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2008年8月28日 (木)

「映画だけしか頭になかった」を楽しむ(その5)

「四角い本とスクェアな映画俳優」

なんか、いろんなことがとりとめもなく書いてあるエッセイです。この中で植草甚一氏が自分のことを「JJ氏」とは言ってないんだけど、便利なので、「JJ氏」を使わせてもらいます。

1970年10月の「季刊フィルム」7号に掲載されたものです。クリスチャン・メッツやメルロ・ポンティなどの論文が掲載されていて、難しい雑誌でした。全部で10数冊出たと思うのですが、そのうち何冊か持っていました。でも、1990年代の初めごろ、神田の矢口書店に売ってしまいました。今、インターネットで調べたら、14冊セットを3万8千円で売っています。

銀座のイエナ書店で「40年代のハリウッド」という四角い洋書を買ったという話から始まります。四角い本は、普通の縦長の本と違うので最初は気を引くけど、しまっておくと、だんだん嫌気がさしてくる。どうしてなんだろう?

そんなことを考えたってつまらないと思ったとき、俳優だって四角い(スクェア)のがいるじゃないかと考え始めます。いくつかトップクラスの俳優の顔が浮かんでくるが、表情はひとつだけで、変化がない。トップクラスになるとスクェアになってしまう。名前だけで生きるエスタブリッシュメントになってしまう。

この頃「イージー・ライダー」が公開されたらしく、ピーター・フォンダに言及します。「白昼の幻想」の彼はまったく平凡な顔つきの青年だったから「イージー・ライダー」の彼を見たときJJ氏はビックリするのですが、これ以上のフォンダを見ることは今後まあないだろう、と鋭い指摘をしています(私は、彼が監督主演した「さすらいのカウボーイ」が好きだったけど、今見るとどうだろう?)。

スター女優と観客との結びつきかたには二種類あると述べています。ひとつは、神秘的な美しさで相手役をまどわすファム・ファタール型の女優。「グレタ・ガルボの出現が末期的現象となった」が、ヒッチコックが「パラダイン夫人の恋」でアリダ・バッリからファム・ファタール的な魅力を引き出していると書いています。もうひとつは、エロティシズムを発散するバンパイア型で、セダ・バラ、バーバラ・ラマー、ジェッダ・グーダル、ルビッチの「寵姫ズムルン」のポーラ・ネグリ、ジャック・フェデーの「女郎蜘蛛」のスタシアナ・ナピエルコウスカを挙げています。ナピエルコウスカって知りませんが、「砂漠のなかにある女だけのアトランチッド国で女王アンチネアに扮した彼女は、その豊満な肉体だけでも一見の価値がある」と書いています。調べてみたら、つづりは Stacia Napierkowska で、なんとフイヤードの「吸血ギャング団」で、イルマ・ベップに殺されるダンサーじゃありませんか。

1920年代の終わりから30年代にかけて、観客層が若くなったために、女優が庶民的になったと述べています。その代表がクララ・ボウで、「ハリーの災難」のシャーリー・マクレーンは大柄なクララ・ボウに思えたそうです。

フランスの映画俳優ジャック・カトランが監督した「嘆きのピエロ」にロイス・モランという純情可憐な少女が出ていて、その後ハリウッド入りしたときはオカッパ頭でスクリーンに登場しました。オカッパといえばドイツ映画のルイーズ・ブルックスで、「パンドラの箱」と「倫落の女の日記」で強い印象を残しました。

これは昭和3年ごろのことで、ルイーズ・ブルックスのおかけで、日本でもオカッパ頭の女の子が出現し、モガとかフラッパーとか呼ばれました。モガはモダンガールの略、フラッパーはスコット・フィッツジェラルドの小説からアメリカで流行語となったものが輸入されたものだそうです。

グレタ・ガルボがクラーク・ゲーブルをまねて白いタートルネックのセーターを着た男性ルックが流行したが、日本で真似する女の子はいなかった。その代りに昭和6年ごろから疑似ガルボが出現した。玉の井にガルボそっくりな女がいたと友人から聞かされた一年後、今度は新宿の遊郭に自称ガルボが現れて、稼ぎ高で記録を作ったそうな。

アメリカでは「イージー・ライダー」のあとで疑似ピーター・フォンダが大勢出現したが、あのサングラスは細おもての大きな顔でないと似合わないので、日本人がやるとバケモノみたいになる。ロングヘアの自称ヒッピーが増えると、色なし丸レンズをかけた若者が目立つようになってきた。「あれはもちろんジョン・レノンの真似であり、ビートルズのレコードをどの程度まで聴き、その歌詞の意味を理解しているか知らないけれど、とてもよく似合うなと感心したものには、まだぶつかっていない。」

JJ氏は、中学の頃、ジャック・カトランが好きで、彼の出演作を全部見ました。その頃、ブロマイドを集めるのが流行し、みんな50枚ほど持っていたが、JJ氏はカトランのものばかり80枚集めます。

彼が監督した「嘆きのピエロ」をJJ氏が見たのは、「良い映画を褒める会」の三回目の推薦映画として上映されたときで、徳川無声が弁士でした。「嘆きのピエロ」は映画史には出てこないが、現役の二枚目俳優が自主映画を作ったのは最初だから、これはミスだとJJ氏は嘆きます。ジャック・カトランは監督マルセル・レルビエに発見されて、彼の映画によく出演したそうです。

「レルビエとカトランのコンビでは、スペインを背景にし、大きなバラ模様のあるワンピースを着たエーヴ・フランシスという女優が、年増の踊子に扮した「エルドラド」が、いま思いだしてみると部分的に「去年マリエンバートで」に似た風景の美しさがあって、どんな映画よりもノスタルジアを感じさせるのだ。それからデュラックの「貝殻と僧侶」より三年前の前衛派的な先駆的作品となった「人でなしの女」。これはフェルナン・レジェやクロード・オータン=ララたちが構成派と立体派との混合装置をつくり、ストーリーを無視した演出でいったメカニックな美しさの追求であって、アンチ=シネマと呼んでもいいものだった。批評家からケナされたが、フリッツ・ラングの「メトロポリス」が、いま見るとビックリするほど素晴らしいように、「人でなしの女」にしたて、おもしろい映画だったな、マルセル・レルビエも素晴らしい監督だったな、ということになるだろう。」

ここで脇役の話になって、ポランスキーの「袋小路」に出ているライオネル・スランダーに感心したと書いています。(「袋小路」は1966年の映画ですが、日本では少し遅れて70年ごろに劇場公開されました。)

またジャック・カトランの話に戻って、JJ氏が彼を好きになった根本的な原因は「フォトジェニック」だから、すなわち「写真ヅラがいい」からです。グレタ・ガルボほどフォトジェニックな美貌の持主はいないだろうし、「うたかたの恋」や「暁に帰る」のころのダニエル・ダリューなら同じくらいのレベルだった。しかし、エリザベス・テイラーになると、「ガルボ家の女中」程度。最近は、フォトジェニックでない俳優が逆にフォトジェニックになってきた。「イージー・ライダー」のピーター・フォンダがそうだが、彼はバレンチノ家の下男程度。

ここから早稲田大学時代の話になります。大学を出て神楽坂のほうへ歩いていくと、「嘆きのピエロ」の看板が掲げてあるペンキ屋があったり、「ガッセ」という名前の喫茶店があったり、洋書店があったりする。この洋書店は高級エロ本屋で、ある日紳士が何か買っているのでのぞいてみたらエロ写真だったというエピソードを語っています。

で、どういうつながりなのかわからないけど、ベン・ヘクト監督、クロード・レインズ主演「情熱なき犯罪」とノエル・カワード主演「生きているモレア」が封切られたという話になります。

「情熱なき犯罪」は反ハリウッド映画の先駆で、「まったくドライな感覚のものだが、計算されつくした簡潔なショットの積みかさねでもって、きわめて厳格な映画精神というものを感じさせた。」

「生きているモレア」は、少しセンチメンタルな映画で、JJ氏が「袋小路」で感心したライオネル・スタンダーが脇役で出てきます。「ガラガラ声で早口にまくしたてたが、苦虫を噛みつぶしたような顔をしているし、そこからユーモアが出てくるので面白い俳優だ」とJJ氏は思います。で、40年後に「袋小路」にヒョッコリ現れるのです。

JJ氏は、ライオネル・スタンダーから、サイレント映画時代の俳優に共通した誇張によるドラマティックな演技、特にイタリア映画女優の演技を連想します。ここで、ピナ・メルケルリ、フランチェスカ・ベルチーニ、マリア・ヤコビニといった名前が出てきますが、私には全然わからない女優さんたちです。

フォトジェニックやフォトジェニーという言葉は廃語同然ですが、JJ氏にとっては「夢」と同じ意味で、そうした夢の中に出てくるのがJJ氏にとっての本当の映画女優です。「フェリーニの「サテリコン」にバケモノみたいに濃厚なメーキャップをした女がたくさん出てくるが、あれは表現主義の影響であると同時に、フェリーニの記憶の奥にある昔のイタリア映画とむすびついた「夢」だったのだ。」

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