロデューサーはキャプラやグレン・フォードら、音楽ウォルター・シャーフ、撮影ロバート・ブロナー。ほかの出演者は、ホープ・ラング、アーサー・オコネル、ピーター・フォーク、トーマス・ミッチェル、エドワード・エベレット・ホートン、アン・マーグレット、ジャック・イーラムら。白黒の記憶があるのだけど、私のテレビが白黒だったからで、本当はカラーらしい。しかもワイドスクリーンで136分あるから、DVDでちゃんと見てみたい。
というわけで、このあと、 MGM Holiday Classics Collection というケイリー・グラントの「気まぐれ天使」とローレルとハーディの「玩具の国」との三枚組のアメリカ盤を購入したのでした。ハーパーズ・ビザールがカバーしたテーマ曲が大好き。
超有名な「風と共に去りぬ」は割愛。
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