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2009年1月 4日 (日)

First R&R(22曲目): Hot Rod Race (その2)

19世紀後期に自動車が発明されて以来、自動車レースは盛んだったが、少壮のレースドライバーが、文明から離れた西部の干上がった湖を捨てて、都会の街路、人けのない川床、滑走路、ハイウェイを不法に暴走し始めるのは、戦争が終わった直後の1940年代後期だった。彼らは、旧式のおんぼろ車ではなく、裏庭で改造し、装備を最低限に減らし、出力を強化した、ホットロッドと呼ばれる車を運転した。

ホットロッドレースの中心は、車文化の発祥地、カリフォルニアだった。より詳細に述べると、ロサンジェルス南部、サンペドロとウィルミントンの孤立した港町で、大人のホットロッダーや何人かの10代の若者が、太平洋沿岸の101号線や、ロサンジェルスから90マイル離れたサンホアンキン渓谷につながる99号線の「グレープバイン」で、クロスカントリー・レースを始めた。

ホットロッドの最初のレコードは、Connie Jordan and the Jordanaires の1947年の "Hot Rod Boogie" らしいが、これはインストナンバーだった。「ホットロッドレース」の起源は、女性を追い回すメキシコ系米国人が女性を口説くためにカリフォルニア南部を行った来たりすることを歌った、よく知られていない歌だという説の方が有力である。「サンペドロからフレスドまで、拒絶する女はいない」というような歌を、当時の映画の中でけっこう純潔な若い女優が非常に無邪気に歌っているらしい(筆者がこれを書いている時点で、映画も曲も女優も特定できなかった)。この曲が「ホットロッドレース」にインスピレーションを与えたにせよ、そうでないにせよ、サンペドロがホットロッド天国の中心地となるきっかけを与えている。

(筆者がこの本を書いた時代にインターネットが発達していなかったのが残念。その純潔な若い女性はディアナ・ダービン(なるほど純潔だ)、映画は「Can't Help Singing」、曲名は "Californ-i-ay"。なんと、偶然にも、私はこの映画が入った「ディアナ・ダービン・スイートハート・パック」という6作品入り米盤2枚組DVDを注文して、現在うちに届けられている途中。"Lady On A Train" というフィルムノワール風コメディが見たかったから購入したのです。YouTube でこの曲が歌われているシーンを見ると、たしかに男性が "From San Pedro to Fresco, No Maiden There Says No" と歌っているのだけど、これが直接「ホットロッドレース」に結びつくとは思えない。)

(続く)

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