5月21日(月) シカゴ・シカゴ (東京12) 3点
5月22日(火) 暴力教室 (新宿昭和館) 1点
5月22日(火) 博奕打ち外伝 (新宿昭和館) 3点
5月22日(火) 脱獄・広島殺人囚 (新宿昭和館) 2点
5月23日(水) 生き残るヤツ (東京12) 3点
5月23日(水) 栄光への挑戦 (テレビ神奈川) 2点
5月23日(水) 荒鷲の要塞 (水曜ロードショー) 2点
5月23日(水) 駅前番頭 (フジ) 2点
5月24日(木) パリの灯は遠く (池袋文芸坐) 4点
5月24日(木) 凱旋門 (池袋文芸坐) 2点
5月24日(木) セザール (お茶の水アテネフランセ) 2点
5月26日(金) 追想 (三鷹オスカー) 5点
5月26日(金) 愛の嵐 (三鷹オスカー) 2点
5月26日(金) 地獄に堕ちた勇者ども (三鷹オスカー) 4点
5月26日(金) 母子草 (東京12) 5点
月曜は昼2時からの1時間半枠の番組で見たのだと思います。「シカゴ・シカゴ」 (1969, Gaily Gaily 別名 Chicago Chicago) はノーマン・ジェイソン監督の日本劇場未公開作品。原作はベン・ヘクトの小説。若い頃シカゴに出てきて、ジャーナリストになるという自伝的小説なんですかね。不確かです。出演ボー・ブリッジス、メリナ・メルクーリ、ブライアン・キース、ジョージ・ケネディ、ヒューム・クローニン、マーゴット・キダーら。制作もジェイソンで、制作助手がハル・アシュビー、音楽ヘンリー・マンシーニ、撮影リチャード・H・クライン。ジャンルはコメディ。
火曜の昭和館での三本立ては、あまり収穫がなかったようで。「暴力教室」は1976年の東映作品で、少し前に見た「横浜暗黒街・マシンガンの竜」で監督デビューした岡本明久の二作目。長年助監督をやってきて、40歳近くでデビューした人に対して申し訳ないですが、どちらも面白くなかったです。松田優作の新任教師が館ひろしをリーダーとする非行生徒たちと対決したのち、一緒に腐敗した学校に立ち向かう話のようです。
「博奕打ち外伝」は、山下耕作監督、鶴田浩二主演で、こんな人間関係。
当時の記録によると、殴り込みなど、派手なアクションがない。ラストの鶴田と若山富三郎の対決もあっという間に終わってしまう。健さんと文太は、あくまで脇役で、抑えた演技。松方弘樹が異質で、彼の出現のために、みんなオロオロしていて、彼の映画だと書いています。すでに任侠映画が衰退し、「仁義なき戦い」の予感がするって書いているので、狂犬のような役柄だったのだろうか。ちなみに、「仁義なき戦い」の前年の1972年の映画です。1967年から10本作られた「博奕打ち」シリーズの最後の作品。
「脱獄・広島殺人囚」は、中島貞夫監督、松方弘樹主演。終戦直後の話。当時の感想は次のとおり。「松方弘樹の脱獄物語で、なんか「パピヨン」に影響されたみたい。何回も脱獄をくり返すのだが、面白いのはモノローグが入ることだ。ラストのこれからどうなるか、で終わるのはいいんだけど、なんか下品な映画。」
23日は一日中家にいて、計5本テレビで見る予定が、「ママは二挺拳銃」をお休みして4本しか見なかったと書いています。
「生き残るヤツ」 (1971, Born to Win) は、アイバン・パサー監督、ジョージ・シーガル、カレン・ブラック主演。ロバート・デ・ニーロが出ているらしく、最近の米盤DVDでは彼が主演みたいなジャケットです。「アメリカンニューシネマの枠内に入れることができる。しがない主人公、孤独な都会、麻薬、アメリカの恥部がその背景だ。主人公は麻薬中毒。何を見たって同じ。この頃のこんな映画は」というのが当時の感想。
続いて「栄光への挑戦」。1966年の日活映画で、舛田利雄監督、石原裕次郎、浅丘ルリ子主演の日活映画。東宝の小林桂樹が出ているのが珍しい。当時の感想は次のとおり。「この頃の日活映画は何を見たって同じ。裕次郎と川地民夫はボクサー仲間だったが、それを廃業して、今は会社をやっている。初めは小さなものだったが、今では大きな会社である。その進出を恐れた別の会社が裕次郎をおとしいれようとして、川地民夫を殺して、その罪を着させるというようなお話。小林桂樹の刑事がコロンボみたいに飄々としていて、いい感じ。」
この日の三本目は「荒鷲の要塞」 (1968, Where Eagles Dare)。アリステア・マクリーン原作、ブライアン・G・ハットン監督、リチャード・バートン、クリント・イーストウッド主演。イーストウッドが一番の主演じゃないのがもどかしい。ご都合主義で、二人が助かるのがわかるので、安心して見ていられるらしい。
「水曜ロードショー」のあとの四本目って、けっこう深夜ですよね。こないだ池内紀氏が日経新聞に書いていたエッセイ「駅前のたのしみ」に出てきた「喜劇・駅前シリーズ」。この東宝のシリーズは1958年から69年まで24本作られており、「駅前番頭」 は1966年の16作目。併映は何かと調べたら、8月14日に「てなもんや東海道」と一緒に公開されています。「これも何を見ても同じ。「駅前」がつけば。つまり、ヒットしてたんでしょ、このシリーズは。さして興味がわかない」という当時の感想。「何を見ても同じだ」というシラけた気持ちで一日中テレビで映画を見ていたのか。なんか複雑。
木曜は文芸坐で二本とアテネフランセで一本。「パリの灯は遠く」は、ジョセフ・ロージー監督、アラン・ドロン主演の1976年のフランス映画。この二人は「暗殺者のメロディ」というトロッキーを暗殺した男の映画を数年前に作っています。今度はドイツ軍占領下のフランスで不幸な目にあう男の話。当時の感想は、「カフカの「審判」みたいな不条理な話で、最後まで漠然とした気持ちが残る。ラストになって、ドロンがどんどん人ごみの中に混じって、連れ去られていくところが素晴らしい。自分と同名で似ている男がいるといえば、「世にも怪奇な物語」があったが、あれほど明快でない。しかし、漠然とした中にも、何か強くひかれるものがある。」たぶん、自分に似た男がユダヤ人で、彼に間違えられて連行される男の話だったような気がします。
「凱旋門」 (1948) は、ルイス・マイルストン監督、イングリッド・バーグマン、シャルル・ボワイエ主演。チャールズ・ロートンも出てます。これはパス。
この日の最後は、マルセル・パニョルの「セザール」 (1936)で、「マリウス」「ファニー」とともに三部作をなす最後の作品だけを見ても、つまらなかっただろうし、実際点数は低い。これは何年か前にセットを買って全部見ましたが、面白かったです。まだ1年半前でした。DVD四枚組で、シリーズに関するドキュメンタリーは今もって未見です。
金曜日も四本。ナチに関する三本立てを見て、まだ家で映画を見ようという気力があったのか。しかも、それが満点とは。
「追想」 (1975)は、この3年前、大学一年のときに三人で北海道旅行に行って、札幌で単独行動したときに見て以来。「冒険者たち」や「ラムの大通り」のロベール・アンリコ監督で、主演はフィリップ・ノワレ。妻ロミー・シュナイダーと娘をドイツ兵たちによって無残に殺された男が、古い城でドイツ兵を一人ずつ殺していく話。音楽はアンリコ作品でおなじみのフランソワ・ド・ルーベですが、撮影は、いつものジャン・ボフティではなく、エティエンヌ・ベッケル(ジャック・ベッケルの息子で、ジャン・ベッケルの弟)。フランソワ・ド・ルーベは大好きな映画音楽家で、この頃彼の仏盤サントラ集を二枚購入しました。野村ビルの地下のSUMIYAという輸入サントラ盤がいっぱいあった店で購入しました。ド・ルーベは「追想」と同じ1975年に亡くなっているのですが、有名人ではないし、今のように情報がすぐに伝わる時代ではなかったので、この1979年には、なんとなく風の便りに亡くなったことを聞いたような気がする程度でした。「冒険者たち」「サムライ」「若草の萌えるころ」「ベラクルスの男」「さらば友よ」「オー!」「ジェフ」「ラムの大通り」「ラスクムーン」とともに「追想」の音楽も強く心に残っています。フランスのセザール賞では、作品賞、主演男優賞、音楽賞を獲得しています。
「愛の嵐」 (1974)は、上半身裸でナチの制服を着たシャーロット・ランプリングが衝撃的なリリアーナ・カバーニ監督のイタリア映画。当時、「流されて」や「セブン・ビューティーズ」のリナ・ウェルトミューラーというイタリアの女流監督も話題だったので、紛らわしい。「愛の嵐」は1975年のキネ旬で「ハリーとトント」と「アリスの恋」に挟まれた2位で、7位に占領下のフランスでドイツ側についた少年を描いたルイ・マルの「ルシアンの青春」が入っていることから考えると、戦時中の加害者と被害者の関係をより深く考えようとした機運があったのかもしれません。戦時中にサドマゾの関係にあったドイツ軍将校ダーク・ボガードとユダヤ人捕虜の少女シャーロット・ランプリングがウィーンのホテルで10数年ぶりに再開し、再び同じような関係を持つ話。点数からすると、よく理解できなかったのか、私にはあまり面白くなかったようです。
「地獄に堕ちた勇者ども」は1969年のビスコンティ作品。この二週間前にも見ているし、高校時代に田舎の名画座でも見ているので、これが三度目。1930年代のドイツ、ナチスが台頭するなかで鉄鋼王の一族が崩壊していく話。出演はダーク・ボガード、イングリッド・チューリン、ヘルムート・バーガー、シャーロット・ランプリング、ルノー・べルレーら。音楽モーリス・ジャール、撮影パスカリーノ・デ・サンティス。
「母子草」 (ははこぐさ)は満点のくせして、監督も主演も思い出せない。記録を調べればわかるのだけど、わからないまま当時の感想を転載してみます。
昭和34年(1959)は、ぼくのあこがれの時代。ノスタルジーの時代だ。あれから、いつの間に日本はこんなに豊かになったのだろう。そのかわり、心のふれあう世界がなくなってしまった。この頃が終わりの時期だったのかなあ。
小津の映画と似ているのは、日常生活の様子を淡々と描いていることと、出演人物がみんな善良で明るい人たちだということ。小津の人物が、感情を抑えた、さらっとした都会的な人物なのに対して、「母子草」では、人々は感情をあらわにした率直な人たちで、人生一直線、悩みなんてないといった感じなのだ。みんな土にしっかり足をすえている。このようなしっかり生きている人たちの中で、唯一屈折してしまう人物は、田中絹代の息子、佐久間良子の弟である。大学受験に失敗してふてくされてしまう。しかし、その彼も最後には一生の道を開いたというか、さとりを開いて、これからの人生を一所懸命生きていくのだ。この映画で唯一事件らしい事件も、彼が盲目になるという事件なのだ。
それにしても、このあとの日本の急激な変化において彼らは生きていけるのだろうか。今生きていたら、どんなだろう。すでに時代から取り残された人たちになっているだろう。「サザエさん」が現代ものであっても、現代でないようなものだ。
小津の映画が短期間の話であるのに対して、この映画は数年間の話だ。しかも、ある時期をじっくり描かずに、数年間の出来事から少しずつピックアップしたような映画だ。シーンとシーンの間が少なくとも数日離れている。あるシーンでなにがしかの事件が起こっても、次のシーンでは話のタネになっている。深く掘り下げない。実際、人生なんてこんなものである。このような楽天的な人たちにとっては。
実際はこういうわけにはいかない。このような自然に生きていくことにあこがれはあっても、こういうふうにはなれないのである。我々は悩める人物なのだ。無邪気な人たちに嫉妬をおぼえてしまう。幸せな人たち。日本映画は、このような人たちを大事に育てていってほしかった。日本はどうなってしまったのだ。
これだけ書いていても、何一つ思い出せません。田中絹代と佐久間良子が出ていることがわかっただけ。では、キネ旬の日本映画作品全集をひもといてみましょう。1942年に田坂具隆監督が松竹で作った映画の再映画化で、今度は東映。監督は俳優の山村聡。「富士山がよく見える田舎町で継母と三人の子供との愛情」を描いているそうです。田中絹代、山村聡、高橋とよが好演。不幸な弟は誰だったのだろう。「忍者部隊月光」の水木襄(みずき・じょう)らしい。1942年版の主演は風見章子。情報局が募集した国民映画脚本の当選作品の映画化だということです。
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