2012年5月25日 (金)

フィルムノワール入門 (57)

いよいよ Andrew Spicer の Film Noir も本日が最終回。最後は、映画監督の事例研究の、アンソニー・マン、ロバート・シオドマクに続く三人目フリッツ・ラングです。

スリラーを中心に作り続けてきたヒッチコックは、イギリス時代とアメリカ時代に一貫性があるし、シオドマクやビリー・ワイルダーといった亡命監督はドイツ時代にさほど功績を残していませんが、フリッツ・ラングは、「ドクトル・マブセ」「ニーベルンゲン」「メトロポリス」「M」などでドイツ時代から巨匠だったので、亡命先のハリウッドで作った約20本の娯楽映画との相違が特徴的です。世界映画史の観点からするとドイツ時代の作品が重要かもしれませんが、カイエ・デュ・シネマ誌あたりを中心とした作家主義の批評家たちによってハリウッド時代のラングも評価が高くなっているはずです。私自身、ハリウッド時代のほうが好きです。

ヒッチコックよりもユーモア度が少なくて、堅物だという印象があったのですが、「飾窓の女」や「スカーレット・ストリート」は、けっこうユーモアが感じられます。もちろん、エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエといった俳優に負うところも大きいのですが。ロビンソンの人間味あふれる演技は言うまでもありませんが、「スカーレット・ストリート」のヒモ野郎ダン・デュリエの演技も絶品です。それに、忘れてはならないのが「復讐は俺に任せろ」のグロリア・グレアム。こういった登場人物がうごめくハリウッドのラング作品はドイツ時代よりも私には興味深いのです。

では、読んでいきます。

ドイツ時代の「M」(1931)がフィルムノワールに与えた影響は大きいし、1930年代にハリウッドで作った「激怒」(1936, Fury) や「暗黒街の弾痕」(1937, You Only Live Once) も先駆的作品だ。この二作とも、ドイツ時代のラング作品のように、運命論が支配しているが、関心は個人の実存よりも社会に向いており、不況時代のアメリカの矛盾と緊張の強力な研究となっている。

自分がコントロールできない巨大な力に巻き込まれた、欠点はあるが、同情を呼ぶアウトサイダーの主人公は、多くのフィルムノワールの主人公の先駆的存在である。抑えた照明と異常なアングルが不安定感を作り出している。ラングは罪と無罪の曖昧さを利用しているだけでなく、これを、センセーショナルな出来事に飢え、個人の人生に無関心な現代のメディアに結びつけている。「激怒」での興奮しやすいニュースカメラマンとか、「暗黒街の弾痕」で主人公の裁判の結果を伝える見出し三種類を平然と作り上げてしまう植字工とか。

戦時中のスパイスリラーとして「マンハント」(1941)、「死刑執行人もまた死す」(1943)、「恐怖省」(1944)がある。これらの映画における精神異常のナチス、蔓延した恐怖の雰囲気、逃亡中の迫害された主人公も、フィルムノワールの初期の発展に影響を与えた。

罪の意識の問題と自己同一性の不安定さが全体的に存在するものの、ラングのフィルムノワールは大きく二つに分けることができる。

  • テーマがフロイト風で、個人の欲望を中心とした作品
    「飾窓の女」(1944)、「スカーレット・ストリート」(1945)、「扉の蔭の秘密」(1948)、「House by the River」(1949)
  • 自己と社会との相互関係に焦点を合わせた作品
    「青いガーディニア」(1952)、「復讐は俺に任せろ」(1953)、「口紅殺人事件」(1955)、「条理ある疑いの彼方に」(1956)

ほかのフィルムノワール、「熱い夜の疼き」(1951)と「仕組まれた罠」(1954)は、社会現実主義的なメロドラマだ。

ラングの作品は、どうにもならない運命に支配されているとよく言われるが、これは彼の初期の作品に当てはまる。ラングは、1948年に書いた文章で、運命論を拒絶し、観客は第二次大戦後に成熟したので、選択規準を持った主人公の葛藤をドラマ化した複雑な映画を受入れることができると主張している。もはや映画を支配しているのは運命ではなく欲望なのである。

あとは上述の二つのグループに分けた作品の説明です。これらは「フィルムノワール作品リスト」の個々の映画について鑑賞するときに利用させてもらうことにして、今回はパス。

最後にハリウッド時代のフリッツ・ラングの作品リストを掲載します。

  1. 「激怒」 (1936) Fury
    シルビア・シドニー、スペンサー・トレイシー主演。犯罪もの。
  2. 「暗黒街の弾痕」(1937) You Only Live Once
    シルビア・シドニー、ヘンリー・フォンダ主演。犯罪もの。
  3. 「真人間」 (1938) You and Me
    シルビア・シドニー、ジョージ・ラフト主演。犯罪ロマンスもの。
  4. 「地獄への逆襲」 (1940) The Return of Frank James
    ヘンリー・フォンダ、ジーン・ティアニー主演。ジェシ・ジェームズの兄の復讐談。西部劇。
  5. 「西武魂」 (1941) Western Union
    ロバート・ヤング、ランドルフ・スコット主演。西部劇。
  6. 「マンハント」 (1941) Man Hunt
    ウォルター・ピジョン、ジョージ・サンダース、ジョーン・ベネット主演。ドイツのスパイから逃げる男。スリラー。
  7. 「死刑執行人もまた死す」 (1943) Hangmen Also Die!
    ブライアン・ドンレビー、ウォルター・ブレナン主演。gooによると、「第2次大戦中のプラハを舞台に、ナチスに追われるレジスタンスの恐怖を描く。」
  8. 「恐怖省」 (1944) Ministry of Fear
    レイ・ミランド主演。ナチのスパイの陰謀を偶然知った男が陰謀を阻止しようとする。
  9. 「飾窓の女」 (1944) The Woman in the Window
    エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエ主演。ショーウィンドウに飾ってある女性の絵に魅せられた男が、強迫と殺人の悪夢に陥る話。
  10. 「スカーレット・ストリート」 (1945) Scarlet Street
    ルノワールの「牝犬」のリメイク。悪女とそのヒモにだまされる日曜画家。こちらに書いています
  11. 「外套と短剣」 (1946) Cloak and Dagger
    ゲイリー・クーパー、リリー・パーマー主演。冒険ロマンス。
  12. 「扉の蔭の秘密」 (1947) Secret Beyond the Door
    ジョーン・ベネット、マイケル・レッドグレーブ主演。青髭のフロイト版。
  13. 「House by the River」 (1950)
    ルイス・ヘイワード、リー・ボウマン、ジェーン・ワイアット主演。狂った作家がメイドを殺し、兄弟に死体を隠すのを手伝ってもらうが、その兄弟が容疑者にされるゴシック・ミステリー。
  14. 「American Guerilla in the Phillippines」(1950)
    タイロン・パワー、ミシュリーヌ・プレール主演。第二次大戦中、日本軍のフィリピン侵略に対抗してアメリカ兵が結成したゲリラの話らしい。
  15. 「無頼の谷」 (1952) Rancho Notorious
    マレーネ・デートリッヒ、アーサー・ケネディ主演。西部劇。
  16. 「熱い夜の疼き」 (1952) Clash by Night
    バーバラ・スタンウィック、ロバート・ライアン主演。こちらに書いています
  17. 「青いガーディニア」 (1953) The Blue Gardenia
    アン・バクスター、リチャード・コンテ主演。電話交換手が酔っ払い、男の厄介になる。翌朝彼のアパートで目覚め、自分が殺人を犯したんじゃないかという恐怖に襲われる。
  18. 「復讐は俺に任せろ」 (1953) The Big Heat
    グレン・フォード、グロリア・グレアム、リー・マービン主演。妻を殺された刑事の復讐。
  19. 「仕組まれた罠」 (1954) Human Desire
    ルノワールの「獣人」のリメイク。こちらに書いています
  20. 「ムーンフリート」(1955) Moonfleet
    スチュアート・グレンジャー、ジョージ・サンダース、ジョーン・グリーンウッド主演。18世紀イギリスを舞台にした冒険もの。
  21. 「口紅殺人事件」 (1956) While the City Sleeps
    ダナ・アンドリュース、ロンダ・フレミング、ジョージ・サンダース主演。連続女性殺人魔を追う敏腕記者。
  22. 「条理ある疑いの彼方に」 (1956) Beyond a Reasonable Doubt
    ダナ・アンドリュース、ジョーン・フォンテーン主演。死刑反対の作家が
    自らストリッパー殺しの罪で裁判にかけられ、状況証拠の間違いを証明しようとするが...。

【スカーレット・ストリート】

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2012年5月24日 (木)

映画と感情: Emotion and the Structure of Narrative Film (48)

雑誌スクリーンの1970年5月号の表紙は、ロベール・アンリコの「冒険者たち」(1967)のレティシアを演じたジョアンナ・シムカス。昔はジョアナと表記されていました。主にフランス映画に出ていたので、フランス語だと、そう発音されるのでしょうかね。1968年の「失われた男」で共演したシドニー・ポワチエと仲良くなり、1976年に結婚し、女優を引退し、現在に至っています。ポワチエは現在85歳、シムカスは68歳。

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スクリーンの5月号は読者の人気投票発表号で、この1970年にシムカスは女優部門で、オリビア・ハシー、オードリー・ヘップバーンに次いで3位。スクリーン誌の分析によると、70年5月号が対象にしている1969年には、たいした作品に出ていないので、「冒険者たち」人気が続いているんじゃないかとのこと。しかし、「冒険者たち」が公開された1967年を対象とした1968年5月号では20位にやっと顔を出し、1969年5月号では14位で、それから3位に躍進したわけです。1970年には公開作品がなかったにもかかわらず、1971年5月号では7位にとどまっています。「冒険者たち」は、公開された当初から読者人気1位でしたが、いつまでも映画ファンの心に残っているようです。

エド・タンの本。第4章「感情の構造」の最初の部分。かなり端折ってしまいました。端折った箇所が今後必要となったら、後戻りすることにします。

【1. 感情としての興味】

この章の目的の一つは、興味は関心に基づいていること、映画の刺激によって状況の意味が組み立てられること、この二つのことによって行動傾向が生じるのを示すことである。状況の意味の組立は、虚構世界における存在の幻影に基づいており、展望も含まれている。現在の状況は別の状況に対する強い期待を喚起する。期待された状況は非常に感情的なものであり、さらに、虚構世界において満足できる結末を期待させる。

虚構の効果によって観客は目撃者という役割にしばられているため、行動傾向は探究に限定されるかもしれない。観客は行動に参加することができない。だが、期待を作り出し、その期待が満たされることを求めて、今後の展開を予想しながら、映画の動きを追うことができる。この行動傾向によって、興味は、無感情の冷静な認知である注意と区別される。興味は、他の行動傾向と同じく、他の行為や、矛盾した認知や知覚を背後に追いやる。

【クラスペディア】

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2012年5月23日 (水)

フランソワ・ド・ルーベのサントラ集

中一になった1969年には意識的に音楽を聴くようになっていたのですが、ラジオを聴き始めたのは1968年の正月あたりからで、その間は音楽的に胎内にいたようなものです。その頃ラジオから聞こえてきたモンキーズやビージーズは、その後バカにする反抗期のようなものがあっても、自分の心に深く刻まれており、結局、回帰してしまうのです。だから、モンキーズのデイビー・ジョーンズにしても、ビージーズのロビン・ギブにしても、自分にとっては、とっくの昔から過去の人になっていたはずなのに、訃報を聞くと感慨深いものがあります。ビージーズは兄弟だから、どれが誰の声かよくわからないのですが、ロビンは一番哀愁があったように思います。「ニューヨーク炭鉱の悲劇」「ホリデイ」「ワールド」「ジョーク」といった私の好きな哀愁のあるビージーズの曲は彼の貢献度が高かったのかもしれません(不確かですが)。1969年にグループから離れて「救いの鐘」をヒットさせますが、いつの間にかグループに戻っていました。70年代以降は自分には懐かしくなくて、「恋のナイトフィーバー」の頃の曲を聴いても何も感じません。

昨日は Buono! (ボーノ) が2月に行った「Real」と名づけられたコンサートツアー(1回きりのパリ公演を含む)の最終日の映像が届きました。女性だけのドルチェというバンドを従えており、ドラム、ベース、ギター、キーボード、ボーカル3人という編成がスリー・ドック・ナイトです。印象的なギターのお姉さんが別の若そうな女性に代わっていて、ちょっと寂しい。真ん中あたりはバンドが引っ込んでカラオケになるし、バンド演奏も下地の音に合わせて演奏しているようで、バンドからは聞こえてくるはずのない音も聞こえてきます。とはいえ、ロックテイストのアイドルグループは珍しいし、つんくの曲が少ないのもハロプロとしては珍しい。歌のしっかりした三人のボーノはハロプロの中で最高のグループかもしれませんが、彼女たちが所属しているベリーズ工房とキュートあってこそなので、声高にそう言ってしまうのは、はばかられます。鈴木愛理が一番人気のようだし、髪を切ってボーイッシュになった夏焼雅は女の子があこがれそうだし、嗣永桃子もキャラ立ちしてきたしで(50歳の自分にあてた手紙で笑わせてくれる)、消え去りそうだった昨年と比べたら、ウソみたいに元気です。真ん中あたりのドルチェメンバー紹介のあと「Independent Girl~独立女子であるために」へ移行するところからアンコールの「ロックの神様」までの10曲ほどは興奮しちゃって、テレビの前でさえ汗がにじみ出てきそうだったので、会場にいた人たちはどんだけ汗をかいたことでしょう。ももちが50歳になるまで私は生きていけないと思うけど、生きている間は歌い続けてほしい。

さて、水曜はキートンの日ですが、今日はお休みして、昨日「追想」を追想していて、大好きだったことを思い出した映画音楽家フランソワ・ド・ルーベの私のコレクションを紹介します。

まず、1976に出たフランス盤LPの第一集。

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ジャケットの内部です。まず1面の紹介。一番上、二段目の左から右、三弾目という順番です。

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  1. 追想 (1975)
    ロベール・アンリコ監督、フィリップ・ノワレ、ロミー・シュナイダー。
  2. Ou est passe Tom? (1971)
    ジョゼ・ジョバンニ監督、ルーファス、アレクサンドラ・スチュワルト。 「トムはどこへ行ったか」トムは政治犯を解放する団体の秘書。独裁者を殺したために、多くの政治犯がいる刑務所に入れられる。みなを逃亡させることを企てるが、ついてきたのは一人だけだった。他の政治犯たちは、刑務所に残って、裁判所で証言することを選んだ。未見。
  3. オー! (1968)
    ジョゼ・ジョバンニ原作、ロベール・アンリコ監督、ジャン・ポール・ベルモンド、ジョアンナ・シムカス、ポール・クローシェ。チンピラが一匹狼として世間で騒がれるが・・・。
  4. 最後のアドレス (1970)
    ジョゼ・ジョバンニ監督、リノ・バンチュラ、マルレーヌ・ジョベール、ミシェル・コンスタンタン、ポール・クローシェ。バンチュラ刑事がジョベールとともに殺人の捜査をする。
  5. Les caids (1972)
    ロベール・アンリコ監督、セルジュ・レジアニ、ジュリエット・ベルト、ミシェル・コンスタンタン。銀行強盗もの。未見。
  6. Pour un sourire (1969)
    フランソワ・デュポン・ミディ監督、マリナ・ブラディ、ブルーノ・クレメール。「ほほえみのために」。コメディ。未見。
  7. La mer est grande (1973)
    テレビドラマらしい。未見。

次は2面。

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  1. ベラクルスの男 (1968)
    ジョゼ・ジョバンニ監督、リノ・バンチュラ。フランスの殺し屋が革命派に雇われて中米の国にやってくる。
  2. ラムの大通り (1971)
    ロベール・アンリコ監督。リノ・バンチュラ、ブリジッット・バルドー、ギイ・マルシャン。コメディ・アクション。密造酒の運び屋船長がサイレント映画のスターと恋仲になる。
  3. サムライ (1967)
    ジャン・ピエール・メルビル監督、アラン・ドロン。孤独な殺し屋の話。
  4. Le gobbo (1969)
    不明。未見。
  5. R.A.S. (1973)
    イブ・ボワッセ監督。戦争ドラマ。未見
  6. 男たちの掟 (1965)
    ロベール・アンリコ監督、ブールビル、リノ・バンチュラ、マリー・デュボワ、ミシェル・コンスタンタン、ポール・クローシェ。コメディ。ブールビルが小さな製材所を相続したのでフランスに帰ってくるが、ぐうたらな従業員や大会社の妨害のために、なかなかうまくいかない。未見。
  7. L'homme orchestre (1970)
    ルイ・ド・フュネス主演のコメディ。未見。

1977年の第2集。

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1面

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  1. 冒険者たち (1967)
    ロベール・アンリコ監督、ドロン、バンチュラ、ジョアンナ・シムカス、セルジュ・レジアニ、ポール・クローシェ。夢破れた男二人と女一人が財宝を捜しにアフリカに行くが、ギャングに狙われる。
  2. Les amis (1971)
    「あこがれ」や「いとこ同志」の俳優ジェラール・ブランの監督作。未見。
  3. Les chevaliers du ciel
    1967年から70年まで40話ほどあるテレビシリーズらしい。未見。
  4. Les levres rouges (Daughters of Darkness) (1971)
    ハリー・クメル監督、デルフィーヌ・セイリグ。ホラー。未見。
  5. La peau de torpedo (1970)
    ジャン・ドラノワ監督、ステファーヌ・オードラン、クラウス・キンスキー、リリー・パーマー、ミシェル・コンスタンタン。犯罪もの。未見。
  6. さらば友よ (1968)
    ジャン・エルマン監督、ドロン、チャールズ・ブロンソン、ブリジット・フォッセイ。金庫からお金を盗もうとして、ビルに閉じ込められる二人の男。

2面

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  1. ジェフ (1969)
    ジャン・エルマン監督、ドロン、ミレイユ・ダルク。犯罪もの。
  2. ラ・スクムーン (1972)
    ジョゼ・ジョバンニ原作。ジャン・ベッケル監督が「勝負(かた)をつけろ」(1961) として映画化したものを、原作者自身が同じベルモンド主演で再映画化。クラウディア・カルディナーレ、ミシェル・コンスタンタン共演。
  3. L'etalon (1970)
    ジャン・ピエール・モッキー監督、ブールビル。未見。
  4. Enqueteurs associes (1970)
    犯罪もののテレビシリーズらしい。未見。
  5. Les Anges (1973)
    ミシェル・ブーケ主演の犯罪もの。未見。
  6. Le trois de coeur (1976)
    冒険もののテレビシリーズ。未見。

オマケは、何年か前に買った仏盤CD。「ラムの大通り」のCDと「冒険者たち」と「サムライ」が一緒になったCD。

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2012年5月22日 (火)

1979年5月第3週に見た映画

5月21日(月) シカゴ・シカゴ (東京12) 3点
5月22日(火) 暴力教室 (新宿昭和館) 1点
5月22日(火) 博奕打ち外伝 (新宿昭和館) 3点 
5月22日(火) 脱獄・広島殺人囚 (新宿昭和館) 2点
5月23日(水) 生き残るヤツ (東京12) 3点
5月23日(水) 栄光への挑戦 (テレビ神奈川) 2点
5月23日(水) 荒鷲の要塞 (水曜ロードショー) 2点
5月23日(水) 駅前番頭 (フジ) 2点
5月24日(木) パリの灯は遠く (池袋文芸坐) 4点
5月24日(木) 凱旋門 (池袋文芸坐) 2点
5月24日(木) セザール (お茶の水アテネフランセ) 2点
5月26日(金) 追想 (三鷹オスカー) 5点
5月26日(金) 愛の嵐 (三鷹オスカー) 2点
5月26日(金) 地獄に堕ちた勇者ども (三鷹オスカー) 4点
5月26日(金) 母子草 (東京12) 5点

月曜は昼2時からの1時間半枠の番組で見たのだと思います。「シカゴ・シカゴ」 (1969, Gaily Gaily 別名 Chicago Chicago) はノーマン・ジェイソン監督の日本劇場未公開作品。原作はベン・ヘクトの小説。若い頃シカゴに出てきて、ジャーナリストになるという自伝的小説なんですかね。不確かです。出演ボー・ブリッジス、メリナ・メルクーリ、ブライアン・キース、ジョージ・ケネディ、ヒューム・クローニン、マーゴット・キダーら。制作もジェイソンで、制作助手がハル・アシュビー、音楽ヘンリー・マンシーニ、撮影リチャード・H・クライン。ジャンルはコメディ。

火曜の昭和館での三本立ては、あまり収穫がなかったようで。「暴力教室」は1976年の東映作品で、少し前に見た「横浜暗黒街・マシンガンの竜」で監督デビューした岡本明久の二作目。長年助監督をやってきて、40歳近くでデビューした人に対して申し訳ないですが、どちらも面白くなかったです。松田優作の新任教師が館ひろしをリーダーとする非行生徒たちと対決したのち、一緒に腐敗した学校に立ち向かう話のようです。

「博奕打ち外伝」は、山下耕作監督、鶴田浩二主演で、こんな人間関係。

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当時の記録によると、殴り込みなど、派手なアクションがない。ラストの鶴田と若山富三郎の対決もあっという間に終わってしまう。健さんと文太は、あくまで脇役で、抑えた演技。松方弘樹が異質で、彼の出現のために、みんなオロオロしていて、彼の映画だと書いています。すでに任侠映画が衰退し、「仁義なき戦い」の予感がするって書いているので、狂犬のような役柄だったのだろうか。ちなみに、「仁義なき戦い」の前年の1972年の映画です。1967年から10本作られた「博奕打ち」シリーズの最後の作品。

「脱獄・広島殺人囚」は、中島貞夫監督、松方弘樹主演。終戦直後の話。当時の感想は次のとおり。「松方弘樹の脱獄物語で、なんか「パピヨン」に影響されたみたい。何回も脱獄をくり返すのだが、面白いのはモノローグが入ることだ。ラストのこれからどうなるか、で終わるのはいいんだけど、なんか下品な映画。」

23日は一日中家にいて、計5本テレビで見る予定が、「ママは二挺拳銃」をお休みして4本しか見なかったと書いています。

「生き残るヤツ」 (1971, Born to Win) は、アイバン・パサー監督、ジョージ・シーガル、カレン・ブラック主演。ロバート・デ・ニーロが出ているらしく、最近の米盤DVDでは彼が主演みたいなジャケットです。「アメリカンニューシネマの枠内に入れることができる。しがない主人公、孤独な都会、麻薬、アメリカの恥部がその背景だ。主人公は麻薬中毒。何を見たって同じ。この頃のこんな映画は」というのが当時の感想。

続いて「栄光への挑戦」。1966年の日活映画で、舛田利雄監督、石原裕次郎、浅丘ルリ子主演の日活映画。東宝の小林桂樹が出ているのが珍しい。当時の感想は次のとおり。「この頃の日活映画は何を見たって同じ。裕次郎と川地民夫はボクサー仲間だったが、それを廃業して、今は会社をやっている。初めは小さなものだったが、今では大きな会社である。その進出を恐れた別の会社が裕次郎をおとしいれようとして、川地民夫を殺して、その罪を着させるというようなお話。小林桂樹の刑事がコロンボみたいに飄々としていて、いい感じ。」

この日の三本目は「荒鷲の要塞」 (1968, Where Eagles Dare)。アリステア・マクリーン原作、ブライアン・G・ハットン監督、リチャード・バートン、クリント・イーストウッド主演。イーストウッドが一番の主演じゃないのがもどかしい。ご都合主義で、二人が助かるのがわかるので、安心して見ていられるらしい。

「水曜ロードショー」のあとの四本目って、けっこう深夜ですよね。こないだ池内紀氏が日経新聞に書いていたエッセイ「駅前のたのしみ」に出てきた「喜劇・駅前シリーズ」。この東宝のシリーズは1958年から69年まで24本作られており、「駅前番頭」 は1966年の16作目。併映は何かと調べたら、8月14日に「てなもんや東海道」と一緒に公開されています。「これも何を見ても同じ。「駅前」がつけば。つまり、ヒットしてたんでしょ、このシリーズは。さして興味がわかない」という当時の感想。「何を見ても同じだ」というシラけた気持ちで一日中テレビで映画を見ていたのか。なんか複雑。

木曜は文芸坐で二本とアテネフランセで一本。「パリの灯は遠く」は、ジョセフ・ロージー監督、アラン・ドロン主演の1976年のフランス映画。この二人は「暗殺者のメロディ」というトロッキーを暗殺した男の映画を数年前に作っています。今度はドイツ軍占領下のフランスで不幸な目にあう男の話。当時の感想は、「カフカの「審判」みたいな不条理な話で、最後まで漠然とした気持ちが残る。ラストになって、ドロンがどんどん人ごみの中に混じって、連れ去られていくところが素晴らしい。自分と同名で似ている男がいるといえば、「世にも怪奇な物語」があったが、あれほど明快でない。しかし、漠然とした中にも、何か強くひかれるものがある。」たぶん、自分に似た男がユダヤ人で、彼に間違えられて連行される男の話だったような気がします。

「凱旋門」 (1948) は、ルイス・マイルストン監督、イングリッド・バーグマン、シャルル・ボワイエ主演。チャールズ・ロートンも出てます。これはパス。

この日の最後は、マルセル・パニョルの「セザール」 (1936)で、「マリウス」「ファニー」とともに三部作をなす最後の作品だけを見ても、つまらなかっただろうし、実際点数は低い。これは何年か前にセットを買って全部見ましたが、面白かったです。まだ1年半前でした。DVD四枚組で、シリーズに関するドキュメンタリーは今もって未見です。

金曜日も四本。ナチに関する三本立てを見て、まだ家で映画を見ようという気力があったのか。しかも、それが満点とは。

「追想」 (1975)は、この3年前、大学一年のときに三人で北海道旅行に行って、札幌で単独行動したときに見て以来。「冒険者たち」や「ラムの大通り」のロベール・アンリコ監督で、主演はフィリップ・ノワレ。妻ロミー・シュナイダーと娘をドイツ兵たちによって無残に殺された男が、古い城でドイツ兵を一人ずつ殺していく話。音楽はアンリコ作品でおなじみのフランソワ・ド・ルーベですが、撮影は、いつものジャン・ボフティではなく、エティエンヌ・ベッケル(ジャック・ベッケルの息子で、ジャン・ベッケルの弟)。フランソワ・ド・ルーベは大好きな映画音楽家で、この頃彼の仏盤サントラ集を二枚購入しました。野村ビルの地下のSUMIYAという輸入サントラ盤がいっぱいあった店で購入しました。ド・ルーベは「追想」と同じ1975年に亡くなっているのですが、有名人ではないし、今のように情報がすぐに伝わる時代ではなかったので、この1979年には、なんとなく風の便りに亡くなったことを聞いたような気がする程度でした。「冒険者たち」「サムライ」「若草の萌えるころ」「ベラクルスの男」「さらば友よ」「オー!」「ジェフ」「ラムの大通り」「ラスクムーン」とともに「追想」の音楽も強く心に残っています。フランスのセザール賞では、作品賞、主演男優賞、音楽賞を獲得しています。

「愛の嵐」 (1974)は、上半身裸でナチの制服を着たシャーロット・ランプリングが衝撃的なリリアーナ・カバーニ監督のイタリア映画。当時、「流されて」や「セブン・ビューティーズ」のリナ・ウェルトミューラーというイタリアの女流監督も話題だったので、紛らわしい。「愛の嵐」は1975年のキネ旬で「ハリーとトント」と「アリスの恋」に挟まれた2位で、7位に占領下のフランスでドイツ側についた少年を描いたルイ・マルの「ルシアンの青春」が入っていることから考えると、戦時中の加害者と被害者の関係をより深く考えようとした機運があったのかもしれません。戦時中にサドマゾの関係にあったドイツ軍将校ダーク・ボガードとユダヤ人捕虜の少女シャーロット・ランプリングがウィーンのホテルで10数年ぶりに再開し、再び同じような関係を持つ話。点数からすると、よく理解できなかったのか、私にはあまり面白くなかったようです。

「地獄に堕ちた勇者ども」は1969年のビスコンティ作品。この二週間前にも見ているし、高校時代に田舎の名画座でも見ているので、これが三度目。1930年代のドイツ、ナチスが台頭するなかで鉄鋼王の一族が崩壊していく話。出演はダーク・ボガード、イングリッド・チューリン、ヘルムート・バーガー、シャーロット・ランプリング、ルノー・べルレーら。音楽モーリス・ジャール、撮影パスカリーノ・デ・サンティス。

「母子草」 (ははこぐさ)は満点のくせして、監督も主演も思い出せない。記録を調べればわかるのだけど、わからないまま当時の感想を転載してみます。

昭和34年(1959)は、ぼくのあこがれの時代。ノスタルジーの時代だ。あれから、いつの間に日本はこんなに豊かになったのだろう。そのかわり、心のふれあう世界がなくなってしまった。この頃が終わりの時期だったのかなあ。

小津の映画と似ているのは、日常生活の様子を淡々と描いていることと、出演人物がみんな善良で明るい人たちだということ。小津の人物が、感情を抑えた、さらっとした都会的な人物なのに対して、「母子草」では、人々は感情をあらわにした率直な人たちで、人生一直線、悩みなんてないといった感じなのだ。みんな土にしっかり足をすえている。このようなしっかり生きている人たちの中で、唯一屈折してしまう人物は、田中絹代の息子、佐久間良子の弟である。大学受験に失敗してふてくされてしまう。しかし、その彼も最後には一生の道を開いたというか、さとりを開いて、これからの人生を一所懸命生きていくのだ。この映画で唯一事件らしい事件も、彼が盲目になるという事件なのだ。

それにしても、このあとの日本の急激な変化において彼らは生きていけるのだろうか。今生きていたら、どんなだろう。すでに時代から取り残された人たちになっているだろう。「サザエさん」が現代ものであっても、現代でないようなものだ。

小津の映画が短期間の話であるのに対して、この映画は数年間の話だ。しかも、ある時期をじっくり描かずに、数年間の出来事から少しずつピックアップしたような映画だ。シーンとシーンの間が少なくとも数日離れている。あるシーンでなにがしかの事件が起こっても、次のシーンでは話のタネになっている。深く掘り下げない。実際、人生なんてこんなものである。このような楽天的な人たちにとっては。

実際はこういうわけにはいかない。このような自然に生きていくことにあこがれはあっても、こういうふうにはなれないのである。我々は悩める人物なのだ。無邪気な人たちに嫉妬をおぼえてしまう。幸せな人たち。日本映画は、このような人たちを大事に育てていってほしかった。日本はどうなってしまったのだ。

これだけ書いていても、何一つ思い出せません。田中絹代と佐久間良子が出ていることがわかっただけ。では、キネ旬の日本映画作品全集をひもといてみましょう。1942年に田坂具隆監督が松竹で作った映画の再映画化で、今度は東映。監督は俳優の山村聡。「富士山がよく見える田舎町で継母と三人の子供との愛情」を描いているそうです。田中絹代、山村聡、高橋とよが好演。不幸な弟は誰だったのだろう。「忍者部隊月光」の水木襄(みずき・じょう)らしい。1942年版の主演は風見章子。情報局が募集した国民映画脚本の当選作品の映画化だということです。

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2012年5月21日 (月)

「ハネムーン・キラーズ」

デイブ・マタックスがレコードコレクターズ誌の20世紀のベスト・ドラマー100の38位に入っているのはうれしい限り。和久井光司という人が書いている説明も短い中にうまくまとめています。フェアポート・コンベンションの「リージ・アンド・リーフ」と「フル・ハウス」でトラッドのロックを推進するのを支え、「マッチョ系ドラマーにはないビートの鋭さ、小気味よさがある」とのこと。なにしろ、ひ弱な秀才タイプの風貌ですから。ポール・マッカートニーの「タッグ・オブ・ウォー」と「パイプス・オブ・ピース」に参加しているということなので、記念に買っちゃおうかなあ。推薦盤として挙げているのはフェアポートの「リージ・アンド・リーフ」で、納得(Fairport Convention "Liege and Lief")。

昨日は、アメリカのクライテリオンから2003年に発売されたDVD「ハネムーン・キラーズ」 (The Honeymoon Killers) を見ました。2000年に日本で公開されたらしいです。もともとは1970年にアメリカで公開された映画なんですが、その後、一部の熱狂的なファンを持つ、いわゆるカルトムービーになりました。4月23日にここに書いたように、情欲殺人スリラーです。ただし、そのとき飾った写真ほどエログロではない。主人公の女性が太っている以外は、案外まともなスリラーでした。というよりも殺される女性各々の描写も含めて、残酷なユーモア作品と言っていいかもしれません。

白黒映画で、カメラが自由に動き、照明がいい加減で、野外撮影だと背景が真っ白になったり、やたらテンポが速い箇所があったり、撮り直しのできない低予算のためにドキュメンタリーぽくなったり、マーラーの音楽の大げさな使い方がオフビートな感じだったりで、まるでヌーベルバーグ作品を見ているようでした。主演の女性がステファーヌ・オードランだったら、4月23日のリストの前後にあるシャブロル作品と間違えるかもしれない。カメラの動きや照明の感じはゴダール作品のラウール・クタールみたい。しかも、トリュフォーが大好きな作品だそうです。

これは実話であるという字幕が最初に出てきます。40年代後期に全米を震撼させた「ロンリー・ハーツ・クラブ殺人」事件がもとです。婚活クラブ(ロンリー・ハーツ・クラブ)で知り合った二人が共謀して、小金を持つ寂しい熟年女性に結婚詐欺を働き、次々と殺していきます。たぶん5名ほどが犠牲になったでしょう。まあまあのイケメン、トニー・ロー・ビアンコが女性をだます男で、太ったシャーリー・ストーラーが彼の妹と称して、新婚旅行に同伴します。もし男性の単独犯なら、チャップリンの「殺人狂時代」に似ていただろうし、女性の単独犯で、殺す相手が男性ならトリュフォーの「黒衣の花嫁」です。

不機嫌で、性的に欲求不満で、太っている元看護婦と、イケメンだが頭は良くないスペイン系「つばめ」が無慈悲に女性たちを殺していく中で、互いに対する性的欲求を高めていきます。殺人とセックスは関連しているようで、実際、ある女性を殺した直後に男が女にセックスを求めるシーンがあります。ただし、直接的なセックス描写は抑制されているし、暴力描写も間接的で、そのあたりはスマートに処理していると思います。

ポーリン・ケイル女史はお気に召さなかったようですが、概して批評家が好意的に受け止めたため、20万ドルという予算を5日以内に回収できたそうです。

IMDb によると、当初の監督はマーティン・スコセッシだったそうです。プロデューサーがスコセッシの撮影方法を気に入らなくて、レナード・カッスルという監督に交代しました。レナード・カッスルの作品は、これ一本きりのようです。

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2012年5月20日 (日)

映画と感情: Emotion and the Structure of Narrative Film (47)

昨日は、最近入手したDVDのなかから「アフター・アワーズ」と「カンバセーション-盗聴」を見ました。

サスペンススリラーの本で「無実者逃亡スリラー」に含まれていたマーティン・スコセッシ監督の「アフター・アワーズ」(1985)。私がすぐ共感できるタイプの気弱そうな男が女性の誘いに乗って、夜中ソーホーを訪れるのだけど、奇妙な出来事や人物に遭遇して、なかなか家に帰れない話。これは、スリラーとしてよりも、ブラックなコメディとして楽しめました。数名の女性と出会うのだけど、昔のハリウッド映画なら手助けする女性が現れるはずなのに、みんな変。なかではテリー・ガーがなつかしかった。何かの映画で彼女が良かった記憶があります。あれは、ええっと、「ヤング・フランケンシュタイン」だったかな。

そのテリー・ガーはコッポラ監督の「カンバセーション」 (1974) にも出ていました。初めのほうでジーン・ハックマンの愛人として出てきて強い印象を残すんだけど、そこしか出てこなかったのが不満。盗聴屋が罪の意識から自分が盗聴されているという妄想に駆られる話。サスペンス・スリラーの本の著者が選ぶ11大作品には入っているけれど、スリラー分類のどこにも入っていません。それだけ複雑なのかね。ジーン・ハックマンが名演技なのは認めるけれど、シンディ・ウィリアムズは盗聴される受身の演技で、名演なんですかね。「アメリカン・グラフィティ」にも出ていた私好みの女優さんではありますが。盗聴装置の見本市あたりからの後半がグッと面白くなります。自分が盗聴した人を不幸な目にあわせたことに苦しんでいる主人公が、現在扱っている浮気調査の盗聴相手がどうなってしまうのが気がかりで、ホテルの隣室から盗聴しようとしている様子とか、いったい何が起こったのか部屋に忍び込んで結果を探るときのホラー的な感じとか、盗聴されているという妄想に駆られれた主人公がとる行動とか。若いハリソン・フォードも出ています。

本日は、エド・タンの本の第4章「興味の構造」の見出しだけ書いておきます。暫定的な訳で、本文を読んで変える可能性があります。見出しの番号は私が付けたもので、原文には付いていません。

1. 感情としての興味
 (1) 興味と注意
 (2) 結果としての行動
 (3) 興味の経験
2. 観客の美学的活動
 (1) 十分な挑戦
3. 興味の原則
 原則1: 時間の力学と興味の即時性
 原則2: 興味は報酬の期待によって決定される
 原則3: 直接的な報酬の期待が優先される
 原則4: 自分を高めるプロセスとしての興味
4. 興味と時間の経過
5. 興味と緊張
6. 結論: 永続的、一次的な感情としての興味

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2012年5月19日 (土)

夜明けの英国音楽: RTの一問一答 (2012年4月分)

リチャード・トンプソン(RT)は彼のサイトで毎月ファンからの質問に答えています。例によって、興味ある部分のみ、わかる部分のみ抜粋します。

四月に来日したので、まずは日本の感想から。日本を訪れるのはいつも楽しいと述べたあと、興味深かったことをいくつか書いています。

空港のセキュリティで靴を脱がされるとき、すてきなスリッパを貸してくれる。

ホテルのロビーでエレベーターのボタンを押すと、どのエレベーターが最初に来るか教えてくれる。

日常で使用されているプラスチックの色と質感が良い。

ホテルの浴室の鏡にヒーターが付いていて、曇らないようになっている。

トイレにウォシュレットが組み込まれていて、温かいお湯をかけてくれる。

必要以上に人が雇われているのもビックリだ。駐車違反の取り締まりや大型店の地下駐車場には何人も係員がいる。空港にはゲートごとに二人いて、主な仕事は乗客に会釈するだけのように思える。サービスが並みでなく、世界中でこんなところはない。食べ物が素晴らしい。日本で本物の寿司を食べたら、ほかでは食べられない。料理はとても深みがあるし、場所や季節などで数多くのバリエーションがある。世界で一番好きな店は東急ハンズで、あそこは基本的に芸術と工芸のデパートだ。

ガッカリしたことはなかったが、毎日揺れがあるのには少し困った。寝ているときにあったし、コンサート中にもあった。東京のホテルの30階にいるときに大きなのがあった。気分が良かったのは、街を散策中にお寺や桜を楽しめたことだ。西欧の観客よりおとなしいが、音楽を深く楽しんでいる。無理からぬことだが、歌よりもギターの演奏によく反応する。

日本にいたときに一番印象深かったことを教えてください。新幹線の乗り心地はどうでしたか。

全体の印象は上述のとおりだ。新幹線は大阪から東京まで乗ったが、晴れていれば富士山の景色が素晴らしい。ここに写真を掲載している。駅弁が早くて快適だった。

もし1949年ではなく1920年に生まれていたら、ナチがイギリスに爆弾を落とし始めたあと、どの軍に所属したいですか。

陸軍を頼むよ。飛行機を撃ち落とそうとしている連中は本当に怖いし、船を沈めようとしている連中もだ。潜水艦なんてとんでもない。

ジョン・カークパトリックやアラン・ダンのアコーディオンをバックにしたあなたの音楽は本当に楽しい。アコーディオン奏者と一緒にツアーをする予定はないですか。ピート・ゾーンの驚くべき多芸ぶりから考えたら、彼はアコーディオンも弾けるんじゃないかと思うのですが。

ピートはキーボードが弾けないんだよ。私はアコーディオンが好きで、レコードでは少し自分で弾いている。スタジアムで演奏するようなことでもあったら、必ずアコーディオン奏者を入れるよ。

“Shoot out the lights” はワンダ・ジャクソンの「フジヤマ・ママ」の “and then shoot out the light” を引用しているのですか。彼女についてどう思いますか。

その歌詞は知らないから偶然だと思う。ワンダは好きだ。初期のが素晴らしいが、新作も悪くない。

80年代をどう思いますか。あの頃のミュージシャンで再び仕事をしたい人はいますか。あの頃、どんな音楽を楽しんでいましたか。

クラウデッド・ハウスのような連中を除いて、ポップミュージックにとってゾッとする時代だった。クラウデッド・ハウスは、より90年代っぽく思える。よりルーツミュージックっぽいのを聴いていた。ボーソレイユ、ソンガイ、ブラス・モンキーなどだ。

プレスリーのコンサートを見たことがありますか。

彼はイギリスでコンサートをしたことがないし、私はラスベガスでやるようなことをやりたいと思ったことはない。だから、見たことがない。

アル・クーパーと一緒に演奏している「Shoot Out the Lights」。

【チェーンソーだって弾けるんだぜ】

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2012年5月18日 (金)

フィルムノワール入門 (56)

昨日散歩中に出会ったカープ電車。これで朝6時に通勤する気持ちってどんなんだろう。しかも前夜に負けていたら最悪じゃん。

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先週のアンソニー・マンは、やはり50年代のジェームズ・スチュアート主演の西部劇やゲイリー・クーパー主演の「西部の人」が頂点だと思うので、それ以前のフィルムノワールを楽しむ前に、それらの西部劇をちゃんと見ておきたいと思うのです。来月挑戦してみます。

で、次はロバート・シオドマク。もともとドイツ人で、ドイツのウーファ社のためにエドガー・G・ウルマーと共同監督した「People on Sunday」(1930)は少し前にクライテリオンから発売され、なかなか瑞々しい作品でした。ビリー・ワイルダーが脚本に参加、フレッド・ジンネマンがカメラマン助手。誰かさんのおかげで、才能ある映画人がどれだけアメリカに流出したことか。

30年代の初めにユダヤ人のシオドマクはフランスに亡命。フランスで何本か映画を作ったのち、1940年に渡米。50年代の初めまでハリウッドでスリラーを中心に数多くの映画を作り、それ以降は1969年まで西ドイツを中心としていたようです。心臓発作のため1973年に72歳で死去。

シオドマク作品で一番印象に残っているのは1945年の「らせん階段」で、これはフィルムノワールというより、「ガス燈」のようなゴシック・スリラーでした。ドロシー・マクガイア演じる口のきけない女中が、障害者の女性ばかり狙う連続殺人鬼に襲われるが、口がきけないので助けを求めることができないというハラハラドキドキの映画でした。

40年にアメリカに来たとき、彼の欧州での作品はほとんど知られていなかったので、いろんな映画会社を渡り歩きましたが、弟カート・シオドマクが脚本家として働いていたユニバーサルと長期契約を結びます。ユニバーサルでの一作目は「夜の悪魔」というホラー映画でしたが、二作目としてコーネル・ウールリッチ原作の「幻の女」(1944)を作ります。これがユニバーサルで最初のフィルムノワールだそうです。(これは日本盤DVDがあります。)

次に作ったのが「クリスマスの休暇」(1944)で、ユニバーサルのドル箱スター、ディアナ・ダービン主演、ジーン・ケリー共演という、どう考えてもミュージカルコメディだろうという配役なのに、フィルムノワールです。サマセット・モームの原作を「市民ケーン」のハーマン・J・マンキーウィッツが脚色。これ、未見なので、見たいです。

続いてチャールズ・ロートン主演の「容疑者」(1944) 、ジョージ・サンダース主演の「The Strange Affair of Uncle Harry」(1945)を作ります。このあと「らせん階段」になりますが、これはRKOとセルズニックの共同制作のためにシオドマクが貸し出されたものです。

ユニバーサル社とインターナショナル社が合併して、ユニバーサル=インターナショナル社になると、もっと質の良い作品を作る方針になったので、1946年の「暗い鏡」は制作費が増えました。これはオリビア・デ・ハビランドが双子の姉妹を演じ、どちらが殺人犯かを刑事と精神科医がつきとめようとする話で、これも見てみたい。

続いて、バート・ランカスター主演の「殺人者」(1946)と「裏切りの街角」(1949)を作ります。これらはマーク・ヘリンジャーというプロデューサーによるもので、より現代的で、野外撮影が多用されています。「裏切りの街角」については、ここで書いています

「都会の叫び」(1948)はシオドマクが20世紀フォックスに貸し出されて作ったものです。これは、子供のころの仲間が刑事とヤクザになるという「汚れた顔の天使」のような話で、刑事になるのがビクター・マチュア、ヤクザになるのがリチャード・コンテです。これも未見。

シオドマクの最後のフィルムノワールはパラマウントの「血塗られた情事」(1949)で、主演はバーバラ・スタンウィック。一年前に見ています

今回は Andrew Spicer の Film Noir の流れに沿ってはいるのですが、時間の関係で、個々の作品については詳しく書くことができませんでした。いくつかは、すでに詳しく書いている作品もありますが、そうでないものについては、そのうちにということで。次回はフリッツ・ラングです。

「裏切りの街角」から、バート・ランカスターとダン・デュリエ。左端はイボンヌ・デ・カーロ。

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2012年5月17日 (木)

映画と感情: Emotion and the Structure of Narrative Film (46)

エド・タンの本の第三章の最後です。次回からは第四章「興味の構造」。

第3章 映画と感情:理論的背景
 10. 観客が経験する感情の種類の概観

伝統的な劇映画においては、虚構世界によって喚起される感情が人工物としての映画によって喚起される感情よりも優勢である。観客は虚構世界の中で起きている出来事に関心があり、人工的な要素は隠されているからである。

共感の面からも感情を特徴づけることができる。虚構世界によって喚起される共感的な感情は、登場人物の理解や思い入れに基づいている。人工物としての映画によって喚起される共感的な感情もある。叙情的な音楽をバックにした流麗なカメラワークに喜びを感じる観客もいるだろう。だが、人工物としての映画が喚起する主な感情は共感的ではない。たとえば、快感、欲望、賞賛、驚きなどである。

虚構世界から喚起される感情は傍観者の感情であり、ほとんど共感的である。というのも、映画の中の行動は人間味のある主人公によって実現され、主人公の目標や運命が観客の関心事だからである。虚構世界が喚起する感情は、希望、恐れ、不安、同情、憐み、安堵、感謝、賞賛、恥、怒り、恐怖、喜び、悲しみなどである。

だが、虚構世界が非共感的な感情を喚起することもよくある。ある虚構の出来事を目撃する恐怖または他の出来事を見たいという欲求は、主人公の運命についての不安または主人公にとって好ましい解決への欲求と区別することができる。嫌悪は、ほとんど非共感的である。

映画のスペクタクルが魅力的なのは、たいてい主人公の運命から切り離されているからである。物語が何もない空間で展開されることはほとんどないし、何かしら楽しめる背景がそこにはある。息をのみような風景や、通常立ち入ることのできない場所がある(新聞社の編集室、空軍基地、ジャングルのキャンプなど)。また、姿の見えない傍観者効果によって、最も真面目に作られた室内劇映画でさえ、観客は、特定の状況が傍観者に与える重要性を与えられることなく、外見や行動を観察する機会を得る。これは、劇映画を見る動機として最も重要なもののうちの一つである。

こうした観客の受身の役割によって、虚構世界が喚起する多くの感情は単なる気持ちであり、関連した行動傾向がない。ただ、次章で取り上げる「興味」は複雑なので、これが当てはまらない。感情的な興味の場合の行動傾向は、虚構世界の出来事を追う準備の増大である。これは、これから起こる出来事と、それに伴う感情の予想に基づく。興味は、元気づける感情である。伝統的な劇映画の物語構造は、次に何が起こるかについて常に期待を持たしている。こうした期待の中には遠い将来に対するものもあるので、観客の興味の強度は比較的ゆっくり変化する。虚構世界が喚起する他の感情は、もっと素早い変化を見せる。

興味は、虚構世界にも、人工物にも向けられる。虚構世界の出来事は、虚構世界をよく知るために出来事を注意深く追うよう観客を促す。だが、人工物も、プロットやスタイルの展開や構成を通じて、観客に活動を促す。虚構世界と人工物がもたらした興味は、最終的に観客の注意を人工物に向けさせる。「北北西に進路を取れ」のラストでは、ケイリー・グラントとエバ・マリー・セイントが落ちて死ぬかどうかが観客の主な関心なので、なによりもまず映画自体が観客の注意を握って離さない。

(第三章終わり)

【リフォームした家に足型を残したハリウッドスター気取りの奴】

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2012年5月16日 (水)

アーバックルとキートン (11): 「デブ君の入院」

原題: Good Night Nurse
監督: ロスコー・「ファッティ」・アーバックル
脚本: アーバックル
制作: ジョセフ・M・シェンク
撮影: ジョージ・ピーターズ
編集: ハーバート・ウォーレン
出演: アーバックル、キートン、アル・セント・ジョン、アリス・レイク、ケイト・プライス
公開: 1918年7月8日
配給: パラマウント
二巻、サイレント、白黒

ユーチューブで見ることができます

酒飲みの金持ちアーバックルがアル中を治す療養所に入れられ、奇妙な体験をするが、実は麻酔をかけられたときから夢を見ていたという設定のシュールでブラックな作品。その点で、キートン作品に通じるものがあります。前作ほど物語の枠組みがしっかりしていないので、話がどういう風に展開するかわからない。そんな即興的な感じは、マック・セネットからの伝統。セネットのキーストン社時代にも "He Did and He Didn't" (1916) という夢の中でゾッとする体験をする作品にアーバックルは主演したことがあるそうです。

アリス・レイクの気のふれた患者は「カリガリ博士」を思い起こさせます。アーバックルは「カリガリ博士」の影響を受けているに違いないと思っていたら、なんと「カリガリ博士」は1920年の作品で、まだ存在していませんでした。

冒頭は、暴風雨の中で酔っ払ったアーバックルがタバコを吸うためにマッチに火をつけようとする場面です。傘を持った女性が出てきて、アーバックルに乱暴に扱われますが、あれは女装したキートンだそうです。

奥さんに連れられて療養所に入るとき、療養所から体中包帯を巻いて松葉杖をついた男ができて、「自分は完全に治っているんだ」と言うあたりシュールなイメージです。この男はアル・セント・ジョンが演じているらしいです。

そうしたスタントマンのような働きもしていますが、キートンとセント・ジョンの本当の役柄は医者とその助手。キートンはノコギリやドリルを持った医者で、部屋からは切断された片足が飛んでくるしで、アーバックルは震えあがります。

アーバックルが入れられた部屋にアリス・レイクがやってきて、「自分は正気だから、ここから出してくれ」と言います。どうにかして二人が病院から脱出して、アーバックルが「これからどうしたい」とアリスに聞くと、アリスは「療養所の中に帰して!」と言います。ここで、どういう理由だったから、アーバックルが池だかプールだかに飛び込んで、頭までスッポリ水につかって、水中にアーバックルの顔がボーっと見える様子も、不気味でシュール。

アーバックルは療養所の中に戻り、太った看護婦のユニホームを着るという、お得意の女装。いつものようにアーバックルの女装には愛嬌があって、キートンが彼女の魅力にとりつかれたのか、廊下の両側で二人がデレデレしている様子も何だか奇妙。アーバックルの正体がばれたので、外に逃げると、巨漢のマラソン大会が開催されていて、アーバックルが優勝。結局これらは夢だったわけですが、彼が麻酔にかけられる前から奇妙な診療所だったので、さほど夢の枠組みの効果はない。

もともとアーバックル自体にシュールな感覚と、オフビートな感覚があるらしく、それがキートンに影響を与えたようです。たいていの観客は、アーバックル作品を知らないので、それらの感覚をキートン独自のものと思いがちですが、実はアーバックルからけっこう影響を受けているのかもしれないし、さらにマック・セネットへとさかのぼるのかもしれません。

  1. 「デブ君の女装」(1917年4月) The Butcher Boy ★★★★
  2. 「デブ君の入婿」(1917年6月) Rough House ★★★
  3. 「デブ君の結婚」(1917年8月) His Wedding Night ★★★
  4. 「デブ君の医者」(1917年9月) Oh Doctor! ★★★★
  5. 「デブ君の浜遊び」 (1917年10月) Coney Island ★★★★
  6. 「デブ君の勇士」(1917年12月) A Country Hero (未発掘)
  7. 「デブ君の出稼ぎ」(1918年1月) Out West ★★★★
  8. 「デブ君の給仕」(1918年3月) The Bell Boy ★★★
  9. 「デブ君の岩窟王」(1918年5月) Moonshine ★★★★★
  10. 「デブ君の入院」(1918年7月) Good Night Nurse ★★★

Arbuckle

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