2016年12月 2日 (金)

1983年12月第1週に鑑賞した映画

12月07日 ディーバ (新宿ビレッジ2) 2点
12月11日 太陽はひとりぼっち (レーザーディスク) 5点

「ディーバ」 (1981)はジャン=ジャック・ベネックス監督の長編デビュー作。この年のキネ旬12位。今調べたら、淀川長治氏は1983年の1位にしてるんですね。高く評価している人がいたから、ロードショーに見に行く気になったのだろうけど、私にはあまり面白くなかった。メルヴィル監督やドロン主演の犯罪ものほど渋くないし、トリュフォーの「ピアニストを撃て」ほど洒脱でもないし。

「太陽はひとりぼっち」はミケランジェロ・アントニオーニ監督、モニカ・ヴィッティ、アラン・ドロン主演の1962年の白黒イタリア映画。9月にレーザーディスクを購入して何度目かの再見。トリュフォーは、アントニオーニ作品に対して、無気力な人たちを描いた映画のどこが面白いのか、みたいなことを言っていたような気がするのだけど、そういう人たちにマッチした風景や音楽が素晴らしくて、けっこう私は好きです。

2016年12月 1日 (木)

1983年12月に鑑賞した映画 (概観)

第1週

12月07日(水) ディーバ (新宿ビレッジ2) 2点
12月11日(日) 太陽はひとりぼっち (レーザーディスク) 5点

第2週

12月12日(月) 8 1/2 (有楽スバル座) 3点
12月14日(水) 日本一のゴマスリ男 (池袋文芸地下) 4点
12月14日(水) 日本一のホラ吹き男 (池袋文芸地下) 4点
12月18日(日) パリの空の下セーヌは流れる (NHK教育) 1点

第3週

12月19日(月) 日本一のゴリガン男 (池袋文芸地下) 2点
12月19日(月) 日本一の色男 (池袋文芸地下) 4点
12月24日(土) ハスラー (レーザーディスク) 5点

2016年11月29日 (火)

英国民謡: Caroline and Her Young Sailor Bold

また落ちてしまった、モー娘のオーディション。13歳から17歳の独身女性という条件を見落とした!13期は一般募集該当者なしで、ハロプロ研修生からのみ。12月12日の発表が楽しみ。

今日は、今まで聞いたことのない題名の民謡。「パイレーツ・オブ・カリビアン」がらみでジョニー・デップが共同プロデューサーの "Rogue's Gallery" という二枚組CDでザ・コアーズのアンドレア・コアーが歌っています。

とても美しい貴族の娘がいた。
父親は金持ちだったが、子供は娘一人で、キャロラインという名前だった。
ある日、彼女は応接室の窓から若い水夫に見とれた。

彼のほおはバラのようだし、つやのある黒い髪だった。
玄関まで来たとき、水夫ウィリアムと会った。
「私は貴族の娘で、たくさん金貨を持っています。
あなたと結婚するために両親を捨てます。」

ウィリアムは言った。「お嬢さん、水夫は遠くへ行ったら、あてになりません。
両親と家にいて、両親の言うとおりにしなさい。
若い水夫と結婚する誘惑に乗ってはいけません。」

キャロラインは、青いジャケットとズボンを着て、父親に会いに行った。
彼女を見た父親は気を失いそうになった。
彼女は泣いた。「お父様、許してください。金貨はいらないので、若い水夫と結婚させてください。」

父親は若いウィリアムに感心して、結婚を許してくれた。
キャロラインの財産を頼りに二人は結婚し、幸せに暮らした。

この歌には、通常、両親に反対された娘が、恋人についていくために水夫の格好をするというエピソードが挿入されています。ここで取り上げているのは、より穏やかで、水夫の格好をするけれど、父親の許しを得るので、船乗りの生活をせずにすみます。

上記のものには次のくだりが省略されています。

キャロラインは言った。「だれも私を思いとどまらせることはできない。船に乗って、彼についていく。」
彼女は水夫の格好をして、両親と金貨を捨てた。
長い間、父親は悲しんで、泣いた。
二人は無事に英国に戻ってきた。

2016年11月26日 (土)

英国民謡: The Bold Princess Royal

"Princess Royal" だけでも知られている有名な曲です。プリンセス・ロイヤルはイギリス国王(女王)の長女に与えられる称号だそうです。この曲では船の名前のようです。ロビンー&バリー・ドランスフィールド Robin & Barry Dransfield の兄弟が1971年の二枚目 Lord of All Behold の中で歌っています。彼らのは動画サイトに見当たりませんが、ほかの人が歌っているのはいろいろあります。

2月14日、果敢なプリンセス・ロイヤル号に乗ってイギリスからニューファンドランドに向かった。
50名の朗らかな水兵が乗り込み、東から西に向かった。
座礁して三日ほど動けなくなった。
海賊船がやってきた。
船長が言った。「どうしよう。海賊が盗みにやってきたぞ。」
一等航海士が言った。「そうはさせない。浅瀬から抜け出してやる。」
海賊が「どこから来たんだ」とたずねるので、船長は「ロンドンからカイロへ向かっている」と答えた。
「帆を立てて船を動かせ。送ってもらいたい手紙があるんだ。」
「帆を立てて船を動かすよ。でも、どこかに寄港しよう。」
海賊は背後から砲撃したが、うまくいかなかった。
プリンセス・ロイヤル号はすぐに逃げ去ることができた。
「酒を飲み干せ。楽しくやろう。勇敢なる水兵たちよ、海賊から逃げおおせたぞ。もう怖がることはない。」

海賊との対話あたりの訳に自信がないです。海賊はムーア人が多く、カイロを本拠地としているのかなあ。それで、英国人たちは「カイロへ行く」とウソをつき、海賊たちから猶予を得ようとしたのか。海賊は「手紙を送ってほしい」とウソをつき、英国船に横づけしようとしたのか。

実話に基づくかどうか不確かですが、18世紀後期の米国独立戦争あたりに生まれた曲だと言われています。

2016年11月24日 (木)

英国民謡: Admiral Benbow

「水夫と海の歌」の二曲目は「ベンボウ提督」。これはマーティン・シンプソンのギターをバックにジューン・テイバーが歌っているので、昔からなじみがあります。1980年の A Cut Above というアルバムの一曲目。歌詞の概略は次のとおり。

勇気のある若い水兵たちよ、近くに来たまえ
ベンボウ提督がいかに戦ったかをお聞かせする
ルーベンとベンボウはフランス軍と戦った
彼らは血が滴り落ちるまで戦った
スクルービイがウェブに言った。「逃げるぞ。名誉なんて知るもんか!敵に立ち向かうなんて、まっぴらだ!」
勇敢なベンボウは足を失い、ひざまずいて懇願した。
「イギリスの若者たちよ、戦ってくれ。ここは俺たちの土地だ」
医師が彼の傷口に包帯を巻くと、ベンボウは叫んだ。
「俺は死ぬまで敵と戦う!」

ジョン・ベンボウ(1653-1702) は英国海軍に務めたのち、自らの商船を購入。ムーア人の海賊を退治し、彼らの頭部を切り落とし、塩漬けにし、賞金をもらう。イギリス革命後、再び海軍に入り、フランス軍と戦い、恐れ知らずとして名をはせる。

1698年、西インド諸島の司令官となり、フランス軍と戦う。このとき右足を負傷。船長たちが撤去を進言し、ベンボウは困惑。ジャマイカに帰る途中、ベンボウは彼らを軍事裁判にかけ、二人が銃殺される。ベンボウは足のケガがもとでジャマイカで死去。

18世紀前半、船長たちを擁護すべきか、ベンボウの闘志をたたえるべきか、論争が起きる。にもかかわらず、ベンボウは海軍の英雄として伝説となる。1843年に銅像が立てられ、彼の時代のネルソン提督としてたたえられ、海軍は三つの船に彼にちなんだ名前をつける。小説「宝島」にはベンボウ提督亭が登場し、テニソンは彼のことをほのめかした詩を書く。

海軍の歴史家たちは、ベンボウがたいした成果をあげていないことを指摘している。現在の見解では、初期の海軍の戦いは複雑で混乱した状況であり、そこから彼の名声が生まれ、新聞や物語歌自体も重要な役割を果たしているというものだ。

歌詞にあるルーベンは船の名前。スクルービイとウェブは逃亡のため銃殺に処された船長。

2016年11月22日 (火)

村のハロプロだより (11月増刊号)

今日、Buono! (ボーノ)の夏の武道館コンサートとハロプロ全体の中野サンプラで夏のコンサートのDVDが届きました。まだ、見てないけど、ちゃんと公式に動画サイトで「初恋サイダー」を披露しています。まだ、このときは嗣永桃子の卒業を発表していなかったけど、これがボーノの見納めなのかなあ。女性ロックバンドの生演奏をバックに歌うハロプロ異色のユニットでした。

正式には明日が発売日なんだけど、早めに予約しとけば一日前に送られてきます。明日はモーニング娘。'16 の新曲の発売もあって、これは来月購入予定。今度のトリプルA面のなかでは「ムキダシで向き合って」が一番好き。

【スッピンのあなたで 勝負できる?】

2016年11月18日 (金)

1983年11月第4週に鑑賞した映画

11月28日(月) ヤング・ゼネレーション (レーザーディスク) 5点
11月28日(月) 48時間 (新宿アカデミー) 3点
11月29日(火) 家族ゲーム (有楽シネマ) 5点
11月30日(水) サボタージュ (お茶の水アテネフランセ) 4点

「ヤング・ゼネレーション」 (Breaking Away, 1979) は大好きな青春コメディで、日本で公開された1980年に10回ほど見に行きました。「リトル・ロマンス」との二本立てが最高の組合せでした。10月にレーザーディスクを購入し、見るたびに記録していたようです。高校卒業後ぶらぶらしていた四人組が自転車レースを通じて自分の道を見つける話。四人組は、デニス・クリストファー、デニス・クエイド、ダニエル・スターン、ジャッキー・アール・ヘイリー。デニス・クリストファーが主演で、彼の両親を演じたポール・ドゥーリイとバーバラ・バリーも良かった。ピーター・イエーツ監督で、スティーブ・テシックがアカデミー脚本賞を獲得。

「48時間」 (48 Hrs., 1982)は「ウォリアーズ」のウォルター・ヒル監督で、本来ならアクション映画一本立ての新宿ローヤルあたりで見ればいいような作品なんだけど、期待してロードショーに見に行きました。刑事ニック・ノルティがチンピラのエディ・マーフィと組んで活躍するコメディ風味のアクション映画。エディ・マーフィは、これで映画デビューしたのか。

「家族ゲーム」は、この年の6月公開で、そのとき一度見ており、これが二度目。最初のときはどう書いているかというと、「有名なので、今回は割愛」だって。今回も割愛。

「サボタージュ」 (Sabotage) は1936年のヒッチコック作品で、イギリス映画。シルビア・シドニー、オスカー・ホモルカ主演。破壊工作員とその妻が主人公のスリラー。妻の弟の少年が、知らずに爆弾を運ばされ、途中で爆死するエピソードがあり、子供を殺しちゃいけないとヒッチコックは後悔しています。ジョセフ・コンラッドの「密偵」をチャールズ・ベネットが脚色。このときしか見ていないので、あらためて見てみたい作品です。

2016年11月16日 (水)

朝が暗くて

暗いのはいいのだけど、寒くなると血圧に悪い。

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2016年11月15日 (火)

1983年11月第3週に鑑賞した映画

11月26日(土) 旅芸人の記録 (高田馬場東映パラス) 5点

ヒットしたし、キネ旬1位にもなった話題作。4時間近くあり、芸術のための芸術みたいに長回しのための長回しみたいで最初は好きになれなかったけど、なんか、くせになるみたい。この前の週に見た同じテオ・アンゲロプロス監督の「アレクサンダー大王」が良かったのか、1979年のテアトル銀座、1982年の高田馬場パール座に続いて、これが三度目の挑戦。翌年の1984年に下高井戸でも鑑賞しており、東京にいる間に四回見ています。

1979年にテアトル銀座で上映されたのは、当初、岩波ホールで上映されたのがヒットして、その延長興行だったように記憶しています。今年、イタリア映画「木靴の樹」がリバイバルされたようですが、あれも同じ年に岩波ホールで上映され、ヒットし、古い時代の貧しい村の話だったし、3時間の長さだったしで、この二本はペアとして頭に残っています。

昨日、30年ぶりにDVDで再見しました。イギリスから三巻のアンゲロプロス作品集が発売されており、各5本ぐらいずつ収録されているので、たぶん彼の長編が全部そろう。各巻、とても安い。福沢先生一枚あれば、余裕で全部購入できます。むしろ、観賞するのが大変。

1939年から1952年までの話で、戦時中が中心ですが、戦争が終わっても、ファシストたち、イギリス軍、政府軍、パルチザン、共産主義者たちなどが入り乱れて、なんだかよくわからない。主人公の旅芸人一座だって、なにがなんだかわからないと感じていたことでしょう。

当初、なにも起こらない画面を長々と写したって、しょうがないじゃん、と思ったものですが、年齢とともに知識や経験が豊富になるにつれ、画面が豊かになっていきます。今回、一番印象に残ったのは、旅芸人一座がアコーディオンを伴奏に歌いながら雪山から降りてくる場面で、荷物が重そうだし、寒そうだし、たぶん空腹なんでしょう。戦争に駆り出されたのか、男性が少ない。

山を降りると、男が二人枯れ木に吊るされています。木に何かが吊るされているのは、何度かアンゲロプロス作品で見ました。羊がたくさん吊るされている作品もありました。

映画で描かれている世界の外からの伴奏音楽はなかったと思うのですが、世界の中で演奏される音楽は豊富です。民族的なものとか、ダンス音楽とか。

2016年11月13日 (日)

1983年11月第2週に鑑賞した映画

最近、フェイスブックに書くことが多く、こっちがお留守になりがち。特に区別はしてないんだけど、仕事が忙しいとき、ちょこっと書くぶんにはフェイスブックのほうが便利。

11月14日(月) アレクサンダー大王 (大井武蔵野) 4点
11月16日(水) 最前線物語 (八重洲スター座) 5点
11月19日(土) ピクニック (京橋フィルムセンター) 5点

11月19日(土) 人生はわれらのもの (京橋フィルムセンター) 3点

2012年に76歳で亡くなったテオ・アンゲロプロスの映画は、イギリスでDVDセットが三巻発売されており、各巻5本ほど入っており、たぶん彼の長編が全部そろう。英語字幕のハンディがあるものの、とにかく安い。で、「アレクサンダー大王」を数日前に再見して、以下のようにフェイスブックに書きました。

「アレクサンダー大王」(1980)はギリシャのテオ・アンゲロプロス監督の長編5作目。日本では3作目「旅芸人の記録」(1975)が1979年に公開されたのに次いで1982年に公開。アレクサンダー大王は紀元前の英雄ではなく、20世紀初頭の盗賊の首領。共産主義的な村の炭鉱権を英国人たちが買い取りにきたのを発端に、抵抗する村人たち、当初村人たちを守っていたが敵対するようになる盗賊、出陣してきた政府軍などによる銃撃戦となる。近代ギリシャの縮図なのかもしれませんが、基礎知識がないから、よくわからない。それを3時間20分ゆったりしたカメラ移動の長回しで見せられるのだけど、一年間費やして探し出した村の風景が素晴らしいのが救い。

サミュエル・フラー監督の「最前線物語」は、すでに何度か見ており、最初に鑑賞したのが1981年1月。当時を振り返ったとき、次のように書いています。

「最前線物語」(1980, The Big Red One) はサミュエル・フラー監督の作品だということで襟を正して見に行ったような気がします。リー・マーヴィン主演だけど、マーク・ハミル、ロバート・キャラダインら数名の若者の青春映画でもあります。彼らがヨーロッパのいくつかの最前線で戦って、最後にナチ収容所までたどりつくんだっけかな。いろんな面白いエピソードがありました。砂漠に穴を掘って戦車を通過させ、背後から攻撃するという信じがたいエピソードも、イメージとしては面白い。戦車の中でお産を手伝ったり、ほら穴に入ってくるドイツ兵を一人ずつ射殺したりするのも異様なイメージとして頭に残っています。

フィルムセンターではジャン・ルノワールの中編と長編の組合せ。「ピクニック」は12年前に私の村で仮想上映しているので、そちらをご覧あれ

「人生はわれらのもの」は「ランジュ氏の犯罪」と「ピクニック」の間の1936年の作品。左翼に肩入れしていたルノワールの政治色の濃い作品だという以外、記憶にありません。

【朝が暗くなっちゃって】

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