フィルムノワール入門 (57)
いよいよ Andrew Spicer の Film Noir も本日が最終回。最後は、映画監督の事例研究の、アンソニー・マン、ロバート・シオドマクに続く三人目フリッツ・ラングです。
スリラーを中心に作り続けてきたヒッチコックは、イギリス時代とアメリカ時代に一貫性があるし、シオドマクやビリー・ワイルダーといった亡命監督はドイツ時代にさほど功績を残していませんが、フリッツ・ラングは、「ドクトル・マブセ」「ニーベルンゲン」「メトロポリス」「M」などでドイツ時代から巨匠だったので、亡命先のハリウッドで作った約20本の娯楽映画との相違が特徴的です。世界映画史の観点からするとドイツ時代の作品が重要かもしれませんが、カイエ・デュ・シネマ誌あたりを中心とした作家主義の批評家たちによってハリウッド時代のラングも評価が高くなっているはずです。私自身、ハリウッド時代のほうが好きです。
ヒッチコックよりもユーモア度が少なくて、堅物だという印象があったのですが、「飾窓の女」や「スカーレット・ストリート」は、けっこうユーモアが感じられます。もちろん、エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエといった俳優に負うところも大きいのですが。ロビンソンの人間味あふれる演技は言うまでもありませんが、「スカーレット・ストリート」のヒモ野郎ダン・デュリエの演技も絶品です。それに、忘れてはならないのが「復讐は俺に任せろ」のグロリア・グレアム。こういった登場人物がうごめくハリウッドのラング作品はドイツ時代よりも私には興味深いのです。
では、読んでいきます。
ドイツ時代の「M」(1931)がフィルムノワールに与えた影響は大きいし、1930年代にハリウッドで作った「激怒」(1936, Fury) や「暗黒街の弾痕」(1937, You Only Live Once) も先駆的作品だ。この二作とも、ドイツ時代のラング作品のように、運命論が支配しているが、関心は個人の実存よりも社会に向いており、不況時代のアメリカの矛盾と緊張の強力な研究となっている。
自分がコントロールできない巨大な力に巻き込まれた、欠点はあるが、同情を呼ぶアウトサイダーの主人公は、多くのフィルムノワールの主人公の先駆的存在である。抑えた照明と異常なアングルが不安定感を作り出している。ラングは罪と無罪の曖昧さを利用しているだけでなく、これを、センセーショナルな出来事に飢え、個人の人生に無関心な現代のメディアに結びつけている。「激怒」での興奮しやすいニュースカメラマンとか、「暗黒街の弾痕」で主人公の裁判の結果を伝える見出し三種類を平然と作り上げてしまう植字工とか。
戦時中のスパイスリラーとして「マンハント」(1941)、「死刑執行人もまた死す」(1943)、「恐怖省」(1944)がある。これらの映画における精神異常のナチス、蔓延した恐怖の雰囲気、逃亡中の迫害された主人公も、フィルムノワールの初期の発展に影響を与えた。
罪の意識の問題と自己同一性の不安定さが全体的に存在するものの、ラングのフィルムノワールは大きく二つに分けることができる。
- テーマがフロイト風で、個人の欲望を中心とした作品
「飾窓の女」(1944)、「スカーレット・ストリート」(1945)、「扉の蔭の秘密」(1948)、「House by the River」(1949) - 自己と社会との相互関係に焦点を合わせた作品
「青いガーディニア」(1952)、「復讐は俺に任せろ」(1953)、「口紅殺人事件」(1955)、「条理ある疑いの彼方に」(1956)
ほかのフィルムノワール、「熱い夜の疼き」(1951)と「仕組まれた罠」(1954)は、社会現実主義的なメロドラマだ。
ラングの作品は、どうにもならない運命に支配されているとよく言われるが、これは彼の初期の作品に当てはまる。ラングは、1948年に書いた文章で、運命論を拒絶し、観客は第二次大戦後に成熟したので、選択規準を持った主人公の葛藤をドラマ化した複雑な映画を受入れることができると主張している。もはや映画を支配しているのは運命ではなく欲望なのである。
あとは上述の二つのグループに分けた作品の説明です。これらは「フィルムノワール作品リスト」の個々の映画について鑑賞するときに利用させてもらうことにして、今回はパス。
最後にハリウッド時代のフリッツ・ラングの作品リストを掲載します。
- 「激怒」 (1936) Fury
シルビア・シドニー、スペンサー・トレイシー主演。犯罪もの。 - 「暗黒街の弾痕」(1937) You Only Live Once
シルビア・シドニー、ヘンリー・フォンダ主演。犯罪もの。 - 「真人間」 (1938) You and Me
シルビア・シドニー、ジョージ・ラフト主演。犯罪ロマンスもの。 - 「地獄への逆襲」 (1940) The Return of Frank James
ヘンリー・フォンダ、ジーン・ティアニー主演。ジェシ・ジェームズの兄の復讐談。西部劇。 - 「西武魂」 (1941) Western Union
ロバート・ヤング、ランドルフ・スコット主演。西部劇。 - 「マンハント」 (1941) Man Hunt
ウォルター・ピジョン、ジョージ・サンダース、ジョーン・ベネット主演。ドイツのスパイから逃げる男。スリラー。 - 「死刑執行人もまた死す」 (1943) Hangmen Also Die!
ブライアン・ドンレビー、ウォルター・ブレナン主演。gooによると、「第2次大戦中のプラハを舞台に、ナチスに追われるレジスタンスの恐怖を描く。」 - 「恐怖省」 (1944) Ministry of Fear
レイ・ミランド主演。ナチのスパイの陰謀を偶然知った男が陰謀を阻止しようとする。 - 「飾窓の女」 (1944) The Woman in the Window
エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエ主演。ショーウィンドウに飾ってある女性の絵に魅せられた男が、強迫と殺人の悪夢に陥る話。 - 「スカーレット・ストリート」 (1945) Scarlet Street
ルノワールの「牝犬」のリメイク。悪女とそのヒモにだまされる日曜画家。こちらに書いています。 - 「外套と短剣」 (1946) Cloak and Dagger
ゲイリー・クーパー、リリー・パーマー主演。冒険ロマンス。 - 「扉の蔭の秘密」 (1947) Secret Beyond the Door
ジョーン・ベネット、マイケル・レッドグレーブ主演。青髭のフロイト版。 - 「House by the River」 (1950)
ルイス・ヘイワード、リー・ボウマン、ジェーン・ワイアット主演。狂った作家がメイドを殺し、兄弟に死体を隠すのを手伝ってもらうが、その兄弟が容疑者にされるゴシック・ミステリー。 - 「American Guerilla in the Phillippines」(1950)
タイロン・パワー、ミシュリーヌ・プレール主演。第二次大戦中、日本軍のフィリピン侵略に対抗してアメリカ兵が結成したゲリラの話らしい。 - 「無頼の谷」 (1952) Rancho Notorious
マレーネ・デートリッヒ、アーサー・ケネディ主演。西部劇。 - 「熱い夜の疼き」 (1952) Clash by Night
バーバラ・スタンウィック、ロバート・ライアン主演。こちらに書いています。 - 「青いガーディニア」 (1953) The Blue Gardenia
アン・バクスター、リチャード・コンテ主演。電話交換手が酔っ払い、男の厄介になる。翌朝彼のアパートで目覚め、自分が殺人を犯したんじゃないかという恐怖に襲われる。 - 「復讐は俺に任せろ」 (1953) The Big Heat
グレン・フォード、グロリア・グレアム、リー・マービン主演。妻を殺された刑事の復讐。 - 「仕組まれた罠」 (1954) Human Desire
ルノワールの「獣人」のリメイク。こちらに書いています。 - 「ムーンフリート」(1955) Moonfleet
スチュアート・グレンジャー、ジョージ・サンダース、ジョーン・グリーンウッド主演。18世紀イギリスを舞台にした冒険もの。 - 「口紅殺人事件」 (1956) While the City Sleeps
ダナ・アンドリュース、ロンダ・フレミング、ジョージ・サンダース主演。連続女性殺人魔を追う敏腕記者。 - 「条理ある疑いの彼方に」 (1956) Beyond a Reasonable Doubt
ダナ・アンドリュース、ジョーン・フォンテーン主演。死刑反対の作家が
自らストリッパー殺しの罪で裁判にかけられ、状況証拠の間違いを証明しようとするが...。
【スカーレット・ストリート】
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)




















最近のコメント