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2008年11月30日 (日)

1975年12月に見た映画(概観)

第1週

  • 12月01日(月) コニーアイランド (アートビレッジ) 3点
  • 12月01日(月) 即席百人芸 4点
  • 12月01日(月) 化け物屋敷 4点
  • 12月01日(月) 漂流 4点
  • 12月01日(月) キートンの大学生 4点

第2週

  • 12月10日(水) ラムの大通り (早稲田松竹) 5点

第3週

  • 12月15日(月) ラムの大通り (早稲田松竹) 5点
  • 12月17日(水) おかしなおかしな大追跡 (大塚名画座) 4点
  • 12月17日(水) シネブラボー 3点

第4週

  • 12月27日(土) 虹を掴む男 (TBS) 4点

第5週

  • 12月30日(火) コニャックの男 (自由が丘推理劇場) 4点
  • 01月01日(木) 明日に向かって撃て (渋谷文化) 5点
  • 01月01日(木) スティング 5点
  • 01月?日(?) 脱走大作戦 (?) 4点

テレビ映画劇場などの説明と以前の鑑賞記録はこちら

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2008年11月29日 (土)

1975年11月第4週に見た映画(その2)

11月29日(土) 皆殺しのバラード (TBS土) 3点

ジャン・ギャバンとジョージ・ラフトというフランスとアメリカを代表するギャングの親分が対決。ゲルト・フレーベ、ナージャ・テイラー、ミレーユ・ダルク、マルセル・ボズフィ(「Z」「フレンチコネクション」)、クロード・ブラッスール共演。アンドレ・ブルトン原作。ドニス・ド・ラ・パトリエール監督。原題は "Du rififi à Paname"。「男の争い」の現代にも含まれている 「リフィフィ rififi」 という言葉は「けんか」とか「大乱闘」という意味なんですね。

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2008年11月28日 (金)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:「輪舞」「快楽」(その2)

11月21日の続きです。後半は「快楽」。モーパッサン原作による三話から成るオムニバスですが、第一話と第三話はプロローグとエピローグぐらいの感じで、第二話「メゾン・テリエ」が長さも印象度も他を圧倒しています。オフュルスというと、「忘れじの面影」でも「たそがれの女心」でも「歴史は女で作られる」でも、移動撮影のために作られた、凝ったセットという印象があるのですが、「メゾン・テリエ」は田舎の自然が中心なのが意外な感じ。ルノワールの「ピクニック」を思わせますが、あれも原作はモーパッサンでした。

それにしてもJJ氏は実に丁寧に移動撮影のシーンを描写しています。試写会で画面から目を離さずにメモ帳に書き込むというのをどこかで読んだ気がしますが、ビデオやDVDがない時代にこれはすごい。数々の移動撮影シーンを細かく解説していますが、ここに書き写すのも、まとめるのも面倒なので、各自、オリジナルを読んでください。

「いま書いたように移動する瞬間ごとに目に映るもののすべてが美しくなければならないと考える」のが「オフュルス的原則」です。うーん、ヌーベルバーグの映画作家たちが尊敬するだけのことはある。

第一話と第二話の撮影者は「輪舞」のクリスチャン・マトラで、第三話はフィリップ・アゴスティニ。製作費がかさんだために一時撮影中止になり、そのために第三話は別の撮影者になったそうです。「第三話の最初の海岸の場面と最後の海岸の移動撮影は、いままで映画にあらわれた最も芸術的な構図美をもったものだと褒めても褒めすぎにはならない。」

装置者は「輪舞」のジャン・ドォボンヌ。「たそがれの女心」も「歴史は女で作られる」もそうだし、撮影開始直後にオフュルスが亡くなったためにジャック・ベッケルが引き継いだ「モンパルナスの灯」もそうです。

第二話「メゾン・テリエ」で、マダム・テリエと娼婦たちが白い列車に乗って田舎に行くシークエンスは素晴らしいです。

「白い列車が白煙をたなびかせて野原のなかを右へと走っていく最初のシーンから、草むら越し、樹間越しに列車が見え隠れするあたり、いままで列車の撮影にはいろいろと素晴らしいものがあったが、これほど牧歌的な感じがする風景をスクリーンに描き出したことはなかったといってもいい。とくに別れの場面でリヴェが左へと走っていく列車を追っていくとき、そのあいだに草むらを置いて撮影するという凝った趣向は、やはりオフュルスの想像力がクリスチャン・マトラの想像力とよく合致した一例として特筆に価するものだ。また荷車にマダム・テリエの一行を乗せて走っていくあたりも牧歌的情緒を出している点で見事だった。この場合、列車を白く塗らなければ、ああした気分のよさは出ないと思われるのであって、自然にたいする技巧的演出として、ちょっと誰にも考えつかないようなものをオフュルスは持っている。」

クリスチャン・マトラが撮影を担当した作品は、「商船テナシチー」「旅路の果て」「大いなる幻影」「格子なき牢獄」「双頭の鷲」「賭けはなされた」「花咲ける騎士道」「たそがれの女心」「歴史は女で作られる」「眼には眼を」「モンパルナスの灯」「大盗賊」「銀河」など。

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池田綾子/数え歌

NHKの「みんなのうた」で今流れているこの曲、気に入りました。声がきれいだし、曲がじわじわと力強くなる。

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2008年11月27日 (木)

チャーリー・チェイスの4枚組

一時チャーリー・チェイスが好きで、キノから出ている短篇集を二組買ったし、伝記も買いました。"Smile When the Raindrops Fall " というタイトルで、ありがたいことに今でも発売中です。 ただ、さほど波乱万丈ではないので、ファン以外の方にはお勧めできません。

少し前まで毎年正月はニコニコ大会を仮想上映していて、数年前にチャーリー・チェイス特集を組んでいます。ときどきマーサ・スリーパー Martha Sleeper という可愛い女性が相手役を務めていて、私のお気に入りでした。

最近チェイスのことを忘れてかけていましたが、1月の終わりごろ、"Becoming Charley Chase" という4枚組が出ます。チャーリー・パロットという本名やジミー・ジャンプという役名で出演したドタバタコメディとか、チャーリー・チェイスとして出演したシャレたコメディとか、チャーリー・パロットとして監督した作品とかが収められているようです。

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2008年11月26日 (水)

1975年11月第4週に見た映画(その1)

11月25日(火) ロンゲストヤード (テアトル新宿) 4点
11月25日(火) スティング (テアトル新宿) 5点

過去に見たことのある作品で、体制側や大物をやっつける快感を味わうために再見したのでしょう。「スティング」は、最近亡くなったポール・ニューマンが印象的でしたが、レッドフォードよりはるかに出番が少なかったような気がします。「ロンゲストヤード」は、この一ヵ月前に見たばかりなので、1ヵ月前にここで書いたことを転記します。

ロバート・アルドリッチ監督の1974年の作品。一本立ての上映で、面白かったので、二回続けてみました。体制側をギャフンと言わせる痛快な映画でした。刑務所送りとなったアメリカンフットボールの元スター選手バート・レイノルズが囚人チームを率いて看守チームと戦うお話。エディ・アルバートの刑務所長よりも残忍な看守長エド・ローターが強く印象に残っています。脚本は、俳優キーナン・ウィンの息子、トレイシー・キーナン・ウィン。音楽フランク・デュボール、撮影ジョセフ・バイロック。アルドリッチのフィルモグラフィーを眺めると、1954年の「アパッチ」あたりから、遺作となった1981年の「カリフォルニア・ドールズ」まで、暴力的なアクション映画やグロテスクなドラマなど、安定した面白さの映画を作り続けたんだなあと思う。この前が、リー・マービンのホーボーとアーネスト・ボーグナインの貨物列車の車掌が戦う「北国の帝王」だったし、次の「ハッスル」は見たことないけど、「合衆国最後の日」もけっこう面白かった気がするし、とにかく「カリフォルニア・ドールズ」が抜群に面白かった。と思っていたら、IMDb のユーザー採点では現在5.9点。けっこう評価が低いのね。

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2008年11月23日 (日)

フランスにおけるメルビル映画の観客動員数

Ginette Vincendeau の "Jean-Pierre Melville: An American in Paris" というBFIから出版された本の巻末にメルビル作品の観客動員数が載っています。日付は公開日、最初の数字は各メルビル作品の全仏での観客数、次の数字はその年の観客総数(本に掲載されているものを四捨五入して簡素な数字にしています)。すなわち、フランスの観客動員数は1949年から1972年に半分以下に落ちているわけです。

これによると、「海の沈黙」と「お前がこの手紙を読むとき」は100万人突破で他作品よりもヒットしているようです。後者はジュリエット・グレコ主演だからかなあ。全体の観客数が減少しているのに「司祭レオン・モラン」以降のメルビル作品の観客数が多いのは、もちろんベルモンド、バンチュラ、ドロンというスターが主演しているから。特にドロン、モンタン、ブールビルが出ている「仁義」は大ヒットしてます。「リスボン特急」は最近1500円の日本盤DVDが出たのですね。注文しました。

  • 海の沈黙 1949年4月22日
    1,371,687人 4億人
  • 恐るべき子供たち 1950年3月29日
    719,844人 3.7億人
  • お前がこの手紙を読むとき 1953年11月11日
    1,160,986人 3.7億人
  • 賭博師ボブ 1956年8月24日
    716,920人 4億人
  • マンハッタンの二人の男 1959年10月16日
    308,524人 3.5億人
  • 司祭レオン・モラン 1961年9月22日
    1,702,860人 3.3億人
  • いぬ 1963年2月8日
    1,475,391人 3億人
  • フルショー家の長男 1963年10月2日
    1,484,948人 3億人
  • ギャング 1966年11月2日
    1,912,749人 2.3億人
  • サムライ 1967年10月25日
    1,932,372人 2.1億人
  • 影の軍隊 1969年9月12日
    1,401,822人 1.8億人
  • 仁義 1970年10月21日
    4,339,821人 1.8億人
  • リスボン特急 1972年10月25日
    2,832,912人 1.8億人

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2008年11月22日 (土)

1975年11月第3週に見た映画

12月1日納期の忙しい仕事が入ったので、「「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:「輪舞」「快楽」」の続きは遅れるかもしれません。本日は33年前の浪人時代にテレビで見た映画です。この頃、TBSの土曜によく見ているようだけど、昼間なのか深夜なのか記憶にないです。

11月22日(土) 大統領のガードマン (TBS土) 3点

ジェームズ・コバーン主演、ラロ・シフリン音楽とだけ記録しています。インターネットで調べたら、1967年の "The President's Analyst" という日本劇場未公開作品でした。監督・脚本はセオドア・J・フリッカーという人。さっぱり記憶にないのですが、コメディっぽいアクション映画らしい。

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2008年11月21日 (金)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:「輪舞」「快楽」(その1)

少し前にクライテリオンからマックス・オフュルスの「輪舞」「快楽」「たそがれの女心」のDVDが出て、ここ三日で全部見ました。「たそがれの女心」については、またいつの日か。

初出は「映画芸術」1953年3月号です。この頃まだ日本では作品を見ることのできない監督がたくさんいたようです。「操行ゼロ」(1932)、「アタラント号」(1934)のジャン・ビゴ(1904-34)、「罪の天使」(1943)、「ブローニュの森の貴婦人たち」(1944)、「田舎司祭の日記」(1950)のロベール・ブレッソン、「妄執(郵便配達は二度ベルを鳴らす)」(1942)、「大地は揺れる」(1948)、「ベリッシマ」(1952)のビスコンティ、「八月の日曜日」(1950)、「パリは何時もパリ」(1951)、「スパーニア広場の少女たち」(1952)のルチャーノ・エンメル、「ローマの太陽の下に」(1948)、「春だ」(1950)、「二ペンスの希望」(1952)のレナート・カステラーニを挙げています。

マックス・オフュルスは、昭和13年に「ヨシワラ」が「小花」という邦題で封切られ、戦後には「風雲児」が公開されたそうです。後者は、ダグラス・フェアバンクス・ジュニア主演の時代剣戟で、JJ氏は、フェアバンクス・ジュニアがなぜオフュルスを監督に選んだかをけっこう長く説明していますが、ここは割愛。

オフュルス Ophuls はハリウッドではオパルス Opuls と呼ばれていたそうです。「快楽」のタイトルを見ていると、オフュルスの名前が出たときに、u の字の上のウムラウト(点二つ)が白絵具で消してあるのに、消し方が下手なのでぼんやりと残っているのにJJ氏は気づきます。「つまらないことを書き立てているようだが、ぼく自身そうは思っていないのは、Hがなくなったり、ウムラウトが消えてしまうところに亡命映画作家としてのある種の悲しみに触れるような気がするからである。」オフュルスは、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、再びフランスへと転々としたのです。

マックス・オフュルスは1902年5月6日にドイツのザールブリュッケンに生まれる。16歳から新聞社で働き、のちに俳優となり、22歳のときにブルグ劇場の演出者に抜擢される。1925年から41年にはドイツとフランスのラジオでもラジオ劇作家やプロデューサーとして活躍。1931年に映画界に入った。ドイツでは「借りられた花嫁」「恋愛三昧」「サラエヴォ」を作り、フランスに渡ってからは「サラエヴォ」「男が盗まれた」「やさしい敵」と「恋愛三昧」のフランス版を作った(「サラエヴォ」は「マイエルリンクからサラエヴォへ」のことで、ドイツ時代に「サラエヴォ」を作ったというのは間違いだと思うのですが。いずれにせよ、このあたりはインターネットでちゃんと調べたほうがよさそう。)

JJ氏は、「やさしい敵」に関して以下のことを思い出します。早稲田大学にいたとき、アンドレ・ポール・アントワーヌの原作の芝居を翻訳して、記念祭で上演した。オフュルスの映画が見たいので、ある映画会社の社長に輸入することを勧め、横浜の税関まで来たが、日本では商売にならないので本国に返された。「やさしい敵」がどういう芝居だったかというと、最初、三つの墓が並んでいる。ある未亡人が娘を連れてやってきて、各々の墓に花を置いて、三人の男が彼女に恋して、どんなふうに死んでいったかを娘に語る。すると墓場の影からしんだ亭主が首を出し、三つの結婚生活がフラッシュバックで語られる。「皮肉で気が利いた風俗喜劇で...オフュルスが「輪舞」や「快楽」のようにスケッチ風なものを好む傾向は、すでにこのころからあったといっていい。」

フランスからイタリアへ行ったオフュルスはイザ・ミランダ主演で「すべての人の女」(1934)を作るのですが、JJ氏は、イザ・ミランダが15年後に「輪舞」に出演していることに友情のようなものを感じます。戦争が勃発したためにオフュルスはアメリカに渡ります。「ハリウッドでつくったものではジョーン・フォンテインが主演したステファン・ツヴァイクの「未知の女からの手紙」(1948)が最高傑作と称されている。」これは「忘れじの面影」のことで、シネシャモ第2回上映をご覧あれ

「このほかジェームズ・メイソン主演の「捕われて」と「無謀な瞬間」が1949年の作品としてリストにのっているが、この年フランスに戻って「輪舞」をつくり、この成功に気をよくして、同じような技巧を使った「快楽」をつくることになったのである。」「捕われて」は「魅せられて」という邦題のDVDが出ています。「無謀な瞬間」は「レックレス・モメント/愛と欲望の罠」という題名でテレビ放映されたことがあるようです。

ここまでが1で、後半の2では「快楽」について語っています。しかし1ではあまり「輪舞」について語っていないせいか、最後にエッセイの本文と区別した囲みの中であらすじを書いています。「輪舞」は10組のカップルの情事を順繰りに描いたものです。最初のカップルの男のほうが別の女性との情事を楽しむと、今度はその女性が別の男性との情事を楽しむというように進んでいきます。各エピソードの間には狂言回し役のアントン・ウォルブルックが登場して観客に語りかけたり、劇中に登場して主人公たちに語りかけたりします。エピソード自体は短すぎて面白味に欠けますが、この構成が面白いし、凝った移動撮影に仰天しちゃいます。

(続く)

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2008年11月20日 (木)

フィルムノワール (220): The Racket (1951)

DVDボックスセットFilm Noir Classic Collection, Vol. 3 に収められている “Border Incident”(1949、国境事件)をこの前勉強したので、今度は ”His Kind of Woman”(1951、替え玉殺人計画(テレビ題名))にしようとしたら、あらすじと解説がやたら長いので、後回しにします。ニコラス・レイの “On Dangerous Ground”(1952、危険な場所で)は見たことがあるので、これも後回しにして、本日は “The Racket” (1951、脅迫者(テレビ題名))

220. The Racket (1951)

監督ジョン・クロムウェル、原作バートレット・コーミック(戯曲)、脚色ウィリアム・ウィスター・ヘインズ、WRバーネット、撮影ジョージ・E・ディスカント、音楽コンスタンチン・バカレイニコフ、出演ロバート・ミッチャム、リザベス・テイラー、ロバート・ライアン。RKO。88分。

あらすじ

汚職にまみれた中西部都市の市議会選挙終盤、マッキーグ警部(ミッチャム)とギャング組織の一員ニック・スキャンロン(ライアン)が対立している。誠実なマッキーグは、彼のまわりで行われている犯罪や収賄に激高しており、怒りの矛先をスキャンロンに向けている。スキャンロンは、ギャング組織の中級レベルの一員だが、マッキーグが憎むものすべてを象徴している。マッキーグの上司ターク警視(ウィリアム・コンラッド)と市の検察官ウェルチ(レイ・コリンズ)は、組織にコントロールされており、むきになるなとマッキーグに警告する。組織の幹部たちは、スキャンロンがもっと現代的で、暴力に頼らず、事務的になるよう望んでいるが、スキャンロンは彼らと対立している。スキャンロンには敵対する団員がいて、最終的に、彼を殺す手はずを整えなければならなくなる。この暗殺は直接スキャンロン自身の死につながる。マッキーグを使ってスキャンロンを破滅させることは市政組織と犯罪組織の大物たちにとって好都合だった。市政の改革者たちは選挙で敗北し、組織的非合法活動は依然と同じように続く。スキャンロンは、より腹黒い一員に取って代わられる。マッキーグは相変わらず無力のままで、市の本当の犯罪帝王は州知事だという暗示で終わる。

解説

この映画における汚職は抽象的な力とか物といったものではない。ある都市の欲望、野望、妥協すべてを総合したものだ。この映画は、道徳的な善悪の区別をしていない。最悪の登場人物でさえ、邪悪だとか、サディスティックだとか、非常に危険だとかいうわけではない。たとえば、ターク警視はマッキーグよりもかなり知的で繊細な人物である。ウェルチ検察官は、実用主義的であるが、誠実なところがある。彼は、なぜ寝返ったか尋ねられると、裁判官の職を約束されたからだと答える。スキャンロンは、映画の中で最もよく描かれており、共感を呼ぶ人物である。彼は、孤独で、疎外されており、ギャングの組織形態の進化に同調して自らのアイデンティティを失うことを拒否しているがために破滅する。

マッキーグの役割はあいまいである。スキャンロンが古いタイプのギャングの一員なら、マッキーグも同様に保守的な警官で、自らの職を、正義を行うものではなく、法と秩序を維持するものとして考えている。ウェルチ検察官は、マッキーグにとって誠実とは一種の病気だと言う。これを証明する証拠はたくさんある。彼の極端な誠実さは、スキャンロンが暴力をもって収賄に対処するのと同じぐらい破壊的で暴力的である。マッキーグはギャングの一員ではないが、彼のやり方は法を外れているので、似たようなものである。彼は、人身保護令状を破棄し、容疑者をわなにかけ、スキャンロンが殺されるのを許す。彼の目的は改革ではない。彼の目的は、汚職ではなくスキャンロンを打ち倒すことである。ハワード・ヒューズは、暗黒街の題材の商業的および美学的可能性に対して常に敏感だった。映画に興味を持ったヒューズは、バートレット・コーミックによる原作の戯曲を1927年に映画化し、1928年に公開した。このリメイクは、1948年にヒューズが支配下に置いたRKOによる最初のプロジェクトの一つだった。サミュエル・フラーが最初の脚本家で、背景を禁酒法時代から第二次大戦後の社会に移した。基本的にオリジナルな脚本をフラーが提出すると、脚本家ウィリアム・へインズと監督ジョン・クロムウェルに交代させられた。彼らはより原作に忠実で、時代こそ1940年代後半だが、紛争や策略は1920年代のシカゴを受け継いでいる。製作途中で、ハワード・ヒューズは、映画を書きなおすために作家のWRバーネットを個人的に雇った。バーネットの専門技術(彼は、「犯罪王リコ Little Caesar」、「暗黒街の顔役 Scarface」、「ハイ・シェラ」、「アスファルト・ジャングル」の原作や脚本を書いた)、50万ドルの撮り直し費用、半ダースのすぐれた役者にもかかわらず、まあまあの商業映画を少し上回る程度のものにしかならなかった。それに、シチュエーションや登場人物がやや時代遅れで、現実離れしている。しかし、よく似ている「アスファルト・ジャングル」よりも政治的に洗練されている。この映画の問題は、たぶん、特定の時間や場所に根付いていないために、均衡を保ちながら政治力、警察力、犯罪力を最も複雑に取り扱っているという妥当な主張が不明瞭になっていることである (its legitimate claim to being the most complex treatment of political, police, and criminal forces in equilibrium is obscured)。

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2008年11月19日 (水)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ:シネマディクトJ・Jと「海の牙」を見る

初出は「映画芸術」1948年11月号。「シネマディクトJJ」は植草甚一さん自身のこと。このエッセイの中では「シネマディクトJ・J」と表記されていますが、このブログの「映画だけしか頭になかった」シリーズでの整合性を保つために「JJ氏」にします。JJ氏は植草さん自身と書いたけど、このエッセイの中には「ぼく」も登場していて、普通の自分「ぼく」が映画狂の自分「JJ氏」の心理を分析するという構成になっています。

JJ氏は「呪われた人たち」の撮影者アンリ・アルカンの腕前に惚れ込んでしまったので、カメラ屋の前を通り過ぎるたびにウィンドーをのぞいて、このカメラで撮影したらどんな映像が撮れるのだろうかと想像します。「呪われた人たち」は Les Maudits の直訳で、日本では「海の牙」として公開されるのですが、JJ氏は「この題ではアルカンの調子が出ない」ということで、このエッセイでは「呪われた人たち」で通します。

「呪われた人たち」は曇天シーンばかりですが、アルカンはうまく撮影していて、それ以外でも撮影できないんじゃないかというショットに挑戦しています。映画では実験が何よりも大切であるとして、ローレンス・オリビエの「ヘンリー五世」を例に挙げます。決戦前夜のシークエンスが撮影上最も問題となったのですが、通常夕暮れに撮影するのに、撮影者ロバート・クラスカーは、周りの反対を押し切って、夜明けに撮影しました。

「呪われた人たち」のアンリ・アルカンは次のような実験を試みています。

(1) 潜水艦の内部から甲板へとショットが移ったとき、画調のひらきがない。大空はどんより曇っていて、「海面の起伏は、登場人物を誘い込むように薄気味悪くうねって」いて、「海そのものが「呪われて」いる印象」を与えます。画調のひらきが感じられないというのは、「観客自身であるぼくたちが登場人物になりきってしまうことであり、アルカンは、この映画で、いかに画調の統一がリアリズムの映画に必要であるかを示している。」JJ氏が、これまで見た映画の中で、もっとも生々しい海面描写であり、「魚雷を発射した瞬間における海面の皺の変化の美しさは、いままでになかった映画的興奮をあたえた。」

(2) 映画の最初のショットは、数名の人々が港町を歩いているのをとらえた移動撮影ですが、懐中電燈の灯がカメラに向かっているけれど、ハレーションを見せていない。さらに、主人公の医師が石油ランプを持って歩くショットでは、ランプから灰色の煙が立っている。医師が拉致される野外撮影で、夜の街頭に立つ数名の人物をとらえた俯瞰撮影や、海岸からボートに乗って潜水艦に向けて漕いで行くショットの美しさに、JJ氏は「アメリカ映画の機械的優秀さだけでは決して表現できまいと思われるアルカンの閃き」を感じます。

「ぼく」がアルカンを知ったのは、コクトーの「美女と野獣」。コクトーの手記によると、「野獣が気絶した美女を抱きかかえて、部屋に入り、しずしずと階段を上っていく場面」が嫌いだったらしく、「雰囲気を出そうとすることが詩を生むのではない、死は生ま生ましい状態から生まれる」のだといってアルカンを叱ります。「ぼく」は、「「呪われた人たち」のカメラの特色は、生ま生ましさから創造された詩である」と考えます。

JJ氏が「アルカンのカメラは被写体からオブジェクトの意味をつかみ出しているね」というので、「ぼく」はどういう意味かたずねます。

(3) 「密閉ドアが閉まったあと、八つ位あるノブが、まるで人間の指のように動き、なんともいえない薄気味わるさを与えている。」JJ氏は、ほかにも、「無生物であるドアや新聞や催眠剤やジャックナイフが生きたもののように写されている」場面を列挙します。

(4) さらに、「すべて灰色で統一された全体にアクセントを与える」他の細部を列挙します。
・ 潜水艦が爆雷のために激震するショット
・ 破片がとんでドイツ女の眉間を割るショット
・ ゲシュタポの首領が皿に盛られたマッシュポテトにナイフで線を入れるショット

(5) 今度は「ぼく」がJJ氏にアルカンの別の特色について語ります。潜水艦の内部はセットのようだが、狭い感じがリアルなのや機構のメカニックな感じから、セットではない気が絶えずした。それよりも感嘆したのは、「登場人物の間で心理的な争いが起こる場合、焦点の浅いレンズで、彼らの表情を極めてリアルにカメラに収めている一方、一人の人物が横にそれ、背後にいる人物があらわれるとき、カメラは静止しているのにかかわらず、後方人物が前にいた人物と同じ距離になっていることである。」これは、「アルカンの特殊技巧で、アメリカで流行している焦点距離の極度に深い新技術とまさに好対象をなすものである。」(「好対象」は「好対照」の間違いでしょう。)

しばらくしてJJ氏は「ぼく」に手紙をよこします。JJ氏は、エリア・カザンの「紳士協定」との比較を試みます。「紳士協定」の撮影者アーサー・ミラーは焦点距離の深いレンズを使用して、舞台とスクリーンの融合を示したカザンの演出意図をうまく表現していると述べています。焦点距離の深さではグレッグ・トーランドが撮影した「我等の生涯の最良の年」(ワイラー監督)が日本に紹介された唯一の作品だけど、JJ氏(イコール植草さん)は特に好きな作品じゃないので、カメラや照明に関心なかったそうです。(オーソン・ウェルズ監督、トーランド撮影の「市民ケーン」が初めて日本で公開されたのは60年代半ばなので、ここには「市民ケーン」の名前が出てきません。)

カザンは「紳士協定」で焦点距離の深いレンズを使用することによって以下のような実験を試みたとJJ氏は言います。
(1) 室内シーンが多いのだが、奥行きの深い画面の奥にドアがあって、かならずそこから俳優が前方へと進んでくる。
(2) 出入り口はそこしかないから、俳優が退場するときに左右に姿を消すことはなく、奥のドアのほうに歩いていく。
(3) つまり、動きは縦の線を使っている。奥のドアから入ってきた俳優は、前方に歩いてきて、そこにいた人物と会話をする。パンする場合は、アップからミディアムショットに切り替わってから横移動する。
(4) 「ひとりの人物がカメラにたいし正面に向かったクロース・アップは絶対にない。二人の人物が会話する場合、カメラは各人物の斜後方に位置され、スクリーンの片側に聴き手の顔が大きくクロース・アップされる。話し手の視線は、だから斜めに向かっている。すなわち話し手が変わるたびに、ショットが変わり、視線は左手から右手へ向かい、同じように聴き手の顔の側面が右側から左側へとショットによって位置をかえる。」(「紳士協定」のDVDは持っているけど、今これを確認する余裕がないので、そのまま転記しました。)

JJ氏は次のように指摘します。焦点距離の深いカメラの使用法としては「我等の生涯の最良の年」よりも「紳士協定」のほうがはるかに優れているが、だからといって芸術的にすぐれているかどうかは疑問である。カメラの個性はあるが、カメラマンの個性がない。この点で、「呪われた人たち」のアルカンの撮影は、これまでで最も個性があるもので、映画の劇的要素に直接関与している。

JJ氏と「ぼく」は、「ドイツ女ヒルデが半ば発狂して、潜水艦の甲板から貨物船のロープに飛びつき、そのまま海中に身を没して、船腹に挟まれてしまう場面」が最も強烈な印象を残すとしますが、これがいかなる方法で撮影されたかの答えは出ませんでした。「けっきょく、アルカンの特色については知ることができたにしろ、より興味ある職業上の秘密については、なんら探ることはできなかったのである。」

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2008年11月18日 (火)

近況報告

このところ暇だったので、マックス・オフュルスの「たそがれの女心」、ルネ・クレマンの「海の牙」、ビリー・ワイルダーの「第17捕虜収容所」と、DVDを毎日1本ずつ見ることができました。

「たそがれの女心」は、大柄ではない、こじんまりした美女ダニエル・ダリューが私の好みで、彼女を見ているだけで十分なんですが、イヤリングをめぐる話も面白い。互いに不倫している夫婦の化かし合いが、ジャック・リベットの短編「王手飛車取り」に似ています。ただ、ダニエル・ダリューの不倫相手のビットリオ・デ・シーカは、色気があるものの、年寄りすぎるので、「忘れじの面影」のルイ・ジュールダンみたいなのが良かったんじゃないかと思います。

「海の牙」は、「映画だけしか頭になかった」の最初のエッセイが「シネマディクトJJと「海の牙」を見る」なので、近いうちに植草さんの文章を楽しもうと思っています。

「第17捕虜収容所」は、昔から見たかったビリー・ワイルダー作品。面白かったけど、期待ほどじゃなかった。捕虜収容所ものというのは、今でこそウンザリするほどの作品があるけど、この1953年ごろはまだ珍しかったのかもしれない。もしそうだとしたら、それなりに評価しなければならないのかもしれない。でも、収容所側のドイツ将校たちって、甘っちょろすぎませんか。

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2008年11月17日 (月)

フィルムノワール(30):Border Incident (1949)

今日は、来月購入予定のDVDボックスセット Film Noir Classic Collection, Vol. 3 に収められている "Border Incident" のお勉強。

30. Border Incident (1949)

監督アンソニー・マン、脚本ジョン・C・ヒギンズ、撮影ジョン・アルトン、音楽アンドレ・プレビン、出演リカルド・モンタルバン、ジョージ・マーフィ。MGM。96分。

あらすじ

腹黒い牧場主オーウェン・パークソン(ハワード・ダ・シルバ)は、メキシコ人を密入国させ、にせの労働許可証で働かせている。この犯罪行為によって殺人事件が起こる。米国とメキシコの移民局捜査官が合同で捜査を始める。米国の捜査官ジャック・ベアーンズ(ジョージ・マーフィ)とメキシコの捜査官パブロ・ロドリゲス(リカルド・モンタルバン)が潜入する。ジャックはパークソン一味のチンビラに扮し、パブロはパークソンの牧場に派遣されたメキシコ人季節労働者に扮する。パブロとジャックは、精神病のパークソンとサディスティックな手下によってメキシコ人たちが非人間的な扱いを受けているのを目撃する。ジャックの正体がばれ、どうすることもできないパブロの目の前でむごたらしく殺される。最後に、パブロと移民当局はパークソンを破滅させ、彼の一味を壊滅させる。

解説

アンソニー・マンとジョン・アルトンは、 “T-Men” などのイーグル・ライオン社の作品で得た評判によって、すぐにMGMから仕事をもらった。当然、マンは “T-Men” に似た映画を監督することとなった。”Border Incident” は二人の秘密捜査員が主演だが、平等主義の精神によって、一人は米国人、もう一人はメキシコ人で、彼らは同等に共感を呼ぶ人物である。ベアーンズがトラクターにひかれるのをパブロが傍観するシーンは、ジェナロが殺されるのをオブライエンが見ざるをえない “T-Men” のシーンに該当する。この映画のほうが視覚的に強烈である。ワイドアングルでの至近撮影によって(close wide-angle shot)、死から逃れようと爪で土をひっかくときのベアーンズの恐怖を鮮やかにとらえている。このシーンは、この時期の映画の中で最もぞっとするシーンで、のちに「ブラック・エースPrime Cut」(1972、マイケル・リッチー監督、リー・マービン、ジーン・ハックマン主演)によって真似された。しかし、”T-Men” のシーンには、オブライエンと英雄的なジェナロとの、より複雑で感情豊かなやりとりがある。

ジョン・アルトンによる撮影は、主として、奥行きが深く、コントラストが強い。メキシコのシークエンスでは、光と影を強調する照明が視覚的な印象を強めている。さらに、カリフォルニア南西部の風景がマンによって初めて使用され、モラルと感情に関するアクションのねらい (moral and emotional thrust of the action) を強調しており、マンが翌年から作り始める西部劇を予示している。

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2008年11月16日 (日)

ポーリン・ケイルによる「陽のあたる場所」

故ポーリン・ケイル女史が "5001 Nights at the Movies" に書いている「陽のあたる場所」評を訳してみます。テキトー訳です。特に、「自分が犯していない犯罪を自らの命で償うべきだと主人公(と観客)に確信させる映画の結論は奇妙である」のあとに、「「父の死を望まないものがいるだろうか」とイワン・カラマゾフは尋ねた。 Stevens and company would send us all up for it」と続くのですが、英語の個所がわからなかったので、省略しています。どういう意味かわかる方がいらしたら、教えてください。

エリザベス・テイラーの演技は、彼女の作品の中で最も繊細なものの一つである(エロチックだが)。この映画でのジョージ・スティーブンズの演出手法は、熟慮されたもので、ゆっくりしていて、累積的なものだから、「リアリスティック」と賞賛された。しかし、あいまいな心理学的調子、陰鬱な風景、アビの不吉な鳴き声、オーバーラップは、観客が意識することなく感情的に観客に影響を与えるように意図されたものだ。スティーブンズと脚本家は、基本的に単純な話をもったいぶっていて「深い」ものに変えようと、すべてをあらかじめ解釈している。ゴシック風の殺人ミステリーとしては十分に個性の強いものだが、物柔らかな資本家たちと抑圧された労働者たちは不況時代の漫画から抜け出してきたみたいだ。この工業の町は、富、活気、権力の象徴と、貧しさ、単調さ、無力さの象徴が整理されたものである。主人公に捨てられた労働者階級のガールフレンド(シェリー・ウィンターズ)は、魅力的であろうとすることさえ許されない。1931年のスタンバーグの作品が怖かったのは、犠牲者となるシルビア・シドニーの美しさにもかかわらず、貧しさによって最終的に魅力のない人物にされたことである。もしエリザベス・テイラーが女工を演じていれば、少なくとも貧しい人々にも資産が持てることを示すことができただろう (the poor could at least be shown to have some natural assets)。しかし、シェリー・ウィンターズが哀れを誘う様子はぞっとするし、しつこいので、クリフトが彼女を殺すことを考える時、犯罪を計画しているようには見えない。むしろ、安楽死を計画しているように思える。自分が犯していない犯罪を自らの命で償うべきだと主人公(と観客)に確信させる映画の結論は奇妙である。しかし、この有名な映画に対して各自がどう保留を付けようと、この映画は印象的だし、テイラーとクリフトのラブシーンは肉体的欲望を明確に描いている。

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陽のあたる場所

「陽のあたる場所」の500円のDVD見ました。話の展開が速くて、面白く見ることができました。主演のモンゴメリー・クリフトが、貧しい生まれにコンプレックスを持っていて、ナイーブで、野心を持っている青年を見事に演じていました。1957年に交通事故で顔がダメになるけど、それ以前の「赤い河」「女相続人」「私は告白する」「地上より永遠に」「終着駅」あたりをあらためて見てみたい。金持ちの娘エリザベス・テイラーは19歳ぐらいで、光り輝いていたのだろうけど、私の好みじゃないので、特に何とも思わない。むしろ、女工員シェリー・ウィンターズのほうが可愛らしくて、数年後の「狩人の夜」同様、彼女が気の毒でしょうがない。クリフトが彼女を殺したあと、「太陽がいっぱい」みたいな感じて彼の犯罪がばれて終わりかと思いきや、そのあとの裁判の様子や死刑囚になってからが長いのが意外でした。検察官のレイモンド・バーが異様な感じなのが、いかがなものかと思いました。

映画を見たので、あらためて植草甚一さんのエッセイを楽しもうと思ったのですが、演出を細かく分析しているので、その演出個所をDVDで見ながらでないと、十分楽しめそうにありません。だから、またあらためて。

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2008年11月15日 (土)

1975年11月に見た映画(その3)

11月15日(土) 獣人 (TVK) 3点

TVKはテレビ神奈川というUHF局で、私がアパートを借りていた調布の仙川というところでは、画面が荒くなるものの、かろうじて鑑賞に堪えうるという映り具合でした。ヌーベルバーグを好きになると、ルノワールは神様みたいなものだから、もっと点数が良くてもいいんだけど、トリュフォーやゴダールを好きになっても、まだ彼らが影響を受けた監督にまで興味が広がっていなかった。この頃は「大いなる幻影」しか見ていなかったはずで、ルノワールを好きになるのは3年後に「ピクニック」を見てから。バザンがルノワールについて書いたものをトリュフォーが編集した「ジャン・ルノワール」がフィルムアート社から出ていたけど、残念ながら現在は絶版のようです。それによれば、「獣人」は1938年の作品で、製作ロベール・アキム、原作エミール・ゾラ、脚色ルノワール、撮影キュルト・トラン、音楽ジョゼフ・コスマ、出演ジャン・ギャバン、シモーヌ・シモン。

故ポーリン・ケイル女史は "5001 Nights at the Movies" で次のように書いています。「ゾラの小説を第二帝政時代(1852-1870)から1930年代に移し替えている。ジャン・ギャバンがルアーブルからパリまで急行列車を走らせる開巻が印象的。列車が出てくる場面は、リアリスティックだが詩的で、本当に素晴らしい。そうした場面は野外撮影され、1938年のパリのサン・ラザール駅の様子がわかる。映画の雰囲気は驚嘆すべきもので、俳優たちも良い(シモーヌ・シモン、カレット、フェルナン・ルドゥー、ブランシェット・ブリュノワ、ルノワール自身)。だが、社会的枠組内での野蛮で抑制できない情熱といった素材が重苦しいものとなっており、ときどきギャバンが間抜けに見える。(1954年にハリウッドで再映画化された。フリッツ・ラング監督、グレン・フォード、グロリア・グレアム主演の "Human Desire" (「仕組まれた罠」「人間の欲望」))

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2008年11月14日 (金)

フィルムノワール(150): Lady in the Lake (1947)

今回は、あらすじを省略して、解説だけにします。

150. Lady in the Lake (1947) 湖中の女

監督主演ロバート・モンゴメリー、原作レイモンド・チャンドラー、脚本スティーブ・フィッシャー、撮影ポール・C・ボーゲル、音楽デビッド・スネル、他の出演ロイド・ノーラン、オードリー・トッター(エイドリアン)。MGM。105分。

最も異常なハリウッドの実験作品の一つである「湖中の女」は、ほとんど私立探偵フィリップ・マーロウの視点から撮影されている。この一人称カメラで撮影されていないのは、マーロウが椅子に座って、プロット上の様々な混乱要因を紹介し、謎を自ら解明して「予期しないことを期待する」よう観客に促す場面のみである。マーロウの視点のみに限定することで、マーロウにふりかかる不意の暴力のテンションと効果が高まる。特に興味深いのは鏡の使用である。マーロウがラベリーを訪ねた時、マーロウは鏡のそばにある時計を見る。マーロウは気づいていないが、ラベリーがマーロウを殴ろうとしているのがチラッと鏡にうつる。その直後、実際にマーロウは殴られ、画面が真っ暗になる。ついでながら、マーロウが相手の話を聞いている時、一人称カメラはマーロウの印象を記録する。たとえば、マーロウがエイドリアン・フロムセットに会っている時、魅力的な受付嬢が入ってくるのだが、マーロウは彼女の動きをずっと追って、彼女は誘惑的な表情で彼の「凝視」に答える。この技法は、視覚的な興味を増すだけでなく、エイドリアンのもったいぶった感じとマーロウの荒っぽいが、より誠実な人柄を対比させる。一年後にデルマー・デイビスが監督した「潜行者 Dark Passage」では、全体の半分ほどを一人称カメラが占め、この手法がプロットにとってより重要なものとなっているが、「湖中の女」のような一貫したカメラの人格化に欠けている。「潜行者」のカメラは、効果的に室内をうろつかないし、人物を細かく観察しない。

セリフはタフで肝がすわっている。マーロウに皮肉っぽいセリフは、ほぼ原作どおりである。たとえば、エイドリアンが「あなたの態度が気に入らないわ」と言うと、マーロウは「売り物じゃないからね」と答える。原作のエイドリアン・フロムセットはボスの献身的な情婦として半ば秘密めいているが、映画では完全な人物に仕上げられ、初めのほうではマーロウの主たる敵役となっている。言葉による彼らの対立関係は、謎がほとんど解けるまで活発に続く。最後に二人は互いにひかれていることを告白するのだが、これは、どんなに不自然であろうと観客はロマンチックなハッピーエンドを求めているという映画製作者の確信に基づいたセンチメンタルな驚きである。

結局、「湖中の女」で起こることは取るに足らないことである。観客に求められている視覚的な試練と通常の知覚の停止によって、完全なドラマ展開の必要性がなくなっている。ちょうど、機能上、「三つ数えろ The Big Sleep」の物語展開の混乱が問題とされないように。「湖中の女」の監督兼主演のロバート・モンゴメリーは、一人称スタイルにフィルムノワールのタッチを加えている。たとえば、弾丸で粉々になったシャワー室のガラスドアの向こうでジゴロの死体が見つかったり、警察がひどく敵対心を持っていたり、ミルドレッドの隠れ家が荒廃していたりする。しかし、モンゴメリーがフィルムノワールの社会的締めつけや存在論的苦悩を十分に喚起する人物やスタイルを見つけるのは、次の監督作品 “Ride the Pink Horse” である。

前にも書いたように、これは Film Noir Classic Collection, Vol. 3 というDVDボックスセットに入っています。来月買うつもりです。他の作品は次のとおり。すべて “Film Noir: An Encyclopedic Reference to the American Style" で解説しています。

  • 30. Border Incident (1949)
    監督アンソニー・マン。出演リカルド・モンタルバン、ジョージ・マーフィ。MGM。
  • 115. His Kind of Woman (1951) 替え玉殺人計画(テレビ題名)
    監督ジョン・ファロー。出演ロバート・ミッチャム、ジェーン・ラッセル、ビンセント・プライス、ティム・ホルト。RKO。
  • 201. On Dangerous Ground (1952) 危険な場所で
    監督ニコラス・レイ。出演アイダ・ルピノ、ロバート・ライアン。ワード・ボンド、エド・ベグリー。RKO。音楽バーナード・ハーマン。
  • 220. The Racket (1951) 脅迫者(テレビ題名)
    監督ジョン・クロムウェル。出演ロバート・ミッチャム、リザベス・スコット、ロバート・ライアン。RKO。

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2008年11月13日 (木)

シム・ウナは何処へ?

見ると必ず泣いてしまう「八月のクリスマス」(1998)ですが、自分が病院通いし始めた今見ると、ハン・ソッキュに感情移入しすぎてどうしようもなくなりそうなので、見る気がしません。http://www.youtube.com/watch?v=GQzq_Un-1Xc

透明感があって可愛かったシム・ウナは、2000年ごろに「美術館の隣の動物園」(1998年)と「カル」(1999年)が日本公開されて、来日して、フジテレビの目覚まし番組で軽部さんにインタビューを受けていましたが、おとなしそうな人でした。その後どうしたのかIMDb で調べたら、2000年の「Interview」以降出演作がないです。どうも彼女は俳優業が向いていなかったらしく、結婚したようです。http://www.chosunonline.com/article/20051019000025

私としては「八月のクリスマス」だけで十分なので、いろいろ出演してイメージを壊されるよりは、幸せな奥さんになっていただいたほうがありがたい。

プレストン・スタージェスの「七月のクリスマス」と二本立てで仮想上映してから4年もたつのか。http://homepage3.nifty.com/mylittlevillage/ftheater17.htm

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2008年11月12日 (水)

本日届いた各500円のDVD

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2008年11月11日 (火)

小山ルミの「キープ・ミー・ハンギング・オン」

これ笑えます。http://www.youtube.com/watch?v=Vq_8smkyfGU&feature=related

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デイブ平尾さん死去

私はグループサウンズで音楽が好きになった人間ですが、1968年の秋、私が小学校6年生の時に出た「愛する君に」というゴールデンカップスの曲が大好きでした。彼らが当時テレビ出演している映像が YouTube にアップロードされているのを最近知って、よく見ています。http://www.youtube.com/watch?v=40U_XduCrjg

とても軽い司会者が「ゴキゲンな曲ですね」と言うのに対して苦笑しながら「そうですね」というデイブ平尾さんがおかしい。ゴールデンカップスっていうのは、イケメン人気者のマモル・マヌー(ドラム)とルイズルイス加部(ベース)がバックにいて、外見はパッとしないけど、歌や演奏がうまい人たちが前面にいるグループだったんだなあ。これ、生演奏ですよね。マモル・マヌーはドラムが下手だったということですが、けっこう軽々と叩いていますよね。しかも歌いながら。ルイズルイス加部のベースもよく動く。エディ藩のギターもうまい。彼らが "I'm So Glad" を演奏しているのも見ることができます。http://www.youtube.com/watch?v=IrXJ3vpvKww

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1975年11月第2週に見た映画(その2)

最近、歯医者さんに通いだして、今日も行きます。歯医者さんには40年近く行ったことがなくて、その間虫歯があっても我慢していて、その跡が恥ずかしくて行きにくかったのですが、思い切って行ってみました。その結果、歯槽膿漏がかなり悪いことがわかりました。医者が治療するのかと思っていたら、ほとんど若い女性が治療してくれます。たぶん歯科衛生士という職種の人で、彼女がレントゲンを撮ったり、歯の磨き方を丁寧に説明してくれたり、歯槽膿漏のチェックをしたり、歯石を取ってくれたりします。歯槽膿漏のチェックは、針で歯茎を何十か所も刺して血の出具合を調べるというもので、この結果がかなり悪かったのです。歯石は機械で取るらしいのですが、目を閉じているので、どんなことをしているのかよくわかりません。口の中が血だらけになります。治療台が数台並んでいて、医者の先生はアチコチ回って、歯を削ったり抜いたりしているようです。発汗恐怖症というのに長年悩まされていて、汗が止まらなくなってパニックになるんじゃないかとおそれているのですが、インターネットで調べてみたら、不安や痛みで汗をかく人がけっこういるのがわかって少し安心したし、治療が始まればそちらに意識が集中するので、不安が吹っ飛んでしまいます。

11月11日(火) ローズマリーの赤ちゃん (大塚名画座) 4点
11月11日(火) エクソシスト (大塚名画座) 4点

「エクソシスト」は1年前の11月17日に尾道太陽館で見ています。そのときのことを今年3月14日にここに書いたのを転記します。

「エクソシスト」(1973)は、ウィリアム・フリードキンが「フレンチ・コネクション」の次に作った映画。ウィリアム・ピーター・ブラッティの原作を尾道の貸本屋で借りて読んだことを思い出しました。映画を見る前だったか後だったか忘れましたが。脚本もブラッティ。マイク・オールドフィールドのテーマ曲「チューブラー・べルズ」も話題になりました。悪魔に取りつかれた少女がリンダ・ブレア、その母親がエレン・バーンステイン、少女を救おうとする神父がジェイソン・ミラーとマックス・フォン・シドー。マックス・フォン・シドーが悪魔払いの専門家なんだけど、こういう専門家が途中から登場するという展開はワクワクします。「ドラキュラ」でピーター・カッシング演じるバン・ヘルシング教授が登場したり、「ポルターガイスト」で小柄な中年女性の超能力者が登場したりするのが。しかし、マックス・フォン・シドーは、ピーター・カッシングほどカッコ良く事件を解決してくれはしなかったような気がします。

ポランスキーの「ローズマリーの赤ちゃん」は、記録では、これ一度きりしか見ていません。意外。期待していたほど面白くなかったのは、先に大まかなストーリーを知っていたからかもしれません。怖さとかスリルとか、あまり感じなかったような気がします。でも、最近ポランスキーに対する興味が増したので、今見たら感心するかもしれません。1968年のアメリカ映画で、製作はウィリアム・キャッスル・プロ、配給はパラマウント。アイラ・レビン(「死の接吻」「ステップフォードの妻たち」「ブラジルから来た少年」)の原作をポランスキーが脚色。音楽はポランスキー作品でおなじみのクシシュトフ・コメダ。撮影はウィリアム・フレイカー(「ブリット」)。

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2008年11月10日 (月)

1975年11月第2週に見た映画(その1)

11月10日(月) 陽のあたる場所 (月曜ロードショー) 4点

植草甚一氏の「映画だけしか頭になかった」に「陽のあたる場所」のエッセイが収録されているので、それを読みます。初出は「映画の友」1952年10月号。

まず、ジョージ・スティーブンズの演出が「細部にわたって非常に凝ったもの」だとほめています。

「陽のあたる場所」は1951年9月初旬にアメリカで封切られて、そのときタイム誌がアカデミー作品賞に選ばれるだろうと書いていたのですが、結局、10月初旬に封切られた「巴里のアメリカ人」が作品賞を獲得します。9月下旬には「欲望という名の電車」、10月にはヒューストンの「勇者の赤いバッチ」とワイラーの「探偵物語」が封切られ、二か月の間に五本の一流作品が公開されたのでした。

JJ氏は、タイム誌の批評を紹介しながら、それに対する自らの意見を述べています。

「ジョージ・スティヴンスが製作、監督した故シオドア・ドライサー原作「アメリカの悲劇」の現代版は、第一に原作に忠実な映画化であり、第二に映画製作における芸術性を発揮した傑作であり、第三に大衆娯楽としても非常に見応えのある作品になっている」という部分に対して、JJ氏は、マイケル・ウィルソンとハリー・ブラウンの脚色が忠実かどうかは異論が出ているけれど、ジョージ・スティーブンズは細かい苦心によってドライサーの精神をよく出していると述べています。

モンゴメリー・クリフトは自然な演技で、エリザベス・テイラーは女らしさと気性の激しさを演じ、シェリー・ウィンターズは、おとなしいかと思うと短気を起こす今まで演じたことのない役柄をよく演じているとタイム誌が主演の三人をほめているのに対して、JJ氏は、具体的な例をあげています。

続いてタイム誌はスティーブンズの演出をほめます。これに対して、JJ氏は自分の印象に残ったシーンの演出を細かく説明しています。これを読むと、ボートのシーンをうっすら覚えているぐらいの私としては再見したくなってきます。500円のDVDが日本で発売されています。

タイム誌が音やカメラをほめているのに対して、JJ氏は音について少し説明したあと、フランツ・ワックスマンの音楽についての説明を加え、さらにオーバーラップの多用について解説します。「いままでオーヴァラップは場面と場面とのあいだに時間が経過したことを示す映画的処理として活用されてきましたが、ここではそれを超越して遥かに自由になり、作品のペースに関係あるところの技巧として使われていることに注意が向かいます。」

ここまでが映画の半分で、後半部分は、タイム誌を参考せずにJJ氏が解説しています。やっぱり映画を見ないと、JJ氏のこのエッセイは楽しめないな。近いうちに500円のDVDを買って、あらためて読んでみます。

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2008年11月 8日 (土)

Edward Branigan の "Narrative Comprehension and Film"

今、Edward Branigan の "Narrative Comprehension and Film" という本を読んでいます。これは1992年に出た本で、たぶん私がまだ東京にいたときに買ったんじゃないかと思います。神田神保町すずらん通りの東京堂で購入したような気がします。あそこの二階か三階の奥に洋書コーナーがあって、その隅に映画の本がけっこうありました。まだ、そんなに英語が読めないのに、David Bordwell の "Narration in the Fiction Fim" を買ったり、美術史家の Gombrich の本を集めたりしていました。

神田神保町の九段下方面に北沢書店という洋書屋さんがあって、そこでも Seymour Chatman の "Story and Discourse" や、今写真を飾っている "Reader-Response Criticism" などを購入していました。

てことは、10数年前から見る側に立って映画を考えようとしていたし、物語論や認知心理学に興味があったということです。で、1993年に田舎に帰ってからは翻訳の勉強や仕事が忙しくて、なかなか本気で映画の勉強ができなかったのですが、50すぎた今、基礎を固めておかないと、残り30年か20年か10年か、心臓の調子を考えたら5年ぐらいかもしれないけど、あっという間に人生が終わってしまう気がします。

で、Edward Branigan の "Narrative Comprehension and Film" に話を戻すと、例に挙げている作品がマニアックな気がします。グリフィスの "The Girl and Her Trust" やヒッチコックの「39夜」「間違えられた男」はまだしも、「戦慄の調べ Hangover Square」なんて、1年前に "Fox Horror Classics Collection" というDVDボックスセットを購入して初めて知った作品です。

チャンドラー原作のフィリップ・マーローもの「湖中の女 Lady in the Lake」が第5章「主観性」に出てきます。これは、全編カメラが主人公の目となっている実験的な作品で、いわゆる一人称カメラというやつなんですが、そういう風に撮影しても映画自体が一人称になることはなく、たぶん失敗作とされています。しかし、見ていないので、何とも言いようがないです。DVDを探してみると、"Film Noir Classic Collection, Vol. 3" に入っていました。他の作品は、"Border Incident" "His Kind of Woman" "On Dangerous Ground" "The Racket"。 Vol. 4 は少し前にお世話になりましたが、このシリーズ充実してますね。

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2008年11月 7日 (金)

1975年11月第1週に見た映画

11月07日(金) 美人泥棒 (東京12) 3点
11月07日(金) 危険がいっぱい (ゴールデン洋画劇場) 4点

「美人泥棒」は、アーサー・ヒラー監督、ナタリー・ウッド、ピーター・フォーク主演の泥棒コメディ。「刑事コロンボ」のピーター・フォークが好きだったので、期待していたのですが、さほど面白くなかった気がします。双葉さんは、白星3つ黒星3つで、かなりほめています。1966年のMGM映画で、原題は "Penelope"。音楽ジョン・ウィリアムズ、撮影ハリー・ストラドリング。ほかの出演者は、イアン・バネン、ディック・ショーン、ジョナサン・ウィンターズ、リラ・ケドロバ。

「危険がいっぱい」は、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン、ジェーン・フォンダ主演の犯罪ドラマ。1972年に福山グリーン劇場で一度見ているし、現在DVDを持っています。ブラックジョークみたいな話。親分の女と寝たためにギャングに追われているドロンが豪邸に逃げ込む。そこの女主人は、警察に追われている男を秘密の部屋で飼っている。最後、女主人とその男は死んで、女主人の姪のジェーン・フォンダがドロンを飼うことになる。ジェーン・フォンダが下着姿で悩殺しようとする場面があるのですが、どうも父親ヘンリー・フォンダの顔がちらついて、興奮しない。"Les Felins" という原題の1964年のフランス映画で、原作デイ・キーン、脚本パスカル・ジャルダン、チャールズ・ウィリアムズ、音楽ラロ・シフリン、撮影アンリ・ドカ。

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2008年11月 6日 (木)

Horizons West: アンソニー・マンの西部劇

じゃあ、ついでに、"Horizons West" を参考に、アンソニー・マンの西部劇も挙げておきます。点数と得票数は現時点でのIMDbのユーザー投票。

  • 流血の谷 Davil's Doorway (1950) 7.1点(225票)
    MGM。撮影ジョン・アルトン。出演ロバート・テイラー、ルイス・カルハーン。
  • ウィンチェスター銃73 Winchester '73 (1950) 7.8点(4059票)
    ユニバーサル。撮影ウィリアム・ダニエルズ。ジェームズ・スチュアート、シェリー・ウィンターズ、ダン・デュリエ
  • The Furies (1950) 7.5点(413票)
    パラマウント。撮影ビクター・ミルナー。音楽フランツ・ワックスマン。出演バーバラ・スタンウィック、ウォルター・ヒューストン、ウェンデル・コリー、ジュディス・アンダーソン。「復讐の荒野」(テレビ放映題名)。
  • 怒りの河 Bend of the River (1952) 7.4点(1740票)
    ユニバーサル。脚本ボーデン・チェイス。出演ジェームズ・スチュアート、アーサー・ケネディ、ロック・ハドソン。
  • 裸の拍車 The Naked Spur (1952) 7.5点(2374票)
    MGM。脚本サム・ロルフ、ハロルド・ジャック・ブルーム。出演ジェームズ・スチュアート、ロバート・ライアン、ジャネット・リー、ラルフ・ミーカー。
  • 遠い国 The Far Country (1954) 7.2点(1583票)
    ユニバーサル。脚本ボーデン・チェイス。撮影ウィリアム・ダニエルズ。出演ジェームズ・スチュアート、ルス・ローマン、ウォルター・ブレナン
  • ララミーから来た男 The Man from Laramie (1955) 7.4点(2006票)
    コロンビア。フィリップ・ヨーダン、フランク・バート。撮影チャールズ・ラング。音楽ジョージ・ダニング。出演ジェームズ・スチュアート、アーサー・ケネディ、ドナルド・クリスプ、キャシー・オドネル。
  • シャロンの屠殺者 The Last Frontier (1955) 6.4点(262票)
    コロンビア。脚本フィリップ・ヨーダン、ラッセル・S・ヒューズ。出演ビクター・マチュア、ジェームズ・ホイットモア、ロバート・プレストン、ガイ・マディソン、アン・バンクロフト。
  • 胸に輝く星 The Tin Star (1957) 7.4点(1113票)
    脚本ダドリー・ニコルズ。音楽エルマー・バーンステイン。出演ヘンリー・フォンダ、アンソニー・パーキンズ。
  • 西部の人 Man of the West (1958) 7.4点(1288票)
    脚本レジナルド・ローズ。出演ゲイリー・クーパー、ジュリー・ロンドン、リー・J・コッブ、アーサー・オコンネル。
  • シマロン Cimarron (1960) 6.3点(682票)
    MGM。脚本アーノルド・シュルマン。撮影ロバート・サーティース。音楽フランツ・ワックスマン。出演グレン・フォード、マリア・シェル、アン・バクスター、アーサー・オコンネル。

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2008年11月 5日 (水)

Horizons West: バッド・ベティカーの西部劇

1969年に発売された Jim Kitses の "Horizons West" という有名な本があって、アンソニー・マン、バッド・ベティカー、サム・ペキンパーの西部劇を論じていました。絶版なので何年か前に古本を購入したのですが、今年1月に "Horizons West: Directing the Western from John Ford to Clint Eastwood" という増補版が出たようです。ペキンパーの部分を補強して、ジョン・フォード、セルジオ・レオーネ、クリント・イーストウッドについて新たに論じているようです。

バッド・ベティカーのDVDボックスセットが米アマゾンから発送されたので、その記念として、"Horizons West" を参考に、ベティカーの西部劇を挙げておきます。点数と得票数は現時点でのIMDbのユーザー投票。

  • シマロン・キッド The Cimarron Kid (1951) 6.5点(112票)
    オーディ・マーフィ。
  • Bronco Buster (1952) 6.1点(17票)
    ジョン・ランド、スコット・ブラディ。テレビ放映題名「ロデオ」。
  • 征服されざる西部 Hrizons West (1952) 6.2点(112票)
    ロバート・ライアン、ジュリア・アダムズ、ロック・ハドソン。
  • 最後の酋長 Seminole (1953) 6.0点(168票)
    ロック・ハドソン、アンソニー・クイン、リー・マービン。
  • 平原の待伏せ The Man from the Alamo (1953) 6.6点(314票)
    グレン・フォード、ジュリア・アダムズ。
  • Wings of the Hawk (1953) 5.9点(29票)
    バン・ヘフリン、ジュリア・アダムズ。
  • 七人の無頼漢 Seven Men from Now (1956) 7.6点(829票)
    ランドルフ・スコット、ゲイル・ラッセル、リー・マービン。
  • 反撃の銃弾 The Tall T (1957) 7.5点(561票)
    ランドルフ・スコット、リチャード・ブーン、モーリン・オサリバン、ヘンリー・シルバ。
  • Decision at Sundown (1957) 6.6点(282票)
    ランドルフ・スコット。
  • Buchanan Rides Alone (1958) 6.8点(308票)
    ランドルフ・スコット。
  • Ride Lonesome (1959) 7.3点(549票)
    ランドルフ・スコット、リー・バン・クリーフ、ジェームズ・コバーン。
  • 決闘ウエストバウンド Westbound (1959) 6.6点(94票)
    ランドルフ・スコット、バージニア・メイヨ。
  • 決闘コマンチ砦 Comanche Station (1960) 7.1点(437票)
    ランドフル・スコット。
  • A Time for Dying (1969) 7.7点(49票)
    リチャード・ラップ、オーディ・マーフィ。

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2008年11月 4日 (火)

メルビルの「ギャング」

この前クライテリオンから出た「ギャング」面白かったあ。1988年に渋谷でフランスのギャング映画を特集したときに見て以来。リノ・バンチュラは、ドロンやベルモンドよりも重厚で凄味があって、こわいなあ。同じころ「女王陛下のダイナマイト」というジョルジュ・ロートネルのコメディ・アクションでも共演していたミシェル・コンスタンタンと一緒にいると、すごい迫力で、絶対この二人を敵に回したくない。終盤、仲間を裏切ることが死ぬほど嫌いなバンチュラが反撃に転ずるあたり、鬼気迫る。ピエール・ジメール扮するオルロフとかいう長身の寡黙な人物が登場して、出番は少ないけど、ドロン演じる「サムライ」のジェフ・コステロの先駆的存在といった感じで印象的です。ポール・ムーリッスの刑事も好演で、最後のオチが最高!別のギャング団が登場したかと思いきや、本当は警察で、ギャング団よりも残酷なことをするといったあたりも面白い。2時間半と少々長く、何をしているのかよくわからないシーンもあるけど、雰囲気がいいから4時間でも5時間でも見たい感じ。そういえば、廃墟となったアパートに強盗仲間が集まる場面もいいムードだなあ。原作はジョゼ・ジョバンニの「おとしまえをつけろ」。読み直してみよっと。

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2008年11月 3日 (月)

First R&R(20曲目):I'm Moving On (その3)

1950年3月、RCAビクターは、連続ドラマをレコードに録音する業者であるブラウン・ラジオ・プロダクションズの二階で最初の本格的なナッシュビル録音セッションを行った。エンジニアが、最新の機材と磁気テープを抱えてニューヨークから飛んできた。磁気テープは、新しい録音形態で、RCAビクターは大きな16インチ録音ディスクに代わるものとして期待していた。RCAビクターは、ブルースカイボーイズ、キティ・ウェルズ、ジョニー&ジャックなど、多くの主要カントリーアーティストをナッシュビルに呼んで、その週のうちに彼らの曲を録音した。ハンク・スノウのセッションは、3月28日の午後7時から10時に予定された。

その一年前、スノウは初めてアメリカで録音セッションを行った。それはシカゴだった。8曲録音したのだが、スティーブ・ショールズはスノウが書いた「アイム・ムービン・オン」を録音させなかった。「その曲には大いに自信があったが、RCAにはきっぱり断られてしまった。1950年にオープリーで歌っていた時、ナッシュビルで最初に録音セッションを行う機会を得たので、ショールズが気に入ろうが気に入るまいが、その曲を録音することを決心した。そのセッションのために選んだ曲は三曲だけだった。」そのうちの一曲、 "I Cried But My Tears Were Too Late" はスノウが作った曲で、他の二曲はヒル・アンド・レンジが選んだ曲だった。「それで、その夜の最後に「アイム・ムービン・オン」を忍び込ませた。曲を少し変えたので、たぶん彼は気づかなかっただろう。」

しかし、彼らが演奏を始めると、ショールズは曲がどう聞こえるべきかについて明確な考えを持った。フィドラーのトミー・バーデンは次のように言う。「あのイントロは少々トリッキーだった。スティーブ・ショールズは列車のような音を望んだので、私とベーシストのアーニー・ニュートンはそのように工夫した。」その結果、バーデンがフィドルでコードを交互に演奏してリズムを付け、ジョセフ・タルボットがスティールギターで寂しい汽笛をまねた。

密度の高い「アイム・ムービン・オン」を聴くと、四人の男だけで演奏しているなんて想像しがたい。膝にのせるタイプのギブソンの6弦電気スティールギターを演奏するタルボットはフィドルのトミー・バーデンと一つのマイクを共有した。レッド・フォリー Red Foley のバンドから来たアーニー・ニュートンは別のマイクでベースを鳴らし、ハンク・スノウは生ギターと歌を三番目のマイクから録音した。ショールズは、音を膨らませるために、不快感を与えるほどのレベルにまでアンプの音量を上げるようタルボットに指示した。録音セッション後、ショールズはタルボットに「今回の録音じゃ、一曲も使える曲はないな I don't think we've got a single side here we'll be able to use」と打ち明けた。

ヒル・アンド・レンジは "With This Ring I Three Wed" をA面にプッシュしたが、ディスクジョッキーたちはB面がお気に入りだった。「アイム・ムービン・オン」は21週間もカントリーチャートのトップに君臨し、ハンクの鼻にかかった歌声とバンドの純粋なヒルビリーサウンドにもかかわらず、ポップスファンもレコードを買った。「アイム・ムービン・オン」が大人気だったので、二曲目のトレインソング "The Golden Rocket" も二週間一位となり、「アイム・ムービン・オン」の完全なリメイクだった三曲目の "Rhumba Boogie" も八週間トップを続けた。この二曲の違いは、ちょっとしたルンバリズムがブギウギに織り込まれていることだけだった。

「アイム・ムービン・オン」は、朝鮮戦争でのアメリカ軍の非公式な行進曲のようなものになった。この奇妙な戦争の間、buggin' out (ずらかる)とう軍隊用語が生まれた。アメリカ軍は、山脈を上ったり下りたして、北朝鮮軍を敗走させたが、1950年12月に満州から中国共産党軍が攻めてくると、いそいで撤退した。

ハンク・スノウは大スターとなり、カントリーチャートに85曲送り込んだ。また、多くのロックンローラーに影響を与えた。プレスリーは、「アイム・ムービン・オン」や "(Now and Then) There's a Fool Such as I" など、ハンク・スノウの曲を数曲録音した。初期のプレスリーは、スノウのツアーに同行し、「グランド・オール・オープリー」のスノウのショーの中で「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」を歌った。1955年後期、エルビスをRCAビクターと契約させるようスティーブ・ショールズに興味を持たせたのはハンク・スノウだったし、プレスリーが録音した曲を管理する独占権を1万5千ドルで音楽出版社ヒル・アンド・レンジに買わせたのもスノウだった。ハンク・スノウのビジネスパートナーであるトム・パーカー大佐は、プレスリーの活動の導き役となる。

カントリー音楽は、ハンク・スノウが「アイム・ムービン・オン」を録音してから数々の変化を遂げている。多くの場合、悪い方向に向かっている。42年後の夜なかに彼の列車の音を聴くと、鉄道のロマンス以上のものを我々は失ってしまったと告げているようだ。

「グランド・オール・オープリーをよく聴いたものだし、ロカビリーの考案者であるハンク・スノウのような人々を聴いた。「アイム・ムービン・オン」はよく聴いたものだ。」(ブッカーTとMGズのベーシスト、ドナルド・ダック・ダン)

おわり

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2008年11月 2日 (日)

First R&R(20曲目):I'm Moving On (その2)

クラレンス・ユージン・スノウ Clarence Eugene Snow は、1914年5月9日に、カナダのノバスコティア州南岸の母子家庭に生まれた。5年生で学校をやめ、12歳で荷降ろしの仕事を始めた。「母親が雑誌の広告を見て、レッスン付きのギターを買ってくれた。仕事のない時は、そのギターを鳴らして過ごしていた。自分の稼ぎで買った最初のギターは5.95ドルで、古いT・イートン・スペシャルだった。」スノウは、カナダの通販ティモシー・イートンから購入したので、そう呼んでいた。彼が貨物船に乗って旅している間、アメリカ西部やカナダ平原の音楽に取りつかれた。特にお気に入りはジミー・ロジャーズだった。彼も労働者で、結核のために列車のブレーキ係をやめざるをえなくなって、カントリー歌手に転身した。「すべてはジミー・ロジャーズから始まった。私のヒーローだ。彼をコピーしようとした。彼の言葉づかい、歌詞の扱い方、ギター演奏、すべてを真似しようとした。「アイム・ムービン・オン」を書いている時、ジミーのことを考えていた。」彼は、自分の長男にジミー・ロジャーズ・スノウという名前を付けさえした。

ミシシッピー州生まれのジミー・ロジャーズがカントリー音楽の父であることはほぼ間違いない。1927年から亡くなった1933年5月まで彼がビクターに所属していた間、トレイン・ソング、ブルーズ、ジャズ、カウボーイ・ソングを数多く歌った。晩年の写真では、白いテンガロンハットに毛でおおわれた革ズボン(furry chaps)をまとった姿でポーズをとっている。このイメージによって、ジーン・オートリーはロジャーズの死の直後に歌手としての人生を歩み始めた。彼の最初のレコード "Methodist Pie" は非常に綿密にロジャーズを真似ていて、気味が悪いぐらいだ。しかし、ハンク・スノウがより引かれたのは、"Singing Brakeman" という1929年の短編映画のロジャーズで、鉄道員の帽子とオーバーオール姿で駅に座り、ギターを弾きながら "Waitin' for a Train" を歌っている。「私は昔の蒸気機関車が好きで、子供の頃よく追いかけていた」とスノウは言う。(まず第一にビクターがロジャーズと契約する気になったのは、バーノン・ダルハート Vernon Dalhart が "The Wreck of the Old 97" というヒルビリー・トレインソングで1927年にミリオンセラーを記録し、これがビクターにとって当時最大のヒットとなったからである。スノウはこの曲を1951年にカバーしている。)(訳注:この曲自体はジミー・ロジャーズとは関係なさそう。すなわち、別の歌手が歌ったトレインソングが大ヒットしたので、ビクターはトレインソングを歌う歌手を求めたということでしょう。)

クラレンス・スノウが最初に有名になったのはハリファックスのラジオのカントリー歌手としてだった。1936年、彼はモントリオールのカナダ・ビクターと契約し、名前をハンク・スノウに変え、ロジャーズの曲 "Yodeling Cowboy" にちなんで "Yodeling Ranger" として売り出した。彼の声が深みを増すと、"Singing Ranger" に変えた。1944年までに、スノウはもっと大物になることを決心し、アメリカに移った。彼がアメリカで最初に大当たりをとったのは、ウェストバージニア州ウェーリング郊外のラジオ局による「ウェストバージニア・ジャンボリー」で土曜日の夜に歌った時だった。ビクター(ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(RCA)と合併してRCAビクターとなっていた)は、カナダ・ビクターのためにスノウが録音していた "Brand on My Heart" を1948年に発売し、地方でヒットした。

スノウは、テキサス州で、アーネスト・タブ Ernest Tubb という別のジミー・ロジャーズ信奉者と出会った。彼は、裏で糸を引いて、1950年1月に「グランド・オール・オープリー」にスノウを出演させた。「オープリー」は全米20州で聴くことができたが、スノウは、彼が与えるであろう影響力を推し量ることができなかった。「最初の夜、拍手が非常に少なくて、とても失望した。すぐにナッシュビルをたとうとしたが、妻に説得されて残った。」ナッシュビルはまだ小さな町だったが、「グランド・オール・オープリー」に引き寄せられた音楽出版業者や曲の売込屋であふれ始めていた。ニューヨークの音楽出版社ヒル・アンド・レンジは、戦後のヒルビリーブームに乗ろうと、RCAのカントリー音楽A&Rマンであるスティーブ・ショールズ Steve Sholes と取引して、彼が抱えるミュージシャンにヒル・アンド・レンジと契約させた。その結果、ハンク・スノウは、RCAビクターとヒル・アンド・レンジの両方の契約下に入り、彼自身の歌についての契約を結び、ヒル・アンド・レンジお抱えの作曲家の曲しか録音できなくなった (signing over his own songs and recording only the music of composers in Hill and Range's stable)。

(続く)

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2008年11月 1日 (土)

First R&R(20曲目):I'm Moving On (その1)

20曲目は、ハンク・スノウと彼のレインボー・ランチ・ボーイズ Hank Snow and His Rainbow Ranch Boys の「アイム・ムービン・オン」。

  • カントリーチャート1位(21週)、ポップチャート27位
  • カテゴリー:ヒルビリー・ブギ
  • 作者:クラレンス・E・スノウ
  • レーベルと番号:RCA 21-0328 (78回転)、RCA 48-0328 (45回転)
  • A面:"With This Ring I Thee Wed"
  • 録音日・場所: 1950年3月28日、ナッシュビル
  • 発売日:1950年6月
  • なぜ重要か:本格的なブギリズムによるトレイン・ソングの最初の大ヒット曲。
  • 影響を受けたのは:
    ジミー・ロジャーズ Jimmie Rodgers のトレイン・ソング
    ロイ・エイカフ Roy Acuff の "Wabash Cannon Ball" (1936)
    ハンク・ウィリアムズ Hank Williams の "Pan American" (1947)
  • 影響を与えたのは:
    エルビス・プレスリーの "MYstery Train" (1955)
    ジョニー・バーネットのロックンロールトリオ Johnny Burnette Rock 'n' Roll Trio の "Train Kept A-Rollin'" (1956)
    アーロ・ガスリー Arlo Guthrie の "The City of New Orleans" (ポップチャート18位、1972)
  • 重要なリメイク:
    レイ・チャールズ(ポップチャート40位、1959)
    ドン・ギブソン(カントリーチャート14位、1960)
    マット・ルーカス Matt Lucas (ポップチャート56位、1963)
    プレスリー(1969)
    ジョン・ケイ John Kay(ポップチャート52位、1972)
    エミルー・ハリス(カントリーチャート5位、1983)

「グランド・オール・オープリーが迫ってきていたので、神が下りてきて、自然と私に「アイム・ムービン・オン」を書かかせた」とハンク・スノウは言う。しかし、この霊感にもかかわらず、RCAビクターからこの曲の録音を許可をもらうには神の介在が必要だった。しかも、RCAはB面として発売した。本人を含めて誰も「アイム・ムービン・オン」が100万枚以上売れて1950年最大のカントリーヒットになるなんて思ってもみなかった。

現代のアメリカ音楽は列車のリズムとロマンスに基づいている。特にカントリーミュージックがそうで、"Chattanooga Choo Choo," "The Wabash Cannon Ball," "The Orange Blossom Special," "Pan American" それに不運なオールド97といった列車が強力な原動力となった。「アイム・ムービン・オン」は、この伝統を大いに利用している。曲が始まると同時にパワー全開で、ギターは車輪のようにカチカチと鳴り、フィドルは煙のようにシュッシュッと音を立て、スティールギターは夜の孤独な汽笛のようにうめく。「あの大きな八輪列車が線路をゆっくり走り、お前が本当に愛していたパパはもう帰ってこない。俺は動き続ける。俺はすぐに旅立つ。お前は俺の小さくて古い空を高く飛びすぎた。だから、俺は動き続ける。」"That big eight-wheeler rollin' down the track, means your true lovin' datty ain't comin' back; I'm moving on, I'll soon be gone, your were flyin' too high for my little ol' sky. so I'm movin' on."

ハンク・ウィリアムズの "Pan American" のように、ハンク・スノウは、不実な女性を残して、南に向かう。「お前が誓いを破ったから、すべて終わりだ。だから、俺は動き続ける。」スノウは、曲の中ほどで、列車の比喩を使って、家庭生活を描く。「お前がエンジンを変えた以上、俺の幹線にくだらない女を乗せる余裕なんてない。」最後に、リスナーは、テネシー州で列車を降り、シュッシュッと鳴るフィドルと嘆き悲しむスティールギターが夜のなかに消えていくのを聞く。

(続く)

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